第43話 選択
「許せ、ミコよ…」
そう呟く声が聞こえ、ミコは美琴の母親、菖を突き飛ばしながら、自身も後ろに飛び距離をとる。
突き飛ばされた勢いで、菖はグラリと体勢を崩し、地面に手をついた。
その手には、どこから取り出したのか、短刀が握られていた。
自分の勘を頼りに、菖を突き飛ばしていなければ、背中をザックリと刺されていただろう。
いや、もう彼女が本当に美琴の母であるのかも怪しくなってきた。
美琴の母であれば、ミコを攻撃する理由がわからない。
「お前は…一体誰なんだ? 」
「先程も、言うたであろう。美琴の母親じゃ」
「じゃあ、何故…」
「その答えは、お主自身に聞くとしよう」
そう言った菖の顔は、優しい母親の顔では無く、強い意志を宿した巫女の顔をしていた。
菖は、素早く印を結ぶと、ミコに向けて術を放つ。
『
眩い閃光が、ミコの体をすり抜ける。
(痛っ!! )
雷の刃が肌を切り裂く。
すぐさま菖は印を結び、次の術を放つ。
『爆細粒』
菖の指差した地面は盛り上がり、空に向かって土砂を吹き上げ、蛇行しながらミコの足元に近づく。
ミコはバランスを保ちながら、ポケットに入れていた護符を取り出し、地面に向けて投げつける。
印を結び、
「相殺! 」
ミコの声で、術は効力を失い、止まる。
菖の術の扱い、動きにも隙が無い。
今のミコと比べると、明らかに術の扱いに長けていた。
菖の攻撃は本気だ。
本気だけど、ミコは何か違和感を感じていた。
「菖さん、ちょっと話が見えないんだけど。なんで攻撃してくるんだ? 」
「お主に対して恨みなどは無い。しかし、定めの巫女は居てはならぬのだ。私に勝てぬ位の実力では、美琴の魂は預けられぬ」
「なんで急に? 」
「私はお主の実力を見定めねばならぬ。ダメなら…」
「ちょ、全然話が見えないって! 」
菖は短刀を振る。
「私は剣技は苦手でな。さっさと終わらせよう」
『炎舞』
炎が短剣を包み、長さを増し、鞭のようにうねり出す。
『水牢! 』
ミコは、水の牢屋を自分自身の身に纏い、炎の鞭を弾く。
菖は、すかさず印を結び、次の術を繰り出す。
ミコは、菖の印を見て、冷や汗が流れる。
『五神、青龍よ!! 裁きの雷を!! 』
(水と雷!? それは流石にまずい! )
『解! 』
ミコは、水牢を解除すると護符を一枚取り出し、雷を吸収させる。
「お返しだよ! 」
雷を吸収した護符を投げつけ、菖の上で雷を降らせる。
菖は、短刀の炎を解除し、頭上に振り上げると、避雷針のように雷を刀に落とす。
バチバチと音を立てる短刀を地面に向かって一振りすると、菖は鞘に納めた。
「ゲームセットで、良いのかな? 」
ミコは、菖の背中に人差し指を突きつける。
確かに術では敵わない。
しかし、ミコの鍛え上げられた体術を甘く見てもらっては困る。
菖が、雷に気を取られた一瞬の隙を付き、後ろに回り込んだのだ。
「見事な戦い方じゃった。どうやら、修行はちゃんとしたらしいのう。合格じゃな。」
そう言うと、菖は僅かに穏やかな顔になったような気がした。
危なかった。
正直、印の結び方や、術の効果を勉強していなければ、やられていただろう。
ミコは一つ、安堵のため息を吐いた。
「お主次第では、ここに一生閉じ込めておく事も考えたのだが。私に勝てぬようでは、先が無いからな」
「閉じ込めるって…でも、最初の攻撃も、話し掛けて合図をくれたし、印を結び、何の術を使うのか、分かりやすいように教えてくれた。私が対応出来るようにしてくれたんだよね? 不思議だったんだ。術は凄かったのに、全然威力も少なくて。それに、あなたから、殺気はまるで感じなかった」
「私の子孫を殺す訳にいくまい。それに…閉じ込めるだけなら、あやつら、貴族どもと大差無いか…」
菖は、誰に話かけるでもなく呟き、ミコの体に触れると水の術を唱え、雷刃の傷を癒してくれる。
「ありがとう…」
「フフフ。そもそも私のせいだから仕方が無い」
(そう言えば…そうだった)
「すまんな、お主を試してしまって。よく頑張った」
菖はそう言いながら、ミコの頭を撫でる。
「ミコ、お主は何故美琴が死んだか知っておるか? 」
