第八話 恋は盲目


 アルテミスは人に認識されない魔法をかけて、町中を駆け回っていた。今日も隙間時間を見つけて首を探していたが見つからない。

 いったい自分の生首は何処へ行ったのか。感覚が掴めず、気配も分からない。右往左往して無闇に動いても無駄な現状が悔しかった。

 宛先も持ち主も掴めない今がもどかしく、悪魔に疾風が何か企てていたら情報も売ってしまっている。

 生首の持ち主が念入りに情報を塞いでるから時間がかかるが必ず悪魔は調べてくれると告げ、今は大人しく待っていられない身だ。

 ふと路地裏に知った顔を見つけた。存だ。存が野良猫を撫でていた。

 アルテミスには野良猫を世話する気持ちは理解できなかった。繁殖したら誰にも育てられないし、野生で生きて辛い想いをさせるだけだろうに、なぜ餌をやるのかと。

 存は見たところ、餌ではなくただねこじゃらしでじゃれていただけの様子。


「何をやってるんですか」

「ああ、おまえか。……寂しそうだから遊ばれていた」

「遊んで貰っていたんですね、なるほど。優しい猫ちゃんだ」


 人間の都合で振り回す言葉はあまり好まないので、存のこのときの言葉選びをアルテミスは気に入った。

 確かに人間都合に付き合って貰うなら、遊んで貰っていたのだろうと。


「珍しいですね。生き物など興味ないって顔してらっしゃるのに」

「興味はあるよ。興味はあるけど、感情が理解できないだけ。小動物なら感情を理解できなくても当たり前だろう」

「人間だって個体差あるのですから、理解できなくて当たり前でしょう。理解してるつもりになってるやつらがやべえんですって」

「……アルテミスもおれとおなじで、協調性なさそうだ」


 アルテミスの明るいけれど他人への理解を突き放す言葉に、きょとんとした存は微苦笑し、猫を抱き上げた。猫は抱き上げられると、暴れてそのまま何処かへ行ってしまう。

 野良猫かと勘違いしていたが、首輪のついた猫だった。

 路地裏の存の影から悪魔がぬっと現れ、影を扉代わりにして閉めた。閉められた影は元の影になっている。


「おや、お邪魔したかな」

「構わない、依頼だろ? 最近、高級和牛とくとくセット何個も欲しいって五月蠅いから助かる」

「君の親御サン、悪魔の私が喜ぶくらいに業が深いね。さて、依頼は目が見えない人に恋をさせてほしい、どの子にかは指定するよ」

「どうして。また食べるのか」

「然様、とても美味しい栄養なんだよ、純真な恋心はスパイスと甘みで絶妙だ。今回は恋心だけ食べるよ」


 存の反応に、アルテミスは気遣い挙手をする。

 自分がやるとの意思表示だ、存は瞠目するとアルテミスに声をかけようとしたがその前に悪魔が了承して、消えてしまった。


「アルテミス、いいのか」

「そのかわり、オレのソシャゲで代わりにデイリーこなしててください。スマホ預けるんで」

「おまえ、スマホ確かいくつももっていたよな」

「そう、時間という等価交換ですよ。五台分のデイリーきっちりおねがいしますね!」



 悪魔の指定された娘は小ぎれいな垢抜けない少女だった。

 年齢が十代後半でちょうど存と見た目年齢だけなら同い年にみえるので、存は改めて妖怪若作りだとアルテミスは感じ取る。

 天然の不老は自宅で現在、アルテミスのはまっているスマホゲームを五台分こなしている。トータルで十時間ほどかかるだろう。

 時は金なり、十時間分の労働をしようとアルテミスは、他者には見えない術を施し病室から声をかける。

 少女は病室の中にいて、あと二週間後に眼の手術を受ける予定のようだ。悪魔は二週間以内に恋心を与えてこいと願っていたのだ。


「お嬢サン退屈そうですね」

「? どなたかしら」

「通りすがりの騎士です。美しい貴方に会いに来ました」


 口調は巫山戯ているのにからかっている様子ではない誠実さが、声に現れる。声で感情や心情を込めるのがアルテミスは得意だった。

 少女もきちんとおかしな言葉だというのに受け止める。


「まあ騎士なの。どういう騎士さんなの」

「真っ赤なコート着ていて、魔法が大得意なんだ。魔法で天気も変えられるお得なサービスつき」

「それでは目立つし、魔法使いでないの?」

「いいえ、騎士です。たった一人に仕えています」


 今は存に仕えてるふりして悪魔に仕えているだなんて、正直すぎるネタばらしはいらない。ある程度ふざけながら夢を少し持たせて、ユーモアも感じさせる空気が大事だ。

 アルテミスと少女はころころと話題を続けて話し込む。少女も警戒心はなく、元から人恋しい様子でアルテミスとの話題を楽しんだ。


