第20話 ずるい

 僕の部屋に戻ってきた。

 時刻は午後六時過ぎで、まだ空は明るい。あと三十分もすれば日も落ちるだろうか。


「さて、人目もないし、後は好きにしていいんだけど……先に一応確認。今の衝動って、どれくらい? 結構強い?」

「ん……そこまで強くない。我慢しようと思えば、我慢できる。でも……なんか、食べたい」

「ふぅん……なんでだろう? 昨日、目一杯食べてたのに」

「……なんでかは、わかんない。ただ、その……鬼面さんと黒咬君が仲良くしてるのを見てたら、なんとなく衝動が沸いてきて……」

「……ふむ」


 嫉妬で食人欲求が刺激されるのか? 僕を独り占めしたいから? 月姫はそんなに僕に執着しているのだろうか?


「詳しい分析は闇咲さんにでも任せよう。お風呂だと後が楽だけど、ベッドとどっちがいい?」

「……ベッドがいいな」

「りょーかい」


 ダンジョン産のアイテムを使えば、ベッドを洗うのも難しくはない。少々お金がかかるだけ。

 荷物を置いて、服を脱ぐ。下着は穿いたまま。

 また、月姫も服を脱いで、下着姿になった。昨日は水着を着ていて、それはそれで刺激的だったが、下着はそれ以上だ。

 滑らかな肢体。白い肌。レースで飾られた白の下着。思わず下半身に血が巡るね。

 僕がベッドに横たわると、月姫が上で四つん這いになる。


「……ねぇ、黒咬君」

「ん?」

「黒咬君は、鬼面さんと結婚するつもりなの?」

「ん……正直、わからない」

「鬼面さんは、結婚する気満々だったよ?」

「先のことはわからないさ」

「無責任」

「そうだね。でも、別に結婚を考えてないわけじゃないよ? 狂歌には僕との結婚が必要だと判断したら、結婚もする」

「そういう決め方はどうかと思うなぁ……」

「なら、どういう決め方がいいと思う?」

「結婚を考えるときは、誰を一番好きかで決めてよ」

「選べるかなぁ」

「そういう選び方してくれないと、嫌」

「月姫さん、まるで自分が参戦するみたいな口振りだね」

「……意地悪」

「僕が誰と結婚するかって、そんなに重要?」

「……重要」

「誰とも結婚せず、皆と仲良く暮らすだけでもいいんだけどなぁ」

「男の子って、本当に勝手なことを言うよね」

「これがモテる男の特権さ」

「……ちょっと殺意が沸いてきた」

「おいおい」

「食べる前に一回首の骨折って良い?」

「……冗談の通じない人だ」


 月姫が僕の首に手をかける。指に力を込め、圧迫。これ、首を折るんじゃなくて窒息死させる奴。

 血流が止まる。血も止まる。頭がぼうっとし始める。

 このまま死ぬかなーと思ったところで、ふっと手の力が緩んだ。

 ケホケホとせき込んだ。


「……ただ殺すのは、やっぱりなんか違うかな」

「そ、そうかい……けほ」

「私、黒咬君のこと、どう思えばいいんだろう? まだまともに交流し始めてから間もなくて、救われた部分もあるけど、完全に救われたわけでもない。

 ある意味命の恩人で、友達でもある。友達としては好きで、正直言うと、男の子としても……ちょっと好きみたい。黒咬君が鬼面さんと仲良くしているのにもやもやしちゃって、意地悪な態度も取っちゃった。

 わたし……黒咬君と、どこまで仲良くなりたいのかな?」

「それは、僕に訊かれてもね」

「黒咬君は、私とどうなりたい? 私と……エッチ、したい?」

「その質問の答えで、何かわかるの?」

「わかる、かも」


 迷子のような目。途方に暮れて、誰かに道を指し示してほしがっている様子。

 これからの僕の一言が、月姫の心のあり方を決めてしまうのだろうか。なんとも責任の重い話。

 けど、生きろと言ったのは僕だから、きちんと答えるのも、僕の責任かな。


「僕は、月姫さんとエッチもしたいよ。浮気性で悪いけど、恋人にもなりたいとも思う。月姫さんと子供を作って、一緒に家庭を築くのもいいなと思っちゃう」

「……サイテーだ。浮気なんてなんとも思ってないクソ男だ」

「そうだね。でも、嫌なら別の男を選べばいいのに……って思う僕は、間違っているかな?」

「間違ってるし、ずるいと思う。私には、黒咬君しか選択肢がないんだから」


 それもそうだ。


「じゃあ、僕はどうすればいい?」

「……わかってる。どうしようもないこと。黒咬君が誠実になって誰かを選んで、他の誰かを見捨てたら……その子たちは行き場をなくしてしまう。黒咬君には、そんなことできない。だから、そんな半端なことしてる」

