第9棺 いのり その3

 ナギが収骨のための部屋に入った直後。我は振り向きざまに宣言する。


「そらこの通り我だけになったぞ。どうせ音漏れ防止の細工もしておるんだろう。もう隠さずとも出せば良いではないか、その殺気を」


 直立不動だった黒き暗殺者どもは仮面の裏で笑っていた。手にはそれぞれの得物が握られ、そのどれもが我に向いていた。


「なぜわかった」


 誰かはわからんが黒い誰かの一人が問う。


「知らんかったのはナギとここの者くらいじゃろう。我の眼と鼻をなめるな」


 決定的だったのは収骨にナギも加わっていることを今聞いたことだ。以前より感じていたジョンとかいう男の不自然さは火葬に近づくにつれて如実に表れていた。収骨前のナギの質問にもまともに答えられていなかったしな。


「我とナギを分断して双方を殺す。厄介そうな我は20人強。すぐ片が付くナギは少数で仕留める。そのために面倒な外部の人間も減らして。ナギでなければどこかで気づいていそうなもんじゃな」

「なぜおまえはしっていてとめなかった」

「脅しをかけて店にやってきたくせに何をいまさら」


 不敵な笑みが漏れ聞こえる。何人かは舌なめずりさえもしている。我を殺すか生かしたままナニするかで迷っておるのだろうな。本当にめでたい奴らじゃ。


「今になって動き出したのはあのジョンとかいうヤツの命令か? あいつは貴様らの頭なのだろう?」

「あたまではあるがあいつはかぎょうをつぐきがない」

「だからわれらのだれかがあいつをひきづりおろす」

「そしてあらたにさっばふをさいこうする」

「われらはそのためにくんだ」

「順番にしゃべるな鬱陶しい!」


 それぞれの黒いのが話し始める。中には女子も交じっておったが気にはしない。


「ともかく、お前らは我もナギも殺すつもりなんじゃろう? 理由とかは聞けるのか?」

「しってどうする」

「我は気にせんがナギが知りたがるからな。それで褒めてもらえるなら御の字なんじゃ」

「ほめてもらう?」

「それではまるで」

「われわれにかつきでいるようだ」


 完全な油断。こやつらは我をただの女だと思っておる。だがそれでいい。どうせ骸になる肉塊にいちいち説明の必要もない。


「しねおんな」


 黒いやつの一人が真正面から飛びかかってくる。我はなんの感慨もなく右手をゆっくりと動かしながら空間をねじる。


神礼装具しんれいそうぐ


 神礼装具。それは神と呼ばれる最高位存在だけが持つことを許される武器の総称。久しく握り込んではいなかったが腕はなまっていない。一気に生命力が吸い上げられる。だが高ぶる気持ちが圧倒的に上だった。


天羽々斬あめのはばきり


 空間をねじって空いた穴に右手を入れ込み力業で一気に引き抜く。露わになった装具は一本の刀。刀には柄も鍔もなく刀身だけが刀であることを証明していた。刀身は2尺6寸(76センチ)。そして引き抜くと同時に正面から飛びかかってきた阿呆を真っ二つに斬る。黒い仮面は赤黒い肉塊になって床に落ち込んだ。

 残り10数人の黒いのが慌て出す。


「どうした? 来んのか?」


 手招きすると一際大柄の黒いのが前進する。


「おれもっとでかくなる」


 でかいのの体全体が巨大化する。大柄の黒いのは肉体強化の術でも使えるようだ。背格好だけでなく筋力の増加も見て取れる。全体の巨大化により仮面の意味をなくし始めた頃、でかくて黒いのは叫ぶ。


「おれにくたいもかたくできる! だからおまえのかたなもきか」

「では試そう」


 でかいのの言葉を遮って突進してくるでかいのの右肩から入って左脇腹に天羽々斬の刀身が斬り抜ける。いわゆる袈裟斬りである。でかいのは声を出すことなく重力に従って上半身を斜めにスライドさせて地面に落ちていった。


「なんじゃ全く硬くないではないか。柔らか過ぎて驚いたぞ」

「な、なんだそのかたなは」


 さっきまで強気であった黒いのたちが恐怖でいっぱいになる。


「天羽々斬。これ以上の説明がお前らにいるか?」


 単体では勝てない。そう判断した何人かの黒いのは目配せをしながら控室内を動き回る。常人なら目で追うことすら叶わない速さ。さすがは暗殺者アサシンといったところだ。足にはそれなりの自身があるとみた。


「頑張るな。そんなに頑張るなら我もそれなりに応えてやろうか」


 後方から三人黒いのが刃を構えて襲ってくることがわかったので、天羽々斬を振り向きざまに横薙ぎに振るう。結果3人の黒いのが上下に裂かれる。


「まず天羽々斬じゃが、これはよく斬れる刀とでも思ってくれて構わない」


 はるか昔、我の子が山よりも大きな大蛇と戦った折、大蛇を仕留めるために振るったのがこの刀であった。大蛇の中にあったもう一つの神剣がなければ『刃こぼれしない』で通せていたかもしれないが、誤って大蛇の中にあった神剣にぶつけてしまったため切っ先が欠けてしまった。

 だから我がもう一度切っ先を創り直し、天羽々斬を完成させた。さらに今の天羽々斬は斬った際に生じる血液の付着も全て弾き、刃こぼれが一切生まれない神剣となった。ただし刃が滑らか過ぎるため今の天羽々斬を収める鞘が創れなくなった。


「だからこうして我が創った別空間にしまい込むしかない。地面すら斬る、イヤその気になれば天すら斬ることが叶うかもしれんのだ。不用意に我の手を離れると何を斬るか」


 天羽々斬を空間をねじって生んだ穴にしまい込むころには我以外の命はなかった。誰も彼も三枚に捌かれた魚のようになっていた。

 しかし一人だけ息のある者がいた。そやつは辛うじて両足切断で済んでたのだ。


「貴様は一番動いていた奴だな。残りの奴らは貴様より鈍重だったからよけきれなんだ」

「ど、どして、われらのうごきがよめる?」

「眼が良いのでな」


 神羅眼しんらがん。神と呼ばれる上位存在だけが持つ全生命体の魂の揺らぎが見える眼。魂から発せられる微弱な気の発露、揺らぎは人間に決して見えないあらゆる行動の原初に潜む絶対命令。神はその絶対命令たる魂の発露を眼で視ることができる。


「貴様ら人間が何をどうしようと、我には視えるのだ。悪いの」

「あ、なた、は」


 今更過ぎるが、手向けとして最後まで奮戦した黒い女子に名乗ることにした。ナギにしか伝えていない我の神名を。


「我の名はイザナ。イザナミノミコトを真の名に持つ国創りの神の一柱なり」

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