第21話 ダウト

「なんで私には手を出さないのに、急に現れた女の子とはこんなに早く体の関係を持つんですか!」


 闇咲宅のリビングにて、怒っているのはもちろん鳳仙花さん。

 散々肉欲を満たしあってから闇咲の家に戻ると、何故か一瞬で僕と月姫が何をしてきたのかがばれたのだ。

 雰囲気でわかるものなのかな? 確かに手を繋いで帰ってきたし、月姫はどこかもじもじしていたし、顔も赤かった。うん、ばれるね。


「いやぁ、なんか気づいたらそういう雰囲気になってたもので」


 ナハハ、と笑いながら頭を掻く。


「だったら、私とも気づいたらそういう雰囲気になってください!」

「鳳仙花さんとはそういう雰囲気になりませんよー」

「なんでですか! 毎晩誘ってるじゃないですか!」

「僕、積極的過ぎる女性には逆に萎えちゃうんですよー」


 嘘だけど。


「じゃあ、ハプニングで黒咬君の寝室に裸のまま入り込んでしまうので、うろたえる私を襲ってください!」

「どんなハプニングですか、それ」

「なんでもいいんです! とにかく、黒咬君の周りで、私だけ一線引かれてるのが嫌なんです!」

「ってか、それ以前に僕の浮気性に怒ってくださいよ。いいんですか? 僕、色んな女性に平気で手を出すクソ野郎ですよ?」

「そんな世間一般の常識も倫理観もどうでもいいんです! 隠し事をして女性を裏切っているわけでもあるまいし、それでも寄ってくるのは自己責任です!」

「まぁ、そういう面もありますね。僕は、誰か一人としか関係を持たないよー、とか言ったことはありません」

「だから、そんなことはどうでもよくて! とにかく私を抱いてください!」


 僕の肩を掴み、泣きそうな目で睨んでくる鳳仙花さん。

 本当に、どうしてこの人はいつまでも僕に執着するのだろう? こんな苦しそうな顔をするなら、さっさと忘れてくれればいいのに。


「僕の基準は、前から何も変わってませんよ。別に難しいことではありません。さぁ、どうぞ」


 無防備な棒立ち。しかし、鳳仙花さんはどうしても僕を殺す気にはなれないようだ。


「……愛しい人を、殺せるわけないでしょう」

「そうです? 僕を気軽に殺す子、たくさんいますよ?」


 愛しい人を殺せるわけない。

 それが当然で、自然で、人間らしさ。

 鳳仙花さんには、その美しい心を保ち続けてほしい。


「……私には、無理です」

「それでいいんですよ。あ、そう言えば、お昼ご飯も食べてなくてお腹空いてるんです。今日は鳳仙花さんが当番でしたよね? もうできてますか? 帰ってくるの遅くなっちゃって申し訳なかったんで、あとはこっちで勝手に準備しますね」

「……構いません。私が準備します。待っていてください」

「そうですか? ありがとうございます」


 暗い顔の鳳仙花さんがキッチンへ向かう。準備はほぼできていたようで、あとは温め直すだけらしい。

 テーブルにつくと、闇咲がにやにやしながら言う。


「意外と早かったな」

「予定より三十分は帰りが遅いですよ」

「そっちの話じゃない」

「ですよねー」

「月姫の態度を見るに、肉体関係を持つのにまだ一ヶ月はかかると思っていた。今日、何かあったか?」

「強いて言えば、狂歌に会いました」

「ああ、なるほど。あいつに刺激されたか」

「かもしれませんねー」


 ふむふむ、と唸る闇咲は、今度は月姫に話しかける。


「月姫。……ぼうっとしているな。まだ余韻に浸っているのか?」

「え!? あ、いえ、その……」

「初めてなのに、そんなに良かったか?」

「いや、だから、その……」


 俯く月姫の顔が、耳まで赤い。

 初めての痛みはあっただろうが、人喰い吸血鬼の力でそれもすぐに引いていた。あとは今日が初めてとは思えない勢いで猛っていたな。性欲が高まると食人欲も高まるのか、僕を一回喰い殺しもした。


「まぁ、いい。体の相性が良ければ、この先ずっと一緒に生きていくのにも都合が良かろう。夫婦になるかは知らんが、性生活が上手くいかないと夫婦はよく離婚する。男女が共に生きていくのであれば、避けては通れぬ問題だ」

「……はい」

「黒咬は誠実な男とは呼べんが、経験が多い分、女性の扱いも上手くなる。独占欲以外は程良く満たせる良い相手だろう」

「そう、かもですね」

「……あまり余計な口出しをするものでもないか。ところで、黒咬よ」

「ん? なんです?」

「お前の心情もわからんではないんだが……いい加減、鳴をどうにかしてくれないか? お前に新しい女ができる度、鳴が心を乱す。実に面倒だ」

「僕は、僕の基準を変えるつもりはありませんよ」

「……強情な奴だな」


 闇咲が溜息を吐く。とんとん、とテーブルを指先で突いた後。


「鳴、夕食はまだか?」

「あと五分でできます」

「……私も手伝おうか」

「え? 闇咲さんもですか?」


 闇咲がキッチンに立つ。珍しいこともあるもんだ。基本的に、誰かが泊まりに来ているときは、宿泊費として客人に料理を作らせるのに。

 それから、五分ほど待つ。

 テーブルに並べられたのは、唐揚げやハンバーグなど、僕が好むものばかり。完璧に僕仕様で申し訳ない。

 四人が席に着いたら、食事を開始。

 そして、僕がコップにつがれた水を飲んだところで。


「……っ!?」


 急激に体がしびれ始める。いや、それだけじゃない。呼吸が止まる。視界も狭まる。なんだ、これ。毒? なんで?

 姿勢を保つこともできず、僕は椅子から崩れ落ちる。

 薄暗い視界の中、闇咲だけがうっすらと笑っているのを確認した。気がする。

 ……そして。

 無事に復活を遂げた僕は、再び椅子に座り直す。


「……闇咲さん、何をしたんですか?」

「はて? 私は何もしていないぞ? まぁ、今の症状を見るに明らかに毒を盛られた感じだが……。ふむ、自分の手で直接お前を殺すのは無理だと判断し、鳴が毒を使ったようだな」

「……はい?」


 闇咲、にやにや。

 鳳仙花さん、唖然。

 月姫、困惑。


「よくやったな、鳴。これでお前も資格を得たぞ?」

「は、え? ええと……?」

「明らかに闇咲さんの仕業じゃないですか。鳳仙花さんが僕に毒を盛るわけないでしょ。っていうか、あんな致死性の毒なんて持ってませんよ」

「何を言っているんだ? 私は何もしていないんだぞ? だったら犯人は鳴しかいないじゃないか」

「……キッチンに立ってましたよね?」

「それは認めよう。だが、憶測だけで私が犯人だと決めつけられても困る。犯人は鳴だ」

「……鳳仙花さん、本当に犯人なんですか?」

「わ、私は……えっと……」


 犯人じゃないことはわかりきっている。

 困惑しきりの態度にもそれは現れている。

 しかし。


「……わ、私が、犯人です、よ?」


 ダウト!

 叫びたい気持ちもあったけれど。

 鳳仙花さんが犯人という可能性も、ゼロではないんだよなぁ……。

 これ、どうしたもんかね?

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