第13話 一週間
僕の学校生活では、特に事件も起きない。ごく普通に男友達と交流したり、授業を受けたりしていると、それだけで一日が過ぎていく。
強いて言えば、月姫の欠席が少々話題になっていたくらいか。生徒には風邪だと伝えられているが、何か別の理由があるのではと予測する者もいた。
そんなこんなでときは流れ。
幸いなことにというべきか、特筆したことのない日々が続き、五日が経った。
この間にわかったことがいくつかある。
まずは、月姫の食事について。
血は一日一回以上摂取する必要があり、その量はコップ一杯分程度。毎日献血されるようなもので、普通の人が一人で与え続けるのは難しい。血が不足して倒れる。が、僕なら問題なし。一度死ねば血も元通りなので。
吸血の際、月姫はかなり性的な高ぶりを感じるらしい。今のところは必死でその衝動を抑えているのだが、吸血の後には「一人にしてほしい」と言って部屋に引きこもる。何をしているかはお察しするに留めた。
また、定期的な血の摂取の他、単純に血の匂いを嗅ぐだけでも吸血衝動が沸き起こるらしい。空腹でなければ我慢はできるけれど、精神力が必要なようだ。甘いものの匂いを嗅ぐと食欲が刺激されるのと似ているらしい。
人を喰うことに関しては、最低限週一で良いとはいうものの、食人後の五日目辺りから徐々にまた人を喰いたくなるらしい。ぎりぎり我慢して、一週間に一回は必要、ということだ。
この飢餓感はかなり精神を苛むらしいので、月姫は土曜日の夜にもう一度僕を喰った。
喰う前はまだ理性を残していたものの、肉を体内に取り込んだくらいで理性が飛び、ひたすら僕を喰う獣に変貌した。食人では、吸血のときとは比べものにならないほど性的にも高ぶり、途方もない絶頂感に襲われるらしい。
至高の料理を味わいながら、同時にイキ狂う自慰をしているような感覚……なのかな?
僕としては、ちょっと体験してみたい感覚。でも、月姫はそんな状況に陥ることを忌避していた。
「自分が自分でなくなって、快楽を貪るだけのケダモノになり果ててしまったような気がしてすごく恥ずかしい……。あんな姿は誰にも見られたくないし、あの状態を知っている黒咬君の脳の一部を切除して、記憶を取り除きたい」
なんて具合に、月姫は若干グロテスクな発言をしていた。
食事について以外では、月姫がかなり探索者向きな強さを誇っていることもわかった。
探索者に向いているかどうか、SからFまででジョブを分類しているのだが、人喰い吸血鬼はBランク。鍛えていけば、ほぼ間違いなく探索者として大成するだろうもの。
ただ、鍛えすぎると化け物としての側面も強化してしまうかもしれないという懸念がある。週に一度の人喰いでは足りなくなったり、より強い破壊衝動が芽生えてしまったり。そのため、探索者としての活動は控えるという方向で動いている。
月姫についてわかったことはこんな具合で、念のためもう少し経過観察をしておこうということに。学校には通って良いが、あと一週間は闇咲の家で暮らし、それ以降は僕の家に来る予定。僕の部屋は一人暮らし用なので、必要に応じて引っ越しも検討中。
そして、月姫が人喰い吸血鬼になってから一週間後の、日曜日の午前九時過ぎ。
これから始まる二人暮らしの予行演習として、月姫は僕の部屋にやってきた。今日は鳳仙花さんもいないので、本当に二人きり。
「……ここが黒咬君の家か。割と広い部屋だね」
「うん。二人で生活するのも不可能じゃない」
「そうだね。っていうか、私、本当に黒咬君と二人暮らしするのかな? そういう風に話が進んでるけど、いまいち実感がないかも……」
月姫は、やや殺風景な僕の部屋をきょろきょろと眺める。
当初の予定通りに話は進んでいるのだが、いざとなると色々と思うところがあるのだろう。
なお、月姫の両親とも話は既についている。対応したのは闇咲。あまり詳しいことは聞いていないが、両親は、一人娘が人喰いの化け物になってしまったことに嫌悪感を抱いていたそうで、もう家にはいてほしくない様子だったとか。
「僕との二人暮らしは急な話だもんね。けど、始まったら案外この状況にもすぐに慣れるよ」
「そうなのかな……。それにしても、今まで彼氏がいたこともないのに、いきなり友達の男の子と二人暮らしって、変な感じ」
「もし嫌だったら、何か他の方法を探そうか?」
尋ねると、月姫は首を横に振る。
「ううん。嫌なわけじゃないの。この一週間で、黒咬君が本当に悪い人じゃないのはわかった。むしろ、心優しくて、温かい。私のことをよく気遣ってくれてる。
急なことで戸惑いはあるけど、私、黒咬君となら一緒に暮らすのも悪くないって思ってる」
「それは良かった。ちなみに、暴走して月姫さんを襲うとかはないから安心して」
「……うん。わかってる。黒咬君はやらしいこと大好きだけど、無理矢理はしないよね。鳳仙花さんに散々誘われても手を出さないみたいだし、節度は守れる人だ」
「そうそう。僕はこれでも紳士なのだよ」
「……紳士、ねぇ。ま、そういうことにしておこうかな」
月姫が室内を軽く探索するが、一部屋しかないのだし、クローゼット、風呂、トイレを見たら、もう他に見るものはなくなった。
「満足した? 何か欲しいものがあるなら買うけど、今から買いに行く?」
「そうだね……。日用品は自分の部屋から持ってくるとして……少し贅沢を言うと、机と椅子が欲しいかも。座卓だけだとちょっと辛い、かな」
「ああ、わかった。そうしよう」
この部屋には、座卓はあれど机と椅子がない。僕はそれで問題ないけれど、月姫は慣れていないのだろう。
「あ、あと、さ」
「うん?」
「……ベッド、やっぱり一つだけ、だよね」
もじもじしている月姫の顔が赤い。これについても、僕は一つで問題ないが、月姫としては恥ずかしいのだろう。
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