「十二天将のやつに狙われたって話だけど…」
「そうだ。美琴を失った後、私は小さな鳥を使役し、情報を集めた。力の無かった私は、それが精一杯じゃった。定めの巫女を狙っているのは、十二天将だけでは無かった。貴族どもが巫女を囲っておった理由は、都の繁栄だけでは無い。強い霊力を有する巫女が居れば、力で世界をも制する事が出来るのだ」
「でも昔ならともかく、今の時代、そんな人間が…」
「居るのだ。そいつは巫女を核にして、莫大な力を得ようとしている」
「核にする? 」
「ああ、霊力を集めるだけのな。巫女とは本来、自然エネルギーを得て、力を使う。その器が大きければ大きいほど、エネルギーを集める力も強いという事。表向きは、人々を幸福に導く清らかな巫女として扱い、裏では強い霊力をを生み出す為の道具。その定めを背負わせる為の巫女。美琴が生きていれば、貴族どもは美琴を渡す予定だったのだ。霊力を蓄え、最も高まった、あの日。菅原家にな」
「菅原家…って、まさか、道…真…? 」
菖は頷く。
菅原道真。
平安時代、貴族として生まれ、多彩な才能を持ちながらも、死したのち、強い怨念から日本三代怨霊と言われた人物だ。
それは、神道を学んだミコだけではなく、多くの人が知るほどの有名な話だ。
「道真は、志半ばにして亡くなり、怨霊となった…と言うのが一般的な話なのじゃが。あやつは死んではおらんかったようじゃな。正確には、奴は魂の転生を繰り返し、次々に肉体を替え生きている。それに…」
菖は、言いにくそうに言葉を濁すと、ゆっくりと話し出す。
「菅原家の
「現れたやつ…って、まさか…」
「一夜と申したか? あやつは間違えなく、菅原家の強い怨念を与えられた者」
(クラクラする…)
ミコは、フラフラとへたり込む。
次から次へとめんどくさい話ばかりだ。
ただでさえ十二天将とのイザコザもあるのに、それに加えて日本三代怨霊まで関わっているとは。
それに一夜も…。
「一夜と申すあの者は、自我が芽生える事で、菅原家の者達の呪縛から逃れたようじゃな。最後まで美琴を守ろうとしてくれていたようだ。あやつのお陰で最期の時、美琴は巫女ではなく、人間になれたようじゃな。それだけが救いじゃった」
菖は寂しそうに俯く。
「美琴は決して、道具にされる為に生まれて来た訳では無いのになぁ。正しく、巫女であろうとする純粋な気持ちを利用され、利用する為に殺された。私は弱い巫女だった。弱くて、守りきれなかった」
瞳からは大粒の涙が溢れる。
「すまぬ。ミコよ。私は美琴を守り切れなかった。しかし、お主が戦いを避けたいと思うのなら、ここにいても良いのだぞ? 私は、お主まで失いたくは無いのだ。上赤坂神社で、強い霊力を持つ者の封印を行なっているのは、巫女を守る為じゃ。お主の霊力は強過ぎて、封印しきれんかったようじゃが。しかし、ここに居れば、見つかる事もあるまい。無理をして、戦う必要もない」
ミコがここに残れば、ミコの為に戦っている人も、ミコの式神も傷つく事はないのだろう。
道真にも、十二天将にも、狙われる事は無いし、悪事に利用される事もない。
ここに居れば、戦わずに、平和に過ごせるんだと思う。
だけど…
「ありがとう。菖さんが、心配してくれてるのは分かった。でも、柄じゃないんだよね。私は、巫女としての運命を受け入れる事も出来ないし、巫女を続けていくかも正直分からない。覚悟とか、定めを背負うなんて、考えた事もなかったし、私は私のやりたいようにする。それに、私がここで寿命を全う出来たとしても、また強い霊力を持つ人が現れたら、その人がまた同じ思いをする。きっと、ここで終わらせないと行けないんだ。美琴さんと同じ思いをさせちゃいけない。最後の最後まで足掻いてみたい。私のワガママだけどね」
「そうか。ミコ、お主なら出来るかもしれない。美琴が認めた、お前なら…」
「え、何で…」
菖は、微笑みながらミコの頭を撫でてくれる。
「お主の中の美琴の魂は、お主と一緒に居る事が嬉しいようだ」
「私も、そんな気がしてるよ」
ミコは、そっと胸に手を当てた。
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