第12話 親離れ

 目が覚めたら、下着姿の鳳仙花さんが隣に寝ていた。もっと言うと、僕は露出している谷間に顔を埋めていた。

 大変心地良いのだけれど、鳳仙花さんとは清い関係でいたいんだよなぁ。


「……とりあえず、これ以上のことはしていない、と」


 僕は服を着たままだし、欲望を放出した感じもない。たぶん、一線は越えていない。

 鳳仙花さんが半端に服を脱いでいるのが気になるけれど、鳳仙花さんは比較的常識人だし、実のところシャイだしで、全裸にはなりきれなかったのだろう。


「今何時かなぁ……。早く起きないといけない気がするなぁ……」


 時計を確認するべき。しかし、状況的に理性を半分失っているせいで、鳳仙花さんの細く引き締まった体を撫でてしまう。二十四歳という女盛り、瑞々しくて柔らかな肌は手に優しい。


「……んっ。あ……っ」


 撫で撫でしていたら、鳳仙花さんが熱い吐息を漏らし始める。いつものクセで、女性の弱いところを重点的に撫でていた。鳳仙花さんは首筋が弱いみたい。ってか、起きていたのね。

 あまり性的な雰囲気になるのも良くないので、そろそろ起きようかな。

 手を止め、鳳仙花さんから離れようとすると。


「な、なんでやめるんですか! 最後まですればいいじゃないですか!」

「学校に遅刻してしまいますよ」

「私より学校の方が大事だって言うんですか!」

「ええ、まぁ」

「酷いです! 深く傷つきました! 慰謝料請求します!」

「わかりましたから、そろそろ起きましょう」

「冷めた態度! そんなに私に興味がありませんか!?」

「……そんなわけないですよ。でも、これ以上はしません」


 鳳仙花さんの頭をくしゃりと撫でてから、今度こそ起き上がり、薄暗い室内を見回す。洋室になっていて、ベッド一つと一人用の机と椅子があるだけの質素な部屋。広さは七畳畳くらい。薄緑のカーテンが閉められた小窓から、少しだけ日の光が漏れている。

 枕元に放り出されていたスマホを発見し、時刻を確認。七時を過ぎている。


「……はぁ。下着じゃダメでしたか。次はもう裸で迫るしか……」

「裸で迫るのも止めてくださいね。僕は先に行くので、服を着たら降りてきてください」

「むぅ……。せめて、一緒に行こうと言ってくれても……」

「その格好で?」

「服は着ますよ!」

「じゃあ、五秒待つので早く服を着てください」

「なんで私に対する態度がいつもそんなにつれないんですか! また泣きますよ!?」


 あえて口にはしないけど、鳳仙花さんって僕につれなくされるのが好きなんじゃないかと思う。だから、これはご褒美をあげているのだ。きっと。


「いい大人がしょっちゅう泣かないでください。ほら、三十秒待ちますから、早く早く」

「もう!」


 鳳仙花さんが急ぎ紺のルームウェアを手に取り、僕は眼福と思いながらそれを眺める。黒い下着が非常にセクシーだ。

 なお、鳳仙花さんは、たまに僕の部屋にも泊まりにくる。泊まるだけで男女的なことは何もしないのだが、ほんのりと誘惑してくるので、下着姿を見るのも初めてではない。鳳仙花さんも、下着を見せるくらいならさほど恥じらう様子も見せない。

 鳳仙花さんの着替えを待って、二階から一階へ降りる。

 顔を洗ってリビングに行くと、既に月姫と闇咲が朝食を摂っているところだった。僕と鳳仙花さんの分も置かれている。メニューは白ご飯、目玉焼き、サラダ、味噌汁。

 朝の挨拶を交わし、リビングのテーブルにつく。僕と鳳仙花さんが隣同士、正面に月姫と闇咲。

 闇咲は、朝だからか化粧をしていない。特に紫の口紅をしていないと、案外優しそうな顔立ちをしているんだよな。

 月姫は昨日と印象が変わらないが、薄桃色のルームウェア姿は新鮮で可愛い。


「これ、月姫さんが作ったの?」

「うん。そうだよ」

「へぇ、月姫さん、意外性を見せるために料理はできない設定だと思ってた。料理もできたら完璧過ぎじゃない?」

「……また変なこと言ってる。難しいのは作れないけど、これくらいは誰でも作れるでしょ。味噌汁とかインスタントだし」

「いやいや、味噌汁にしても、お湯加減がまた絶妙で……」

「食べる前からなに言ってるの。もう……。黒咬君、学校の外ではお調子者なの?」

「学校では真面目ぶってるから、反動が酷くてね」

「ふぅん……。まぁ、いいや。けど、学校でもそんな風にしてたら、もっとクラスメイトからの印象も変わるのに」

「僕、周りになんて思われてんの? ただの根暗?」

「こっそり透視スキルとか使ってエロいことしてそうな人」

「そういう偏見やめて! 僕はこれでも合意がないとエロいことはしない人だから!」


 このご時世、何かしらエロいスキルに開眼しないかと期待する男は多い。探索者として有用なスキルと同じくらい、透視だとか催淫だとかのスキルも人気だ。スキルの悪用は禁じられているが、完璧に取り締まれるわけでもない。

 おしゃべりをしつつ、朝食も進める。うん、普通に美味しい。


「黒咬君は、本当にやらしいスキルを必要としない人みたいだね」

「そうそう。幸いなことに、性欲解消は間に合ってるよ」

「はいはい」

「あ、っていうか、月姫さんは今日学校に行くの?」

「……ううん。一週間は休んで様子見。吸血衝動や食人衝動がどういう風に現れるのか、確認しないと。それと、休んでる間に家族とも色々話す。自分が化け物になってしまったことも、危険だから家族とは一緒に暮らせないことも……」


 月姫は寂しそうに目を伏せる。

 家族のことは、ごく当たり前に大切なのだろう。良い家族に恵まれたからこそ、起きたことを告げるのは心苦しかろう。


「そっか。ちょっと早いけど、親離れ、だね。普通は時期を自分で決めて心構えをしておくものだけど、不慮の事故なんかで強制的にそうなってしまう人もゼロじゃない。二度と会えなくなるわけでもないし、気楽に行こうよ」

「……うん。そうだね。でも、黒咬君って、こういうときは急に真面目だよね。ギャップ萌えでも狙ってるの?」

「女の子にモテる秘訣を研究したところ、これが最適解という結論に至った」

「どんな研究したらそうなるんだか……」

「全てを説明するには、人生の余白が少なすぎる」

「一体何年かけて語る内容なの!? いい加減なことばっかり言うなぁ……」

「真面目に生きるのはもう疲れたんだ……」

「はいはい。っていうか、長々と話してて大丈夫? 黒咬君、学校に行くんでしょ?」

「ああ、そうだった。……もうサボっちゃおうかなぁ」


 ちらっ。

 鳳仙花さんを見ると、鋭い視線を向けられた。ダメみたい。


「ここまで来たら学校にはちゃんと行ってください。高校生としての義務です」

「はーい。わかったよ、お姉ちゃん」

「お姉ちゃんじゃありません! 未来の嫁です!」

「その訂正もどうかと思いますけどね」


 こんな賑やかな食事を終えたら、僕は取り急ぎ家に帰って、制服に着替えてから学校へ。鳳仙花さんにバイクで送ってもらわなければ遅刻だったかもしれないな。

 校門をくぐりつつ、誰にともなくぼやく。


「月姫さんも、当面は問題なさそう、か。良かった」


 あとは、僕の頑張り次第だな。

 月姫がちゃんと生を選択し続けられるよう、頑張っていこうじゃないか。

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