第6棺 とむらい

 4の月2の日夜。一般的に2日間に渡って行われる葬儀のうち、1日目に行われる通夜が始まった。今回はキサン・サッバフ氏の通夜で彼の家族や親族、故人に縁のあった人たちが集まって最後の夜を故人と一緒に過ごしている。

 通夜は夕方18時頃から始まるのが一般的で、僕のいた世界の仏式の場合、僧侶の入場から始まり読経、焼香と続く。最後に喪主が挨拶をして閉式する。今回の葬儀は欧米式を取り入れているので『ビューイング』と呼ばれる方法で、遺族にお悔やみの言葉を伝え、故人にお別れの挨拶をする。参列者の人数にもよるが、21時くらいには終了し解散するケースが多い。

 

「それにしても、今回の仕事は急ぎであったな」


 喪服姿のイザナは遠回しな嫌味を口にする。彼女の言うように今回のキサン氏の葬儀は急ぎ足で執り行った。キサン氏の葬儀の話をジョンさんから窺ったのが4の月の1の日昼の頃。その日の内にキサン氏のご遺体を搬送、安置、話の後次の日、つまり今日の昼までに納棺を済ませ今に至る。キサン氏の葬儀以外に予定がなかったことが幸いしたが立て込んでいたなら確実に日程変更を余儀なくされていた。


「最大限ご家族の希望は聞きたいからね。僕も暇してたし問題ないよ」

「そんなだから足元を掬われるのじゃ。いつか痛い目に遭っても我は知らんぞ」

「イザナが僕を見捨てるって?」


 数秒の沈黙の後、イザナは「それができれば苦労せん……」と呟いた。


「すまなかったな葬儀屋。手間をかける」


 近付いてきたのは今回の依頼者、ジョン・サッバフ氏だ。彼は一族含めて葬儀用の服、礼服を持っていないといのことで、教団が支給している黒衣と仕事用の面を被って今日の通夜に参列している。どうやら教団の冠婚葬祭の際も黒衣と面の使用が義務付けられているようだ。今はその面も取り外されており、沈痛な面持ちが見て取れる。

 イザナはジョンさんの姿を見るや僕の元を離れ、キサン・サッバフ氏の親族に挨拶に向かった。


「お仕事を引き受けるのは当然のことです。むしろジョンさんの希望を叶えられたこと嬉しく思います」

「それもあるが、まさかこの教会でできるとは思っていなかったのでな」


 今日の通夜の開催地はジョンさんが教義の関係で断った冒険者組合御用達の教会。つまり彼にとってあまり居心地の良い開催地ではなかった。


「そちらに関しては謝罪させてください。やはりオノゴロ内で通夜、ビューイングができる場がここしかなかったので」


 ちなみに異世界での通夜はビューイングで統一されており、僕もそれに倣っているのだが今も日本式の『通夜』で話してしまうことがある。大まかな流れに違いはないのだが、ニュアンスや信じる神が違えば些細な勘違いでいさかいになってしまう恐れがあるから、細心の注意が必要なのだ。


「それはいい。ただここの教会の神父をどう説き伏せたのかわからなくてな。俺の時は取り付く島もなかった」

「そこに関しては完全に運が良かっただけです。この教会の神父は私と顔なじみでして」


 僕がこの教会の神父、ハロウ神父に視線を向けると、神父は即座に気づき深々と礼をする。


「葬儀屋という仕事は教会の神父とも親交を求められるのは理解できるがここまで態度が違えば違和感を覚える」

「ハロウ神父は信心深い方なので、信仰されている神様や教義にも徹底された考えをお持ちなんです。死者を弔うこの時ならばなおのこと」

「なら葬儀屋。お前も面倒な依頼を受けたと思っていたんじゃないか?」


 ジョンさんの試すような言い方に僕は首を横にする。


「どんな理由であれ死者を大切に思った上でどう供養するかは親族、もしくはそれに近しい方が決めることです。僕はそんな方々の力になりたいだけ。それ以上の詮索や邪推は決してしません。例外はありますが」

「お前のようなお人よしが例外とは。気になるな。なんなんだその例外とは?」

「ジョンさんは、お爺様の火葬を望まれた理由を僕に教えてくれはしませんでしたよね?」


 ジョンさんの挑発的な質問に僕は質問で返す。


「あなたにどんな理由があってたとしても、僕はあなたの希望通りキサン・サッバフ氏の火葬を執り行います。ですがあなたが何も教えてくれないのに、僕だけが全てを教えるというのは不公平ですよね?」


 怒るかもしれないとも思ったが、以外にもジョンさんはうつむき加減で申し訳なさそうな表情を見せる。


「そちらが教えていただけないなら、僕からお伝えできることも少なくなる。どうかご理解いただければ」

「教えなかったんじゃない、教えることができなかったんだ」


 しなかった、ではなく、できなかった、とジョンさんは語る。


「明日、全て話す。爺様の火葬頼むぞ」


 仮面を被り直しジョンさんはその場を後にする。彼の背を見ながら、僕は明日の火葬で何かが起こるに違いないと確信した。

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