第5話 鳳仙花鳴

 狂歌と一日遊び倒した後、午後八時過ぎには帰宅することに。


「……ずっとここで暮らしてもいいんだよ?」


 玄関先で狂歌はまだそんなことを言うけれど、心を鬼にして断る。


「また来るよ」

「……仕事じゃなくても、呼んで良い?」

「場合による」

「もう! バカ! いつでも呼んでって言え!」

「いつでもとは言えないところが……」

「もういい! さっさと帰れ!」

「痛っ」


 狂歌に背中を蹴られ、勢いのまま僕は玄関のドアに頭をぶつける。結構痛い。


「乱暴するなよー」

「大丈夫。夜謳以外にはしないから」

「僕は大丈夫じゃないなぁ」

「うるっさい! 文句があるなら一緒に暮らしてよ!」

「ツンなのかデレなのかはっきりしてくれ」

「わたしと結婚して!」

「はっきりさせ過ぎると返答に困るやつだった。ごめんけど、今日はもう帰るよ」

「早く帰れ! 三回殺すよ!」

「発言が物騒すぎる……。じゃあね、また今度」

「バカー!」


 罵られながら、僕は狂歌の部屋を後にする。

 あまり気にする必要はないのかもしれないが、周りに人がいないので一安心。そのまま誰も見ていないうちに、いそいそと非常階段を使って一階まで降りていく。

 性行為以外では一日運動をしていないから、階段を下りるだけでもいい運動になる。


「楽しい一日ではあったな」


 学校をさぼってしまった後ろめたさはあるが、良い時間を過ごした充実感もある。きっと数年後には純粋に良い思い出となっていることだろう。

 マンションの豪華なエントランスを抜けたところで、見知った女性が立っていることに気づく。

 パンツスーツの似合うスラリとした立ち姿に、外ハネのボブヘア。髪色は薄い茶。少々目つきが威圧的ではあるのだけれど、美人だし、とても面倒見の良い女性。年齢は二十代前半。

 やっぱりいるよなぁ、と思いつつ、とぼけながら声をかける。


「あれ? 鳳仙花ほうせんかさん。どうされたんですか?」


 彼女は鳳仙花鳴ほうせんかめい。例の、僕が『不死』という特異なスキルを持つが故につけられた護衛役。『黒夜の狩人』というジョブを持ち、日本有数の実力者なのだとか。

 護衛といっても、常に僕の傍にいるわけではない。僕の位置情報を把握しつつ、異常を知らせる魔法も利用して、何かあればすぐに来られるようにしている程度。盗聴器の類は付けれていない、はず。以前、僕が狂歌に監禁されそうになったときにも助け出してくれた。

 普段は別の仕事をしており、主に探索者向けの高校で戦闘訓練を請け負っている。その他、スキルを悪用した犯罪者確保にも協力しているらしい。

 そんな鳳仙花さんは、護衛の一貫と称して、割と頻繁に僕に会いに来る。電話やメッセージもしょっちゅう。

 そして、わざわざ待ち伏せしてまで僕の前に現れた理由はというと。


「……今日、学校をさぼったでしょう」


 僕がこういうことをすると、鳳仙花さんは僕のところにすっ飛んでくる。


「あー、はい。それだけでわざわざ僕のところへ?」


 またとぼけてみると、鳳仙花さんが眉をひそめ、ずずいっと僕に接近。


「それだけ、ですって? 黒咬君! 常々言ってますよね!? 学校はちゃんと通ってくださいって! 特異なスキルのせいで、既にあなたは普通から逸脱した存在になっています! 強いて普通であろうとしなければ、全く社会に馴染めなくなってしまう恐れもあります! 一般世間との関わりを安易に絶ってはいけません!」

「……ええと、はい。そうですね」


 たった一日さぼっただけで大袈裟な……とも思うが、考えたら結構さぼってたわ。


「わかっているなら、学校くらいはちゃんと行ってください! 何も難しいことではないでしょう!? 決まった時間に学校に行き、決まった時間まで席について大人しくしていればいいんです! 先生に何かを言われたら、なんとなくそれらしく返事をするだけです!」

