第32話

「そうか。また、きな臭いことが増えてしまったな。まぁ、何はともあれ、一度帰って報告の返事待ちかな。お疲れさんだったな。今日は、ゆっくり休んでくれ。明日の朝、ここを発つ。補充なんかの準備はこちらでしてあるから、安心してくれ」

「ありがとさん。清算は、領都に帰ってからでいいぞ。ちゃんと魔石分も乗せといてくれよ」

「わかっているさ。中々の大きさだし、緊急依頼だ。色も付けるさ」

「そりゃ、ありがたいね!エリカ、町で何か売ってるか見に行こうか」

「うん。ルー姉には、お菓子も買ってもらわなきゃだしね!」

完全に気が抜けた様な、のほほんとした雰囲気で女子二人は部屋を出ていった。

「元気だねぇ…」

「まぁ、若いからな」

「我々には、付いていけませんね」

「俺は、あんたらよりまだ若いよ!一緒にしないでくれ」

人生の先輩三人を敵に回す言葉に、ハンセンの頭には見事なたんこぶが出来上がる。

スッと冷やした布を差し出すアントンに、何故か縋り付きたくなるハンセンだった。


翌日、無事に出立した一行は、食事用の肉の確保に狩りをするくらいですんなりと進んで行く。

帰りは早く帰って研究したいばっかりのカイヴァンのお陰で、寄り道もなく順調に領都に帰り着いた。

すぐに王都に帰ると言い出したカイヴァンに、報告書を託したいから一晩待てと説得する方が手間だった位だ。

その間に、兄弟騎士はしっかりと食べて寝て英気を養い、カイヤは特製ソースのレシピをいくつかアントンとエリカに教えて、メイマルはひたすら眠っていた。

カイヴァン本人は、ひたすらに研究素材たちを愛でていたらしいが、誰も何も言う気が起こらなかった。

翌日の朝食をみんなで取り、ささやかなお別れ会としてアントンとカイヤの作った食事と甘味に舌鼓を打った。

昼前には研究者一行を見送り、残った者たちでの昼食会となった。

「なんだか、すごく疲れたな。嵐のような数日間だった」

「同感だ。だが、お前はまだやること満載なんだろ?領主殿」

「あぁ、しばらくは後始末やら不在時に溜まった仕事の始末だな。ちゃんと清算の方も進めるから、少しゆっくりしてろよ」

「あぁ、そうさせてもらう。エリカも薬が作りたいみたいだし、馬たちも従魔たちも休めてやりたいしな。そういえば、馬車の中も掃除したいし洗いたい。ん?俺も忙しいな」

ボイズの言葉に、皆が笑う。

賑やかで落ち着いた食事もあと数回かと、少し寂しくなるエリカだった。


「エリカ、馬車の掃除手伝ってくれ」

「は~い」

昼食後の腹ごなしに、馬車を置かせてもらっている一角に来ると、ドズの様子が何やらおかしい。

「ドズ?どうしたの?疲れてイライラしてるの?ごめんね」

「どうしたんだ?エラ、お前もか。ハインケル呼んできてくれ」

「わかった!」

エリカは、直ぐにハインケルに貸し与えられている部屋のドアを叩き、顔を出したハインケルを問答無用で引っ張ってきた。

「なんなんですか、もう。ん?」

「馬たちの様子がおかしくてな、落ち着かないんだ。なんでかわかるか?」

「何でしょう?エラもドズも、随分イラついてますね。エラは汗をかいている?」

「ねぇ…エラのお腹…大きくない…?」

「まさか!」

エリカの言葉に、カバッとしゃがみ込みエラのお腹を触るハインケルを、エラは鬱陶しそうに避けようとしていた。

「嫌がってる?」

「あぁ、そうだな」

「あぁ、エラ…お前、妊娠しているね。しかも、生まれそうだ」

「「えぇっ!」」

「いつの間に?相手は?」

「多分、ドズでしょうね…最近近くにいたのはドズだけですし」

「ドズ…お前…人様のお嬢さんになって事を…」

「おっとぉ、今はそれは、置いておこうよ。妊娠してて生まれそうなのに、ドズまで苛立ってるのおかしいよ。何かあるんだよ。ハインケルさん、何かわかんない?」

「ドズとエラでは、種族が違うんです。ドズは魔物寄りだが、エラは普通の獣寄りです。だから、エラの体に負担が大きいんだと思います。まずは、産ませるしかありません」

「エラ、ごめんね。頑張ろう?一緒に居るよ。汗拭こうね」

「突然のお産に立ち合いとか、俺は何したらいい?」

「ボイズ、馬の世話をしている使用人を呼んできてください。その人の指示に従う方がいいでしょう。私も、馬の出産など初めてですよ」

「わ、わかった。行ってくる」

「エリカ、私もお湯などの用意をして貰いたいので行ってきます。任せていいですか?」

「うん、大丈夫。行ってきてください。ドズ、落ち着いて?お父さんのあなたが落ち着かないとエラが不安になるわ。いい子ね」

エリカは、ドズを宥めてエラの体の汗を拭き、馬に負担のない場所を確保するために藁を整えることにした。

程なく使用人を引き連れたボイズとハインケルが、湯気を立てる大きな桶を持って現れた。

「呼ばれてきました。ネイサンです。この子ですね?今まで妊娠の確認はしなかったんですね?初乳が出てる…本当に出産するみたいですね。普通、出産は夜です。経過観察は必要ですが、発汗も準備段階の正常な反応です。大丈夫ですよ」

「俺たちは、何をしてやればいい?ネイサン」

「先ず、彼に移動してもらいましょうか。オスが居ることで、神経を逆なでしてもいけませんからね。出産は、男に出来ることなんてないんですよ。人でも馬でも」

「わかった。どこにやればいい?」

「隣の小屋に空きがあるはずです。そこに。落ち着かせておいてください。種族が違うことで負担をかけていることは、彼も分かってるみたいなので、彼の傍にいてあげて貰えますか?」

「わかった」

「ネイサン殿、私は何をしましょうか?」

「では、彼女の様子を見て異変を感じたら、すぐに教えてください。あなたが主なのでしょう?」

「わかりました」

「えっと、私は?」

「あなたは、ドルイド様に、彼女の出産とあの二人が夜通しでこちらに居ることを伝えて来て下さい。食事の用意なんかも手配して下さるでしょうからね」

「わかりました」

「あ、えっと、お嬢さんのお名前は?」

「??エリカです」

「エリカさん、寝床の用意や汗拭きなど、ありがとう。いい具合になっていて、彼女も安心できているみたいですよ」

「!よかった!ありがとうございます。行ってきます」

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