第九話 この体温はぬるま湯のようで1-怪人マント


「お前はよい子ども、愛しい子、ゆっくり眠りなさい」

 人魚が子守歌を歌いながらいそいそと銀髪の生首を、沢山の花や宝石で飾り付けていた。人魚の周りには他にも生首は連なっていたが、どれもが流血しておらず。まるで今も生きている生々しさを保っている。

 特別可愛がっている銀髪の生首は、得に生命力が漲っていて髪色も肌も艶艶。唇は特に透明感があり、目を閉じている瞳はもしも開けば着飾る宝石のどれにも勝る美しい瞳があるのだろうと期待させる程に、魔性の美しさがある。

 遠くから双眼鏡で、疾風は喉を鳴らした。

 電線に腰掛け、郊外の一軒家に人魚はいたので、眺めていた。

 悪魔から連絡があって即座に出迎えれば、電線へと連れられたのだ。時刻は夜、人魚の一軒家は灯りが爛々と灯っており。一軒家の持ち主がさぞ派手好きなのだろうと予想された。

 疾風が喉を鳴らしたのは、人魚の悪趣味さ故でもなく。生首が存に色素を変化させただけの差異しかないほどに、似ていたからだ。


(縁があるってそういう意味かよ)


 疾風はアルテミスの境遇を何も知らず、アルテミスの実情を何一つ知らない現実を思い知らされる。

 人魚は心から嬉しそうに生首を愛でている。恋に恋する美少女だ、その光景は相手が生首でなければ世界一美しいお伽噺にもなっただろうと疾風は言葉を失い。双眼鏡を下ろして唇を噛んだ。


「これを僕に見せてどういうつもりだ」

「私からの友好的な誠意さ。君と秘密を共有したいんだ」

「……この情報を売りつけてくれるのか。何故本人には言わない?」

「ああまで一生懸命だと天邪鬼で、意地悪したくなるんだ。親切で君が言おうが何しようが任せるよ。伝わる手段は楽しいほうがいい」

「……言いづらいだろ、この状況」


 郊外の一軒家は厳重な門が敷かれている。何処かの警備会社のマークまで門に貼り付けてあるので、録画までされているだろう。

 アルテミスに生首泥棒をさせるわけにはいかない。疾風は人魚を見て、ずっと嫌な予感しかしていないのだ。

 人魚からは狂気しか見えない。人の話を聞かない雰囲気や、浮世めいた雰囲気を持っているからこそ、疾風にとって人魚は恐ろしく見えた。


「本当、趣味が悪い悪魔だ」

「悪魔とは共感はしない性質で、理解だけはするものだよ」

「状況を理解したからこそ、僕に横流しするんだろ。可哀想だな、契約を結んだのに対価を与えないなんて」

「聞かれなければ答えないんだ、私達は。いつ、望みの物を与えるかなんて。楽しさとお得な出来事だけで生きてる」



 悪魔の顔は存に見えながら、声は多重で頭が痛むようなものだから目眩がすると疾風は深い溜息をついた。





「弓ちゃーん、帰ろう!」

「うん、いいよ。帰りに道元(どうげん)さんちのペル見ていかない?」

「いいねえ、それ!」


 弓は駆け寄ってきた同級生に綻んだ笑顔を見せれば、同級生は釣られて笑顔になり。弓の提案した、近所の多頭飼いで有名な大型犬のもとへ遊びに向かう提案へ、同級生はわくわくとした。

 これが高学年なら帰りにもっと何処かの店へ寄ろうと言われたり、誰かの家でゲームとの話を弓は聞いている。

 高学年の先輩が弓の教室にわざわざ来ては、高学年がいかにすごいかを休み時間のたびに話してくるのだから情報はある。

 ただ弓はあまり道草を好まなかった。もしも道草をするならば出来るだけ帰路のコースにある道草。

 そうじゃなければあまり乗り気にはなれない。弓のそんな価値観は同級生には好評だった。

 誰の家にも行きたがらない、外の遊びも滅多にしない。弓はその振る舞いを最初は嫌われないかと心配だったが、却って深窓のお嬢様のような空気が出て弓の外見に一致していたからか好評である。

