第25話 絡まれ

 人気ひとけのない体育館裏。

 一人立ち尽くして待っていると、ブレザーのよく似合う、長身で爽やかな印象の男子生徒が現れた。この夕麟ゆうりん高校では王子様と名高い、三年の皇帝雅すめらぎていが先輩だ。『大魔導士』という大仰なジョブを持ち、探索者としても活躍中。

 なお、探索者として活躍したければ探索科のある高校に行けば良い話なのだが、親の反対もあって開眼が遅くなり、普通科の高校を選んだとか聞いたことがある。

 華狩にご執心らしいけれど、華狩には振られている。


「おい、お前。月姫と付き合い始めたってのは本当か?」

「そうですね。それが何か?」


 端正な顔を歪めて、皇が僕に詰め寄ってくる。


「……今すぐ別れろ。お前みたいな地味なやつに、月姫は相応しくない」

「自分にとって相応しい相手を決めるのは、華狩自身ですよ。あなたが口を出すことではありません」

「はぁ? お前、俺に口答えすんの?」


 自身の狭量さを強調するように、皇先輩が僕の胸ぐらを掴む。また、探索者として鍛えたのだろう、鋭い眼光で僕を睨む。

 普通の生徒だったら、これだけで失神ものかもしれない。しかし、死に慣れ過ぎて、恐怖感をどこかに置き忘れてきた僕には、大した意味もない。


「僕、何か間違ったことを言いましたか?」

「お前が俺に口答えすること自体が間違いだろ」

「つまり、言葉の内容自体の正しさなど関係なく、僕のように矮小な存在が、偉大なる皇先輩に口答えすることは許されない、と」

「ああ、そういうことだよ!」

「はぁ、そうですか。皇先輩、さてはバカですね?」


 皇先輩の顔が歪む。随分と沸点の低い人だ。


「そういう生意気な態度も許されることじゃないな!」


 皇先輩が早口に何かを呟くと、僕は全身に衝撃を感じた。雷系統の魔法を使われたらしい。

 結構痛い。でも、もちろん死ぬほどではない。


「……いいんですか? 探索者が、正当防衛の範囲を超えて他人に暴力を行使すると、探索者資格剥奪ですよ?」

「はぁ? 誰も見てなければ、なかったことになるに決まってるだろ。頭悪いな、お前」

「僕が叫んだら人が来ますよ」

「こねーよ。人払いは済ませてある」


 人払いの魔法も使っているわけね。流石は大魔導士様。

 その歪な笑みは、救いようがないと思わせてしまうけれど。


「……皇先輩には何を言っても無駄かもしれませんが。

 気に入らないこと、納得できないことがあればすぐに暴力で解決するし、都合が悪いことは隠蔽する。そんな傲慢で狂気に満ちた本性を、華狩は見抜いたんじゃないですかね?

