第5棺 のうかん

 昨日のジョンさんとの話し合いの後、改めてジョンさんだけでなくサッバフの一族の方々とも話を詰めていき、僕はジョンさんのお爺様の火葬に至るまでの流れと情報の共有を行った。亡くなられた方の葬儀を手配するにあたり、まずしなければならないのは僕らのような葬儀屋の連絡。そこからご遺体の搬送、ご遺体の安置、葬儀屋や親族同士の打ち合わせを経て納棺、葬儀となる。

 イザナはというと突然の仕事に少しだけむくれていたが、口にすることはしなかった。その代わり昨日までずっとご機嫌取りをしなければならなかったが。


「のうかん?」

「ご遺体を棺に入れることだよ」


 今日は4の月2の日昼の頃。ジョンさんの来店からちょうど一日が経ち、明日は通夜を控えている。僕は昨日オノゴロの教会に搬送されたジョンさんのお爺様、キサン・サッバフ氏の納棺準備を始めていた。僕とイザナがいる場所はオノゴロの中でも5本の指に入る大きな教会の地下霊安室だ。


「我が知る棺に入れる作業は血縁だけでやっておったと思うが、それもナギがやるのか?」

「イザナの言う通り、もともとは家族だけで行うのが一般的だったそうだけど、時代が進んで家族形態や葬儀のやり方の変化で、僕みたいな葬儀屋や納棺師に依頼するケースがほとんどなんだ」

「のうかんし?」

「納棺を専門的に取り扱うお仕事だよ。葬儀屋さんといってもご遺体の取り扱いに皆が皆得意という訳じゃないから」


 遺族の方々が安心して故人を見送れるよう化粧や衣装を整えたり、含み綿を使って表情を整えたりと、ご遺体を綺麗に保つための準備も納棺の仕事に含まれる。僕のいた世界では防腐液を流し込んだり、ドライアイスを敷き詰めるなどしてご遺体の腐敗を防ぐことも必須なのだが、今いる異世界にはそういった便利アイテムは存在しない。一から作る方法もあるのかもしれないが、そんな技術を僕は持ってないし、そもそもの取っ掛かりすら知らない。


「人の死を見ているナギのような仕事を生業にしているのに、死体の取り扱いが得意でない者もおると?」

「僕もそこまでご遺体に詳しいわけじゃないよ。けど中にはご遺体に触れたくないから葬儀屋の仕事を継がないなんてこともあったそうだよ。他にも葬儀屋そのものが大変だけど見返りが少ないとか。そんないろんな理由から葬儀屋自体が減って行ったりしてね」

「随分と、平和な世になったのだな」


 皮肉交じりに告げるイザナに僕は苦笑する。


「言わないであげて。実際僕のいた世界でも葬儀屋は楽な仕事じゃないし、僕はご遺体に触れることに抵抗はないけど、平和な世の中に近付いてるからこそ人の死には疎くなってご遺体そのものも受け入れがたくなっちゃうんだと思う。それが自分の身内出ない他人ならなおのことね」

「平和といっても良いことばかりではないな」

「とはいえ僕の世界でも世界全体が平和だったわけじゃないよ。僕の国だけ争いがない期間が長いって言った方が良いかな。ここ(異世界)じゃ特に争いが絶えないみたいだし、僕は何の力も持ってないけどそれでも自分のできることを一生懸命したい。無駄だとわかっていてもね」

「……ナギはよくやってる。少しは自信を持て」


 消え入りそうな声で励まそうとするイザナに僕は何も言わず笑みだけで返す。もし何か返答したら拗ねてしまうから。

 納棺の準備をしながらイザナと話していると、後方から足音が聞こえた。足音の主はこの教会を取り仕切る神父、ハロウ神父だ。本人は60になると言っていたが初老とは思えない毅然とした佇まいと、カソックと呼ばれる神父や牧師が着る立襟のコートのような祭服がよく似合っている。服の上からでもわかるほど鍛え上げられた肉体は今でも現役だということ証明していて、何よりもどんな人にも受け入れられる柔和な笑顔が印象的だ。


「ナギ、準備の方はどうだ?」

「順調ですよハロウ神父。すみませんいつもギリギリになってお邪魔して」

「何、いつもお前とそこにおられるお嬢さんと二人で切り盛りしているんだ。この程度の我が儘聞いてやらない方が罰が当たる。それといつも思うがナギの死者に対する礼節は本当に良い。他の弟子たちにも見習わせたいところだ。だというのに馬鹿弟子どもはご遺体を見ただけで気持ち悪くなったと。本当に情けない」


 ハロウ神父の言う通り、以前別の納棺の準備をしていた時、経験だと神父が連れて来たお弟子さん三人が三人とも気分が悪くなって戻って来なくなったことがあった。なんでもご遺体を見たのもその時が初めてだったらしく、彼らにとって刺激が強い初体験となった。


