第11棺 それから

 4の月6の日朝。一連の騒動の後、冒険者組合の依頼という形でジョン・サッバフと彼の一族含めた30名の葬儀が執り行われた。しかしながら親族が一夜に亡くなってしまったこともあり、葬儀とは言いつつ埋葬のみの簡略形式をとることになった。彼らの教義に則り、土葬による埋葬が適切だという依頼人の要望に応え、サッバフ一族たちが皆同じ場所で眠れるようオノゴロ内でも一際自然が息づいている大森林まで足を運んだ。

 僕、イザナ、依頼人だけでは30人ものご遺体を埋葬できないので組合傘下の冒険者10数名も加えた大掛かりなものとなった。


「悪かったなナギ。こんな辺鄙なところまで来てもらって」

「いえ、僕も無関係という訳ではありませんので」


 僕に話しかける男性は依頼主の冒険者組合長ジェラル・サンクトス。2メートルを超える大柄で、筋骨隆々、豪放磊落を字でいく人物だ。20代の頃は冒険者として様々な土地に趣き害異獣討伐を専門に動いていた。50歳になった今はこれまでの実力と高いカリスマ性から組合長に抜擢されたという。

 白髪が混じりながらも鍛え上げられた肉体は年齢の衰えを一切感じさせず、土葬の際には一緒になって手伝ってもくれていた。


「組合内で起こったゴタゴタに他所様を巻き込むなんてあっちゃあならない。しかもナギとお前んとこのお嬢さんだなんて。知らんかったとはいえ本当に迷惑をかけた」


 再び頭を下げようとするジェラルさんを僕は必死に止める。本来冒険者組合の長が外出すること自体があまりないのだが(小国同士の組合間の会合などは別)、元部下とはいえ勝手をした用心棒とその親族たちの埋葬のために同行を希望し、連れ立った組合傘下の冒険者と一緒になって埋葬の協力をしてくれたのだ。


「感謝こそすれ迷惑だなんて思っていません。サッバフの方々全員の身辺整理まで手伝ってもらって」

「何言ってんだ。これでも十分か怪しいと思ってんだぞ。甘えられる時はしっかりと甘えておけ。それに全員分の身辺整理なんて葬儀屋のやることじゃねえ」

「組合長から直々に報酬をもらえるんですからタダ働きではありませんよ」


 それに、と僕は付け加える。


「どうも納得がいかなかったんです。ジョンさんは一族を喪って自分の命も落として本当は何をしたかったのか。イザナのことも注意していたようですし、遺産を得るためだけならやりようはいくらでもあったはずなんです」

「死んだキサン爺の腹を裂いたりとかな」


 さすがに不謹慎だと思って少しだけ睨むとジェラルさんは両手を上げて「悪かった」と謝罪する。


「まあそこんところは本人から聞くのが一番だろう」

「それができないからジョンさんの身辺整理を」


 するとジェラルさんは一通の封筒を僕に手渡す。


「あのバカが馬鹿やる前の夜に、わざわざ俺に渡してきたもんだ。内容を聞いたら『俺たちの葬儀が終わった後に見てくれ』と言われてな。俺はてっきりキサン爺の葬儀だと思っていたがまさか本当に『あいつらの』葬儀になるなんて夢にも思わなかった」


 ジェラルさんから封筒を受け取り封を切ると数枚の羊皮紙にたくさんの文章が書かれていた。


「封筒は2通あった。1通は俺。そしてもう1通はお前宛てだ」


 中身を見ると、そこにはジョン・サッバフの胸の内が書かれていた。


『葬儀屋、この手紙を読んでいる頃には、俺はもうこの世にはいないだろう。まずは葬儀屋ナギ、お前にしでかした全ての不敬をここで謝罪したい。本当に申し訳なかった。


 俺の口から話しただろうが、今回の火葬を希望したのは爺様の遺産をなんとしてでも手に入れたかったからだ。爺様は自分の遺産で一族が諍いを起こすことを予見し、教義を盾に遺産の封印を決めた。ただ俺以上に不満を抱いたのは親族たちだった』