 あなたがどれだけ優れた能力を持ち、大金を稼げたとしても、あなたの望みのままに生きるお人形に成り下がりたい女の子なんて、いるわけありませんよ」

「……お前、死にたいのか? 口答えすんなって言ってんだよ!」


 再び強い電流が全身に流れる。

 けど、死なない程度に調整された痛みなんて、僕にとってはそよ風……とまでは言わないが、大したことないんだ。


「ふん。やせ我慢しやがって。どれだけ電撃に耐えられるか、試してみるか?」

「いいですね。皇先輩の体力が尽きるまで、一日中でも続けてみてください」

「生意気な目をしやがって! ムカつくんだよ!」


 電流。電流。電流。

 死なない程度に、しかし存分に痛みを与える威力。

 ……慣れてるなぁ、と気づいてしまう。きっと、こういうことはしょっちゅうなんだろうな。知りたくもなかったけれど、この人にとっては拷問が日常の遊びなんだろう。

 探索者には、たまにこういう人がいる。大きな力を持ったことで人格が大きく歪み、もはや普通の人間としての生活を営めなくなるのだ。

 やれやれ、と心の中で溜息。

 この人に不幸にされてきた人は、今までどれだけいたんだろうな。

 別に正義の味方を気取るつもりはないけれど、腹立たしいことだ。

 二十分ほど電流による拷問を受け続けていると、皇の表情に変化が現れる。どれだけ痛めつけても、僕があまり苦にしていないのを不審に思ったのだろう。


「お前……もしかして無痛スキルでも持ってるのか?」


 そんなことありませんよ。普通に痛いです。

 答えようと思ったが、口が上手く動かなかった。皇に支えられていなければ立つこともままならないだろう。

 僕は、ただ冷淡な瞳で皇を見つめるのみ。


「……気に入らねぇ目つきだ。どうせ俺はお前を殺せないとでも思ってないか? お前を殺すのも、失踪させるのも、俺には簡単にできるんだぜ?」


 皇の頭上に、二メートル大の火球が現れる。あれで焼かれたら、僕の体も焼失するかな。


「命までは取らないでやろうと思ったが……。お前は、もう死んどけ」


 皇は得意げに笑うが、残念だがタイムアップだ。


「あなた、黒咬君に何をしているんですか?」


 底冷えする、鳳仙花さんの声。

 僕の異変は、闇咲の魔法によって鳳仙花さんに伝わるようになっている。早速に駆けつけてくれたようだ。たまに忘れてしまうけど、護衛の役目も担っているんだよなぁ。


「お、お前、誰だ!? 何で人払いしてあるこの場所に入ってこられた!?」

「初めまして。あなたに名乗る名はありません。

 何を焦っているのか知りませんが、あなた程度の力では、人払いが通じる相手など限られています。

 ついでに、その人払いは解除しましたから、いつ人が来てもおかしくありませんよ?」


 鳳仙花さんがつかつかと歩み寄ってくる。パンツスーツが様になり、歩くだけでも絵になる人だ。


「その手を離してください」

「……うるせぇ。部外者は黙ってろ!」

「部外者ではありません。私は黒咬君の関係者です。だいたい、わかっていると思いますが、第三者である私があなたの暴力行為を目撃した時点で、あなたの探索者人生は終わりです。もう少し狼狽うろたえたらどうですか?」

「ふ、二人とも黙らせてや……は?」


 皇が言い切る前に、僕を掴んでいた彼の両腕が切断された。


「う、うあああああああああああああああああ!?」


 解放される僕だったが、体に力が入らなくて、べしゃりと地面に倒れてしまった。

 皇の腕を容赦なく切断したのは、鳳仙花さんではない。目を赤く輝かせ、理性を失っていそうな華狩だ。強化された身体能力を生かし、疾風のごとくやってきた。

 もしかしたら、姿の見えない僕をずっと探していたのかな? 鳳仙花さんが人払いの魔法を解除したから、僕のことをすぐに発見できて、飛んできたとか?


「月姫さん! それはやりすぎです!」

「夜謳を傷つけるなんて、許さない!」


 華狩が皇を追撃しようとしたところで、鳳仙花さんがとめに入る。華狩の振り上げられた右手を、鳳仙花さんが掴んだ。


「やめてください! これ以上は、本当に殺してしまいます!」

「なんでその男を守るの!? それは夜謳の敵でしょ!?」

「敵だとしても、殺人はいけません!」

「うるさい! 夜謳の姿を見れば、その男に生きる価値がないのは明らかでしょ!?」

「そういう問題でもありません! 人は、人を殺してはいけないんです!」

「意味わかんない!」

「わからなくても、とにかく人殺しは許されません! 落ち着いてください!」


 華狩の腕力は相当なものらしく、鳳仙花さんが多少振り回されている。鳳仙花さん、本気出せば戦車くらい持ち上げられるはずなんだけどな。

 傍観者でいたいわけじゃないが、体が動かない。口も上手く動かない。

 いざというときに何もできないなんて、僕は本当に情けない。

 戦闘経験を考えれば、鳳仙花さんが負けることはない。上手く場を収めてくれるとも思う。

 しかし……。


「か……が……り……」


 どうにか、華狩の名前を呼んだ。

 すると、華狩が鳳仙花さんをほったらかしにして、僕に駆け寄ってくる。


「夜謳! 大丈夫なの!?」

「……だ、い、じょう、ぶ」


 これ以上は、口も動かない、かな。

 僅かながら笑みを作って……僕は意識を失った。

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