11 怪物のセイレン

 女の子はすんすん鼻を鳴らしながら、僕に尋ねてくる。


「……どうして、あなたは……。あっ……その前に、わたし、セイレン……セイレン・ママメイド……」


「僕はシーク……」


 続けて「ブルーシュライン」と名乗りかけたけど、寸前で言い直した。


「シーク・レッドベースだよ」


「し……シーク、くん……。どうして、わたしを助けたりしたの?」


 その物言いは、信じられないような、責めるような感じだった。


「もしかして、助けちゃいけなかった?」


 セイレンはずっと不安げだったのに、急にキッとした目つきになる。


「うん、いけないよ! わたしみたいな怪物を助けるなんて!」


「怪物? セイレンって怪物だったんだ」


 よく見るとセイレンの顔は、ところどころ樹皮のように渇死していてまだら模様になっていた。

 服もよく見たら、処刑される人みたいな粗末な服を着ている。それもいまやボロボロだ。


「そうだよ! みんなはわたしのことを醜いって言って、バケモノだって罵りながら石を投げてくるんだよ!? それなのに、どうして……!?」


「見た目は関係ないよ。困ってそうだったから助けただけだよ。セイレンが怪物なのはいま知ったけど、悪い怪物じゃないみたいだし」


「ううん、わたしは悪い怪物なの! だって、だって……!」


 セイレンが言うには、幼い頃に芸術神9柱のひとり、エウテルベー様に歌を披露したらしい。

 そしたら怒りを買ってしまい、追放されたうえに怪物にされてしまったそうだ。

 顔を出すと怪物だとバレてしまうので、いままで顔を隠して生きてきたらしい。

 やがて良くない噂が広まり、勇者テロウスに命を狙われるようになったという。


「僕が殴ったあの人、勇者だったんだ……。てっきり、蛮族かなにかだと……」


「やっぱり、テロウス様をやっつけたのはシークくんだったんだね! ああっ、大変! 勇者様を攻撃したことがバレたら、シークくんまで狙われちゃうよ!」


「だけど、後悔はしてないよ。むしろセイレンの話を聞いて、なおさら助けて良かったと思った。実をいうと僕も、神様に見捨てられちゃったんだよね。怪物にはされなかったけど、危うく殺されかけたんだ」


 あっけらかんと言う僕に、セイレンは毒気を抜かれたようだった。


「シークくんも、神様に捨てられちゃったの……? どの神様?」


「発明の神ダイブゲス様と、鍛冶の神ヘボイストス様。僕は職人だったんだ」


「そう、だったんだ……。勇者を攻撃するどころか神様に捨てられたことがバレたら、この世界じゃまともに生きていけないんじゃ……?」


「そうみたいだね、だから僕はこの森で暮してたんだよ。セイレンも行くところがないんだったら、好きなだけここにいてもいいよ」


「えっ……いいの?」


 セイレンはパッと明るい顔をしたけど、すぐにこの空間の怪しさを思いだしたようない、いぶかしげな表情になる。


「でも、ここはどこなの……? さっきまで、塔の中にいたはずなのに……?」


 僕はかいつまんで秘密基地のことを説明する。

 相手が職人だったら少しは理解してもらえそうなんだけど、セイレンはキツネにつままれたような表情のままだった。


「ふぅん……そういえばシークくんっていきなり現われたけど、どこにいたの?」


「塔のてっぺんだよ」


「なんでそんなとこに?」


「塔のとなりにリンゴの木があったんだけど、高くて採るのが大変だったから」


「塔に登って採ろうとしたんだね」


「うん。でも階段が脆くて危なかったから、ゲートに登ってもらったんだよ」


「ゲート……?」


 僕が示した先は玄関扉。

 そこには笑顔で会釈するゲートがいた。

 セイレンは椅子からガタンと立ち上がる。


「と……扉が笑った……!?」


「落ち着いて、あの子はゲートっていって、僕の友達なんだ。悪い子じゃないから安心して」


「あ……あのゲートくんって、生きてるの……?」


「僕は生き物として接してるよ。最近、歩けるようになったしね」


「と、扉が歩くの!?」


「やってみせようか。もう歩ける?」


「うん、なんとか……」


 でもセイレンの脚は震えていたので、僕はまた肩を貸してあげた。

 もうビクッとされることはなかったけど、セイレンは夢見心地のような顔をしていた。


「こんなにやさしくされたの、はじめて……」


「大げさだな。しっかりつかまって、外に出るから」


 セイレンの身体を支えつつ、ふたりして玄関扉へと向かう。

 ゲートのそばを通るとき、セイレンはまるで猛犬の前を通るみたいにおっかなびっくりしていた。


 外に出てから、僕はゲートに向かって手をかざす。


「……ウォーク・ゲート! 階段に登って!」


 すると、ゲートが扉の下の部分を使ってトコトコと歩きだし、ほとんど朽ちてウエハースのようになっている塔の階段へと向かう。

 階段のそばに着くと、ゲートはよっこらせとガニ股っぽい動きで段差を登りはじめる。

 『ウォーク・ゲート』は、基地レベルが8になったときにゲットしたスキル。

 効果は見てのとおり、ゲートを歩かせることができるというものだ。


「ゲートは軽量なウォルナッ材でできてるんだけど、扉のぶんの重量しかないから僕よりも軽いんだ。だから木の枝の上とか、崩れやすそうな所をかわりに移動してもらうのにちょうどいいんだよ。秘密基地の中に入れば、僕の重量は加味されなくなるから、いっしょに移動できるしね」


 ゲートによって塔の頂上まで連れて行ってもらった僕は、秘密基地の中から手を伸ばしてリンゴを採っていた。

 しばらくして、下のほうが騒がしいことに気づく。

 見下ろしてみると、セイレンが男の人に襲われてたから、とっさに飛び降りて木刀で殴りつけたんだ。


 説明したいきさつは単純だったと思うんだけど、セイレンは目をグルグル回して混乱していた。


「う……うそ……と、扉が、歩いてる……!? しかも、階段を登ってる……!? そ……そんな……そんなの、ありえないよっ……!?」


「ああ……! ありえねぇよなぁ……!」


 僕らの背後から、野太い声がした。

 振り向くとそこには、僕の一撃を受け、塔の外まで吹っ飛んでいた勇者テロウスが立っていた。


「この、勇者テロウス様に不意討ちを食らわせるなんてよぉ……! しかも、こんなクソガキがっ……!」

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