 弓はいつかまた転校するのではと恐れていたし、何より同級生の友達を得るより大事な使命がある。

 父親だ。

 親愛なる存が望んだときに、いつでも側にいたいと純粋な思いで慕っていた。

 同年代の子供達は父親を煙たがっているので、弓は不思議であり、同年代の子らの父親を見て納得する。

 父様は世界一美しい、弓の感情は粉雪と同じ道を辿っていた。

 弓はこの世で一番大事な人は、一番目は母親、その次は存へと変化していた。

 存とは初めて会ってまだ数ヶ月しか経っていない。半年も経っていない。いつ引っ越すか判らないなら、同級生の友達と遊ぶより存の側にいる時間を長く作りたかった。

 知り合ったばかりの存は、優しい物のまだまだ他人行儀だ。


(親子らしい交流をしてみたいのよ、父様)


 弓と同級生は、帰り道一緒に歩きながらうっすらと弓は内心別の内容を考えていた。

 ぼんやりとしていたのものだから、頭にぼすっとノートが載ったのにやっと気付いた。


 後ろから追いかけてきていた同クラスの少年にぶすっとノートを押しつけられていた。


「連絡帳忘れて居るぞ! 先生に言われて走って届けにきたんだからな!」

「ありがとう」


 弓の可憐な笑みに少年は更にぶっきらぼうになるのだが、一緒についてくる。少年の友達もついてきていた。


「このへん危ないぜ、今噂になってるんだ、人さらいが出るって」

「人攫い? 警察に捕まえられないの?」

「あんな自転車泥調べしかしない奴らに何ができるってんだ。この前もよっちゃんが盗んだだろって……話ずれたな、気をつけろよ」

「人さらいって……お金要求するの? 誘拐なら困るな、うちはお金ないから」

 弓は何処かとぼけた返答をするものだから、怖がる同級生の女の子とは対照的だった。

「違うんだ、おれは正体を知っている。此処だけの話、人間じゃないんだ。よっちゃんが見たって言ってたんだ」

「だから最近四谷くん休みなの?」

「そうだ、その化け物に見つからないように。ずっと電気つけて部屋に閉じこもっている。ばばあの側から片時も離れない」

「お母さんのことばばあって呼ぶのやめなよ」

「だから! 兎に角気をつけるんだ」

「気をつけるったって、化け物相手ならどうにもできないじゃない」


 弓は同じ年齢の少年が間抜けに見えてきた。周りにいる男性が、疾風や存、アルテミスのみときている。突き抜けた男性ばかりなうえに、美的偏差値も狂わされる。

 弓はその事実を認識していながらも、目の前で幼稚な会話をする同年代を見れば呆れるしかない。


「ゆ、弓ちゃん……」

「大丈夫よ、化け物なんて早々出てこない」


 弓はアルテミスみたいな見目の存在や、化け物の存在を知らないわけではなかったが、自分が襲われる想像などできなかった。

 弓にとって化け物は日常的で、人を襲う印象のものなどなく。弓自身が半妖故に警戒心など芽生えにくかったのもあった。


 弓の言葉に少年はかっとなった上に、周りに居た少年の友達も弓に敵意を向けている。

「お前みたいな恩知らず、こうだ!」


 少年は弓から連絡帳を再び取り返すと、連絡帳を持って走って行く。連絡帳はアルテミスから買って貰ったものだったので、弓は慌てた。大慌てで足の速い少年についていくと、弓たちは公園にまで辿り着く。

 少年と少年の友達は弓の連絡帳を投げ渡ししていて、弓が怒りながら取り返そうとする。女子の同級生はおろおろとしていた。


「やあお嬢サンがた、楽しそうダネ、混ぜてほしいナア」


 多重の声が響けば少年達は動きをびくっと止める。その隙に弓は連絡帳を取り返す。多重の声ならば悪魔だろうと弓は軽く見た。


「やあ、おいで」


 多重の声は一人一人存在を消していく。一人消えていく毎にあがる悲鳴。弓はやっと悪魔ではないのだと気付くと逃げようとした。

 今逃げれば間に合うだろうけれど、同級生の無事を気にした迷いが危険の網から逃されるのを許してくれなかった。


 目の前に真っ白い仮面で、血を風化させたようなものをべっとりと身につけたマントを身に纏う男が現れる。


「ついていくから、せめてこれをしまう時間は頂戴」


 弓は連絡帳をランドセルにしまい込むと、その場から男と共に消え去った。



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