第44話 浄化

「あっ! 」


 ミコは、ここに至ってやっと本来の目的を思い出した。

 外で待っている二葉の事も心配だが、強敵と戦っているであろう一夜の事も心配だ。

 早く本来の目的を達成して戻らなければならない。


「今、この山の結界の均衡が崩れ始めている。私は、一度この山の結界を解除して、それからこの山全体の、お清めを行おうと思ってるんだけど。この社の中にある、御神体の場所に行きたいんだ……」

「うむ。私も、外の異変には気がついた。御神体の場所だな? 案内してやる」


 菖が手を上に挙げると、場所が古いお堂の中に切り替わった。

 ここが、本来あるべき現実世界なのだろう。

 お堂の外は、すでに闇が広がっていた。

 菖は、神棚にある小さな箱を手渡してくれた。

 箱を開けると、美しい緑の水晶が収められている。

 流石に、本殿に収められていた御神体だけあって、とても強い霊力を感じる。


(これならいけそうだ)


「ミコ、確かにこの御神体の力は強力だ。しかし、この山全体のお清めなど、無茶苦茶だ」

「大丈夫。作戦はある」


 この場所は、ちょうどこの山の中心にあたり、御神体が無くなった祠は、五芒星を描くように建てられてあった。

 五芒星には、邪を祓う力と、エネルギーの増幅、そして、守りの力が備えられている。

 この山に最初に結界を張った人も、その力を利用し、邪悪を寄せ付けない山を作り上げたのだろう。

 お社に納められていた御神体の力と、五芒星の力があったとしても、結界を作り上げた人は、相当な霊力の持ち主だ。

 その御神体と、五芒星の力も借りるとして、後は、ミコが修行の成果を見せる時だ。

 この数週間、己の肉体のみならず、精神の安定と、自然エネルギーを取り込む力を磨き続けて来たのだ。

 

「私なら……出来る!! 」





 一夜は、少年を見下ろすように立っていた。

 少年は、肩で荒い息を吐き、体は重力に逆らえぬように、地面に這いつくばっている。

 

「いったい……、何……が」


 少年は、自分の体に起こっている、異変の理由に気がついていないようだ。


「分からないなら説明してあげましょうか? 」


 一夜は、勿体ぶるようにしゃがみ込み、少年の顔に自身の顔を寄せる。

 動けない少年の顎に指をかけ、静かに語りかける。


「私に流れるこの赤い液体をいつから人間の物と一緒だと、勘違いしたのでしょうね? 」


 言い終えると、一夜の手は、少年の額を切り裂いていた。

 ちょうど、少年の刀がミコを傷つけた場所だ。

 少年は少し顔を歪めるが、抵抗する気力もないようだ。


「私の体は、強力な呪いを作り出すために作られたのですよ。血液? そうですね。確かに赤いものが流れています。呪いや毒を含んでいますが。あなた、それをどれくらい浴びましたか? 面白ろ半分に私を切り刻んだ事は、あなた自身の首を締めていたということです」


 せっかく一夜が説明をしてあげてるのに、少年からは反応が無い。


「おや? 聞こえていますか? まだ消えて貰っては困ります。ミコ様を傷つけたお詫びを、まだしていないでしょう? 切り刻んでから首を落とすんですよね? 」


 更に、少年を傷つけるために一夜は手を振り上げようとした、その時ーー、


正成まさなり!! 」


 一夜の手は、小さな少女によって止められた。

 少女は、一夜の手を捻ると、投げ飛ばし、少年に駆け寄る。

 一夜は着地すると、何が起こったのか状況を整理する。

 自分の半分ほどの大きさの少女に、投げ飛ばされた事を理解するのに、少々時間がかかってしまったのだ。


「愚か者め! 妾の話も聞かず飛び出していくからじゃ」


 少女は叱咤すると、印を結び、正成と呼んだ少年を眩い光で包み込む。


……府音ふねさ……」

「喋るな、呪いを解く」


 そう言うと、火府音と呼ばれたその少女は、お清めをはじめる。

 正成が主人としているのは、火府音なのだろう。

 正成を軽く凌駕する程の力を感じる。


「治してもらっては困りますね。そいつは、ここで、私が始末するのです!! 」

「うるさい、優男!! しばらく黙っておれ! 」


 火府音はそう言うと、片手を一夜に向けて、掌を上から下に動かす。

 一夜は、見えない力で押さえつけられ、地面に倒れ込み、身動きが取れなくなった。


「強がっておるようじゃが、お前も血を流しすぎたようじゃな。私に消されたくば、そこで大人しゅうしておれ」


 万全の体調なら、何とかなったかもしれないが、正成との戦闘で、一夜も力を失っていた。

 体が思うように動かず、起き上がれない。


「っく!! 」

「一夜!? 」


 一夜を呼ぶ、とても耳障りな声が聞こえた。

 声のした方に顔を向けると、火府音が来た道をカズマが走ってやって来た。


「おい! これは、どういう事だ? お前、どうしてここに? ってか、地面で何やってるの? 」

「っるさい……ですね。早く、アイツを止めて下さい! 」


 カズマは、地面に這いつくばる一夜を不思議そうに眺めた後、ニヤリと笑う。

 

「何を笑っているんですか? 早くアイツを……」

「地面に這いつくばるお前見るのって、めちゃくちゃ楽し……」

「死ね」


 一夜のつぶやきと同時に、手は蠍の尾に変わり、迷いなく、カズヤ目がけて飛んでくる。


「ひぇ!! 」


 カズマは、飛び上がって避けると、慌てて取り繕ってくる。


「じょ、冗談だって!! ごめん、悪かったって!! 」


 本当に悪かったと思っているのか分からないが、ここでカズマと争っていても仕方が無い。


「あの女が治療しているのは、ミコ様を傷つけた奴です。今復活されては、次に勝てるか分かりません。早く止めて下さい! 」

「み、ミコを!? 」

「もう手遅れじゃ。治療は済んだ」


 火府音の後ろで、ゆらりと立ち上がる正成。


(くっ!! まずい!! )


 正成だけならまだしも、あの火府音の力は計り知れない。

 それに、一夜が苦戦した相手に、カズマが太刀打ち出来る訳もない。


(万事休す)


 一夜が、敗北を覚悟した瞬間、


「戻れ、正成! 」


 先程まで、立っていた正成は、刀に吸い込まれるように消えて行き、火府音はその刀を脇にさした。

 それと同時に、一夜を地面に押し付けていた力は解放された。


「すまなかったな。妾の名は火府音。此奴は私の忠臣、正成。この刀に宿った霊だ。普段からこの山の守りを任せておるのじゃが、久々の戦闘で、ちと自我を失ってしまったらしいな」

「正直、自我を失い過ぎだと思いますよ。人間を殺すなと教えたのはあなたでしょ? 殺す気満々でしたよ? 」

「悪かったとは思うておる。お主の出す禍々しい気に当てられてしまったのじゃ。お前と一緒にいた人間も、邪悪だと勘違いしてしまったのじゃろう」

「ふん、言い訳ですね。ミコ様の清らかで美しい霊力は、私と一緒に居たとて、お変わりありません」

「まあ、そうだな」


 火府音はそう言うと、一夜に頭を下げる。


「家臣の無礼を改めて詫びよう。申し訳なかった」


 もちろん、一夜は許す気になど、なれない。

 しかし、今ここで火府音と戦った所で、一夜にとっては何のメリットも無い。


(次に会った時は、魂の宿った刀ごと、へし折ってやりましょう……ねぇ? )


 その時、眩い光が楠山全体を覆った。

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