第45話 火府音様

「あぁ〜疲れた〜」


 ミコは、楠山のお清めを終えると、お堂の中に倒れ込む。


「お疲れ様。よく頑張った。流石は、私の子孫じゃ! おーほっほっほっほ!! 」

「いや、その笑い方……美琴さんのイメージが……」


 ミコは、美琴の事を神格化してしまっている。

 気高く、美しく、そして、欠点の無い巫女であると。

 その顔で、女王様のような笑い方をされると、そのイメージが崩れてしまうのだ。


「イメージか? 美琴は、お主が思うほど、完全無欠の女では無いのだぞ? 」

「え? 」

「すぐ怒るし、すぐ泣く。強がりじゃったし、母親の私と喧嘩する位、気も強かったのだぞ」


 全然想像つかない。

 一夜から話してもらった美琴も、ミコが話した美琴も、そんなイメージでは無い。


「確かに巫女になってからは、人と触れ合うことも少なく、感情の起伏を表す事も少なくなったかもしれんがな。一夜と申す者を受け入れたのも、あやつの好奇心と遊び心なのだろう。それが美琴の本質じゃな」

「はぁ……」

「つまり、お主と一緒で、悩むし、恋もする。普通の女子じゃ」


(ああ、そうなのか)

 

 菖の言葉に、心が晴れるような気がしていた。

 悩み事の無い人間などいない。

 悩まないと、良い答えに辿り着ける訳がない。

 考えて、自分と向き合い、悩みながら出した答えが、美琴に自信を付けさせ、他者に対して想いを寄せる事が出来たのではないだろうか。

 亡くなる寸前まで、自信を持って巫女を全うした美琴だから、堂々とした立ち居振る舞いになるのだろう。


「何も変わらないんですね……私と」

「ああ、お主の方が、少し素直な位じゃな」


 その時、音を立ててお堂の扉が開かれた。


「菖! 」

「火府音様? 」


 火府音と呼ばれた少女と一緒に、一夜とカズマが入ってくる。

 二葉は、ミコの言いつけを守り、相変わらず外を見張っているらしい。


「ミコ様、ご無事でしたか! 良かった」

「一夜こそ、大丈夫…じゃないよね? あの少年は? 」


 一夜は、傷だらけで、見るからに疲れ切っている。


「私は大丈夫です。こんな傷、3、4日すれば完治します。あの少年は、あの刀の中に帰っていきました。どうやら、あの刀を依代にしているようです」


 一夜にこれ程の傷を負わせるとは、やはりただ者では無かったらしい。

 それに、刀を依代にしているあたり、とても危険な霊に違いない。


「それより……」


 一夜は、美琴にそっくりな女性、菖に目を向けて、言葉を詰まらせる。


「ああ、この人は……」

「私は、美琴の母、菖と申す。お主が一夜殿じゃな? よく知っておるぞ。美琴はどうやら面食いだったようじゃな! おーっほっほっほっほっほ!! 」


 ミコが紹介する前に、菖は言いたいことを全て言って、高笑いをはじめた。

 一夜は、あからさまに青ざめた顔をしながら、口をパクパクしている。


(うん、分かる。分かるよ)


 一夜の知ってる美琴の顔で、ここまで高笑いをされ、さぞや、ショックを受けたに違いない。


「お、お母様でしたか。通りで似ていらっしゃる……」


 その言葉を振り絞るのがやっとだったのか、他に言う事も出てこないと、黙り込んでしまった。

 当の菖は、そんな事は気にしていない様子で、少し真剣な顔になり、一夜に話しかける。


「一夜殿、美琴の母とて、礼を言わせてくれ。お主があやつの側に居てくれるようになって、最後は幸せな顔をして眠りにつく事が出来たようじゃ。美琴に日々の楽しみをくれてありがとう。安らぎをくれてありがとう。愛してくれてありがとう。そして、人を愛する事を教えてくれてありがとう」


 菖は恭しく、一夜に向かって頭を下げた。


「いいえ、私は守りきれませんでした。天寿を全うさせてあげられなかった。どうしてあの時、お側を離れてしまったのか、どうしてもう少し早く美琴様の元に帰らなかったのか。後悔しない日はありません」


 一夜は眉を顰めながら下を向く。


「それは私も一緒だ。私にもう少し力が有れば、美琴にあの様なお役目を背負わせずに、済んだのかも知れぬのに……、後悔せぬ日などない。だからこそ、次は全力でミコの力になろうと、そう思うておる」


