第二十話 この日だけは願い事をーお祈りは父に

 



 クリスマスという文化を知ったのは今の土地に引っ越してからだったのが、弓には気恥ずかしかった。十二月を目の前に、弓はクラスメイトが話題に出す度に話が具体的に分からず、遠慮気味にはにかんだりしていて。それがまた深窓のお嬢様の空気が出ていると弓には判らなかった。

 弓は相変わらず父親第一優先の生活をしている。母親は前よりもっと忙しくなり、古い書物を漁って動画サイトをラジオ代わりに流していた。

 動画サイトを最初はゲーム実況などでも流していたが、やがて英会話レッスンの動画になる頃には母親は目の隈がすごくなり。時折隠れて会う母親にはクリスマスの話は言い出せなかった。


「ねえ、アルテミスさん。くりすます、ってしろいおじさんの逮捕劇なの?」


 とんでもない発言だと顔に画かれたアルテミスを見て、弓は益々顔を曇らせる。


「みんなが、おじさん、つかまえるって」

「ゆ、夢があるんだかないんだか! ええと、もしかして弓さん、お知りでない?」

「だから聞いてるの! 茶化さないで」


 むうと膨れる弓と一緒にアルテミスはスマホゲームで、対戦型のリズムゲームをしていた。最近リリースされたばかりのものだからと、一緒にやってみようとなったのだ。

 二人は指先をたたたっと動かしながら会話し、疾風の作るご飯を待っている夕方どきだった。


「これは、いやはや」


 アルテミスはこっそりと、もう一台のスマホに器用にメッセージアプリを起動した。

 アルテミスは両手を忙しくそれぞれ動かしながら、「集え乙女の使徒たち!」と何やらぶつぶつ口にしていたので、弓はそうっと小首傾げた。



「まずいな、ちょっと大人として見過ごせない」


 アルテミスから話を聞いた存は話を改めて振り返りどよんと顔色を曇らせて、つい最近母親へ使ったばかりのブランドバックやコスメの値段を脳裏に過らせた。

 あのお金があればきっと今頃焦る必要もなかったのだろう、と遠い目をしてから存はゆっくりとアルバイト募集の一覧を眺めた。不器用すぎて社会に馴染めない存に出来るバイトはあるのかと、じっくりと眺めていた。


「なあ、アルテミス」

「駄目ですよ、妖怪お金棄ておじさんには会いに行きませんよ」

「とはいっても仕事紹介して貰った方がいいだろ、おれら……前にやろうとしたときだって、面接何個も墜ちたじゃないか。受かっても七日でくび」

「存さんのせいですよ、コップ毎回割るから! しょうがないですねえ」


 アルテミスはそうっとメッセージアプリを起動する。存が覗き込めば、チャット覧では独水が「草生える」とか書いてあってそこから先にはスタンプ爆撃ばかりだった。

 最終的にぶち切れて通話したアルテミスは通話を終えると、バイトをもぎ取ってきた。

 仲の良いのか悪いのか判らない二人だな、と存は小首傾げる。


 アルテミスの持ってきたバイトは、広告のモデルだった。モデルと言っても雑誌などのものではなく。カタログのものだったり、通販のモデルだったのだ。

 二人は双子扱いされ、カメラマンに可愛がられながら仕事を終える頃には一日で一万円を稼ぐことが出来た。

 ここで仕事がそのまま終われば存にとってさほど印象は残らなかったのだが。

 後日、事務所登録をしていたばかりに、読者モデルにまで選ばれた二人は、ださめのコーデをしてしまう。存はいつものモノトーンカラーに、アルテミスは真っ赤な服だ。

 カメラマンは薄笑いだったので反応を見るからに服装を間違えたんだな、と存は感じていた。

 ところが数日後、雑誌は完売。二人の間にファンクラブでさえ生まれた。


「ちょっとどういうことなのアルテミス! あんたのせいで、あの人のライバル増えたじゃない!」


 怒鳴りつけながら存の自宅にやってきて、アルテミスを叱ると粉雪は存へはにこやかに微笑んだ。


「成り行きですね! いや、あの社長やっぱり嫌われますよ。あの人が面白半分でやること、だいたい儲かるんだから」

「その恩恵ってこと? いいえ違うわ、これは存さんの顔が可愛らしいからよ! アルテミスだって存さんと同じ顔をしているんだから、そのせいよ!」


 モデルなんかやりだしたら人気でるに決まってるでしょ、と粉雪は叫ぶとぱちくりと瞬いてる存へそっと両手をとってうるうると見つめた。


「存さん、だめですよ。もしファンがきても根絶やしにしてくださいね」

「いやいや、根絶やしってなんですか、物騒な! 存さん、そろそろ仕事の時間ですよ、今日もなんか呼ばれてるみたいです」

「あっ、ちょっと話は終わってないんだから!」


 仕事先まで粉雪がついていけば、仕事先で出待ちしていた女性達と粉雪が威嚇し合う。粉雪は冷徹な笑みを浮かべてからのメンチ切りをし。その日のキャットファイトは伝説となった。


