第二十一話 阿吽ー異形サーカス

 正月も終わり、少しだらけた日々から勢いや生活感を取り戻さねばならない頃合いの日付になってくる。中旬辺りだ。

 一枚の招待状が贈られてきた。招待状を拝見すれば、黄金の顧客に贈られる様子で、たまたま存にもきたのだろうと判明した。

 二人に招待状を見せれば、疾風は持っていたキッチンタイマーをまた壊して煙をあげさせ、アルテミスはぎょっとしたまま飲みかけの珈琲を咽せていた。


「あの朗朗サーカスの案内!?」

「あー、そうか、今年もきたのか!」


 疾風とアルテミスは招待状を二人で駆け寄って覗き込んだり、借りて中身を拝見すれば少しだけそわそわとしている。

 二人の様子をみて存はどうしたのだろうと感じながら、存ははにかんで二人に和んだ。


「知ってるのかこの招待状」

「毎年有名なサーカスなんだ。悪魔や妖怪、精霊が集まる集会みたいなものだ」

「二人は行っておいで」

「でもこれは存への招待状だ。黄金は間違えたのか?」

「黄金さんのことだから、何も考えず作業で贈ったのかもな」


 疾風は招待状をひとしきり読み終えると、存へ返して考え込む。二人は行きたい素振りに見えるが、存に遠慮しているのだと判る。


「何か楽しい見物でもあるのか、この招待状」

「朗朗って団体のサーカスがあるんだ。有名な出し物で、劇みたいなものだ。僕らにはあまりこんなことできないだろうってことはないんだけど、サーカスはそれを踏まえて楽しむ」

「やれることを演出過多で演劇みたいなパフォーマンスするってことか」

「そうそう、ありゃエンターティナーだ。サーカスだけは席の確保が難しくて、僕は上客じゃないからあまり招待状もこない。お前が上客の証だ」


 疾風は深く溜息をつき、招待状に入っていたチケット三枚を手にすれば、海より深い溜息をつきしゃがみこんだ。

 アルテミスもはは、と苦笑いで疾風の肩をぽんぽん叩き宥めている。


「有名アイドルのライブみたいな魅力があるんだな。変装していけばばれないんじゃないか?」


 存の言葉にアルテミスと疾風はぎょっとして、反対したい気持ちとそれでも行きたい気持ちに駆られて戦う。

 二人は顔を見合わせ悩み込んでから、誘惑に負け変装案を提案していく。


「それなら変装はインキュバスにしよう、お前の見目ならいける」

「精霊でもいいかもしれねえですね。リャナンシーあたりも似合いそうです」


 アルテミスの言葉に存はふむ、と小首傾げ聞き慣れない単語にスマホを調べてみる。


「おまえたちがおれをどう思っているか、ようく判った」


 調べてからの反応と眼差しを浴びた二人は、悪戯が成功したような笑みを浮かべていた。



 インキュバスの変装セットをお高い値段で黄金から買い付け、手に入れれば存の気配は魔性へと変化していく。

 粉雪と弓はその集会には乗り気ではなく、二人はお留守番の予定だ。

 それぞれドレスコードの指定通りに着替え、赤をワンポイント使った服装に三人は着替えた。


 存は白いドレスシャツに黒い太腿までのサロペット、ニーハイソックスを赤と白のストライプにして厚底ブーツを履く。上着は人形の服のようなケープコートにトークハット。


 疾風は赤いチャイナ服とダークブルーのスーツをいっしょくたにして着替え、刺繍はオレンジで胸元にもオレンジのポケットチーフを。


アルテミスは真っ黒のヴァンパイアコートに、中はフリルシャツにして胸元のリボンを赤く。袖や襟まで綺麗なレースやフリルなので何処かゴシックの印象だった。


 三人は着替え終わると、いつもの刺繍を縫わせた魔方陣に千切った花弁を振りかける。薔薇の花弁が地面に落ち到達する頃合いに景色は変わり。

 真っ黒い夜の空間に、夏祭りのような景色が。遠い道先は雪洞で誘われ。灯籠の先に、サーカス小屋があった。

 テントは張り詰められ、真っ赤に彩られている。客は賑わっていて、サーカスの当日券を買い求め飢えている人外たちが値段をつり上げ張っている。

 それほどに価値のあるものだったのかと存が瞠目していれば、疾風は存が迷子にならないようにガードしながら一緒に三人でサーカスへ向かっていく。

 チケットをもぎろうとしている係の者は存を見つめると眼をまじまじと存に向け、じっくりと存を見つめる。


「どうした?」

「いや、色気あるなあと」

「こいつインキュバスなんだ」

「なるほど、是非ともうちでも演目参加して欲しいくらいだ」


 係の者はチケットをもぎれば歯を見せ笑い、三人は冷や汗を掻きながら中へ入る。

 存は堂々としていて、辺りをしっかりと見回す。疾風のような羽持ちの人外や、獣じみて何処か土臭さや生臭さを感じる獣、ぬめりとしている魚人のようなものまでいる。

 きゃははと笑いながら魔女が空を飛び抜けていく。テント内だというのに花火は常にあがりっぱなしで、サーカス内は人間界のJ-POPで五月蠅い。疾風を見やれば「最近流行ってるんだ」と微苦笑した。

 館内放送がけたたましく、もうすぐ開演を告げる。疾風やアルテミスが必死になって指定席を探し、やっとのことで見つかれば疾風とアルテミスで存を挟むような形で座った。人間だと少しでも感づかれたら危ないからだ。


