第17話 バチバチ

 ツインテールにしたロングの金髪を揺らし、狂歌きょうかが僕たちの元に駆け寄ってきた。真紅のドレス風ワンピースも着こなし、流石アイドルと思わせる輝きを放っている。


「やぁ、狂歌、久しぶり」

「本当に久し振りだよ! 最後に会ってからもう一週間だよ!? 連絡しても素っ気ない返事だし、何してたの!?」

「ごめんごめん。ちょっと急ぎの用事があってさ」

「それがこの女なわけ!? どういう関係なの!?」

「説明すると時間かかるから、とりあえずご飯でも一緒にどう?」

「……先に教えて。この女、新しい彼女?」

「んー……彼女ではないよ。今のところ」

「ふぅん……。今のところ、ね」


 狂歌が月姫を睨む。


夜謳やおはわたしのだから!」

「あ、えっと……そっか。私は、別に黒咬くろかみ君の彼女じゃないし、いいと思うよ?」

「……む。本当に彼女じゃないの? ただのお友達?」

「……ちょっと特殊な友達、かも」

「ふぅん。ならいいや。いきなり喧嘩売ってごめんね」

「気にしないで。黒咬君と一緒にいたら、いずれはこういうこともあるかなとは思ってたから」


 月姫は苦笑い。特に張り合う様子のないその態度に満足したか、狂歌が落ち着く。


「じゃあ、わたしも一緒に何か食べる」

「わかった。じゃあ……席、移らせてもらおうか」


 二人席では手狭なので、店員に告げて四人席に移らせてもらった。

 そして、当然のごとく狂歌は僕の隣に来て、ぴたりと体を寄せてくる。


「そういえば、狂歌はどうしてここに?」

「三時から皆と練習。それまでお店回ろうって思ってたの」

「そっか。頑張ってね」

「そのうちまたライブやるから観に来てよ?」

「了解」

「ねぇ、キスして?」

「急な話の転換……。ってか、ここで?」

「いいじゃん。一週間もわたしを放置したのが悪いの。会ったらキスくらいしたくなるでしょ」


 月姫の様子をうかがう。苦笑を浮かべ、ご自由にどうぞ、の雰囲気。

 仕方ない。ここで拒むと次に何を言い出すかわからないし、キスで穏便に済ませよう。

 狂歌の方を向き、柔らかな頬をそっと撫でる。カラコンの色だが、青い瞳が鮮やか。

 見つめていると、狂歌の頬が上気して、うっとりした表情になる。


「夜謳ぉ……。好きぃ……」


 狂歌が目を閉じる。ゆっくりと近づいて、優しく唇を重ねた。

 半ば予想通り、狂歌が両手で僕の頬を包んで離さない。公共の場にも関わらず、舌を絡め合う長いキスになる。

 半端なことをすると、狂歌はより強い刺激を求めるようになる。満足するまで付き合おう。

 と思ったのだが。

 すぐ近くから咳払いが聞こえた。


「お客様。当店では、そういう行為はお控えいただくようお願い致します。お二人の関係に水を差したいわけではございませんが、他のお客様には、気になってしまう方もいらっしゃいますので」


 女性の店員さんに止められて、狂歌もキスをやめてくれる。名残惜しそうに離れ、至近距離で見つめてくる。


「邪魔が入っちゃったね……。お手洗い、行かない?」

「お客様。お手洗いを本来の目的以外で使用することはお控えください」

「ありゃ、怒られちゃった。続きはまた今度。……覚悟しててね?」

「りょーかい」


 狂歌は、最後にもう一度軽い口づけをしてきて、それから月姫の方を向く。ぺろりと舌を舐める仕草が艶っぽい。

 店員さんは呆れた様子で去り、もっと呆れた様子の月姫は苦笑するばかり。


「……黒咬君って、学校外ではとことん爛れてるんだね」

「男冥利に尽きる、という奴かな?」

「こんな子がいたら、鳳仙花さんの誘いも軽く断るわけだよ」


 鳳仙花さんの名前を聞き、狂歌がぴくりと反応。


「……夜謳。あの女、まだ夜謳を狙ってるの?」

「まだというか、諦めるつもりはないみたいだよ」

「あの女と最近会ったのはいつ?」

「……この一週間は毎日かなー」


 狂歌がわかりやすく頬を膨らませる。


「なんで!? わたしとは会ってくれないのに! 彼女より彼女じゃない女の方が大事なの!?」


 そもそも、僕が狂歌を彼女と認めたことはないんだぞ? もう彼女ってことでいいや、とは思ってるけど。


「ほら、大人の女性って、魅力的じゃない?」

「わたしの方が魅力的だもん! 体の相性もいいもん!」

「はいはい。そういうこと、公共の場で言わないようにねー」

「子供扱いして! 同い年なのに!」

「狂歌は妹キャラで売ってるところあるじゃん? 仕方ないよ」

「そんなキャラで売ってないし! しっかりしたお姉さんタイプってことになってるし!」

「僕の前で性格変わりすぎなんだよ」

「夜謳のこと好きだから仕方ないじゃん!」


 狂歌が、爪を立てながら僕の腕を握りしめる。痛い。お仕事中で受ける凶行よりはかなりマシだけど。


「月姫さん、ごめんね? 狂歌、だいたいこんな感じなんだ」

「……仲が良くていいんじゃないかな? ただ……そんな子がいるのに、私にちょいちょい『僕と結婚しちゃう?』とか言ってたの?」


 月姫の発言に、またしても狂歌が反応。

 あの……月姫、あえて火に油を注いでない?


「夜謳ぉ……? どういうことなのかなぁ……?」


 狂歌の目に狂気が宿る。包丁持たせたら間違いなく僕を刺していた。今は、爪で僕の皮膚を思いきり引っかくだけに留まっている。


「狂歌。よく聞くんだ」

「なぁにぃ……?」

「現代日本では、仲良くなった女性に対して、僕と結婚しませんか? と口説くのが一般的なマナーなんだよ」

「もうちょっとマシな言い訳を考えろ! バカァ!」


 ばちーん。

 平手打ちが飛んできた。頬がじんじんする。首にも違和感があるが、これは首を痛めたのかな?


「……狂歌、聞いてくれ。実はちゃんとした訳もあって」

「もういいから! 夜謳っていつもそうやって都合が悪いことは誤魔化す!」


 人聞きの悪い。大事なことはそんなに誤魔化してないぞ。たぶん。


「月姫とかいう女! 夜謳はわたしのだからね! 夜謳と結婚するのはわたし! 誰にも渡さない!」


 びしぃ、と月姫を指さす狂歌。月姫はその様子に苦笑して、僕をちらりと見てぷくくと笑い出した。


「何よ! わたしなんて敵じゃないとでも言いたいわけ!?」

「違う違う。黒咬君、愛されてるなぁって」

「当然でしょ! わたし、夜謳がいないと生きていけないもん!」

「浮気性でもいいの?」

「良くないけど、そのときは殴って不満解消するからもういい!」

「……殴られれば浮気が許されるなら、黒咬君としてはありがたいことだよね」

「ふん! 余裕ぶっちゃって。どういう関係で夜謳と関わるようになったのか知らないけど、とにかく夜謳はわたしの!」

「私、実は近々黒咬君と同棲するんだ」

「……は?」


 おいおい。

 月姫、澄ました顔で随分と狂歌を焚きつけるじゃないか。

 しかし、ショックが大きすぎたのか、狂歌がぽかんと口を開けて思考停止状態。

 ……人前で殺人事件を起こすのだけは、やめてくれよ?

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