第23話 幻滅?

「夜はゆっくり休みたいなぁ」


 という僕のぼやきが効いたのか、ベッドの上で二人が険悪な雰囲気になることはなかった。休戦状態という感じで、意外と大人しく過ごしてくれた。

 広くはないベッドで、右に鳳仙花さん、左に月姫と、並んで眠った。

 二人とも下着姿で僕の手をぎゅっと握り、胸部をほんのりと押しつけてくる状態だったのは心地良かった。男冥利に尽きるとはこのことかね?

 そして、翌朝。

 体を揺らされる気配に目を覚ますと、体を起こした月姫がいたずらっぽい笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。


「……ん?」


 どうしたのか尋ねようとしたら、月姫が指先で僕の唇を押さえる。

 静かに、ということなのだろう。鳳仙花さんはまだ起きてない。そして、寝ている間に僕から離れていた。

 ちょいちょいと手招きされるので、大人しくそれに従う。

 こっそりと部屋を出で廊下に出る。小窓から差し込む光が眩しい。

 さらに移動し、先日まで月姫が寝泊まりしていた別の客間へ。ここで、ようやく口を開く。


「えっと、おはよう。今、何時?」

「五時半くらい」

「はやー。どうしたの、こんな朝早くに。今日から久し振りに学校だからって、興奮しちゃった?」

「なかなか寝付けなかったのは確かだけど、別にそういう理由じゃなくて。色々考えてたんだけど……」

「うん」

「私、やっぱり黒咬君のこと、好きになっちゃったみたい」

「ほほう……」


 昨日からそういう気配はあったし、行為の最中にも言われていた。

 冷静になってみてもその気持ちが変わらなかった、ということかな。


「ほほう、って……。黒咬君からしたら、こんなことは言われ慣れてるかもしれないけど、もうちょっと反応してくれても良くない?」


 非難がましく睨まれる。確かに、今のは淡泊過ぎたな。


「ごめんごめん。その気持ちはすごく嬉しいよ。ありがとう」


 月姫はまだ不満そう。しかし、溜息一つで気分を切り替えた様子。


「……黒咬君は、鬼面さんと付き合ってる、んだよね?」

「んー……恋人として付き合おうって宣言したことはないよ。なんとなく付き合ってる雰囲気でいるだけ」

「……なら、黒咬君は鬼面さんのこと、そこまで好きってわけじゃないの?」

「いや、好きだよ? 狂歌だけを熱烈に愛しているわけじゃないだけで」

「そう……。じゃあ、私のことも、好き?」

「うん。好きだよ」

「ふんっ」

「痛っ」


 足を踏んづけられた。


「浮気者!」

「うん……そうだよ? 何を今更」

「今更だけど……平気じゃ、ないんだよ」

「そう言われてもなぁ」

「……私だけを見て、とは言えないこと、わかってる。それに、黒咬君が女の子から愛されてただのんきに喜んでいるわけじゃないことも、わかってる。鳳仙花さん以外、黒咬君の周りにいる女の子は、何かしらの事情を抱えているんでしょう?」

「うん。色々とね」

「……だよね。あーあ、なんで黒咬君なんて好きになっちゃったんだろ? 黒咬君はただの友達と思って、他の誰かを好きになれれば良かったのに」


 がっくりと肩を落とす月姫。


「……こんな僕だけど、僕についてきてくれるなら、他の誰かとでは経験できない人生を送れるよ?」


 冗談っぽく言ってみたら、月姫は挑発的な笑み。


「本当に? 黒咬君と一緒なら、他の誰かを好きになるより、幸せになれる?」

「幸せは保証しかねる」

「……堂々と情けないことを宣言しないでよ」

「僕は率先して誰かを引っ張っていける人間じゃないからなぁ」

「男らしくない」

「さて、男らしさとはなんなのか……」

「そうやって誤魔化そうとするところ、あんまり好きじゃない」

「そうかぁ。じゃあ、もっと情けないことを言ってしまおう。

 月姫さんが僕と一緒にいてくれるなら、僕は、僕なりに精一杯月姫さんを幸せにはする。けど、僕の精一杯は、きっと月姫さんからすると物足りない。月姫さんは、きっと僕に全部を捧げてほしいと願うだろうから。

 月姫さんが幸せになれるかどうかは、月姫さんの心持ち次第だよ。僕の心は、月姫さんだけでは埋まらない。月姫さんも、僕以外のたくさんのもので、月姫さんの心を埋めてほしい。

 そしたらきっと、月姫さんは幸せになれると思う。他の生き方と比べてどうかは、知らないけど」


 月姫が、悩ましげにまた大きく溜息。


「そう……。黒咬君は、そういう人なんだね」

「そ。幻滅した?」

「滅するだけの幻想を抱いてない」

「それは良かった」

「……まぁいいや。黒咬君はそういう人で、それでもやっぱり、私は黒咬君のことが好きなんだ。私を全身全霊では愛してくれない黒咬君のこと、嫌いになんてなれないんだ」

「……ご愁傷様です?」

「ちょっと口を大きく開いて? 舌を引っこ抜くから」

「じょ、冗談だよね?」

「私が冗談を言っているように見えるかな?」


 目が虚ろである。本気で引っこ抜く宣言している、のか?


「……死なないとはいえ、痛いのは痛いんだよ?」

「うん。知ってる」

「……舌を抜かれるのって痛いんだよなぁ」


 僕が観念したところで、月姫がふふと笑う。


「嘘。そんなこと本気でしないよ」

「それは良かった……」

「次に黒咬君を食べるとき、美味しくいただくね?」

「……猟奇的だなぁ」

「ごめんね。そういう体になっちゃって。……グロいことは、また今度にして。今は、さ」

「ん?」


 月姫が僕に接近し、そのままぎゅっと抱きしめてくる。顔も押しつけてきて、表情は見えない。


「……私、今は結構冷静なんだ。黒咬君を食べたいとは思ってない」

「うん」

「冷静なときに……普通の男女みたいに、黒咬君とエッチがしたい、な」

「それは良い提案だ」

「……誰も起きてこないうちに、しよ?」

「いいとも。あ、でも、避妊……」

「持ってる」

「あ、そう」


 というわけで。

 月姫に導かれるまま、僕たちはベッドに入る。

 早々に服を脱いで、まずは裸で抱き合った。


「……私と二人でいるときだけでいいから、私のことだけ、考えてよ」

「うん」

「……私のこと、華狩かがりって呼んで」

「うん。華狩」

「私も、夜謳って呼ぶ」

「うん。いいよ」

「それと……学校にいる間くらいは、私たち、付き合ってるってことにして、いいかな?」

「いいよ」

「ありがとう。……夜謳。好きだよ」

「僕も、好きだよ」


 それから、お互いの体をであって。

 しかるべきタイミングで、一つとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る