 存はその後モデルをひっそりとやめた。やはり肌に合わず、体調を壊しそうになっていたのだ。

 何より仕事の度にしょんぼりとする弓を置いて行くのも、週刊雑誌に載ると悲しそうな弓にも耐えられなかった。

 存にとって弓の欲しい物は想像つかず、素直に弓に聞こうと、クリスマスより二日前に問いかけた。

 存は欲しい物の手に入れ方があまりわかっておらず、クリスマスの近くなる時期になればプレゼントも手に入りづらくなる事実を知らなかった。


「なあ、クリスマスってさ、欲しい物をおねだりできるんだ」

「父様がくれるの?」

「さんたのおじさんだ」

「父様がいい、さんたはいらないから、父様ちょうだい」


 不思議なおねだりに、存は瞬いた。


「……さんたから貰うイベントなんだけど。それがいいなら。なにがいい」

「そうなの父様? ならほしいもの、ひとつだけあるの」

「なんだ、言ってみてくれ」

「父様と同じ、お墓がほしい。父様にとって大事なのでしょう? ボクの大事にもなりたい」


 弓は意味が分かってないまま口にしている様子だった。

 存は初めて自分を客観視した。大事な存在に、墓が欲しいと言われる衝撃はとんでもなく辛いもので。嫌な気持ちが過る。

 ずっと自分は他者にそれを与え続けていたのかと、目を見開いてから、不安そうな弓に気付き。存はふと、抱き寄せた。


「駄目だよそれは。嫌だよ」

「でも、父様には……」

「価値観を否定しないでくれてありがとう、弓。それはとても嬉しい。だけど、弓。おれはおまえの欲しい物が知りたい。おれの大事にするものでなくてね」

「それなら……父様が一生懸命かんがえたものがいい。ボクのほしい、じゃなくて。父様がボクを思ってくれてこれがいい、っておもうものがいい」


 弓の言葉に改めて衝撃を受けた存は、頷き。一生懸命子供の欲しい物や、ネットを漁った。

 しかしそれは他人の子供が欲しいものであり、弓の物ではない。

 存はふと、幼い頃に母親からソーイングセットを貰ったことを思い出した。


「あのころは……裁縫上手な子に、って、古くさい願いだったな」


 クリスマス当日。存は桃色のソーイングセットを手にした。店頭売り場で何度も悩んだが、親の贈る気持ちのこもった品などそれしか思いつかない存は自信がなかった。

 いよいよ失望されるときがきたかと項垂れながら、それでも弓を思って買ったものだった。

 クリスマスの日がくる。


「おじさんからはこれをあげるよ、膝掛けだ。暖かいぞ」

「わあ、ありがとう、疾風さん! 疾風さんのセンスすごくいいの!」

「オレからはリンゴのカードでえす。これで大人力少し愉しんでくださいね、お好きなゲームに課金どうぞ!」

「欲しかったアイテムあったの、ありがとう! 父様、父様は、その」


 なにをくれるのか、と期待の籠もった眼差し。

 ご馳走を作った疾風、豪華なプレゼントのアルテミス。隅の方に、粉雪から品の良いプレゼントもある。存は無性に恥ずかしかった。場違いな気がした。

 こんな暖かい日は知らない。こんな暖かい場も知らない。自分のプレゼントが恥ずかしい、場違いだと汗を掻く。

 じり、と後ろに逃げようとすれば疾風がするっと存の手からプレゼントを盗み、それをそのまま弓へ手渡す。

 手渡された弓は笑顔で受け取り、包装紙を取り除く。

 中から現れた宝石箱のような装飾のソーイングセットに、弓は破顔し、存へ抱きついた。


「ありがとう! ありがとう、父様!」

「これ、でいい、のか?」

「父様にとってボクにあげたいものだったんでしょう? うれしい!」


 にこやかに笑う弓へ、存は少しだけ父親として誇らしくなった。うちの娘は可愛い、と少しだけ世の中の父親の気持ちが実感し。クリスマスというイベントを後日、来年に備えて勉強しようと意識を改めた。

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