05 初めての戦闘

 僕はふたたび小さくしたナイフを、サスペンダーの弾帯に差し込む。

 サイズはあつらえたようにピッタリで、激しく動いても外れることはなさそうだった。


「よし、道具も手に入ったことだし、近くの森で食べられるものがないか探してみよう」


 そう思って秘密基地を出たものの、僕はサバイバル経験ゼロ。

 森でどうやって食べものを探していいのかわからなかった。


 クラフトの採取の感覚でいいんだろうか。

 それにキノコとかだったら、錬金術や薬品製作でもよく使うので食べられるかどうかの区別はつく。

 でも、もっとお腹にたまって、もっと栄養のあるものはないかな……? 欲をいえば、保存も効くといいんだけど……。

 悩んでいると、ふと、視界の隅で動き回る存在に目が行った。


「ウサギだな、それにカメみたいなのもいる。……そうだ、動物を狩ってみよう!」


 実をいうと、僕は幼い頃は冒険者に憧れていた。

 でも生まれたのが職人の家系だったのと、持って生まれたものが鍵だったので、職人の道を進むしかなかった。

 この世界には職業選択の自由はなく、持って生まれたものによって決められる。

 ちいさな剣でも持って生まれていたら、僕はいまごろ剣士になっていたかもしれない。


 なんにしても、もう縛られることはない。

 剣士になりたければ、いつだってなれるんだ。


 というわけで、秘密基地に転がっていた流木をナイフで削って木刀を作る。

 秘密基地からもらったナイフは、今まで僕が使ったどのナイフよりも素晴らしい切れ味だった。


 ナイフ自体を武器にすることも考えたんだけど、魔法の工具は優秀なほど武器としての性能が犠牲になっている。

 もしモンスターを斬って刃こぼれでもしたら嫌なので、やめておこう。


 それにたとえ木刀だったとしても、2本をクロスさせて背中に担ぐだけで、本物の冒険者になったような気分になれた。


「よーし、さっそく冒険の旅に出よう!」


 といっても近場をうろついているウサギ、正式名称は『ラビッツ』に戦いを挑むだけのこと。

 しかしラビッツは近づこうものなら一目散に逃げていき、勝負すらさせてもらえない。


 カメならのろいからやれるかなと思ったんだけど、このカメは『スプリンタートル』といって、弾丸のような速さで逃げるすごいヤツだった。

 僕は彼らを追いかけてさんざん走り回って、すっかりくたびれもうけをしてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……! ダメだ……! こうなったら、もっと凶暴なのを探すしか……!」


 向こうから襲い掛かってくるような動物というのは、この世界ではモンスターに分類される。

 狩りというよりも完全に戦いで、下手に戦いを挑もうものなら、大ケガをすることだってある。


「でも、背に腹はかえられない……!」


 モンスターなら草原よりも森の中のほうがいそうだったので、僕はふたたび森に分け入る。

 すると、ツノの生えたラビッツを見つけた。


「あれは、『ラビッツノ』だ……! ウサギのなかでは凶暴だっていうから、あれなら……!」


 僕は「かくごーっ!」と威勢よく挑みかかっていったんだけど、甘かった。

 ラビッツノは勝負してくれたんだけど、ツノによる飛びかかり攻撃は想像以上に鋭かった。

 間一髪でよけたんだけど、作業服の肩がスパッと切られてしまい、それだけで僕は戦意を喪失してしまう。


「うわっ!? ご……ごめん! まいった! まいったーっ! 僕の負けだーーーっ!!」


 しかし許してくれずはずもなく、僕はラビッツノにお尻をツンツン突かれながら森を転がり出て、なんとか秘密基地に逃げ込んだ。

 玄関扉をカッチリ閉めると、ラビッツノはお尻をぷりぷりさせながら森へと戻っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……。どうやら秘密基地までは入ってこないみたいだ……」


 しかし我ながら情けない。

 それで思いだしたんだけど、僕はいままでケンカすらしたことがなかった。

 そういえばブルーシュライン家に引き取られたときに、ステータスの他に戦闘レベルを確認したことがあったけど、相当低かったような……。

 僕は何の気なしにステータスウインドウを開き、レベルを再確認してみる。



 戦闘レベル1

 製作レベル9999

 基地レベル3



「相当低いどころか、最低じゃないか……。これじゃ、そのへんにいる子供のほうがよっぽど強いよ……」


 思わず、おおきなため息をまで出てしまう。


「はぁ……。最弱のラビッツには追いつけないし、それより強いラビッツノには勝てそうもない……」


 それもそのはず。戦闘レベル1でいきなり実戦をする人なんていない。

 冒険者になる人は、幼い頃から戦闘訓練を積んだうえで実戦デビューするんだ。


「家庭教師でもいれば、戦闘訓練をしてもらえるんだけど……。う~ん、これじゃ八方塞がりじゃないか……」


 戦闘というのは僕にとっては未知のジャンルだったので、心がすっかりへこんでしまう。

 しかしそのへこみを押し返すように、僕のなかで強い好奇心が芽生えていくのを感じていた。


「……こんな僕でも、なんとかして戦闘レベルを上げる方法はないかな……?」


 必要は発明の母。僕はいつもこうやって、不満を新しいクラフトに変えてきた。


「身の回りにあるものを使って……。あっ、そうだ! いいこと思いついた!」


 ひょっとして、準備のほうもすでに整っているんじゃ……?

 このとき僕は秘密基地の中にいたんだけど、忍び足で玄関扉まで近づいてみる。


 すると予想どおり、玄関扉の前には草を食むラビッツたちがいた。


「やっぱり! 秘密基地にいる間は気配が断たれるんだ! これなら不意討ちも簡単だぞ!」


 剣士というよりは盗賊みたいな戦い方だけど、背に腹は変えられない。

 僕は音を立てないようにしてそっと扉を開くと、真ん前にいた無防備なラビッツに向かって木刀を振り下ろした。


「……ごめん!」 ボカッ! 「キャインッ!?」


 全力の一撃を後頭部にくらったラビッツは「きゅう」とのびてしまい、まわりにいたラビッツたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「や……やった……! 初めて狩りに成功したぞっ! やったやった、やったーっ!!」


 ウサギになったみたいにぴょんぴょんして喜ぶ僕。

 現われたステータスウインドウも、いっしょに跳ねて喜んでくれているみたいだった。



 『戦闘レベルがアップ! 基地レベルがアップ! 新しいスキルを習得しました!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る