第10棺 いのり その4

 ジョンさんの謝罪を聞いた直後。彼の隣にいたサッバフの一族である男性はうめき声を上げながら背中から倒れた。心臓のあたりには一本のナイフが深々と突き刺さっている。残り2人のサッバフ一族の男性たちが「何をしている!」とか「血迷ったか!」と叫ぶもジョンさんは無言のままキサン氏の遺灰を握り込んで親族2人にめがけて投げつけた。灰なのだからせいぜいが目くらまし程度の役割しか果たせないのだが、目を腕で覆ったのが2人の親族の運の尽きだった。右手で握り込んだ遺灰を投げつけた直後、ジョンさんは左手側の喪服袖から2本のナイフを滑らせて取り出し、親族2人の心臓めがけて射出する。彼らのど真ん中に命中したジョンさんの得物は深々と刺さっており、二人ともが蹲るように倒れ込んだ。


「……驚かないんだな」


 凄惨な現場を作り出した張本人は一番にナイフを突き立てたご遺体に近づいて、心臓に突き刺さった得物を抜き取る。


「組合で用心棒をしていたあなたなら3人を相手取っても不思議じゃない」

「違うぞ葬儀屋。こんな凄惨な現場お前は見たことないだろう。気持ち悪くなったりしないのか。それともそれだけ我慢強いのか」


 必死に吐き気を抑え込んで、平静を装っているいることはバレてる。それでもここで吐き下してしまえばジョンさんを見失ってしまう。殺人を容易にできる人間と同じ部屋にいるのだ。今度は僕だと思うのは至極当然。何もできなくとも意識すら外して命を差し出すようなことはしたくない。

 僕は怒りにも似た感情を視線に乗せてジョンさんに送り続ける。


「そう睨むな。俺だってお前には世話になった身だ。何も言わずに命を取ったりはしない。約束だったしな」

「火葬場の人たちに、今回のことは話していたんですか?」

「ここまで暴れて何の音沙汰もないのは、そういうことだってわかるだろう? 今日だけこの火葬場を取り仕切っているのは組合の連中だ。担当者は火葬場の人間だがな」


 どうりでさっきから控室の反応がないはずだ。この国の火葬場は一つしかない。なら事前に金銭を支払って今回の騒動を無視するように細工をすることはできる。


「火葬場の担当者の方は、金銭で今回のような偽装工作に走る方じゃないはずですが」

「お前と同じやり方を取ったまでだ葬儀屋。少し脅した。ただお前の場合はあの女がいたからな。効果は半減だった」


 同族の血で染まったナイフを僕に向け、ジョンさんは悪に染まった笑みを浮かべる。


「でもお前は俺に疑心と理解を示した。それなら最後までついてくると思ったよ」

「どうしてそこまでして」

「お前も見ただろう。爺様の遺骨の中から光るものを」


 僕だけじゃない。この収骨のための部屋に入った全ての人間が火葬された遺骨の中から光る金色の何かを確認したはずだ。ジョンさんは僕にナイフを向けながら、遺灰から光る何かを取り出す。金色のそれは何かの鍵だった。


「これは爺様の遺産が全て入っている金庫の鍵だ」


 何故そんなものが遺灰の中から出てくるのか。その謎はジョンさん自身から聞かされる。


「爺様は俺の親父を後継者にしたくせに、俺には継がせないと言いやがった。親父は前の齢(とし)に仕事中に死んじまったから、順当にいけば俺に次の番が回ってくるはずだったんだ」


 数秒だけ、ジョンさんはキサン氏の遺骨と遺灰を憎しみを込めて睨む。


「なのに俺には一族をまとめ上げる資質に欠ける。ゆえにお前には儂の財産を継がせるわけにはいかない、こいつはそう言ったんだ!」


 遺骨と遺灰を乗せた台を思い切り蹴るジョンさん。壊れこそしなかったが、台を蹴り上げた時の衝撃は部屋が揺れたのではないかと思うほどの威力だった。


「だが俺以上の暗殺の資質を持ってる奴なんていやしなかった。爺様も老い先短いことはわかっていた。残るのは爺の遺産だけ。これじゃあ遅かれ早かれ諍いになる。そこで爺さんは全ての遺産が入った金庫の鍵を飲み込んだんだ」


