第18話 嫉妬

「夜謳……? どういうこと……?」


 魂の抜けたような顔で、狂歌が尋ねてくる。


「……話せば長くなるんだが」

「いいよ。教えて」

「ここで話せる内容でもない」

「じゃあ、一度外に出よう」


 有無を言わせぬ雰囲気。断るわけにはいかないのだろうな。


「わかった。月姫さん、ちょっと話してくるから、先に何か食べててよ」

「ん。わかった」


 狂歌を伴って席を外す。

 最後に一度月姫を振り返ったら、べっ、と舌を出していた。僕が狂歌と仲良くしていることが、多少気に入らなかったらしい。

 嫉妬、なんだろうな。曖昧な関係だけど、そういう感情が湧くようにはなっている、と。

 一度店を出て、人気ひとけの少ない裏通りにやってくる。


「とりあえず、一回殺すね? 落ち着いて話をするためにさ?」


 俺の返事を待たずして、狂歌が両手で俺の喉を掴み、建物の壁に押しつける。

 狂歌の腕力は常人を遙かに越えているので、僕はもう呼吸が出来ない。血の流れも止まっている。


「あはっ! その苦しげな顔、超素敵! 最高! はぁん、もう、そんな顔されたら、下着が大変なことになっちゃう!」


 狂歌が、僕の首を絞めながら、れろぉん、と、僕の頬を舐める。今の僕の顔なんて、気持ち悪いだけだと思うけど。

 僕はなんの抵抗もできず、苦しげに口をぱくぱくさせることしかできない。それがまた狂歌を喜ばせて、狂歌が一層強く僕の首を絞める。

 ボキ。

 僕の首が折れた。


「あ、もう折れちゃった。夜謳の体、やっぱり脆いなぁ」


 くすくすくす。狂歌の笑い声を最後に、僕は一度死んだ。

 そして、数秒後に復活。


「やっぱりもう一回殺させて?」


 首を絞められる。苦しい。でも、まぁ慣れっこだから、この苦しさもある意味快感。かもね?

 誰かに見られないかと不安になりつつ、僕は結局狂歌に五回殺された。

 普通なら有料なんだけどなぁ。ま、今回は僕が狂歌の気持ちを考えずにさっさと話を進めてしまったせいだから、お金は取らないでおく。


「それで、あの子とはどういう関係なの?」


 狂気は去ったが、憮然とした態度の狂歌。とりあえず落ちついて話せる状態になったようで何より。


「これから話すことは、誰にも言わないでくれよ」

「わかってる。それくらいは守れるよ。わたし、夜謳の妻だもん」

「まだ結婚してない」

「婚姻届は用意してある」

「ええ!? 僕、書いた覚えないけど!?」

「この前、泥酔してたときにちょいっと」

「泥酔した覚えもないよ!」

「じょーだん。夜謳の筆跡を真似して、印鑑は勝手に作っただけ」

「……それ、有印私文書類偽造っていう犯罪だからね?」

「うん。知ってる」

「なんて堂々とした居直り……」

「いいじゃん。どうせ結婚するんだし」

「……あーあ。婚姻届けはちゃんと二人で用意したかったのになぁ。どきどきわくわくしながら、『これで僕たち、夫婦になるんだね』『うん。これからも宜しくね?』みたいな会話をしたかった……」


 深い溜息と共に落ち込んで見せると、狂歌が、手をバタバタさせる。


「あ、そ、その! 勝手に作っちゃったけど、あれはただのおままごとみたいなものだから! 本物はもちろん二人で書くよ!」

「婚姻届も、ちゃんと二人で出したいなぁ。嬉し恥ずかし、照れながら市役所に婚姻届を提出して、へへ、って笑いあっちゃいたいなぁ……」

「もちろんそうするよ! 勝手に提出とかしないから安心して!」

「そっか。それは良かった」


 ふぅ。念押ししておけば大丈夫だろう。気づいたら結婚してました、という事態にはならなさそうだ。


「結婚の思い出は、ちゃんと二人で作ろうね?」

「うん……。わかった。約束する」

「よしよし。それで、改めて月姫さんのことだけど」

「……うん」


 狂歌に、改めて月姫の事情を説明。

 開眼して人喰い吸血鬼になってしまったこと、これから定期的に血を吸ったり、人を喰ったりしなければならないこと、今後はずっと僕と一緒に生きていかなければならないこと、その一貫で同棲する予定であること。

