第22話 嘘

「えー……一応訊きますけど、鳳仙花さん、毒なんてどこから仕入れたんですか?」


 僕が尋ねると、鳳仙花さんはわかりやすく目を泳がせる。


「え? ああ、えっと、昨今は、色々入手経路はあるものですよ? 私は、ダンジョンから持ってきました」

「へぇ。そうですか。危ないことしますねー」

「まぁ、そうですね。はは……」

「じゃあ、その残りはどこに? まさか、持ち出した分を全部僕のコップに投入したわけじゃないですよね?」

「……いえ、全部入れました。むしろ、持ち帰った量なんてごく僅かです」

「ちなみに、なんて言う名前の毒物ですか?」

「……名前は、ちょっとわかりません。デビルスネイクから、かなり強力な毒が手に入るのですよ」

「へぇ、そうですか」

「ええ、そうですよ」


 睨む僕と、必死に見つめ返してくる鳳仙花さん。

 嘘だよなぁ、とは思う。けど、鳳仙花さんが明確な嘘を吐く姿は珍しい。白い風景に、一点の黒いシミが生まれるのを見たような感覚。


「……物的証拠がないので、犯人とは決めつけられませんね」

「……私がやりました」

「本人が宣言するだけでも、犯人とは決められませんよ」


 鳳仙花さんが不満そうに僕を睨む。本当の犯人は闇咲に違いないのだから、そんな顔はしないでほしいね。

 やれやれと肩をすくめる僕に、闇咲が言う。 


「しかし、黒咬よ。まだ鳴が犯人であるという可能性も残されている。お前が疑うのもわかるが……ここは軽くキスでもしてやればどうだ?」

「えー?」

「えー? とは何ですか! 私のキスするのがそんなに嫌ですか!?」

「あ、はい。嫌です」

「んな!?」


 軽く拒絶すると、鳳仙花さんはこの世の終わりみたいな顔をした。

 ふむ。ちょっと言葉の選択を間違えてしまったようだ。傷つけたかったわけではないのに。

 僕が密かに反省している間に、鳳仙花さんの目からぽろぽろと涙がこぼれ始める。これは本当に悪いことをしてしまった。


「わ、私のこと……そんなに……」

「嘘です。キスしたくないなんて思うわけありません。だから泣かないでください」

「ほ、本当に、嘘ですか……?」

「ややこしい日本語を使わないでくださいよ。僕だって、鳳仙花さんのことは好きですよ。清い関係でいたいっていうだけで」

「……信じられません」

「やれやれ」


 食事中だというのに、闇咲のせいで変な空気になってしまった。

 立ち上がって、鳳仙花さんの隣の隣に行く。


「ちょっと、立ってもらっていいですか?」


 鳳仙花さんは大人しく立ち上がり、何か期待するような、だけど恨みがましそうな、複雑な表情を見せる。


「……こんな流れで初めてのキスをするのは、僕も嫌なんで」


 本命から少し逸れて。

 唇と頬の境界線辺りに、軽めのキスをした。

 バキ。

 バキ?

 甘い雰囲気に浸る暇もなく、月姫の手元から破壊音。思わず視線をやると、箸が見事にまっぷたつに折れていた。


「……月姫、さん?」

「あ、ご、ごめんなさい! 黒咬君がキスしてるのを見たら、つい……。闇咲さん、お箸、弁償します!」

「箸くらい構わんさ。特に高級なものでもない」

「……すみません」

「気にするな。しかし、ちょっと見ない間に随分と嫉妬深くなったもんだな?」

「その……そういうわけじゃ……ありますけど……」

「いいさ。月姫も女だし、旦那が浮気すれば嫉妬もするだろう」

「……だからって、ものに当たるのは良くないです」

「それはそうだな。当たるなら黒咬本人がいい」

「はい。そうします」

「そうします……だと?」


 月姫の身体能力は人間を遙かに超えている。当たられると怪我では済まないぞ?

 戦々恐々とする僕に、闇咲は愉快そうに言う。


「黒咬よ。浮気するなら、それなりの代償には耐えてもらわんとな」

「……それは、わかりますけどね」


 月姫は比較的穏やかな性格だと思ったが、どうやらそうでもないらしい。闇咲に影響されたかな。

 溜息を吐くと、力強く、それでいて柔らかな感触が僕を包む。

 鳳仙花さんが僕を抱きしめていた。


「私は、何があっても黒咬君を傷つけるような真似はしません。そんなことできません」

「……それは嬉しいですね。そして、自供ありがとうございます。やっぱり毒殺の犯人は鳳仙花さんではないということですね。今のキスで手打ちとしましょう」

「あ!? い、今のは嘘です! 私、簡単に黒咬君を傷つけますよ!? ほ、ほら!?」


 鳳仙花さんの締め付けが強くなる。心地良い程度に苦しい。胸部を押しつけているのではないかと思わないでもない。

 いつまで続くかなー? とのんびり構えていたら、月姫がやってきて、強引に鳳仙花さんの腕を解いた。


「……私の前でいちゃつくのやめてください」

「月姫さん、開眼したてなのになかなかなの腕力ですね……。本気ではなかったとはいえ、私の腕力を凌駕するなんて、正直驚きましたよ」

「……とにかく、やめてください」

「わかりました。黒咬君、続きはまた寝室で」

「今夜は私が一緒に寝ます。鳳仙花さんはいつも一緒に寝てるんだから、譲ってください」

「譲りません! あなたは一日中一緒だったじゃないですか!」

「全然足りません」

「いつからそんなデレキャラになったんですか!? 今朝はもっとドライだったでしょう!?」

「私も不思議ですが、今は一緒にいたい気持ちが強まっています」

「だからって一人占めはさせません!」


 言い争う二人。

 ところで、僕を間に挟んで喧嘩するの、やめてくれない? 所在なさが酷いのだけど。

 僕が困っていると、闇咲が言う。


「いっそ三人で寝ればいいじゃないか。その方が黒咬も喜ぶだろうよ」


 その一言に、二人が不満そうながらも頷き合う。今夜は三人で寝ることが決まったらしい。

 助けてくれたのはいいが、この騒ぎを引き起こしたの、闇咲だよね? 何を傍観者ぶって呆れているのかな?

 少々不満はあれど、とにかく二人が落ち着いてくれて良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る