第4話 ミコと一夜

一夜はとんだ食わせ者だった。




 見かけは二十代の優男で、艶やかな長めの黒髪に、切長の目、オマケに高身長。式神で無ければモデルにでもなるのかという風貌をしている。




 着物に袴を着こなすその優美な男は、式神のくせに主に対しての忠実さが全く感じられない。


 ミコがずっと待ち望んでいた式神からは、かけ離れた者が誕生してしまったのだ。


 


 しかも、普通は霊力を持たない一般の人間からは見えることの無い式神だが、何故か一夜は誰からも人として認識される存在だったのである。




 参拝に来たご近所の叔母様方は、神社の手伝いをする一夜を見るなり、目を輝かせ、アイドルの様な扱いをし始めた。噂を耳にした近所の叔母様はどんどん集まり、口伝えで遠方からも人を呼び、ここ一週間程で、かなりの参拝客の増加が伺えた。


 


 親父は、一夜を見た時に随分驚いた顔をしていたが、何も言いはしなかった。




 一夜は、不思議な事に紙人形などの媒体を使用せず現れていた。不思議に思ったミコが親父に尋ねると、力の強い高位の霊になると、媒体を必要としないそうである。つまり一夜は、息吹達と比べると、かなり高位の霊という事になるのだろう。




 その優美な身のこなしと、隙の無い佇まいの式神は、ミコのガサツさが目に余るようで、小姑のようにチクチクと嫌味を言ってくるのだ。




 「ミコ様、服の脱ぎ散らかしなど、淑女としてあるまじき事ですよ。これではお嫁の貰い手はありませんね」




 とか、




「ミコ様、お口の周りが汚れていますよ。これでは10年の恋も冷めると言うものです。ああ、恋など知らぬお子様でしたか」




 とか、




「ミコ様、急に蹴りを繰り出すので、肌着が丸見えです。子供っぽい肌着を見せられる周りの事も考えた方が良いですよ」




(うざい。いや、本当にうざい。うざいの最上級!)




 確かに脱ぎ散らかしたり、食べこぼしたり、親父を蹴り上げたり、ミコはガサツだ。


 それは自分でも認めている。


 しかし、最後の一言はいつも余計では無いだろうか?


 仮にも、ミコの力でこの世に具現化した式神なのに、主に消される事など考えもせず、嫌味攻撃をチクチク、チクチクと繰り出してくるのだ。




(消してやろうか?)




 そう思わなくも無かったのだが、普段家の手伝いなど、からっきしの行わないミコは、一夜の働きっぷりを見ていると、そうそう文句もいえなかったのである。




 朝は誰よりも早く起き(そもそも寝ない)、神社の掃除や、家の手伝いをこなし、叔母様方の井戸端会議にも参加して愛想を振り撒き、顧客を増やす。


 ミコには到底真似出来る様な事では無かった。




 それに一夜を消してしまうと、叔母様方の気の落とし用が、ありありと目に浮かぶ。参拝客の多い神社は信仰の象徴として、強い霊力を蓄えるようになると、親父から聞いていた。更に、神社のお財布事情を考えると、今叔母様方の信仰を失うわけにはいかなかった。


 特に貧乏って訳ではないけれど、色々とあるに越した事はないだろうと考える。


 信仰とはそういうものだろうと、自分を納得させつつ、いつもの空手の稽古に向かうのである。




(また違う式神を呼び出そう)




 そう、心に誓うのであった。










  空手の稽古を終え帰ると途中、ミコは引き寄せられるように、アキラと戦闘を行ったあの場所へ向かった。


  何がある訳でもない。


  ただ、不思議と行かなければいけないような気になっていた。




 夕暮れ時のただの街。住宅街の中、家々からは夕飯の匂いがしていた。


 ミコは目を瞑り、精神を集中させる。




(居た!)


 


 ミコは小さな丸い光の玉を見つけ出す。


 その玉は、小さく時より揺らめきながら、まるで震えているようにも見えた。




「泣いているのか?」


 


 ミコはそう声をかけながら、小さな玉に触れると、玉は人型に姿を変えた。




「ア…キラ…?」




 その姿は間違い無くアキラだった。


 前のような禍々しいオーラは無く、力無くそこで泣いている姿は、本当にただの子供のようだった。




「た…す…け…て…」




 アキラの口がそう動いているように見えた。


 自分の腕の中で、寂しそうに泣いている姿に、ミコは自分が前に襲われた事も忘れて、助けなければと思っていた。




(どう助ける?清めさせればいいのか?私にそんな事が出来るのか?)




 どうしたら良いのか迷っていると、




「お困りですか?」


 


 全然困っても居ないような口調で、後ろから話しかけられた。




(いつの間に!?)




 一夜はミコの後ろから覗き込む様に、アキラを見ていた。


 いつも嫌味を言う時のほうが困った口調なのが腹が立つのだが。


 少しの苛立ちを感じたが、同じ霊体である一夜なら何か出来るかもしれない。




「一夜、この霊を助けたい。どうすればいいか分かる?」




 問いかけるミコに、興味深そうにアキラをマジマジと見る一夜。




「迷子ですかね」




 なんの感慨も無く答える一夜。




「迷子?」


「ええ、この霊は此処で亡くなった子では無いようです。この場所には何の呪縛も感じ無い。それなのに、何者かによって此処に置き去りにされてしまい、自分の行き場所が分からないのでしょう」




(ん?)




 一夜の答えを聞き、ふと思い当たる事が有った。




(私か? 私のせいなのか?)




「ミコ様?どうかしましたか?」


「どうもしない!どうもしないよ!」




 一夜の目は、『また何かガサツな事をしたんでしょ』と言っていた。


 確かにミコはアキラをぶっ飛ばしたらしい。だが、そもそもアキラ呼び出したの親父だったわけだ。


 嘘を吐くのが苦手なミコは、見事に目を泳がせる。




「とりあえず、何かアイデアはある?」




 そして、話を変えてみた。


 


 ふう。っと、一夜は一呼吸おき、




「とりあえず、神社に連れて帰って、お清めをしてあげるのはいかがでしょう?」


「うん、そうだな」




 一夜のアイデアに頷き、アキラの手を引いて、




「取り敢えず、うちにおいで」




 そう言ってアキラを動かそうとするが、動か無い。




「聞こえてい無いようですね?弱い霊は、この世に干渉する力が弱いですから」


「そんなぁ〜。じゃあどうすれば良いんだよ」




 嘆くミコに、『簡単ですよ』と言わんばかりに、




「ミコ様の中に入れて連れて帰れば良いんですよ」




 と、言ってのける。




「えっ!?」




 確かにミコは憑依体質だ。しかし、乗っ取られる心配もあるし、試した事も無いのにいきなりぶっつけ本番はちょっと…、と言いかけた時、




「ミコ様の助けたいという強い意志が有れば、乗っ取られる心配もないでしょう。それとも、こんなに弱い霊に乗っ取られてしまう様な、ヤワな精神力しかないとおっしゃるなら別ですが…」




(こいつ!)




 なんという焚き付け方をするのだろうか。これでは強がりのミコは、




「もちろん!出来ない訳が無い!」 


 


 そう答えるしか無かったのである。




 やはり一夜はとんだ食わせ者だったようだ。

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