 一夜は、ミコの顔を見る。


「ええ、私も……、次は絶対に守りきってみせると! 」


 菖と一夜の決意を聞き、こんなにも自分を思ってくれている事に、嬉しさと、安心感が押し寄せてくる。


「菖、さっきのお清めを行ったのは、此奴なのじゃな? 」

「はい、火府音様」

「うむ。よくぞあそこまでの力を使いこなす事が出来たな。妾は火府音。楠木の精霊にして、この山を守護する役目を負うた者。神道で言うところの、神様みたいなものかのぉ? 」


(か、神様ー! )


 ミコも、霊や式神の類には慣れているものの、ここに来てまさか神様に出会えるとは。

 ミコは思わず手を叩いて、土下座の態勢を取る。


「何じゃ、お主はなかなか信仰心も厚いようじゃな! もっと崇め奉っても構わぬぞ! おーっほっほっほっほ!! 」


 ……この笑い方は……。

 明らかにこれは一緒の笑い方だった。

 菖は、火府音に影響を受け、この高笑いを会得したのだろうか……。


(まさか、この山の神様の力を借りるのには、この笑い方が必要!? )


 そこまで考えかけ、高笑いをする自分を想像すると、寒気がして首を横に振る。

 二人は、美しい顔つきをしていて、女王様と言われればそうなのかもしれない。

 なので、美琴の母という点がなければ、違和感もさほど……いや、大いにあるが、ミコほどではない。

 ミコはと言うと、ガサツを絵に描いたような女なのだ。

 それが高笑いなどと……。

 色々とくだらない事を考えていると、


「ミコ様、あれは絶対に真似しないで下さい」


 一夜は、真剣な顔でミコにそう訴えかけてきた。

 ミコは、ひきつった笑顔で、一夜に向かって頷く。


「あの〜、色々と聞きたい事が有るんですけど? 」


 今まで空気だったカズマが、唐突、空気を読んで話を変えてきた。


「火府音様は、神様でこの山を守護してらっしゃると、菖さんはなぜここに? 」

「私は、昔、ミコの産まれた上赤坂神社の神主と結婚して、それ以来、火府音様にお仕えしている。もちろん、私の肉体は、既にこの世にはないが、式神としてお力を頂いておるのじゃ。火府音様には全てをお話しし、上赤坂神社で産まれた、強い霊力を持つ女子には封印の術式をお願いしておる。火府音様の封印を破ったのは、お主が初めてじゃがな」


 封印の術式。

 その術式のお陰で、ミコは式神を呼び出す事が出来ずにいた。

 てっきり、親父が掛けた封印だと思っていたけど、まさか火府音がかけて封印だったとは……。

 

「まさか妾の封印を破っただけでなく、この山の広い範囲まで、お清めしてしまうとはな。妾は邪を寄せ付けぬ結界を作ったが、お主はこの山を聖域のように変えたらしい。山に入って来た邪の者は清められ、禍々しさを失くしておる。実に見事じゃ」


 火府音は、清々しい程にミコを褒め称えてくれた。

 まさか、神様にそこまで褒めてもらえるとは。

 横で一夜も嬉しそうにしている。


 「ミコ、火府音様がもし神様だって言うのなら、十二天将の件も協力してもらったらどうなんだ? 強い結界を張ったり、封印をしたり出来るらしいし」


 カズマのくせに、たまには良いことを言う。

 ミコは、今までに会った事や、十二天将に狙われている件、菖から聞いた、菅原家の話をし、火府音に協力を仰いでみる。

 しかし、火府音は、難しい顔をして黙り込んでしまった。


「ミコよ、多分それは難しいやも知れぬ」

 

 口を開いたのは、菖だ。


「確かに、火府音様の力は莫大じゃ。しかし、火府音様は、土地神なのじゃ。この山、もしくは、上赤坂神社のように、火府音様に信仰心を持っている場所には、関与出来る。しかし、それ以外には……」

「そうですか……」

「すまぬな。私も力を貸してやりたいのだが、戦闘には全く向いておらぬ。この山に居る限りは、火府音様の加護の元、そこそこの力は使えるのだが……」

「いいえ、やはり自分の力で何とかします」


 申し訳なさそうにしている菖だが、誰かに力を借りれるとも思っていなかったので、それは全く問題無い。

 しかし、次に火府音が口にした言葉で、その場に居た全員が凍りつく。


「そうだ!! 正成を貸してやろう!! 」


 刀をミコの目の前に突き出し、そう高々と言い放つ火府音。


『え!? 」


 見事に、全員の言葉がハモった瞬間だった。

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みこいち!〜歪んだ魂の式神に、愛され続ける巫女の物語〜 Chicky_Frog @Chicky_Frog

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