 また、関係としては友達の範疇だとも伝えた。お互いに恋愛感情がゼロではない雰囲気だけれど、恋人になろうとしているわけではない。

 全てを聞いて、狂歌は深い深い溜息。


「あーあ……また夜謳の取り巻きが増えたぁ……。しかも、わたしを差し置いて同棲」だなんて……」

「ごめん。事情が事情だからさ、こうするしかないんだ」

「わかるけど……わかるけどぉ……やっぱり嫉妬しちゃうよぉ」


 ふはぁ、と再び深い溜息。


「夜謳が、わたしだけの夜謳じゃないのは、もう受け入れてるの。夜謳は、助けを必要としてる女の子、放っておけないもんね。そういうところは嫌いだけど、わたしはそういう夜謳だから好きになった……」

「……いつもごめんね」

「あと十回殺す」

「……了解」

「めちゃくちゃ苦しませて殺す」

「お手柔らかに」

「爪全部剥がす。目玉くり抜く。舌を引っこ抜く。全身の骨を折る。心臓をえぐり出す」

「……過激だなぁ」

「これくらいしないと、納まらない」

「しょーがない。この件に関しては、無料で殺されてあげよう」


 酷い拷問を受けるのは辛いが、どうせ死なないし、我慢するしかないな。


「……ねぇ、夜謳。本当は、わたしと一緒にいるの、嫌じゃない?」


 急に弱々しい口調。珍しく不安になっているらしい。


「え? 全然? 僕にとっては、殺されるのとか大したことじゃないし」

「でも、わたし、めちゃくちゃ酷いことしてるじゃん。普通の人だったら発狂してるようなこと、たくさんしてるじゃん。痛いのも苦しいのも、嫌でしょ?」

「痛くもなく、苦しくもない方が、そりゃいいとは思う。けど、もういいんだ。この不死の力を生かすのは、僕に与えられた使命みたいなもの。僕にできる精一杯のことで誰かを幸せにできるなら、それが僕の幸せだよ」

「そう……。夜謳って本当に、神様みたいな人……」

「僕はただの人だよ。エッチなことが大好きで、浮気性が治らない、ただの人」

「……夜謳は、本当に特別な人だよ。浮気性でも、たまに冷たくても、やっぱり、大好き」


 狂歌が僕に抱きつく。痛いくらいに、ぎゅぅっと腕に力を込める。

 その体を、痛くない程度に抱きしめ返す。


「……ねぇ、わたしも一緒に暮らしたい」

「三人で住むには、僕の部屋は狭いかな」

「わたしの家に住めばいいよ」

「狂歌の家ってわけじゃないからなぁ」

「酷い。わたしだけ拒むつもり?」 

「いや、狂歌だけってわけでは……」

「もう! とにかくわたしも一緒に住みたい! もう一人でいるのやだ!」

「そう……」


 月姫と同棲する以上、狂歌を拒み続けることもできないか。それに、二人きりの環境にならなければ、狂歌が暴走しすぎることもないと思う。

 いつかは、狂歌とも一緒に暮らそうとは考えていた。月姫の登場は、丁度いいきっかけなのかもしれない。

 ただ、やはり僕の部屋では狭いし。


「……三人で住める部屋、探そうかな」

「本当!? わたしも一緒に住んでいいの!?」


 狂歌が上を向き、輝く笑顔を見せる。


「うん。そういうこと」

「やっっっっっっっったぁ! 夜謳との新婚生活! 楽しみ!」

「まだ結婚してない」

「早く結婚しようよ! っていうか、引っ越しはいつ!? 今日!? 明日!?」

「そんな急にはできないよぉ。目処としては、二ヶ月以内くらいで」

「ええ!? もっと早く! そんなに待てない!」

「善処します」

「全然信用できない言葉なんだけど!?」

「僕が今まで嘘を吐いたことがあったかい?」

「嘘ばっかりじゃないの! でも、同棲の話は、嘘になんかさせないからね!」


 嘘ばっかり吐いている記憶もないんだけどなぁ。


「とにかく、部屋選びは慎重にやるよ。待ってて」

「……早く決めてよね。じゃないと、また酷いことたくさんしちゃうから」

「承知した。……じゃあ、話も区切りがついたところで、そろそろ戻ろうか」

「……このまま二人でデートしたい」

「それはダメ。月姫さんを置いていけない」

「……あの子がいなくなればいいのね?」


 ゴキン。狂歌が指を鳴らす。


「不穏なこと言わないの。ってか、冗談でも襲うなよ? 月姫さん、めっちゃ強いから」

「……ちっ」

「怖い舌打ちやめてー」

「ふん。……最後に、キスして」


 狂歌が目を閉じる。

 唇を重ねたが、当然のごとく軽いものでは終わらず、ディープなものになった。


「ん……っ。あ……っ」


 キスだけでも随分と嬉しそうに、狂歌が体を震わせる。

 個室とベッドがあればいいのにな……なんてことを考えながら、狂歌の情熱的なキスに応え続けた。

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