第十九話 貴方が私の愛しい人ー荒療治
昔、幼い頃に。疾風は父親へ、友達が欲しいと強請ったことがある。
父親は快活に嗤うと、「お前には要らぬ」と告げられた。
「山は雄大で、一つの個だ。個たるものは、複数にはなれないし、複数は必要ない。お前は個たる山になるのだ」
父の言葉はいまいち分からず。疾風にはひたすら悲しかった。
悲しいし、どうして個で居続けなければならないか判らなかった。
親友が人柱になって、個になってから気付いたことがある。
(この寂しさを、知りたくなかった)
目の前に親友が見下ろして悲しい顔をしている。見上げればその姿は存になっていて、疾風にはどちらを求めているのか、もう判断がつかなかった。
*
山小屋から出た粉雪は、存の体温調整代わりに雪で荒れ狂う吹雪をガードして、山の中を散策する。様子見だ。山は今どうなってるのかと、山小屋に戻れる範囲で散策する。
辺りは獣の死体でいっぱいで、このままでは山から生命体が尽きそうな気がした粉雪は顔を顰める。
「……駄目ですね、あの人理性を失ってます。魔性に染まった山の寿命は早くなる」
「それだけじゃない。多分この山が駄目になったら、あいつ自身傷付く」
「あんな恐ろしい姿見てもまだ庇うんですか。貴方を細胞から作り替えようとしている男ですよ」
粉雪は激怒しながら存の両手を繋ぎ、存を気遣うと、存は懐かしい体温に少しだけ笑った。
「おれが悪いんだ。伝えようとしなかった」
「なにをです? お前様が悪いコトなんてひとつもありません!」
「タメ語でいいよ、粉雪。……ずっと言いたかった、弓はいいこだな。ちゃんと育ててくれてありがとう」
存の言葉に粉雪はぽっと顔を赤らめて、視線を反らす。ぱっと両手を離せば、粉雪は山小屋に戻ろうとしていたので、存も続いて歩いて行く。
「こうなったらあいつの未練を解消しよう」
「未練? 人柱ってやつだった子の魂?」
「それがどうにかできてるならきっと悪魔が今まで何かしてるはずだ。でも、どうにもできなかったから今がある。ならやり方を変える」
「やりか、た? 未練とどう繋がるの」
「過去を再現して、あいつに助けられ、救えたという実感を持って貰う。救った行為で、おれは唯一になる。代変え品になれないからこのさきおれも信じられる気がする」
「……なんだか。お前様たちは荒療治がお好きですねえ」
粉雪は振り返って顔をげんなりとさせたのちに、ふうと穏やかに笑い。そのまま前を再び歩き始める。
「でもそれが良いと思う、今はもう。それしかあの人が良心を取り戻す手はないね。良心を取り戻して土下座して旦那様に詫びるといいわ」
粉雪は山小屋に戻ると、弓の相手をしているアルテミスへ片手をあげる。
アルテミスは片手を掲げると、弓に事情説明を終えたのか、本を手にしていた。この地域にあった記録の本だ。
「確かに人柱の伝説、あるんですね! 昔は、建設祈願でされたらしいですね、災害続きの場所だと」
「それほど壊れやすい橋だったのよ。雨や増水に負けてしまう川。よく覚えているわ」
「この山出身なんですか?」
「違うわ、同族がいたことあって、嘆いていたの」
親戚みたいなものよ、と粉雪が肩を竦めればアルテミスは改めて本の内容を読み進めていく。
「丸太にくくられたらしいんです、丸太に括られて川へ入れられた」
「それなら指を少し切らせておこう、いざというとき糸を使う」
「疾風の正気が戻らなかったらどうする気なの、お前様」
「ううん、あいつは。あいつは正気になるよ。おれが危ないときに過保護になれないやつじゃない。そんなのあいつじゃない」
「今危険な眼にあわせてるのあいつでしょう?」
「そうだとしても。これは、あいつからのSOSな気がするんだ、おれは。一度拒否してしまったから、今度は受け入れたい」
存は本の内容をアルテミスと一緒に読解していけば、弓や粉雪とも話し合い、人柱の再現を実行することとした。
最初はアルテミスが同じ顔だからと再現しようと、名乗り出たが存は自分の責任を感じ、存自らが丸太に括られることとした。
「痛かったら言ってね父様」
「ほんとに痛いのは多分疾風だよ、おれは大丈夫」
弓はしょんぼりとしながら存を丸太に括る準備をすると、アルテミスは幻覚を作り。自分の顔を存とは違う顔に化けさせた。存の丸太を粉雪と一緒に担ぐと、橋の前までやってきて。
アルテミスは周りへ威嚇する、鴉たちが飛び立った。
「お前の大事な人がこうまでしてるんだから、出なかったら承知しないですよ!」
アルテミスは恨み言を唱えながら、粉雪と一緒に存を丸太ごと川へ投げ入れる。
スローに感じる。存は川へ入る感覚がとてもスローに感じるし、川へ投げ入れられても、疾風の気配を感じなかった。
濁流はすごく、存は沈む感覚に存に似ていたという親友へ想いを寄せる。
