第4話 甘えんぼ

 夜が明けて、月曜日の午前十一時。僕が目を覚ましたとき、狂歌はまだ安らかに眠っていた。その頭をさらりと撫でた後、ベッドから抜け出す。

 ズタボロになった衣服は捨ててしまい、常備してある替えの服を着る。昼は気温も上がるので、薄手のシャツとチノパンだけで十分。

 お腹も空いたので、狂歌の分も含めて朝食兼昼食を準備。勝手知ったる他人の家という奴で、軽くパスタとサラダを作った。

 ちなみに、狂歌は家族暮らし用の3LDKの部屋に住んでいて、十三階建てマンションの最上階でもある。今日は快晴だし、窓からの眺めも爽快だ。

 僕が料理をリビングのテーブルに置いたところで、物音で目を覚ました狂歌が、素っ裸のままでやってきた。

 僕を見つけた途端、狂歌が非難がましく睨んでくる。何かと思えば。


「わたしが起きたときには隣にいてほしいっていつも言ってるじゃん! 勝手に出て行かないで起こしてよ!」


 理不尽に怒られてしまった。やれやれと苦笑しながら返す。


「この前は、朝起きたときに朝食が準備してあると最高なのにってぼやいてたじゃないか」

「そ、それは……それはそれ! これはこれ!」

「理不尽過ぎるー」

「もう! 意地悪!」


 狂歌がむくれながら僕に接近。殴られでもするのかなと身構えていたら、単純に抱きついてきた。朝から刺激が強くて、下半身の血行が良くなってしまうね。


「意地悪だけど好き」

「……わがままな狂歌も可愛い」

「もう! やっぱり意地悪! わたしはわがままじゃないもん!」

「……自覚なしかぁ」

「わがままじゃなくて、夜謳が好き過ぎるだけ!」

「甘えんぼなんだな」

「そういうこと!」

「甘えんぼの狂歌も可愛い」

「わたしが世界で一番可愛い?」

「うん。可愛いよ」

「えへへ。嬉しい」


 狂歌が僕の鎖骨辺りにぐりぐりと頭を押しつける。さらさらの髪がくすぐったい。頭を撫でつつ、ハグを返す。柔らかな素肌に触れるのも気持ちいい。ついでにお尻もちょっと触った。ふるりとした良い感触だ。


「お腹空いたろ? ご飯、食べよう」

「……もう少しこうしてたい」

「そう?」

「ねぇ、夜謳。お仕事の時は抜けていいから、わたしと一緒に暮らそうよぉ」

「……それは狂歌のお仕事に差し支えるよ」

「大丈夫だよ。わたしのところ、恋愛禁止なんて面倒なルールないもん。彼氏いるって公言してるもん」

「ルールはなくも、なるべく夢を持たせてあげるのもアイドルのお仕事だろ?」

「……知らない。わたしは夜謳だけが好き」

「ありがたい話だけどさ。一緒に暮らすのは、やっぱりまだダメ」

「なんで?」

「僕はまだまだ子供だからね」

「もう! いつもそればっかり!」

「大人の事情ってやつだよ」

「子供のくせに!」

「確かに」


 狂歌と一緒に暮らすのもいいとは思うのだけれど、狂歌は僕に依存しがちなところがある。一度、監禁されかかったこともあって、今はまだ同棲を控えている。僕が死んだら復活するからって、常に足を切り落とされているのもちょっとね。

 もう少し気持ちが落ち着いてくれれば良いのだが、そんな日は来ないかもしれない。どうバランスを取っていくか、模索中である。


「毎日は無理だけど、また狂歌に会いに来るから」

「……バカ」

「申し訳ない」

「十回殺す」

「毎度ありー」


 おどけて言ったら、喉仏に噛みつかれた。食いちぎられるのではないかと心配になったが、ぎりぎり歯形がついただけで済んだ。目立つところに歯形はつけてほしくなかったんだが。


「もう! バカ! 本当にバカ! 嫌い! 嘘! 大好き!」

「ごめんな」

「ふん!」


 狂歌が僕から離れ、裸のままでテーブルにつく。


「服は着ないでいいの?」

「面倒くさい」

「僕は眼福だからいいけどね」


 二人で向かい合って座り、食事を開始。美味しい美味しいと喜んでくれる狂歌はごく普通の女の子に見えて、昨夜の凶行の面影は全くない。

 僕がいれば、狂歌は一般人として普通に生活できる。狂歌の暮らしを守れるように、側にいよう。

 今は殺され屋とお客という関係もあるけれど、金銭的なやりとりなしの関係になるのもやぶさかではない。

 ……ただ、他のお客さんとのかねあいは考えないといけないな。上手く調整できれば良いのだけれど。

 おしゃべりをしながら食事を終えると、時刻は十二時を過ぎている。

 そういえば、学校は無断欠席になってしまったな。今から準備して行っても、到着する頃には学校がほぼ終わっている。まぁいいや。成績は優秀だし、真面目に学校に通えば幸せが約束されるわけでもない。


「狂歌は学校行かなくて良かったの?」

「んー、いいんじゃない? 卒業さえできればあとはどうでも」

「不良だなぁ」

「そうだよ? 夜謳の影響だね!」

「僕のせいにしないでおくれ」

「わたしがこんなにやらしい子になったのは、間違いなく夜謳のせいだよ?」

「んー、まぁ、それは否めない」

「ちゃんと責任取ってよね!」

「ん。まぁ」

「気のない返事! 夜謳はツンデレ過ぎるよ!」


 そんな会話をしつつ、食事も終わったところで、僕は帰宅しようと思ったのだが。


「……帰っちゃうの? どうせ学校をさぼったなら、今日は一日一緒にいてくれてもいいじゃん」


 狂歌が僕を離してくれなさそうだったので、今日は狂歌と一緒に過ごすことに決めた。

 全く、僕は女の子の頼みに弱いなぁ。


「……今日は一緒に過ごそうか。でも、夕食を食べたら帰るよ」

「はぁい……。ずっと一緒がいいけど、今は我慢する……」

「ありがとう。それで、今日は何をしようか?」

「いちゃいちゃしたい」

「昨日散々したじゃないか」

「そういうのだけじゃなくてっ。一緒にお風呂入ったり、ベッドでごろごろしたりしたいの!」

「りょーかい。なら、とりあえずお風呂かな? 昨日、汗かいたままだし」

「どうせまた汗はかくけど、とりあえずお風呂入る。早く行こっ」


 狂歌に誘われて、僕たちは浴室に向かう。

 爛れた生活に後ろめたい気持ちを抱きつつも、やはり浮かれ気分の方が勝ってしまう僕だった。

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