第5話 アキラのお願い

一夜はミコを背中に背負い、神社への家路を歩いていた。


 先程、主を焚き付け、憑依を行わせ、予想通りミコはガクリと、その場に倒れたのだった。分かりやすい主の性格は、一夜にとってとても扱い易いものだった。




(霊力は強い。格闘技も強く、精神力もある。しかし、単純過ぎますね)




 一夜は冷静に分析していた。ミコをからかうのもとても面白いのだが、でも、それを楽しんでばかりではいけないのだ。


 一夜はこの主を強くすると、そう、とある人と約束をしたのだった。


 一夜の前の主はとても聡明だった。ミコとは正反対の性格をしており、淑やかだが芯は強く、一夜を出し抜ける程、頭の回転も早かった。ミコとは違い、格闘技はしていなかったが、それを差し引いてもお釣りが来る程、式神の使い方も上手く、一夜はとても尊敬していたのだ。




(しかし、所詮は人間…)




肉体は永遠には保ず、精神の強さも、永遠に続くものでもない。


 それもまた、仕方のない事なのである。


 今、一夜にとっての主はミコしかいない。




(時間がかかりそうですね。問題は、この主こをどうやって鍛えていくしかでしょうか)




 そんな事を考えながら歩いていると、神社の鳥居が見えてきていた。










「お…え…ちゃ…」




 誰かの声が聞こえる。


 


「…おね…ちゃ…」




 先程より少し強い口調が聞こえる。




(うるさいなぁ。もう少し寝かせて)




「お姉ちゃん!」




 重い瞼を開き、声の方を見ると、そこにはアキラがいた。




「あれ?ここは?」




 ミコは呟きながら周りを見渡す。海の中?


 何となく、自分の深層心理の世界に似ているような気がした。


 少し考えた後に、自分の中にアキラを取り込んだことを思い出した。




「よかった!お姉ちゃん大丈夫だった?ごめんね。僕…」




 先程のアキラとは違い、此処にいるアキラはとても元気そうである。




「何とかなったのか?良かった、心配したよ。泣いていたからさ」


「うん。僕どうしていいかわからなかったんだ」


「何があったの?」




 ミコは、アキラが泣いていたのは自分のせいじゃない事を願いつつ、ドキドキしながら尋ねてみる。




「神社のおじさんに呼び出された後、僕の居るべき場所に帰ろうとしたんだ。そしたら僕を引き留めようとする奴がいたんだ。そいつは、僕の中に入ってきて、僕を操つろうとしてきたんだ。最初は抵抗したんだけど、そいつが、僕がまた此の世に居られるようにしてくれるって言うから…つい」




 その悪霊の言ってきた事は嘘だろう。死んだものを生き返らせる事は出来無いし、霊体を取り込んで、強くなる為のカモにされてしまったのだろう。


 それにしても、そんなにタイミングよく悪霊が現れる事もとても疑問に残る。そもそも神社という場所柄、悪霊など、そうそう近寄って来るとは考え難いのだ。




 しかし、悪霊がアキラを取り込もうとしてきた所を見ると、アキラはとても精神力の強い子だったのかも知れない。先程は戦い疲れもあったのか、弱っていたが、自分が早世したにも関わらず、姉を心配している様な子だ。精神力が強くてもおかしくはないだろう。




 アキラは、とても申し訳なさそうな顔をしてミコを見ていた。




「そいつは強い力が欲しくて、お姉ちゃんの体を乗っ取ろうとしていたみたい。でも、本当にごめんね。いっぱい酷い事しちゃって」


「そうだったの。大変だったね。こっちも、親父が不用意に呼び出してしまったばかりに申し訳無かった」




 そう言いながら、ミコは優しくアキラの頭を撫でる。


 すると、少し安心したようにアキラは顔を綻ばせた。




「ここはお姉ちゃんの心の中なの?」


「うーん、多分そうかな?」




 ミコはそう答えた。


 実際は、ミコもここが何なのかよく分かってはいない。


 だが、アキラとこうやって話せてることから考えると、その考え方で間違いはないのだろう。




「お姉ちゃんはとっても優しい人なんだね。此処はとっても落ち着くし、何だかあったかいよ。それに、悲しかった気持ちも無くなったし、力が湧いてくる気がするよ」




 アキラはそう言うと、目を瞑る。


 