「僕は何度も両親の手伝いをしてきただけです。大それたことではありませんよ」

「それでいて謙虚ときている。イザナ嬢、この者と添い遂げたいなら離さぬようにな。こんなしっかりした男私は見たことがない」

「無論じゃ。貴様に言われずともこの男は我のモノ。横取りなど言語道断。もししようものならそやつを永遠の常闇に封じ込めて死よりも恐ろしい生を与えてやる」


 聞き逃せない単語がちらほら聞こえたが納棺に集中することで余計な思考を中断する。


「ハ、ハロウ神父には別でご協力いただいているので感謝してもしきれません。僕にはご遺体の安置と防腐はどうあってもできませんから」


 先に言ったようにこの異世界にはドライアイスや防腐剤などの便利アイテムは存在しない。その代わりこの世界には剣と魔法が日常的に扱われるという大きな違いがあった。漫画やアニメでしか聞いたことがない剣術、呪文が飛び交い日常生活で用いられることもあれば、戦いで扱われることもよくある。

 ハロウ神父も魔法の使用が可能で水と風の二つの魔法を操る。それだけでも尊敬に値するのだが、神父は二つの魔法をくっつけて別の魔法をも操れる。それが氷雪系の魔法だった。


「何を言う。ご遺体の安置はずっとしてきたことだし、私の魔法がご遺体の維持に繋がることお前が教えてくれたんじゃないか。むしろこちらが感謝せねば」


 僕の納棺を眺めながら、何かを思い出すようにハロウ神父は感慨に耽るように言葉を紡ぐ。


「元冒険者という若すぎる時期があって、その道中で身に付けた魔法が今役に立っているというだけのことだ。それが死者に対する手助けになるなら喜んで力を貸そう」

「それでも、本当にありがとうございます」


 ハロウ神父にはこれまでの異世界生活で多大な迷惑をかけ、異世界に関する規則(ルール)に関してお世話をしてもらった。何せいきなりこの世界にやって来て一から生活し直すことを強要された身だ。知らなかったで済まない行動をいつの間にかしていることも考えられたので、神父には1から10まで異世界のことを教えてもらった。その上僕が葬儀屋を営みだした際にご遺体の安置と防腐のお願いまで聞き入れてくれているのだから感謝してもしきれない。


「お前の感謝はいつも受け取っている。その気持ちに嘘偽りがないことも重々承知しているさ。だから今後もお前の仕事ぶりを見せてくれればそれでいい」


 言いつつ神父が差し出したのは数枚の羊皮紙。それは神父にお願いしていた暗殺教団の教義と亡くなられたキサン・サッバフ氏に関する資料だった。


「いつもながらお早い」

「オノゴロに宗教の自由があって助かったよ。大国の一部では一神教、つまり一柱の神だけを信仰することを良しとしているから他宗教のことを調べるだけで嫌な顔をされる。場合によっては刑罰に処されることもある」

「僕、また大変なお仕事を押し付けてしまいましたか?」

「もしオノゴロに宗教の自由がなければ私はここにいない。人が何を信じるかはその人が決めればよいことだ。それを強要することなど誰もできんさ。それは神自身とて同じ。だから気にするな」


 改めて神父に感謝を告げ、納棺の準備を丁寧に終わらせてからイザナに棺の運び出しをお願いする。僕のお願いにイザナは嫌な顔一つせず棺を持ち上げて安置されていたスペースまで移動していく。


「……以前から不思議に思っていたのだが、イザナ嬢は肉体強化の魔法でも修得しているのか? 大人の男10人がかりでようやく持ち上がる棺を一人で」

「彼女は特別ですから」


 詳しい説明をすると長くなるので、曖昧な表現で逃げつつ神父から受け取った資料に目を通すと暗殺教団の教義にあった土葬に関して詳しい情報が書かれていた。教団内では『殺めることで神を信仰するなら見合った死が必要だ』というものがあり、必ずしも殺めることを肯定しているわけではないらしい。むしろ殺人という禁忌に対し、自分たちの死は『安らかなものではならない』とさえある。


「土葬とは言っているが、その実野ざらしでもいいとさえ考える教団関係者も少なくないのだそうだ」

「命を奪う行為はどんなことがあっても正しいことではないですからね」


 神父は深く頷くが棺を運び出し終えたイザナが小首を傾げている。


「何を言っておる。人にとって殺すという行為は切っても切り離せんじゃろう。それがなければお前たち人がここまで繁栄」

「ああ! イザナ! 神父が用意してくださった氷! 氷は入れてくれたかな?」

「……まだじゃ」


 不貞腐れるイザナに視線を送りつつ再度資料に目を通すと、暗殺教団の教義からキサン・サッバフ氏の情報に切り替わるところだった。そこに書かれていたのはキサン氏がオノゴロにやって来る前後の動き。


「……なるほど。ジョンさんが言わなかったのはこの部分ですね」

「私も目を通したがキナ臭いぞ。何か企んでいるかもしれん。やはり私も同伴しようか?」

「いえ、僕とイザナ以外の外部の人間は入れるなという約束ですから」


「でもなぁ」と神父は心配するが僕は笑って答える。


「安心してください。僕には頼りになる存在がいますから」


 するといつの間にか僕の後ろでぴったりとくっつく心許せる相棒の熱を感じた。

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