「……正しい道を選べる人生ばかりじゃないのだよ」

「そうだね。そうだよね。正しい道を選べるのは、きっと贅沢なことなんだよね」

「うん。きっと」

「……自分の気持ちもわからなくてごめん。もしかしたら、これからすることは間違いなのかもしれない。それも、ごめん」


 月姫が僕の左手を取る。


「……避妊具くらい、常備してるよね?」

「え? まぁ……」

「……私が止まらなかったら、黒咬君が、コントロールしてね?」


 左手の小指を、月姫が強靱な歯で噛みちぎった。

 痛い。血が溢れる。しかし、それに構う間もなく、月姫がぎらぎらした目で僕を見つめる。

 僕の小指を精力剤扱いしないでほしいものだね……。


「黒咬君……好きだよ」


 月姫が唇を重ねてくる。柔らかで、温かで、優しい。

 たぶん、月姫からすると初めてのキスなのだろう。触れたは良いものの、それからどうすれば良いのかわからず、たどたどしい動きで這い回っている。

 止血する暇もないが、小指だけなら放っておいてもいいだろう。どうせ一度死なないと指も治らないし、誤って失血死しても問題ない。

 その体を抱きしめつつ、キスに応える。相手が初めてなので、まずは表面をなぞる優しいキス。

 はふぅ、と満足げな吐息。これ、ちょっと好き、くらいじゃないと思うけど。どうだろ。小指食べて、好意も増幅されたのかな。

 舌を伸ばすと、月姫が一瞬ぴくりと体を強ばらせる。それから、おそるおそる舌を伸ばしてくる。

 舌先を触れ合わせて、軽い挨拶。

 それが終われば、もっと深く、月姫の中に進入していく。

 キスの時はいつも思うけれど、女の子のものでも舌の感触はとても官能的。肌とは全然違う粘膜の感触は、本能的な興奮を呼び起こす。


「は……っ、はぁ……っ、ふぅ……っ」


 初めての深いキスで、月姫が動揺しているのがわかる。

 今まで感じたことのない感覚に、月姫も高ぶっているのだろうか。

 キスの間に、月姫のブラホックを外した。そして、ブラの隙間から手を差し入れて、柔らかな乳房に触れる。

 サイズとしては、DかEくらいだろうか。大きすぎず、手のひらからちょっと溢れるくらい。

 先端に触れると、月姫がぴくぴくと震えだす。今は、ここも敏感になっているようだ。

 熱烈なキスをして、愛撫を続けて。

 月姫の体が整ってきたら、下の方も脱がせる。

 下半身に触れると、溢れるもので手がふやけそうだった。

 一度キスをやめ、月姫と見つめ合う。

 拒絶の色はない。むしろ、早く欲しいと訴えてくる。

 体勢を変え、月姫をベッドの上に寝かせる。そのまましてほしそうにしていたけれど、ベッド下の収納ボックスから避妊具を取り出す。

 待ちきれない様子の月姫が、僕の左手を口に含む。小指の先から血を吸って、さらに自分で自分を慰めている。

 なんて淫らな姿。僕以外には見せたくないね。

 避妊具を装着したら、今度こそ、月姫の中にお邪魔する体勢になる。


「……月姫さん。好きだよ」


 もはや、目がハートマークになっていそうな月姫。

 上気した顔も、乱れた髪も、全部が艶っぽくて、愛おしい。


「黒咬君……好きぃ……」


 そして。

 僕と月姫は一つになった。

 月姫の体力は凄まじいものがあり、満足させるのは容易ではなかったけれど、僕はとてもとても頑張った。

 満足したあとの月姫はすこぶる可愛らしくて、頑張った甲斐はあったと僕も満足できた。

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