第7棺 いのり その1

 4の月3の日朝。空は抜けるような青空で、誰にとってもすがすがしい日になることは間違いない日だった。今日の11の刻にキサン・サッバフ氏の火葬が行われ、ジョンさんの希望は叶う。その時には彼の隠していたことを話してくれればいいのだが。

 葬儀は近親者のみで行われ出棺を終えた今はオノゴロに1つしかない火葬場・カグツ聖苑を馬車で目指していた。

 小国とはいえオノゴロ内に火葬場が1つしかないのは火葬の利用率の低さがある。オノゴロ内の埋葬方法は基本的に土葬によるところが大きく、その理由が土葬にはご遺体を火葬せず、土に埋葬することで「土から生まれ土に還る」という古代から根付く残る思想にある。オノゴロはそういった古くから伝わる伝承や言い伝えを大事にする風潮があり、土葬が主流であるのもそういった先人たちの教えが深く刻まれている点が挙げられる。また火葬と違って燃料を必要としないため、環境保全と経費削減も兼ねているのだ。ちなみにこの異世界の火葬は魔法によるものなので、数人の火炎魔法使いが強力な火炎でご遺体を焼く。

 ただし土葬も良いことばかりというわけでもない。デメリットとしては土葬には多くの土地が必要であるということ。土葬を執り行うためにはある程度の深さや広さが必要で、今まだ土地に余裕があるようだが、土葬が主流である以上いつかは土葬をする場所がなくなってしまうことも考えられる。また、衛生面の問題もある。火葬とは違い、土葬されたご遺体が腐ると、その影響が地下水に及ぶ可能性がある。僕がこの異世界にやってくるはるか昔に、土中に埋められたご遺体が原因で感染症が引き起こされた事例もあったそうだ。以後地質調査は念入りにされているそうだが、それもいつまで続くかわからない。


 カグツ聖苑に到着後、喪服姿の僕、イザナ、ジョンさんとジョンさんの親族は告別室に入り、ご遺体の面会と別れの言葉を遺族の方々が投げかけていた。


「それにしてもようもまあこんなに集まったもんじゃな」

「通夜にも葬儀にも来られていたけどこの人たち全員が親族っていうのはすごいね。僕もここまで見たのは初めてかもしれない」


 イザナが小声で指摘したのはキサン・サッバフ氏の葬儀にやってきた親族の数である。昨日の通夜には親族だけでなくキサン氏に近しい者たちも参列していたので気づきにくかったが、今は親族しかいない。それでも火葬場にやってきたのはジョンさんも含めて30人はいた。別れの言葉も一言二言で終わるわけがないので、みんながみんな順番待ちをしている状態だ。


「そういえば今回は火葬場に坊主を連れておらんのだな?」

「坊主じゃなくて僧侶さんね。うん、これもジョンさんの希望なんだ」


 実は当初、ジョンさんは葬儀の執り行いに関して火葬式を申し込むつもりだった。火葬式は通夜や告別式などの葬儀の流れを省き火葬のみを執り行うやり方で、経費を極力避けて葬儀を執り行うためのやり方なのだが、その旨を冒険者組合の組合長に話したところ「さすがにそれは失礼だ」という声がかかり、組合から出資された葬儀費用とサッバフ一族から出た費用で今回の葬儀は成立した。お爺様の代から組合の用心棒をしていたのだから、世話になった人の葬儀が簡素になることを組合長も無視できなかったのだろう。


「この火葬場の僧侶の準備は不要だって。通夜でも告別式でもありがたい言葉をもらったのに、ここでももらう必要はないって」

「……人払いかもしくは」

「代わりじゃないけど僕が収骨、キサン氏のお骨に立ち会うことになっててね。火葬後僕も収骨する部屋に入るよ」


 するとイザナが目を見開いて僕に視線を向ける。


「それはずっと前から決まっていたのか?」

「最初に僕の店に来た時に話した時に、ってイザナもいたでしょ?」


 心底から初めて聞いたように驚くイザナに僕は少しだけ溜め息を吐く。だがイザナは僕の落胆を気にも留めず彼女が首から下げていた着飾りを僕に付け替える。


「万が一じゃ。やっておけ」

「ええ、でもこれはイザナのお守りでもあるのに」

「我にはとっておきがある」


 イザナの言葉に疑問を持つ前に火葬場の担当者から「では火葬に入ります。皆さまは控室にてお待ちください」という指示があり、一同控室に移動する。火葬にかけられる時間は個人差はあるが大体1時前後。その間参列者は控室にて待機となる。


「収骨の希望も葬儀屋から受けておりましたがどなたが?」


 担当者の人が伺うとジョンさんと3名の彼の親族、そして僕も手を上げる。残りの20名以上の親族は仮面を被り控室の椅子を使わず直立不動のままだ。


「では手を上げていただいた方々は火葬後、収骨のためのお部屋まで案内するので」


 担当者は自身の控室に引っ込み残ったのは僕らとジョンさん、そしてジョンさんの親族の方のみ。ここしかないと思い、僕はジョンさんに話しかけた。


「ジョンさん、昨日のことでお話が」

「昨日? ああ、話せなかったことか」


 深く頷く僕にジョンさんは顔中を苦汁で歪める。


「さっきの収骨、だったか? 爺様の骨を拾った後でいいか?」


 余程言いにくいことなのか、それとも今、ここで言えないのか。もしくはその両方か。僕は何があったとしてもここまで来てしまえばどうしようもないと諦め「ジョンさんの話したくなったタイミングでいいですよ」と返した。するとジョンさんは頭を下げて「済まない」と答えた。

 火葬が終了したのか、担当者の方が控室から出てきて「それでは収骨を望まれている方々はこちらへ」と導かれる。ジョンさんとその親族、そして僕は収骨のための部屋に移動する。


「ナギ」


 イザナが僕に声をかける。


「どうしたの?」

「気を付けろ。何かあればすぐに駆け付ける」


 子供みたいに扱われて少しだけ傷ついたがまだ10代であることは確かなので「転ばないように気を付けるよ」とだけ返した。

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