第3話 天国

 狂歌は僕を十三回殺した。

 二時間ほどぶっ続けで痛めつけられるのは辛いけど、我慢できないほどじゃない。と言っても、特殊な訓練を受けた僕だから耐えられることなので、良い子も悪い子もまねしないように。するわけないか。

 ちなみに、血塗れの部屋は、ダンジョン産のアイテムですぐに綺麗にできる。飛び散った僕の破片についても同様。いやぁ、ダンジョン産アイテムって本当に便利。

 さて、狂歌も満足したみたいだし、夜が明けないうちに帰ろうか。狂歌の部屋に替えの服は常備しているので、それに着替えて……。


「ねぇ、夜謳やおぉ? 何を帰ろうとしているのかなぁ?」


 部屋の掃除を終え、別れの挨拶をしようとしたところで、ベッドで横になっていた狂歌から手を引かれた。


「お仕事は終わったから、そろそろ帰らないと。明日は月曜日だし、学校なんだ」

「そんなの休んじゃえばいいじゃないのぉ」

「そういうわけにはいかないよ。こわーい護衛役がいるからね。学校は真面目に通って、勉強も頑張ってる風を装っておかないと」


 僕の護衛役、鳳仙花鳴ほうせんかめいは、僕が学校をさぼることを良く思わない。僕はもう普通とは逸脱した人間になってしまったけれど、十六歳らしい生活を忘れないでほしいと願っているのだ。


「……行っちゃやだ」

「やだって……」

「だって、嫌なんだもん! 夜謳がいてくれないと嫌だ!」

「あのなぁ」


 鬱屈していたものが発散されたせいか、狂歌は甘えんぼモードに移行している。

 どちらかというと、こっちの方が素の表情なのかなと思う。今ではアイドルとして頑張っているし、狂気に支配されて僕をめった刺しにすることもあるけれど、甘えたがりで寂しがり。

 狂歌は今、一人暮らしをしているのだが、広すぎるマンションの一室で孤独に過ごすことを辛く感じることもあるようだ。

 せめて両親と一緒に暮らしていれば良いのだろうけれど、狂歌のジョブを恐れて、二人は別の家に住んでいる。狂歌は両親に捨てられたと感じているし、それが一層孤独感を強めているのだろう。


夜謳やおぉ……」


 ナイトライトの薄明かりの中でも、狂歌の目に涙が浮かんでいるのがわかる。

 今夜はよほど不安定なようだ。色んな意味で濃い付き合いをしているのだし、放ってはおけないな。


「……わかったよ。今夜は一緒に過ごそう」

「やったぁ!」


 狂歌が僕をベッドに引き吊りこみ、絡みついてくる。狂歌は当初から裸だし、僕も衣服をほぼ全部はぎ取られているので、お互いの肌が触れ合ってしまう。

 全身で感じる狂歌の温もり。四月の夜は裸で過ごすにはまだ肌寒くて、狂歌の熱が心地良い。


「ねぇ……しよ? 壊し欲が収まったら、今度はものすごくむらむらしちゃったの。ほら、わかるでしょ?」


 艶めかしく囁く狂歌は、僕の左手を自らの陰部に導く。そこは確かにぬれそぼり、興奮状態にあることがわかった。


「……仕方ないなぁ」

「仕方ないって言いながら、夜謳も期待してたくせにぃ」


 狂歌が僕の股間に触れる。痛みがなくなり、裸の美少女が隣にいるだけの状況となっては、反応しないという方が無理だ。


「僕も、普通の男の子なもので」

「何度殺されても死なないだけの、普通の男の子だもんね?」


 狂歌が僕の上に這い上り、深いキスをしてくる。

 美しい少女の動物的な部分が僕の中に侵入してきて、心までもねっとりとねぶられるような感覚になった。

 長く淫らなキスの後、狂歌が至近距離で僕の目を見つめながら言う。


「わたし、夜謳が好き。夜謳がいてくれなかったら、わたしはもうとっくにただの猟奇殺人犯だった。わたしの狂っちゃった部分も全部受け止めてくれるのは夜謳だけ。夜謳がいないと、わたし、もう生きていけない」

「……大丈夫だよ。僕はずっと狂歌と共に生きる。僕としても、死なないだけの普通の人間に価値を見いだしてくれる狂歌は、特別な存在なんだ」

「……ふん。そんな甘い囁きをしながら、浮気するくせにっ」


 狂歌の爪が僕の頬に食い込む。そのまま肌を突き破り、多少の血が流れた。


「いやぁ……僕も仕事だからね」

「わたしだけの夜謳になってくれればいいのに」

「それは、ちょっと難しい」


 僕を求めるお客さんは狂歌だけではない。彼女たちのことも、放ってはおけない。


「意地悪。他の女のところにも行くし。……もう一回殺しておこうかな?」

「なるべく苦しくないように頼むよ」

「何を言ってるの? 『もう殺してください!』って言いたくなるくらい苦しめるに決まってるじゃないの」

「……手厳しい」

「いいじゃない。徹底的に痛めつける代わりに、浮気は許してあげてるんだから」

「なるほどね。狂歌は心が広い」


 そもそも、僕って浮気していることになるのかな?

 僕と狂歌は『殺され屋』とお客さんというだけの関係ではない。友達や家族よりも深い繋がりを持ち、肉体関係もあるが、恋人ではない。……うーん、世間の常識からすると意味不明かもしれない。

 とにかく、僕と狂歌は恋人同士ではない。狂歌はもう僕を恋人認定している節があるとしても、僕はまだそれを正式には認めていない。


「夜謳にお仕置きもしいたいけど……やっぱり、先に気持ちいいことしたいな。まずは連続十回、いってみよ?」

「マジでー? 死ぬわぁ」

「死んだら回復するからもっと続きができるわ。最高じゃない!」

「……これは天国なのか、地獄なのか、それが問題だ」

「わたしたちにとっては天国でしょ?」

「まーね」


 狂歌が再びキスをしてくる。

 全身全霊の、狂歌の全てを差し出すようなキス。深く激しく、確かにこれは天国だと認識せざるを得なかった。

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