「……その学校のイメージもどうかと思いますけどねぇ」


 でも、学校に行って真面目に勉強しなさい、とは言わないのが、鳳仙花さんのいいところだと思う。


「黙りなさい!」

「はい……」

「明日からはちゃんと学校に行きますね!?」

「はい。行きます」

「もうさぼったらダメですよ!?」

「……了解です」


 ふんすと息を吐き、最後に僕をもう一睨み。

 それから、肩の力を抜いて嘆願するように言う。


「……本当に、ちゃんとしてくださいね? 黒咬君が世間一般と折り合いをつけて生きていけるか、日陰の世界の住人になるか、今の過ごし方に大きく影響されます。

 それに、今はまだわからないかもしれませんが、高校時代という貴重な時間は二度と戻りません。限られた高校生としての時間を大事にしてください」

「……はい。申し訳ありませんでした」


 ぺこりと頭を下げる。鳳仙花さんは溜息を吐いて。


「わかればいいんです。顔を上げてください」

「はい」

「……夕食は、食べてきてますよね。とりあえず家まで送りますよ」

「ありがとうございます」


 鳳仙花さんが歩きだし、僕はそれに付き従う。

 マンション前に小型バイクが止めてあり、二つあるヘルメットの内の一つと、グローブ一式を僕に手渡してくれる。


「僕はヘルメットなしでもいいんですけどねー」

「……死に慣れ過ぎです。必要なくてもちゃんと被ってください。法律で決まっていますので」

「了解です」


 ジェットタイプのヘルメットを被り、鳳仙花さんがバイクに乗った後で、僕も後部座席に跨がる。


「腰辺りをしっかり掴んでおいてくださいね」

「抱きついてもいいですか?」

「他の女臭い体で抱きつくのは止めてください」

「お、嫉妬ですか?」

「そうですが何か?」


 なんとまぁ潔い。流石は大人の女性。


「……モテる男は辛いなぁ」

「モテる男に恋する女の方が辛いですよ」

「こりゃ失礼」

「私を恋人として認めてくれるなら、思い切り抱きついてもいいですよ」

「ますます抱きつけなくなりました」


 ちっ、と鳳仙花さんがやんちゃな舌打ち。大人の女性、どこ行った。


「……途中で振り落としてしまいましょうか」

「止めてくださいよ。死なないだけで、痛いのは痛いんですから」

「骨の一本ぐらいはやっちゃってもいいんじゃないですか?」

「さっき、死に慣れ過ぎって非難してませんでしたっけ?」

「はて……? とにかく、痛いのが嫌なら落ちないでくださいね。じゃあ、出発しますよ」

「どうぞー」


 鳳仙花さんがバイクのエンジンをかけ、車道の様子を確認した後に発進させる。

 なお、先ほどのやりとりでもわかる通り、鳳仙花さんは僕に好意を寄せる女性の一人である。もう社会人なのに、こんなお子様に惹かれるなんてびっくりだ。

 今日こうして会いに来たのも、僕に一言文句を言わねばという義務感よりも、ただ僕に会いたいという気持ちがあったからだろう。

 今のところは、特殊スキル持ちとその護衛という関係。僕の周りにいる女性の中では珍しく、肉体関係はない。好意を伝えられただけ。ついでに、鳳仙花さんには、殺されたこともない。

 当然のことながら、鳳仙花さんは僕に一目惚れしたわけではない。僕が自分の身を削って医療の発展に貢献しようとしたり、狂気を宿した女性たちに献身的に振る舞ったりする姿を見て、気づいたら好きになっていたのだとか。変な趣味してるよね。


「僕よりいい男なんていくらでもいるのに、どうして僕なんですかね?」

「黒咬君はそういう次元にいないんですよ」


 風とエンジン音で聞こえないかと思ったが、ちゃんと返事が来た。


「そういう次元?」

「かっこいい人、強い人、頭の良い人、お金持ち……。そういう良さとは別次元で、黒咬君はすごい人です。どんな痛みや苦しみを経験しようと、心を折らずに笑っています。狂気の孕んだ人たちの危うい心にも寄り添おうとしています。

 人の闇に触れようとも、黒咬君が闇に染まることはありません。黒咬君は、他の誰も持っていない光を宿しています」

「そんな大層な男に見えますー? 買いかぶりすぎですよー」

「自分の良さは、自分ではよくわからないというだけです」

「でも、僕が浮気者のサイテー野郎なのは確かです」

「それは、そうなるしかなかったというだけです。あなたが浮気者のサイテー野郎でなければ、生きていけなくなる人もいます。

 本当は、あなただってただ一人を一途に愛する人生を送りたかったのではないですか?」

「それこそ、買いかぶりすぎですよ……」


 そんな会話を挟みつつ、僕たちはタンデムツーリングをエンジョイする。

 ところで、僕の家に向かっているはずなのに、見覚えのない道を通っている気がする。単に僕の知らない近道を行っているだけだよね?

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