第6話 才能

 彼の両親は基本的に本館で政務を行っていて、夜遅くに居住スペースに帰宅すると言っていた。それまでには身支度を整えて心の準備もしなくてはならない。

 

 服も泥がついてしまったので着替えた。彼が持ってきた予備の服……かなりアレだけど気にしないことにしよう。使うと思わなかったからと言い訳していたけど……ロリータ趣味があるのかな。水色基調のロリロリワンピースだ。

 ……不思議の国のアリスも知っていたのかもしれない。アリスつながりで一年くらい前になんとなく家にあった本を読んだけど……覗き見されていた可能性も……。


 あーあ。私の幼馴染の友達はゴスロリ趣味だったし可愛いし、あの子を召喚すればよかったのに。

 

 ……でも、早く死ぬ子じゃないと駄目なんだっけ。私がいなくなると、あの子に仲のいい友達がいなくなるんじゃ……夢だといいなぁ……。


「じゃ、森を抜けるよ」


 浮いている杖にまたがって、柄を握りしめる。

 後ろからレイモンドが私を覆うようにして、同じようにまたがった。前が見えるように私の真横に顔も出し、私の手に重ねるように杖を持つ。


 屈辱……!


 しかし、まだ魔法が使えないのだから仕方がない。


 幼児でも使えるような最も簡単な魔法は、大気中に漂っている四元素――火・土・風・水を使ったものらしい。人にはなかなか姿を見せない精霊たちの残り香のようなものだとか。だから威力は弱い。

 なんらかのアクションか言葉を使って具現化する。必要なのは、この世界への感謝と意志の力だ。

 分かりやすく言えば……


『精霊さん、いつもありがとう! 今は水を使いたいからちょうだーい!』


 という程度の気持ちで使えてしまうらしい。


 四元素や精霊の存在を信じて感謝をする……それだけのことが、別世界から来た私には難しい。


 なにせ、まだ夢だと疑っているしね……。


 他に光の精霊もいるらしいけれど、光は特に低年齢の幼児には扱いづらいらしい。


「上から帰るよ、気を付けてね。俺も支えるけど、アリスもちゃんと持って」


 私のことはそう呼ぶんだ……。さっきはちゃん付けしていた気がするけど。

 

「落ちたら目が覚めるかな……落ちてみようかな……」

「……落ちないよう、もっと強く抱きしめてもいい?」

「がっしりと持つことにする」

「そうしてよ。落ちないようにするし、落ちても浮かせるけどね。じゃ、行くよ」


 ふわっと体が浮く。思ったよりも地に足が文字通りついていない感覚は少し気持ち悪い。


 心許ないようなその浮遊感に、体が強張る。


「大丈夫、力を抜いて。俺が後ろにいれば絶対に落ちないんだよ」


 優しい声音だ。

 そういえば……勝手なことばかり言っているけど、基本的に態度は柔らかい気がする。年齢的には私と同じくらいのようだけど、クラスの男子と話すのとは少し違う。


 風が、顔にも体にも直接ぶつかってくる。

 スピードは落としてくれているけど、上昇する感覚はやっぱり怖い。


 高い木々を抜け結界を通り越すと、ふわっとその青いベールは消滅した。


「うわぁ……すごく綺麗……」


 森の向こう側には長い防護壁が延々とのびている。通路のようにもなっていて、教科書で見た万里の長城のようだ。周囲を見張れるような屋根のある場所も一定おきにある。


 その向こうには田舎町が夕陽に照らされて、オレンジ色に染まっている。


 もし……私が本当に死んでしまう運命だったのだとしたら……ここに寄れてよかったのかもしれない。

 どうせ死ぬことが決まっていたのなら、この景色を見ないよりは……。


 しばらくは何も言わずに、景色を見ることだけに集中していた。


「都市ラハニノスだ。そろそろ降りるよ」


 田舎町の向こうには大きな都市。囲っている壁が近づいたところで彼がそう言った。


「家までびゅーんかと思った」

「さすがにね、門兵さんのチェックを受けないと変な奴が入り放題になってしまう。あのままびゅーんすると、しっかりと顔を確認するまで追いかけられちゃうよ」


 そうなんだ……門兵さんのチェック……?

 それ、マズいんじゃない?


 スタッと降りてから、すぐに聞いてみる。


「私……正体不明すぎて引っかかるんじゃない?」

「ああ、大丈夫。話は通してあるけど――、一応君の証明がいるね。これを握っていて。ここを通るためには必要なんだ」


 彼が懐から小さな布を取り出し、ひらりと中が見えるように手の上で開いた。


 ビー玉みたい……布の上に大事そうに載っけているし高価なのかな。小さな水晶球……?


 手に取った瞬間、強い光が周囲を突き刺すように広がった。


「な!?」

「うんうん、光が見えないくらいに握りしめておいて。あとで門兵にだけ見せてね。よろしく」


 なんでもないふうに言わないでほしいな……というか、説明がなさすぎる。


 ぎゅうっと隠すように握ると、一緒に歩き出した。


 何か聞かれたら、どうしたらいいんだろう……。連れてきたんだし、彼がなんとかしてくれるよね……。


「お帰りなさいませ、レイモンド様」


 全部知っていますといったふうの門兵さんに話しかけられる。


「ああ、この子が例の女の子だ。さっきのを見せて、アリス」

「う……うん……」


 そういえば辺境伯の息子だっけ。人前ではなんて呼べばいいんだろう。

 手の平を開けて、中の光を見せる。


「うわ! は、はい。すごいですね。どうぞお入りください。歓迎いたします、アリス様」


 様!?

 も……もしかして、もう色んな人に私がコイツの嫁になると思われている!?


 会釈をしながら中へと入る。


「もうそれはいいよ。もらうね」


 彼が布で包むようにして私の手から球を受け取った。


「それ……結局なんだったの?」

「んー? 魔法の才能。神に愛されている証拠」

「え……」


 さっきの光が……?


「なんで愛されるの……おかしいよね。どっかから来た人より、もっと目を向けるべき人がたくさんいるでしょ」

「憐れみかもね、可哀想にって。これ以上はここでは言えないよ」


 そっか……異世界からの召喚は禁忌だっけ。

 変なところに勝手に召喚されて可哀想ですねっていう神の憐れみが才能になるってこと?


「そっか……同情されるような境遇だったんだ、私……」

「う! なんの不自由もなく生きていけるように全力で甘やかしてあげるから許してよ……」


 それはいらないな……。

 不自由もなく許された場所で甘やかされて生きる?


 そんなの、ペットと同じじゃない。


 望みはする……そんな生活を。望みたくなるくらいに疲れる毎日だからこそだ。

 本当にそれを叶えてほしいわけじゃない。


「そこそこの不自由がないと生きている実感が湧かないでしょ。あんたの甘やかしなしで生きていける実力をつけてやるから。あんたの頭をかち割ってやれるくらいの力をね。協力してよ?」

「もちろんだよ」


 浮かれたような声で彼が言う。

 

「……やっぱり俺は君が好きだな、アリス」


 ムカつくことを言っているはずなのに――、レイモンドは嬉しそうに笑った。

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