 ジョンさんの説明を聞いてようやくわかった。彼が土葬ではなく火葬にこだわった理由。それはキサン氏の肉体を完全になくした状態で骨以外に残るであろう遺産の鍵を回収することだった。 


「教団の教義で土葬が決められていることは爺様もよくわかっていた。鍵を飲み込んだ爺様の体は傷付けられることなくサッバフの血は途絶える。遺産は永遠に封印する、それが爺様の遺言だった」

「あなたは、それに納得できなかった」

「当たり前だろうが! いったいどれだけの金が、富が、そこに貯め込まれていたと思う!? 一生は無理でも生まれたてのガキが成人するくらいの金はそこにあったんだよ! 後継者しか知らされない金庫の場所は爺様が死んだ後にすぐに発見できたが、何をやっても開けられはしなかった。しかも固いだけじゃなく強力な魔法解呪の呪いもかけられていた。開けるには爺様の持つ鍵でしか開けられなかった」

「だからって一族を、家族を殺すなんて」


 僕の発言に青筋を立てるジョンさん。一歩、また一歩と僕との距離を詰める。


「死ぬ前に、良いことを教えてやる葬儀屋。お前の言った一族、家族たちはこの騒動の後、俺を嬲り殺しにするつもりだ。控室で待たせているお前の女を殺し、鍵の確認をした後お前諸共に」


 ジョンさんには申し訳ないが、僕は彼の殺害よりもイザナの殺害を聞いて顔中に汗を流す。


「ようやく、焦り始めたな。あの女は何か異質な力を感じたが、20人以上で攻め立てれれば1人くらい不意を打てるだろう。そして俺はこの火葬場の外で待機させている組合傘下の冒険者たちに号令を発する。俺以外のサッバフ一味を殺せと」


 左手を振り上げる。ジョンさんの表情から感情は一切消えて物言わぬ人形のような心で僕を斬りつけようとする。


「止めてくださいジョンさん!」

「命乞いは引き際が悪いぞ。男なら引き際は潔くないとな」

「そういうことじゃないんです! 僕に手を出したら」

「じゃあな葬儀屋。お前の葬儀も火葬にしてやるよ」


 僕の言い分は無視され、ジョンさんはナイフを握った左手を渾身の力で振り下す。

 ただし彼の得物は僕の肌どころか、僕の着ていた喪服すら傷つけることはなかった。


「なん、だ。その首から下がってる飾りは」


 淡くも温かな光を放つ首飾りは宙に浮いて僕の目の前で滞空する。イザナから渡された首飾りはジョンさんの殺意に反応し自動防御状態になり、僕を中心とした半径1メートルは見えない障壁(バリア)のような膜が張られる。

 イザナの持つ神礼装具の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の特殊効果である。

 ジョンさんは無言のままもう一度ナイフを振るうため距離を取った。ただし今度は何か呪文を唱えている。どうやら肉体強化の呪文でも唱えたのだろう。さらに力を込めて障壁の防御を突破しようとしている。それでもこの障壁は傷一つつかないし、何より彼は僕に殺意を向けて攻撃した。それが致命的だった。

 ナイフを握り込み両足を思い切り蹴り込んで一気に僕の眼前まで距離を詰める。勢いと筋力強化による純粋な力の底上げ。狭い室内とは言えない肉食動物のような機敏な動き。

 だがどんな動物も本物の神には足元にも及ばない。

 控室と収骨のための部屋を隔てる唯一の扉から、流星のように何かが突き破って速度を落とさず僕の目の前を過ぎ去った。眼前まで迫っていたジョンさんに直撃後、彼を巻き込んで部屋の壁に突き刺さる。


「ナギ! 無事か!」


 部屋に入ってきてくれたのはイザナだ。彼女の体には一部の変化もない。そして彼女が投げ込んだに違いない神剣はジョンさんを刺し貫いてそのままになっていた。


「咄嗟だったのでな。主に傷などついてないと思うが」

「……うん、僕は大丈夫」


 ジョンさんはすでに事切れていた。結局最後の彼の言葉を聞けず僕は虚しさと血で充満した部屋で立ち尽くしかなかった。

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