第二十二話 セキュリティー前門の疾風、後門のアルテミス


 アルテミスはこの顔が存と似ているというか、うり二つでそのものであることが、少しだけ嬉しかった。

 親しみもわく理由も今であれば存には伝わる上に、何かあれば存の身代わりができる。

 存の影武者のような感覚は、アルテミスにとっては誇りであった。

 アルテミスはゲームのようなシチュエーションが好きで、いつか。いつか存を驚かせたかった。


 サーカスから戻ってきて数日が経つ。弓は粉雪に預け、人外が外をうろついたり、家に気取られそうな間は近づかせないように念入りに約束をした。


「好奇心は猫を殺すよ」


 少しだけ怒って去り際に告げた弓の言葉は、アルテミスには耳が痛かった。心配した弓はアルテミスへ青い糸を何本かくれた。

 出来るだけカーテンを引いたまま、買い物も出ず、もしどうしても必要であれば粉雪に頼むかネット通販で何とかしていた。

 警戒心に満ちた日々で、食料だけはどうにもならない。まずいな、と疾風だけでも食料を買ってこようとした。

 ネットスーパーは何故か繋がらない。人外からの妨害だと感じていたので、疾風が外に出ようとするのをアルテミスは止められなかった。

 存が餓死するのは耐えられないと、二人は意見が一致していた。災害用の食料ももう尽きている。

 疾風が家を出てから五時間ほど経つ頃合いに、スマホの一つに連絡が入る。疾風だと名乗る者からのメールだ。

 悪魔や妖怪にもスマホは普及しているが、疾風は持ってないのを知らない様子だ。

 明確な罠に気付いたアルテミスはあの日の存の衣服を借りた。眠れてすっかり弱っている存をそのままに、きぃ、と扉を開け外に出て行く。粉雪には存の世話を任せたメッセージを送っておく。


 指定された場所へ向かっていけば、空はごろごろと黒雲が過り、避雷針をわざわざ建てられて、避雷針にぼろぼろの疾風が括り付けられている。

 疾風はその日の時間帯によって、術がうまく発動しない性質を持つ。外れの時間に襲われたのだなと、アルテミスは予期する。


「やああの日の坊や、待っていたよ」


 サーカスの一座が集まり、アルテミスを囲う。存に化けているため、アルテミスはぼんやりとしているふりをする。

 存は確か態度が凜としていて、背筋はぴしっとしている。それでもどこか、弱々しい空気があったからと、記憶の存を真似する。


「何のようですか」

「人間でもいい! 旦那をうちのサーカス団に招きたいのさ!」

「……そんなに魅力的ですか、おれ」


 存のモノマネで笑いかければ、団員達は皆喉をごくりと鳴らし、団長は存に近づく一座をそのままにした。一座のうちの二人は気楽な感覚で近づき存に触れようとする。


「なああの日、皆取り込まれたんだ。あいつはだれだってうるせえんだ。このままじゃメンツが潰れる、使い潰れるまでいてくれよ」

「使い潰れる? 乱暴するつもりか」

「人間はおれたち以下だ、使ってやろうってだけ有難くおもってくれよ。お前一人来てくれれば誰も痛い眼にあわない。あの男だって帰す」

「判ったよ、放してくれ、疾風を」


 アルテミスはふうと吐息をついて、極めて冷静に頷き。言葉だけの予感を察した。本当に一座にとって大事にしてくれるのならば、存の身代わりに働いてもイイ気概はアルテミスにはあったのだ。

 台無しにしたのは、舌なめずりして下心の見える目の前のオーク。

 オーク二人がアルテミスの体に触れる。その瞬間、アルテミスは黒剣を現し、オーク二匹へ切りつけた。


「んじゃまあ、存さんとオレを見抜けなかったので、失格という結果で!」

「そいつはあの日の人間じゃない!」


 一座は敵意を顕わにアルテミスと剣戟を交えていく、多勢に無勢でアルテミスは追い詰められていくも、何匹かは道連れで倒していく。

 それでも多勢すぎるあまり、どんどん力が尽きていく。雷を与えればきっと何人かは動けなくなるが、雷は一点集中のものなので大勢には分が悪い。

 疾風がぼろぼろの身で、何かを唱えている。


「神よ、愛してるなら答えてくれ!」


 疾風の渾身の叫びに風が応え、黒雲から一気に雨が降り注ぐ。ゲリラ豪雨は一同を濡らし、雷も抱えている。

 このままいけば、全員燃やしてしまいそうだが疾風含めて。きっと疾風はこの場をどうにかしろと優先して欲しがるに違いない。


「具現・稲妻槌トール!」


 アルテミスの詠唱を切っ掛けに黒雲が真っ赤に光り、掲げた黒剣と避雷針の疾風めがけて落雷していく。

 大きな天然物の雷は威力としては期待値を超えていて、耐性のある自分以外は妬き焦げていた。


「……異常だ、味方毎、焼くなんて。あの人間は、まずい、関わっては、いけない……番犬が、いる」

「そうそう、色んな人が守ってる人ですからね、お忘れ無く」


 意識が微妙に残って真っ黒焦げになっている団長へアルテミスは足でいたぶり、サッカーボールのように蹴ってやる。

 アルテミスはポケットから弓から貰っていた青い糸を広げれば、疾風を解放し、疾風に結びつける。

 弓の力を得た青い糸はぶおんと光ると、疾風を頭部から踵の先まで繭のように包んでから、綺麗なまっさらの肌をした疾風を解放した。


「趣味の悪い服してんな……」

「存さんのときは褒めていたのに!」

「影武者なんて似合わねえつってんだよ。帰りに服買って着替えていこうぜ、存に内緒にしておこう」

「そうですね、これでもう。ある程度は安全じゃないですかね。全員もれなく黒焦げだサーカス団」

「僕はつくづくお前を敵に回したくないと思ったよ」

「奇遇ですねオレもです、仲良くしましょおれら。二人揃って存さんの狛犬じゃないですか」

「ちげえねえ」


 後日確かに怪しのものに追われる行為は二度と無く、黄金からこっそりとアルテミスは噂を聞いた。存と疾風が取引の際に、アイテムを借りようと選んでる間に黄金とアルテミスは会話したのだ。


「貴方たち、何をしたの。存という人間は阿吽を飼っているって言われてるわ」

「はは、恐れられてるなら何よりです。ちょっとばかり、脅しただけですよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る