 読み進めると、ジョンさんが抱えていた一族のこれまでも書かれていた。


『爺様は大国の教団で敷かれた「教義の上での殺人」が嫌で脱退したんだが、志を同じくして抜けた仲間の何人かはそうじゃなかった。爺様と一緒に大国の教団を抜けた本当の理由は「他国で自分たちだけの教団を作る」ことだった』


 弱肉強食なのは何も冒険者だけじゃない。暗殺を生業にする教団内でも弱い人は意見さえできないことは容易に予想できる。紙面には教義のための殺しが、上流階級者たちの依頼や地位や権利のための殺戮になりかわり、上役による自分たちの私腹を肥やすための殺しになり変わっていたことも書かれていた。キサン氏と一緒に脱退した仲間の何人かはそんな甘い妄想を秘めていた。


『爺様の死期が近づき、俺への後釜話もないと知った時点で親族たちは「殺しを生業とした家業」を再興させようと画策していた。


 爺様はそのことにも気付いていた。用心棒でさえ場合によっては人を傷付ける生業だったのに、また自分たちの意思で人殺しの家業を復活させるのかと想像しただけで爺様は夜も眠れなかったそうだ。命懸けで教団を抜けたのにまた同じ繰り返しをするのかと』


 人を殺すことなく自分たちの幸福を見つけるために教団を抜けたのに、別の地でまた人を殺す家業を再興するとなっては抜けた意味がない。キサン氏の苦悩は計り知れないし、そんな彼を間近に見ていたのがジョンさんだったのだ。


『結局俺も暗殺の技術を継承してしまってる。用心棒に必要とはいえ、爺様は最期まで納得してなかった。そして爺様は自身の死期が近いと知ってからは俺にだけさっきまでの事実を教えてくれた。


 身内に自分の死後、暗殺を中心とした家業を再興させようとしている者がいる。ただしそれが誰だかわからない。もしかすると全員が賛同しているかもしれない。爺様は最後の抵抗として遺産の鍵を飲み込むことで再興の足掛かりを取っ払ったつもりだったが、それでも鍵を奪われてしまう可能性は捨てきれなかった。


 だから後はお前に任せる。爺様はそう言ってこの世を去った。あとは葬儀屋お前も知っての通りだ』


 ジョンさんはキサン氏の思いを密かに受け継ぎ、それでも遺産を諦めきれなかった一族を皆消してしまった。あまりに安直で過ぎたやり方だ。


『最後に葬儀屋。お前には本当に世話になった。誰よりもキサン・サッバフを思い、手厚く葬ってくれようとしていたのはお前だけだった。感謝している。


 俺は地獄に堕ちるだろうがお前はその甘さだけを抱えて、行くべきところへ向かってくれ。決して俺のようにはなるな』


 この言葉を最後に手紙の内容は終わった。どこまでも身勝手で物悲しいものだった。


「俺はお前が見た内容を見たいとは思わねえが、おそらく俺の内容とさほど変わらんだろう。全く馬鹿な真似を」

「……本当に」

「へえ、心優しい葬儀屋ナギも同じ気持ちか。ならジョンは本当の馬鹿野郎だな。面倒なことばかり残していきやがる」


 残すという言葉に引っかかったが、その答えは僕の頼れる右腕とともにやって来た。


「じぇらる。つちかけてきた。てえあらっていい?」

「おお! アリーシャ! よくやったぞ。みんなこれでぐっすり眠れる」


 アリーシャ・サッバフ。彼女はジョン・サッバフの一人娘であり、唯一サッバフの暗殺技術を継承せぬまま生き長らえた少女だ。今年で2の齢になるとのことでまだ世界のことも、自分の生い立ちについてもわかっていない。

