第七話 ピュアな金塊2-清廉潔白

 帰宅がきまずくて、帰り道にコンビニに寄る。アイスを選んで何がいいのかと悩む。弓は確かストロベリー味のもの。存はかき氷状のさっぱりしたものであれば味に拘りはないはずだ。

 しかしコンビニは夏も終わりかけなので、かき氷のようなアイスは品数があまりなく。売り切れていた。

 となると何がいいのか悩むと、疾風は念を込めて高級なバニラアイスを手にした。


(悪いとは思ってないけど。僕は大人だから折れてやろう。あいつの数倍は年とってるしな)


 疾風はついでにタバコを買い、そのまま存の自宅へ目指す。

 帰宅する頃には弓は存に宿題を教えて貰っていて、勉強に夢中だった。アルテミスは昼寝中なのか部屋に籠もっている。

 そうっと近づき、意趣返しにストロベリーアイスとバニラアイスを、弓と存にこっそり近づきほっぺに当ててやる。

 弓はきゃああと叫んでからもうっと頬を膨らませて、存はびくっとしてから眼を瞬かせていた。


「スマホ使えるか、あとででいい」

「貸さないぞ、お前に貸すと壊れる」

「借りないけど調べて欲しい、生活支援センターってなんだ」

「ああ……確か障害者やメンタルに問題のある人や、知的障害者をサポートするところだな」

「この名刺はどのタイプか調べてくれ」

「あ、此処なら有名だ。地域新聞にも載るくらいだから。これは高齢者向けだな」

「その代表者の名刺。もらって思いついたんだが、どうだ。悪魔の条件にぴったりじゃないか。この職業なら」

「人に尽くす職の施設長……」


 何かを言おうとしていた存だったが、言葉を噤んでこくりと頷き。有難く弓と一緒にアイスと付属のスプーンを貰い、存はじっと疾風を見上げた。


「ありがと」


 存の短い言葉にはごめんねも含まれた気がした疾風は、何処か懐かない野良猫がごろごろと喉を鳴らしているような感覚がした。

 急速なデレに戸惑った疾風は、頬を掻いて頷いた。


「しかしなんで成熟した魂なんだろうな、子供じゃなく」

「子供だったらボクを差し出していた?」

「あほか、しねえよ弓」


 弓の頭をわしゃわしゃと撫でてから疾風はさっさと夕飯の支度を始める用意をした。

 今日は、何となく。何となく少しだけ、気持ちが通じた気がする。問題は解決していないのに不思議だ、思いやりしあえた感覚だった。だから今日は存の好物を作ってやろうと、カツ丼の準備をし始める。


 少しだけ機嫌の良い疾風であった。




 あれから高ノ宮ルウ子について調べた。機械は疾風が触れればショートするので疾風は本や地域新聞の過去。存とアルテミスはスマホから調べていた。

 広告は見る人が見れば、性善説に生きているのだろうと頷ける内容。人の良心を信じ切っている発言ばかりで、疾風はほらどうだとことある毎に勧めてくる。

 疾風の勧めもあるし、あとの問題は説得だ。

 悪魔に必要だからついてきてくれと素直に招いても応じる相手ではないだろう。純真なものほど悪魔は恐れる。


「一回おれも会ってみるよ、二人で会いに行こう」

「いいぞ、悪魔の対価があれば頷かない人なんていねえよ」

「……そうなのかな、そうだろうな」


 存は事前にアポを取り付ければ、その日は丁度河川敷にいるホームレスを手厚く保護するとの話だった。

 時間が無いから一緒に来て欲しいとの話だったので、疾風は頷いたが存は少し面食らっていた。

 疾風はさっさと仕事を済ませたい思いで意気揚々と、ルウ子の仕事先に出向かう。ついてくる存の足取りが重い気がするが、あまり気にしないでくれと言われていたので疾風は気にしなかった。


「まあまあよくいらっしゃいました、両親の介護でお悩みですか?」

「この前はどうも。突然ですが……悪魔って信じますか」

「ルウ子さん、この人達追い払った方がいいぞ」


 河川敷に一緒に居た老体は疾風を睨み付けるように貶した。そのような貶し言葉に臆す疾風ではなく。そのまま飄々と言葉を続ける。


「何でも願いが叶うんですよ、本当ですって!」

「ルウ子さん、内容が本当にしろ嘘にしろ関わっちゃいけない奴らだ」

「まあまあ、……本当に願うが叶いますの? ならお会いしてみたいわ」

「ルウ子さん!」


 老体の心配を気にせず、疾風は悪魔を呼びだす。存は老体をずっと見つめていた、ルウ子には意識をひとかけらも向けていない。

 赤い糸を壁に突き刺され座標を作り、呼びだされた悪魔はルウ子と会話し出す。ルウ子は驚いた様子であったが目の前のチャンスに眼を爛々とさせていた。


「……おや、純真な魂は見つかったかね」

「ルウ子さん、この人が悪魔ですよ。どうですか、願い事あるならこの人にお願いしてみては」

「……そうね、そう、そうね。私、若くなりたい、若く美しく……!」

「それはできないな」


 悪魔の言葉で機嫌を損ねるルウ子。疾風はきょとんとして小首傾げる。悪魔ならば叶えられるはずだ。

「この人は穢れている」

「な、なんで。奉仕精神の立派な人だろう?」

「資金を着服してることで有名だよ悪魔には。本人に渡るはずの金を着服し、時には貢いで貰っている賄賂でね」


 ルウ子はかあっと一気に青ざめてから真っ赤になり忙しい顔色となりながらきんきんとした声色で激高しだした。


「なにをさっきから! そ、そんな事実ありませんわ!」

「それが本当かどうかは私には関わりはないが、貴方の心は穢れているのが事実だ。心にも思ってない言葉ばかりで着飾られている」

「……ッひどい」

「ねえ、そこのお爺さんはどうなの」


 悪魔を睨み付けている老体へ。会話を聞いていただけの存が、すっと指を向けて悪魔の注目を促すと悪魔は至極満足していた。


「この人なら良いよ、さあおいで。君の願いを叶えてあげよう」

「……ルウ子さんを逃がせ」

「ほうら崇高な魂だ、実にこれを奉仕精神というのだよ。さて、マダム、此処はお引き取りを。私達は会わなかったこととしよう」


 悪魔はルウ子を一瞬で瞬間移動させ安全な路上へと移動させた様子だった。そのまま老体の願いを叶えた悪魔は、老人に手をかざし、老体から魂を抜き出す。

 抜き出された魂は、悪魔から小気味よい音を立てられ、むしゃむしゃむしゃむしゃごくり。と、咀嚼されてしまった。

 悪魔は一瞬で食べ終わると、二人に手を振り、依頼完了を合図した。


「なんで穢れていたんだ……?」

「人が聞いていないのに美しい夢物語を語るなら、多分……言葉の裏を願っている人だよ」

「存には判っていたのか」

「ん……だけど。一生懸命、おれのために頑張ろうとしていた疾風を止めたくなかったし。おれも信じたかった」

「じいさんのほうはなんで綺麗だと判った?」

「清廉潔白な人は、たった一つのシミでも嫌うから」


 よくわからない物の例えに疾風は小首傾げるも、不愉快にはならなかった。存は一度は疾風の意見を聞き入れようと努力したうえで、結果が存の予測内での出来事だっただけなのだから。

 後日、ルウ子がやたら仕事の華美な誘い文句をやめ、出来るだけ利点も悪い点も事実を述べるようになっていった新聞内容を二人は知らない。

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