第13棺 であい
暖かな木漏れ陽が僕の頬をなでる。目を覚ますと晴天を隠すかのように鬱蒼とした木々が僕の視界を覆っていた。ただ陽の光を完全に遮断するのではなく、葉と枝の隙間を縫うように陽の光は僕を照らし続ける。まるで『誰か』が「早く起きろ」と言っているように。
上体を起こし辺りを見渡しても、高さ数百メートル単位の巨木があるだけで、ここがどこだか見当もつかない。
「……えっと、僕は確か」
立ち上がり土を払いながら、僕はこれまでのことを整理する。自分が何者で、どこから来て、何故名も知らぬ森の中で仰向けになっていたのか。
「そうだ。『誰か』に頼まれたんだ。それで」
記憶の整理がついたと同時に、背中に走る痛みも実感した。信じられないが、僕は一度死んで今いる別の血界に飛ばされてきたのだ。
名前は思い出せないが、とにかく『誰か』に頼まれごとをされた。
「この先、森を抜けた場所……」
うわ言のように口にしながら歩を進める。大地を踏みしめる感覚。生い茂る草を足裏で感じるのは幼稚園以来かもしれない。大げさではなく、360度自然に囲まれたこともないと言っていい。大自然を身体中で体感し、あらゆる器官を使って体内に吸い込む。
ずっとここにいても良いかもしれない。そんな世迷い言を想起させるほど、今いる森が僕を出迎えてくれているように錯覚した。
「……水音」
自分が立っている場所からさらに先、一際木々が生い茂る部分がある。まるでこの先の通行を阻むかのように、僕の目の前をさらに枝葉で覆い隠す。だが僕が進みたいのは水音が聞こえるこの先。
「進めるかな」
無理やり進もうとすると、意志を持って枝葉が僕の進行を阻害する。しかも、
『この先に行くなら止めておけ』
喋った。
「え!? ウソ!? 今」
『ここは小国オノゴロにほど近い森林地帯。我ら草木種の縄張りだ』
草木種というのはわからないが、この世界に導いた誰かが教えてくれた中に、人げではない生物がいることは知っている。とはいえ頭も体もない草木に話しかけられるとは思わなかった。
「すみません。縄張りということはあなた方のお家、ってことですよね? お家に勝手に入り込んだことは謝ります。でも僕はこの先に用事がありまして」
『……君は礼儀正しいな。それに私の声が聞こえるのか』
穏やかな声音の後、数多の枝葉が重なり合って、人の顔をもした。見た目は音楽室に飾られている音楽家のような顔だ。
『本来なら人間など会話もせずこの土地の養分にするところだが』
かなり物騒な考えがあったようだが、深く聞かずに苦笑いを浮かべるにとどめた。しかもいつの間にか僕の足元には、僕の向こうずねくらいの高さの幼木が群れを成して集まっていた。こちらは声こそわからないが、寄り集まって僕のズボンの裾を引っ張る仕草で遊んでほしいのかなと予想する。
『不思議な子だ。特段力を感じないのに、どこか愛着が湧く。そして始めて会うであろう我らに敬意を払おうとする。君は私や足元の子らに敵意や侮蔑の感情は湧かないのかな?』
「僕、そこまで悪い人間に見えますか?」
集まる幼木たちは僕のズボンの裾をなお引っ張る。どうやら座るよう勧められているようなので、僕はそのまま腰を下ろす。
「すみません。座ってほしそうだったので座っても良いですか?」
『構わない。ゆっくり腰を下ろすと良い』
枝葉でできた樹木の顔は優しくほほえみ、僕も幼木たちの頭をなでながら腰を下ろす。
『さて、腰を落ち着けてもらったところで、まずは君のことを話してほしいところだが、時間はあるのかな?』
「はい、僕も貴方にいろいろお伺いできるならありがたいです。自分が一度死んでこの世界にやって来たことは覚えているんですが、この先に行う事以外はおぼろげで」
『死んで、この世界に来た?』
「僕も信じられません。でも覚えていたんです。この森の中で目を覚ました後に」
『君自身のことも?』
「はい、僕は
『イサ、ミナギ?』
言いにくそうにするところを見て、僕は「ナギで良いですよ」と付け加える。
『ナギか。良い響きだ』
「ありがとうございます。両親以外で始めて言われました」
『そうか? 前の世界で誰も君の名に関して感じるところがなかったとするなら、やはり人間の感性は落ち込んでいると見える』
どうやら草木種の彼は人間に良い感情を見出していないようだ。確かに前の世界でも森林伐採や焼き畑など自然に対して酷い仕打ちをしていた。こちらでも同じような扱いを受けているなら彼らの人間への感情は良くはならないだろう。
「人間は嫌いですか?」
『人の家に土足で踏み込み、断りもなく家の中の者を家族を切り裂き、焼いていく生物を君は好きになれるかね?』
「……すみません」
『謝ってほしいわけではない。我々も同じだけの仕返しはしておるのでな。血気盛んな若造ならナギの心に触れぬままこの土地の養分にしていただろうし』
大事な人を、大切にしているモノを言葉が通じないからという理由で己の欲望の糧とする。全ての人類がそうではないが、悲しいことに自分の欲のためなら同じ人間でも容赦なく蹂躙する者も少なくはない。
「僕を、養分にするとおっしゃっていましたが」
『安心しなさい。ナギは取って食おうなどとは思わない。だからこそ君を引き留めておけたのは良かったと思っておるし』
そういえば目の前の草木の人(?)は僕にこの先には行かない方が良いと言っていた。僕に指示を出した誰かは詳しく言ってくれなかったが、草木の人が忌み嫌う人間の僕に忠告するほどだ。それだけ危険なのかもしれない。
「えっと、失礼でなければお名前は?」
『ビバルと言う』
ますます音楽家のような名前だ。僕は改めてビバルさんに尋ねる。
「ビバルさん。この先に何があるんですか?」
『神がおられる』
あまりにスケールの違う単語に僕は呆けた顔でビバルさんの話を聞き入ってしまった。
『我々被造物の生みの親だったかもしれない存在でもあり、この世界ではない別の世界の創造主。あらゆる
誰かも同じことを言っていた。つまりこの先にいるのは、どこかの世界の神様ということ。
「どんな神様か、ご存じなんですか?」
『知り合いでな。とにかく自由気ままで自分本位な
「そ、それは確かに行かない方がいいですね……」
だがどうしてか、僕は立ち上がりその先に向かうことを望んでいた。
「心配して下さってありがとうございます。でも僕行かないといけない気がするんです」
『……決意は固い、か。ナギは優しさの中に筋も通っておるようだ』
「ビバルさんにそう言ってもらえるなら誇らしいです」
『我ら草木種は人の一生が終わっても星とともにあり、長い者は1000年単位で生きておる。この世の成り立ちにさえ手が届くとはいえ、ただそれだけ。私もナギ、君に会えてよかった』
枝葉で作られた手を差し出し、ビバルさんは握手を求める。僕は笑顔で答えしっかりと彼の手を握った。
『気を付けてな、ナギ』
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