「ようこそ、朗朗サーカスへ……今夜のミステリーで王道のハラハラロマンス、どうぞ懐かしい気持ちに浸ってください!」


 ぱっと暗闇になり真ん中へ団長が現れれば、あっという間にサーカスの始まり。

 人にはけっして出来ないけれど、人外の中では想定内だろう動きの数々。首を外したり、腕を取ってジャグリングしあったり。器用に変身して異性の魅力をそれぞれ見せたりと。

 存にとっては衝撃的だったうえに、人外からも魅力的な理由が分かる。エンターテイナーとして成立しているのだ。

 人の真似をしたエンターテイナーを究極に煮詰めて、ファンタジックにした出し物の数々に存は魅了され、疾風やアルテミスも楽しんでいる。

 魔法のような時間だった。


「今回は会場内からゲスト参加をしてもらいましょう」


 疾風やアルテミスは今までサーカスをこの目で見た覚えがないので、この行事が恒例になっているとは知らなかった。

 ゲスト参加とは、観客が一緒になって演目をするということだ。こういうときにやたら悪運のある存だ、よくない予感が存にひしめく。


「ではそこの旦那、是非こちらに!」


 団長は客席を見回し、ぱっとライトで客席を指定する。存だった。サーカスの従業員はあっという間に存を中央の演目する空間へ転送させた。

 疾風とアルテミスは青ざめて何か騒いでいる、こういう場合どうしたほうがいいのかと存は悩んでいたが。事前に決めていたとおり、演じきるしかない。


「催眠を今からかけます、旦那、催眠にかかったら貴方はあの綱渡りをしなさる」


 団長がそうっと存の両目を塞いでから、何事か唱えたら、存の頭はふわふわとしだした。体が言うことを聞かない。


「あの綱渡りの先で、貴方の特技を披露しなさいます」


 存はこくんと頷き、ぼんやりとした頭で地上から三十メートル以上離れた命綱のない場所へ。柔く撓る棒の真上に立てば、ふらりふらりと歩いて行く。疾風は大口を開けて見つめ。アルテミスは両目を塞ごうとしながら、食い入るように見つめ此方を青ざめて祈っている。

 存はにこりと二人に微笑み、ぼんやりとする頭でふわりふわりと棒を渡っていく。

 所作がサーカスにいたものにすら勝る美しさで、悪魔や人外たちが噂をしていく。ざわつき、あれは誰だ綺麗だ欲しいとさざめいていく。

 元から理性はあっても協調性のない化け物たちだ、段々と客席がざわつき、存を欲しがった人外が綱渡りに駆け寄っていく。どんどん客席から人外ははみ出し、存を手に入れようと集っていく。まずいと感じた疾風とアルテミスは最前線に向かい、欲しがる人混みを投げ飛ばしていく。疾風は羽を現し、今にも墜ちそうな存へと向かおうとするが、演目の途中だと団長に止められる。


「危ないだろこんな状態じゃ!」

「何言ってるんですか、危ないわけがないでしょう!? 私達が何者か忘れてるんですか!」


 団長の言葉に言葉を詰めると、疾風は祈るような眼で存を見つめている。

 見つめられた存は、美しい所作でポーズを決め、片手を虚空に伸ばし、片足を伸ばしてバレエのようなポーズを決める。

 全て意識したものではない、団長からの催眠だ。頭はぼわぼわとしている。

 疾風が何かを叫んでいる。何だろう不思議だなと夢心地で欠伸をしていれば、脳内に疾風の声が染み入ってくる。


「存、存!」


 逃げられない故に、欲を優先したばかりに、後悔している声だった。

 存はかくんと首を傾げ、疾風を見つめる。疾風の泣きそうな眼差しに、存は徐々に自分を取り戻していく。


(なんだここは、どうして、おれは)


 存の瞳に光が灯る。


「疾風……疾風ッ! アルテミス!」


 存の意識が戻った瞬間、存は怯えて初めて二人に自分から助けを求めた。高すぎる場所で、バランスの取り方ももう判らない。ふらりと体が揺れる、体が落下していく。やけにゆったりと体感時間が感じてしまうし、ぞっとしていた。咄嗟に存は指先の皮膚を噛み千切り、ぐらりと墜ちる頃には赤い糸が指先から溢れ、地上までクッション代わりとなるように編まれていた。

 存を受け止めた赤い糸は、人外たちに衝撃を与えた。


「人間だ」



 誰かが呟いた。どうしてばれたのかと不思議だった、異能であれば人外にもあるのでは、と。


「赤い糸は人間にしか縁が無い、あれは、人間だ」


 そういうことであれば存は納得した。

 神のいないこの場で赤い糸に縁があるのが人間だけだとしたら、確かに人間に繋がる。

 存は赤い糸で虚空を飛ぶと、疾風とアルテミスに絡めて、人外たちから離れた先へと移動した。


「しょうがない、帰るぞ。いいな?」

「くっそー、お前は本当運がないなあ! 即ばれって才能だよ!」

「ああああ、今すぐ転送します! 早くお二人とも!」


 事前に決めていたとおり、アルテミスと存が逃げる時間を疾風が稼ぐ。騒ぎ立て洪水のように押し寄せてくる人波を、疾風は次々と倒していく。


 人間界に一瞬で戻る頃には、アルテミスは全力で移動したのか、肩で荒々しく呼吸していて存は申し訳なさがたつ。


「ごめんな、最後まで見たかったよな」

「いや、事態が事態です。存さんこそ、オレたちの我が儘につきあってくださって有難う御座います、貴方が危なくなるのに。平和ボケしてました、オレたちは」

「疾風も逃げられたかな」

「大丈夫でしょう、あの人は逃げ足速いでしょうし」


 疾風が戻ってきたのは、三日ほど後のこと。戻ってくるなりシャワーを浴びて、ぐうすかとたっぷり寝てエネルギーを回復してから、疾風はアルテミスと存へ声をかける。


「ちょっとまずいかもしれねえ。サーカス団が、存に魅了された」



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