 スーッと息を吸い込んで深呼吸をし、何かを決心したようにアキラは続ける。




「お姉ちゃんにお願いがあるんだ。僕が此の世に残りたかったのは、生き返る為とか、そんなんじゃ無いんだ。でも、このままじゃ僕は一人で動く事も出来ないし。もし出来るのなら、僕は自分の家族の不幸が続く原因が何なのか、確かめたい」




 






 ミコは目を覚まし、祭壇に向かう。


 紙人形を一つ手にして、意識を集中する。


 前回とは違い、呼ぶ式神はすでに決まっていた。


 両手を天に掲げ叫ぶ。




「アキラ!君の願いは聞き届けた。私の側で家族の行く末を見守ると良い!式神召喚!」




 紙人形は光を放ち、少年の姿を形作る。


 光の中から現れた、まだあどけない顔をした少年は、笑顔を見せる。




「お姉ちゃん、いいえ、ミコ様、呼んで頂いてありがとうございます。ミコ様役に立てると嬉しいです」


「うん。アキラ、君には式神名を付ける」




 息吹と紬は親父の呼びかけに応え具現化し、名前を与えられる事で、能力を発揮し、この世に定着していた。


 アキラも名前を付ければ、力を付け、悪い霊に乗っ取られる事も無く、この世に定着出来るはずだ。




「はい、ありがとうございます!」


「アキラ、今日から君の名は『二葉だ』」




 その瞬間、アキラのーーいや、二葉の存在力がグッと上がるのを感じた。


 存在感はハッキリ感じるようになっていたが、霊力の少ない人間からは見る事は出来無い程度だろう。


 普通の人からすると、『なんかいる様な気がするけど、気のせいか?』位の感覚だろう。


 二葉も自分の体に力が漲るのを感じ、手をグッと握ったり、開いたりしている。


 正直ミコも此処まで上手くいくとは思っていなかった。しかし、精神力のとても強い二葉なら、あるいはと。




「どうやら上手くいったようですね」




 唐突に後ろから声が掛かった。


 振り返ると、一夜が笑みを浮かべて立っている。


 こうなる事を予想でもしていたのか、驚きもせず、落ち着いた様子である。




「どれ位式神として使えるのか…ミコ様次第で、成長する可能性もあるでしょうね」




(式神を使う…)




 一夜の話は、ミコにとってピンとくる話では無かった。


 息吹や紬は、いつもミコの側にいたが、彼らを使っていたのは呼び出した親父であり、ミコではない。


 一夜もまた、ミコが呼び出したにも関わらず、ミコは何かを命令したことなど一切ない。神社の手伝いや、ミコの世話も一夜が勝手にやっている事なのだ。


 なので、式神を使うという感覚も無い。


 ただ一緒に居てくれれば家族の様な存在で、とても嬉しかったのだ。


 


「いやー、ミコ様をお姫様抱っこで此処まで連れて来るのは大変でしたよ〜」


「え!?」




 一夜の一言に、ミコは唖然とする。




「お…姫様??」


「はい。お姫様抱っこです」




 ミコは青ざめる。


 今までそこらの男の子を喧嘩をしても負けない位強かった自分が…まさか、お姫様抱っことは…。


 普通なら、赤くなる所だが、ミコはその普通には当てはまらなかった。




(恥だ!!)




 実際お姫様抱っこはされていないのだが、ミコが一夜の嘘に気がつくのはもう少し後の話だ。




 取り敢えず、二葉からお願いされた事…。


 ミコは、明日から『アキラ』の家族を調べてみる事にした。

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