第31話

「お待たせ」

スッと薄布を取る様にハンセンの姿が見え、気配がそこに実態があると理解できるほどに濃くなった。

「どうだった?」

「どこに何人隠れてやがるんだ?」

ボイズとルーシリアにズイッと迫られる格好のハンセンは、二人の方をぐっと押しやり自分の居場所を確保した。

「居なかった。遠隔指示が出せるとされる範囲いっぱいまで調べたけど、人間の気配は無かった」

「従属してるわけじゃ無いのか?」

「わからない。伝説級の従魔師でも限界とされたところまで行って見つからないなら、それ以上の凄腕か別の方法があるか従属してないかのどれかだとは思うが…」

「決め手に欠ける、か。そうなると、せめて、あの足の飾りが調べられるといいんだが」

「あぁ」

「とりあえず、人や家畜を襲ってるんだし、倒そう?」

「考えても仕方ないしな。勝負のこともある。やろうぜ?ボイズ」

「わかったわかった。こいつら勝負するらしいから、ハンセンとお前らは周囲の警戒と囲い込み、頼むわ」

「ちぇ、やっぱ俺たちにいいとこ、ないじゃんよ。まぁいいけど」

拗ねたように口を尖らせながら、ハンセンは駆けていく三人の後ろ姿を見送った。

それを黙って見ていたハインケルは、苦笑いで強化支援をボイズとルーシリアに向かって放っていた。


ボイズが向かうドラゴノイドの鱗は、固いと相場が決まっている。

ボイズの剛腕ならば、まぁ、と言う所。

しかし、ハインケルの強化支援を受けた今では、普通の魔物と大差ない程度にしか感じないことだろう。

ルーシリアの向かう亀は、甲羅が攻撃の邪魔をする。

甲羅が物理攻撃に対してはかなりの防御力を発揮する故に、迷宮内で出くわした場合は、いい獲物として追い掛け回される。

倒し方の定石は、足を止めてひっくり返すだ。

エリカの向かうキングオークは、見た目の不味さに反して肉が美味い。

緑色の皮を剥ぐと、艶やかな脂肪の乗った旨味の高い肉が潜んでいる。

ただ、迷宮の外である今は、ただの緑色のデカい豚顔でしかない。

しかし、この個体は全身に黒い線が模様の様に入っていることから特殊個体と思われる。

上位種といってもいい特殊個体は、通常より皮膚は固く、動きが早く、攻撃性が増す。

三人は、先ず三体をばらけさせるために、三方から同時に攻撃を放つ。

それぞれが意識した相手に向かって散ると、戦闘開始であった。


エリカは、キングオークの振り上げた腕を風魔法を纏って加速し難なく避ける。

すぐに反転して追いかけてくるキングオークの脇腹を、その身を回転させながらほぼ地面と水平に飛ぶことで弾丸となったエリカの短剣が抉る。

本当は腹の真ん中に穴を開ける予定だったが、軌道がずれて修正しきれなかった。

太った腹の一部がごっそりと削げ落ち、まるで齧り取られたようになっている。

脇腹の痛みに、エリカを睨みつけた瞳は真っ赤に充血して激高状態になっていた。

どんな力で地面を蹴ったのか、地面を抉りながら突進してくるキングオークを正面で受けない様に脚に強化魔法をかけて左に飛んで躱しながら、腰の袋から取り出した自作の特性麻痺薬の原液をキングオークの顔面目掛けてぶちまける。

目と口と鼻から麻痺薬を取り込んだキングオークは、目を反転させて白目を剥きゆっくりと動きを鈍らせて、そのまま大きな音を立てて前のめりに倒れた。

エリカは、その背中に飛び乗り、上空に風の魔法で飛び上がると、特大の風の刃を打ち下ろす。

風の刃は、鋭利な刃物で魚の頭を落とす様にサクッとキングオークの頭を胴体から切り離した。

その瞬間に一度ビクッと体を跳ねさせると、キングオークの体は消滅を始める。

それと同時に、足首についていた飾りは弾け飛んで霧散していた。

エリカは、思いっきり動き魔法を放ちすっきりした顔で他の二人の様子を確認する。

ボイズは、既に倒し終わっていたのかドラゴノイドの姿はどこにもなかった。

ルーシリアは、亀の甲羅と首の境目に細身の剣を突き刺して魔法を流していた。

彼女の使っている魔法は、その剣の能力による電撃である。

その特殊で希少な魔法の使用できる剣は、彼女が依頼をこなす中で出会った老いた刀匠の遺作となったものだった。

普段は使わないその剣の電撃を惜しみなく喰らって、亀は焼き焦げた亀へと変化してぼろぼろと崩れ落ちていった。

「畜生!負けた!」

亀の足首の飾りが霧散すると同時に、ルーシリアから発せられた嘆きである。

「ルー姉、約束の砂糖菓子、楽しみにしてるね!」

ニコニコ顔のエリカに、苦笑いの男三人、本気で悔しがるルーシリアと表情豊かな一時であった。


「しかし、壊れちまったな。かけらすら見つからん」

「あぁ。外から見てて思ったんだが、魔物が死んだら壊れて消える様に細工されてたんじゃないか?豚の頭が飛んだ時に、一瞬だけキラッとしたんだよ。あの足環?」

「そうですね。そうなるとやはり、人の手が加わっていると考えるのが妥当ですね」

「うん。領主様に、早く報告に行こう?」

「あぁ。魔石は拾ったな?」

「もちろん!」「当たり前」

「んじゃ、返ろうぜ。行くぞ~?」

ハンセンの声に、周囲で遊んでいた従魔たちが駆けてくる。

活躍の場がなかった従魔たちの不満げな声が賑やかな、何とも和やかな帰り道となった。


「戻ったぞ。町長は、どうした?」

「早かったな。お疲れさん。彼には、自衛団の施設の地下にある別荘にお引越し願ったよ。叩けば叩くほどにボロを出してくれてね。埃臭すぎて、限界だったのさ」

「ははは。そうか。この町の人々の生活が良くなるなら、何の問題もないだろうよ」

「あぁ、もちろん。私の直轄下に置くことにしたからね、大丈夫だろう。それでは、報告を聞こうかな」

「お茶を淹れますので、お席にどうぞ。茶菓子も買って参りましたので」

アントンに勧められて、応接室の長椅子に座った。

たいして大きくもない応接室の応接机と長椅子である。

ミチミチに押し込められるよりはと、ハインケルとハンセンと従魔たちは後ろにどこからか椅子を引っ張て来て座った。

「そうぞ。お召し上がりください」

アントンの淹れたお茶と菓子が目の前に置かれ、彼がそっとドルイドの後ろに控えると、魔物討伐の報告会が始まった。

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