 彼女の父親は遠い国へ仕事に行ったと聞かされており、彼女の安全と保護はジェラルさんが引き継ぐこととなった。彼は言わないが、おそらく封筒に書かれていた内容はアリーシャのことなのだろう。


「みんな、またおきる?」

「……そうだな。アリーシャが良い子に育ったらな。手洗い場はわかるか?」

「いける!」

「待て、そっちは危ない! ナギまた後でな!」


 こっちの返答も聞かずジェラルさんはアリーシャさんを追って行ってしまった。残ったのは僕とイザナだけ。


「ごめんねイザナ。アリーシャのお世話してもらって」

「代わりに力仕事を別の奴らがやってくれるならそれで良い。我は子どもが嫌いではないからな」


 洋風の喪服姿のイザナは僕の隣までやってきて耳元でささやく。


「多分じゃがあの小娘、父親が何をして消えたのか知っておるぞ」

「ウソ!?」

「薄々じゃ。明確にはわかっておらんが、先に話していたら父親とはもう会えんとなんとなく理解しておった」


 サッバフ一族はこの森に土葬させてもらったが、ジョンさんだけはアリーシャに見つけられないよう組合と教会が秘密裏に隠蔽、埋葬している。僕のもとに話が来なかったのはこれ以上自分の都合で僕を巻き込みたくなかったからだとジェラルさんから聞いている。

 もう一つの理由が僕個人からジョンさんの居場所の情報が漏れないようにするため。組合や教会のような組織なら情報の統制がとれると踏んだのだろう。。


「いつか全部知られるんだろうか」

「小娘は聡い。数年もすれば何もかも知るじゃろう」

「ジョンさん、父親がしたことも」

「キサンとかいう爺さんの遺産全部自分のために充てられたと知れば驚くじゃろうな」


 なんで。なんでこんな方法しかなかったのか。僕は言葉にできないもどかしさで奥歯を噛む。そんなやりきれない気持ちを察したのかイザナは僕の手を取る。


「人の親は子のため子の未来のためなら鬼でも悪魔にでもなる。あの小僧は自分の娘のために鬼になった。それだけのこと」

「そんなの!」

「仮に今回のことを円満に終えても、あの娘の未来は暗殺者だったろう。あの小僧は、遺産から生まれる負の未来を予見し、娘のためだけの未来を思った。名も変えてしまえばもうあの娘を取り巻く環境は完全に白紙になる。いずれは父親も」


 ジェラルさんからは学び舎に入る頃には自分の名をアリーシャに授けて養子として正式に迎えると言っていた。何から何までジョンさんの思い通りになったというわけだ。


「でも、それでも僕はジョンさん、ジョン・サッバフを忘れない。彼のしたこと、その思いだけは忘れてやらない」

「それがあの娘のためにならんとしてもか?」

「彼女のためを思うならなおのことだ」

「ナギがそれで苦しむことになるやもしれんぞ」

「その時は、イザナに助けてもらうよ」


 強く握り返す手の温かさに僕もイザナも笑みを浮かべる。一人なら抱えきれないかもしれない。でも僕には彼女がいる。


「なぎ、いざ、こっち!」

「早く来い二人とも! 組合から昼飯が用意されてるぞ!」


 元気な声二つが僕らを呼ぶ。このあとも仕事は山積みなので英気は養わなければならない。


「しょうがない男じゃ。手間も世話もかかるとは

「君だから、許してくれるかなって。でもこれも甘えだよね。気をつけるよ」

「……………もっと甘えれば良い。ほかが見えなくなるくらい」

「……イザ」

「急ぐぞナギ昼飯がなくなる」


 聞こえてしまった彼女の呟きに対して、僕はいきなり抱き抱えられた挙げ句、イザナ自身の速力で一切の質問を封じられた。


 それでも顔を紅潮させながら風を切る彼女の姿は愛らしく思えた。

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