「騎士さんはどんな姿をしてらっしゃるの」

「銀髪ですよ」


 首があったころは、とぼんやりとした容姿を懸命に思い出しながらアルテミスは笑い声を含んだ。

 首が今ない事実は告げなくても良いだろう、水を差す必要もない。


「そろそろ行きますね、またお会いしましょう、貴方が寂しい頃に」


 相手を思いやって気遣っている、気にかけていると好意を顕わにすればそのまま相手の言葉を放って置いて帰宅する。

 一日目は僅かながら成功したのだと思いたい。帰宅すれば、げんなりとした様子の存が待っていた。

 デイリークエストは無事済んだ様子で、アルテミスは笑い声を響かせ状況を告して置いた。



「騎士さんはきっと素敵な方でしょうね。ユーモア溢れてるから、楽しい方ですし。かっこいい人なのねきっと」


 それが徐々にアルテミスへの賛辞となっていく。会う毎に毎回口癖のように言われるのだから、最初は悪い気はしなかった。

 しかし徐々に、首がない負い目から負担に感じるアルテミス。

 残り二日といった期限になった日も病室でそのような言葉をかけられるから、内心罪悪感でいっぱいだ。

 アルテミスは少女と話し込むうちに、少女は容姿に拘っている現実が刻々と判っていく。

 目が見えない分、美しいものに拘り、世界中美しい色合いで美男美女しかいない世界を思い描いている。アルテミスは少女をそんな風に捉えている。

 しかしアルテミスは首がないのだから、不細工以下で標準にもなれない。

 空しさを感じながら今日もある程度話していき、帰宅するとテーブルにあった紙袋を手にして、紙袋に顔を描いてみて鏡を眺めた素振りで首に被せる。

 顔の位置に紙袋は置かれるとアンバランスながら正位置を保ち、アルテミスは鏡に触れた。


「アルテミス?」

「あ、いや、存さん。なんでもねえんです」

「……アルテミス、ちょっと出かけてくる」

「おや、もうすぐで夕飯の買い物から疾風くん帰ってきますよ?」

「それまでには帰ってこられるよ、他愛ない用事だ」


 あんまりにも妖しい笑みを浮かべるものだから、アルテミスは引き留められなかった。

 アルテミスはそのまま存を見送れば確かに一時間以内に帰ってきて、疾風に夕食の手伝いを頼まれていた。

 アルテミスはあの笑みは何を意味していたのだろうと、不思議だった。あの笑みが意味する物は「苦しむ必要はない」という意味合いだと知るのは次の日になってからだった。

「騎士さん? こんにちわ」

 病院に行けば、いつもと違う空気。少女はすっかりけろっとしていて、年頃の危うげさも可憐さもなくなり。ただの純真な女の子として振る舞っていた。

 その代わりに病室いっぱいに向日葵の入った花瓶が置かれていて。看護婦さんたちが大変そうだと過りながらも、その美しさや勢いに圧巻の光景だ。

 美しさに拘る少女が見れば、蕩ける表情になるだろうきっと。


「眼の手術明日なの! 応援してくださいな」

「いいよ、でも、目が見えるようになるならこれでさよならですよ。僕は目の見えなかった貴方の応援者だったのですから」

「ふふ、あしながおじさんみたいね」

「本当のあしながおじさんが、貴方に素敵なプレゼントを置いてますよ」


 アルテミスは存の懺悔めいた向日葵に、肩を竦めた。

 少女の振る舞いの中に、色恋めいたものが一切消えている。

 きっとこれは――存が食べさせたのだろう、悪魔に。お詫びとしての向日葵だ、きっと。元から悪魔から指定されていた獲物だったので、悪魔に頼めば一発で案内もするだろうし。恋心も熟れていたならあの悪魔が我慢できるわけもない。アルテミスは即座に思い至った。

 少女とアルテミスはそのまま別れを済ませて、病院から出れば入り口に存が待っていて出迎えてくれた。

 存は無言で紙袋を手渡した。存お手製の顔が画かれている。


「気になるならつけていればいい」

「存さんは親切なのか、無情なのかよくわからないですね」

「おれはお前のが価値があると思うから、価値があるほうを優先しただけだ」


 存は少女の恋心の行方がばれているのだと判明しても、あっさりしていてそのままぼんやりと歩き出した。

 アルテミスは存についていきながら、紙袋を見やり、頭につけた。

 不十分な首だけれど。人の思いやりから作られた首は、少しだけアルテミスの罪悪感と良心を刺激した。


「悪魔さんが認める疾風くんの親友候補なだけありますね」

「何が?」

「いいえ、今は。何でも無いです」


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