第33話

「無事に生まれました!」

息せき切ってエリカは、早朝の食堂に駆け込んだ。

全員が昨日のエラ出産の一方で、ずっと待ってくれていた。

「そうか。良かった…」

「エリカもお疲れ様だったね。お菓子食べていきなよ」

「あろがとうございます!うん。ルー姉、ありがとう」

「どんな感じ?エラとドズの子」

ハンセンの言葉で、椅子に座ってお菓子を摘まんでいたエリカは、口の中のお菓子をごくりと飲み込んで嬉しそうにしゃべりだした。

「んとね、黒に近い深い緑の毛に濃い茶色の目をした、すっごく男前な男の子なの。普通の馬より大きいけど、魔馬よりは少し小さくて、でも元気よ。すぐに立ってお乳を飲みだしたから、安心していいって」

「良かったな。しかし、全く気が付かなかった。エラは随分強いんだな」

ドルイドの言葉に、うんうんと頷きながらエリカは話し出す。

「はい。ハインケルさんにも分からなかったって。ネイサンさんも、エラはすごく強い馬だって言ってました。妊娠を悟らせずに仕事を完ぺきにこなして、いい女だって。ドズは、幸せ者だって」

「確か魔馬って、妊娠期間すんごい短いんですよ。だから、気づかなかったのかもしれないですよ?」

「ハンセン、そうなのか?だが、エラは魔馬じゃないだろう?」

「はい、前に俺も馬が欲しくて調べたんですけど。ドズの系統だと、普通の馬の半分の半分以下くらいで、従魔にする精霊馬の半分も無い位ですね。それの子だから、早いんじゃないですかね」

「そんなに短いんだね。エラ、大変だっただろうになぁ」

「そうだよね。急にお腹の中で子供がぐんぐん育つなんて、想像できない…」

「エリカが想像出来たら、それはそれで怖いさ。もう少し、ゆっくり大人になってくれていいよ?私が遊べなくなってしまう」

ルーシリアの言葉に、半眼になってしまうエリカだった。

「ルー姉…私だって成人してるんだけど?」

「ははは。エリカについては、同意見だ。ボイズが発狂してしまう。あいつに暴れられたら、誰も手が付けれんぞ」

ドルイドの言葉を想像して、本当に誰も手が付けられないと思ったエリカは、自分の今期は相当に後になりそうだと唸ってしまった。

「で?名前はどうすんの?エリカが付けるの?」

「んとね、私が付けていいよって。だから、ちょっと考え中なの。かっこいい名前がいいもの」

「そっか、頑張って。俺たちも見に言って大丈夫そうかい?」

ハンセンの提案に、にっこりと笑って頷くエリカは、嬉しくてたまらないと言う気持ちを体中から発している様だった。


「ボイズ!ハインケル!」

「おぉ、来たな。お前ら」

「見てください。すごくいい子ですよ」

ドルイドが声を掛けると、誰もがしばらく見ていなかった心からの笑みでボイズが迎える。

隣で馬たちを見ていたハインケルも、寝不足のげっそりした顔を喜びに輝かせていた。

その二人の向こう側で、大きなドズと美しいエラに挟まれた小さな仔馬が両親に甘えている。

鼻面で母を突き頬を寄せ、そうかと思うと体ごと父に寄りかかる様にぶつかって支えてもらう仔馬。

穏やかで和やかで幸せな家族が、そこにいた。

エリカが仔馬の前に行くと、仔馬の顔は一転して男前にキリッとする。

そっとエリカの手に鼻を押し当てて、そっとエリカの顔に頬擦りをする。

産まれたてとは言え、魔馬の子は大きい。

小さなエリカを倒れさせてしまわない様に、気を使っているように見えた。

「なんだか、エリカのことが好きみたいだね」

「そうだな。エリカがずっと声を掛けていたから、それが分かるんだろう」

「えぇ、本当にずっとこの子たちを応援していましたからね。エラも随分励まされたでしょうし」

「エリカさんは、すごかったんですよ?私も魔馬の子は初めてでしたけど、彼女は初め息をしてなかったこの子に誰よりも先に走り寄って、自らの口で息を吹き込んで呼吸をさせたんです。この子も、命を救ってもらったと分かっているんだと思いますよ」

「やだ、そんなに褒められると恥ずかしいです。ネイサンさん…。咄嗟だったんです」

「そうか。本当に頑張ったんだね、エリカ。たまには俺が、お菓子買ってあげるよ!」

「お菓子は嬉しいけど、あんまり子ども扱いは嫌だよ?ハンセンさん」

皆が皆喜びで笑い合っている間も仔馬がずっとエリカにくっついて居るので、エラが少し落ち着きが無くなっていたのは、ドズしか知らないことだったりする。


「エリカ、名前は決まりましたか?」

「はい、ハインケルさん。決めましたよ」

「発表してもらっても?」

「はい。この子の名前は、エドです。エラとドズ、二人の名前から一文字ずつ貰って、エド。だめですかね?」

「あなたが決めたなら、いいと思いますよ?私は、その名前でいいです」

「エラ、ドズ。どうかな?いいかな?あなたは、どう?気に入ってくれる?」

三匹に恐る恐るお伺いを立てるエリカを、三匹は優しい瞳で見つめ返し順番にエリカの頬に口づけをするような仕草を返した。

是の意味だと、受け取ったエリカは嬉しそうに名前を呼びながらエドの背中を撫でていた。

「エド、か。エドワードの愛称だな。有名どころだと、豪剣王エドワード・ガーティア王か、救国の白騎士エドワード・エハンソンって所か。大仰かもしれないが、大物になってくれそうだな」

「エドは、元気に大きくなってくれたらいいです。剣も持たないし、騎士にもならないですもん」

「まぁ、そりゃそうだな」

大層な名前を貰ってしまったと、エドが思ったとか思わなかったとか。

「そうだ、エリカさん、みなさん。エドは、しばらくエラと離さないであげてくださいね。大きいとは言え生まれたてですし、親から学ぶことはたくさんあるはずですから」

「そうですよね。分かりました。だって、エド。一度、あなたのお父さんと王都に帰るけど、もし、あなたのお母さんが残るならあなたも一緒に待っていてね。すぐに会いに来るわ」

そっとエドの顔を両手で包み目線を合わせて話す姿は、聞き分けない弟を優しく諭す姉の様だった。

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