第24話 学校へ

 一通り終えたら、またしばし裸のまま抱き合った。

 何をするわけでもなく、言葉も交わさないで、緩やかな微睡みをたゆたう。僕は華狩の体や髪を撫で、華狩も僕の体を愛おしげに触る。

 女の子の肌はやっぱり気持ちいいよね。伝わる温もりにも格別な心地良さがある。このまま学校さぼって一日中抱き合っていたい。

 ただ、本当にさぼると、怖いお姉さんに怒られちゃうからな。あまり自堕落な生活もしていられない。もうじき七時くらいだろうし、そろそろ起きて、学校に行く準備を……。


「……うわっ」


 目を開け、体を起こそうとしたところで、ベッドサイドに立つ虚ろな目をした鳳仙花さんを発見した。

 背筋が凍りつくほどにダークな空気を身にまとっていて、浮気現場を妻に目撃された気分を味わった。べ、別に鳳仙花さんとは付き合ってもいないし、そんな気持ちになる理由もない……はず、だけどね?


「い、いつからそこに……?」


 返事はない。返事はないけれど、鳳仙花さんの唇はずっと動いている。僕にも聞きとれないほどの小声で、何事かをずっとぶつぶつと呟いているようだ。

 ……うん。怖いな。


「あのー……鳳仙花、さん?」


 やはり返事はない。死なないはずの僕が死の予感に戦々恐々としていると。


「……夜謳は、私がもらうから」


 華狩が僕に覆い被さり、唇を重ねてきた。

 見せつけるように淫らなキスをしたら、華狩が至近距離でにこりと微笑んでくる。


「大好きだよ」

「……うん」

「そろそろ起きて、学校、行こっか?」

「そうだね」

「……それか、今日は二人でさぼっちゃう?」

「いやー、さぼるわけにはいかないよ」

「そう? 残念。じゃ、行こ?」


 華狩が裸のまま僕を引っ張っていこうとする。


「華狩、服は着ていこうね」

「あ、そうだね。……夜謳の家だったら、ずっと裸でもいいのにね」

「……まぁ、ね」


 華狩が服を着始める。

 そして、僕は改めて鳳仙花さんの方を向く。


「うっ……」


 虚ろを通り越して、鳳仙花さんが無の表情をしている。今見た光景の全てを、脳内でデリート処理しているかのようだ。


「……やれやれ」


 鳳仙花さんは、さっさと僕のことなんて忘れてしまえばいいと思う。こんなろくでなしを、どうしていつまでも好きで居続けるのだろうか。

 ここで無視してしまった方が、鳳仙花さんのためになるのかもしれない。しかし、僕も鳳仙花さんに闇落ちしてほしいわけではないので、多少のフォローはしておこうかな。

 素っ裸のままで恐縮だが、逆に闇落ちを促進してしまわないことを願いつつ、その耳元で囁く。


「そんな顔してないで、早く僕を殺してくださいよ。いつまで待たせるつもりですか? 僕、早く鳳仙花さんを抱きたいんですけど?」


 鳳仙花さんの反応を待つ。その目にだんだんと光が戻り、さらに顔に若干の赤みが差す。


「え……? い、今の……え? どういう意味ですか?」

「二度は言いません。解説もしません。ご自分で考えてください」


 よし、鳳仙花さんに理性が戻った。僕は単に華狩とエッチを楽しんだだけだが、それは鳳仙花さんを焚きつけて自分を殺してもらうためなのだ、的な解釈ができるようになった……はず。

 鳳仙花さんも、ささやかな希望が持てれば、完全に闇落ちしてしまうこともないだろう。きっと。

 服を着たところで、華狩に手を引かれて部屋を出る。鳳仙花さんは、まだどこか惚けた様子で、僕の言葉の意味を考えている。

 そして、一階に向かいつつ、華狩が言う。


「……黒咬君が、本当に私だけのものになってくれればいいのになぁ」

「二人きりのときには、そうだよ」

「そうかもしれないけどさぁ……。って言うか、黒咬君は、鳳仙花さんをどうするつもりなの? 突き放したいの? それとも、こっち側に来てほしいの?」

「……実のところ、自分でも考えがまとまってないんだ。こっちには来てほしくないけど、あれだけ僕を想ってくれる人を、完璧に突き放す気も起きなくてさ」

「そう……。結局は、鳳仙花さん次第、か」

「そうだね。僕は優柔不断なもんで、決められないんだ」

「げすやろう」

「なんとでも罵ってくれ。興奮するから」

「うわっ、気持ち悪っ。興奮しないでよ」

「じょーだん」


 こんなやりとりもありつつ……それから一時間後くらいには一緒に家を出て、学校に向かった。

 華狩が希望するので、登校中は手を繋いで歩いた。この瞬間だけを切り取れば高校生カップルが仲睦まじげにしているだけで、微笑ましい光景だろう。あるいは、一部は殺意を覚える光景かもしれないが、それはさておき。


 僕がサイテーな浮気野郎だと知るものは、学校関係者にはいない。そのため、学校に到着しても、僕たちは普通のカップルとして過ごすことに問題はなかった。

 いや、ないわけではないか。僕のような日陰者が、華狩のような人気者と付き合い始めたというのは、学校という狭い世界では一大ニュースとなった。

 日頃付き合いのある友達は、何が起きたのだ詳しく話せ、と迫ってきた。僕は、華狩との事前の打ち合わせの通り、「実は結構前から裏で細々と交流していて、次第に仲良くなり、付き合うに至った。特に劇的な事件は何もない」ということで押し通した。


「大魔導士の先輩に告白されても付き合わなかったのに、何で再生スキルしかないお前と……っ」


 そんなコメントが出てくるくらいには納得はしていなかったけれど、特別な事件をでっちあげても後々不具合があるかもしれない。変に取り繕わず、退屈でありきたりな恋の始まりとしておいた。

 また、恋人としてどこまで行っているのか、とも尋ねられた。「今朝、エッチしてきたよ」などと残酷な事実は告げることなく、「キスはした」と言うだけにした。

 そして、昼休み。

 華狩と一緒にお昼ご飯でも……と思っていたのだけれど、僕はとある先輩に呼び出されてしまった。

 やれやれ。

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