(貴方はこのままのあいつでいいのですか、貴方のことで囚われるあいつでいいんですか。貴方のことは知らないけれど……嫌がるような気がして)
ぶくぶくと息が吹き上がる中、考え込んでいると川の中でぼんやりと明るく輝く。川はゆらゆらと煌めき、不思議と存を水面へと押し上げた。丸太があるのだから沈んでいくはずなのに、体は不思議と浮遊する。水面に上がれば、疾風が手を伸ばしていた。
手を伸ばしても、この前のような何かを組み替える術はしておらず。純粋に助けたい思いだとすぐ判る。
疾風は存を引っ張り上げ、丸太から切り離して、川に丸太を飲み込ませ存だけを水面から掬い上げ。アルテミスたちのいる反対側の岸へとあがる。
「なに、やってんだよ」
「おまえが馬鹿やってるからだろう」
「ばかじゃねえの!? お前何やってるんだよ、怖くないのか! 死ぬじゃないか下手したら!」
「おれが怖いのはお前なんだろう、それでもおまえはやってきた」
「……存……」
「お前はおれを救えるんだ。今、こうして救えた。おまえはきっとずっとおれを気にかけるよ、過去と重ねてずっと救えなかった人のこと思い出すんだろう」
「……言うな」
「でも、おまえなら、救えるよ。おれはずっと、おまえに助けられている。望んでも望まなくても、おまえはずっと助ける」
「……お前は、助けられないんだよ。僕じゃたすけ、られ、ない」
「助かるよ。なあもう一度言ってくれないか。あの日の答えは、おれは間違えたんだ。本音を言えなかった。おまえが大事だよ、疾風」
疾風は黙らせようと存の肩へ噛みつく、しととと流血しはじめ、血は体から垂れる。それでも存は身動きせず、痛みを堪えて疾風を見つめる。疾風はぽたぽたと雫を垂らしながら真っ青だった。冬のこの季節で水面に入り、凍えないわけがない。身震いをしているのは疾風。
存は不思議と寒さを感じなかった。
「怖いならお逃げ」
「……馬鹿を言うな」
「おまえに涙をあげる。おまえがつらいのだと、知ったから。ありがとうと、涙をあげる」
存が微笑むと疾風はがりっと牙が肉を断ち、背中に力が入る。しかし、一気に力が抜け、肩から口を離すと存の顔を見つめた。
見つめられた存は、宣言通りぽろぽろと泣いていて、疾風の頭を撫でた。
「寂しかったんだろ、ひとりだったんだろ。人柱の子を失ってからずっと。判ろうとしていなくてごめんな。今はわかりたい、おまえのこと」
「……僕は、ずっと……友達が、ほし、かった。子供みたいな願いだろ?」
「でも、おまえの本心で純粋な願いだ、おれが友達だ」
「……お前みたいな愚図いらねえよ」
疾風は雫を垂らしながら笑うもので、存は少しだけ微笑み、ようやく寒さを実感した。
疾風は粉雪にどつかれ、アルテミスに存は運ばれて。弓は一生懸命存の看護をしていた。
*
「覚えてる? 契約を解除、いつでもできるようにするために、悪魔を調べたこと」
「おお、そうだな、うらをとってもらっていた。何かわかったことあったか」
山小屋の中ではアルテミスと存、弓が火に当たっている。疾風は外に出て、山の天気を調整していたが、粉雪がやってくれば振り返って錫杖を地上に戻した。
粉雪は髪の毛を整えながら疾風を睨み付けて腕を組んだ。
「とんでもない奴だったわ、メフィストフェレスよあいつは」
「……めふぃすと? 有名な悪魔だよな、たしか」
「過去に天国と賭けをして、人間を堕落させようとしていたの。エンディングは二種類あったわ。書物には」
「その書物を見てなにかあったのか」
「あいつはもしかしたら……いえ、何でも無いわ。口にしてもあいつのことだから、きっと聞いてて誤魔化すに決まってる。気をつけて」
「金も改めて稼ぎ直さないと。僕はいつか契約解除しなければならない。友達っていうのは金に縛られないからな」
「切っ掛けは悪魔からの誤認識紹介なのに?」
「それでも、だ。続けて頼む、悪魔のこと。記憶が消えてるが、今回悪魔が何かした気がしてな。裏で何かしてそうだ」
「狙いは本当に、存さんなのかしら……私は少し。違う気がする」
疾風と粉雪は話し込んだ後に空を見上げ、真っ白く染まりきった雪山へ目を閉じる。
雪山に意識して二人は目を閉じ、山の鼓動を感じる。
疾風にとって山は孤独で、個であらねばならない、下りることの出来ない立場だった。
それでも今も山は加護し、魔性から解放されれば再び祝福してくれる。山に愛された疾風は結局山を嫌えなかった。
それでも寄り添おうと、理解しようと努力した相手がいるのなら。何とかなる気もすると、疾風は日差しが出てきた空へ目を細めて見上げた。
(何故だろう、もうお前の名前がはっきり思い出せない。ゆっくり眠っていてくれ。僕は前を向くよ)
今日も空は青く高い。
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