第4棺 ぎねん

 今回の依頼人、ジョンさんの本名はジョン・サッバフ。年齢は30代後半で細身の長身ながら手先の器用さは自他共に認めるもので、特にナイフ捌きで右に出る者はいないと言わしめるほど。噂ではその腕前で少なくとも20人はあの世に送ったとか。

 小国であるオノゴロだけでなく大国でもその名を轟かせた暗殺(アサシン)教団の一家と呼ばれており、教義に反した者を闇夜に紛れて始末することを生業とする教団の中でも苛烈を極めた一家である。ジョンさんが組合の用心棒しているのもサッバフの名を持っていたからで、実際のジョンさん自身の力量も相まって用心棒を務めて1年もしないうちに有名になった。僕もしっかりビビっていたしイザナがいなければ僕は生きていなかったかもしれない。ただジョンさんのお爺様自身とサッバフはかなりの遠縁らしく、直接の関係もほとんどなかったそうだ。組合の中でもジョンさんのこと怪しいと思っている人間は少なくない。

 何より今回ジョンさんが依頼した葬儀の内容が気になっていた。


「葬儀の形式はなんでもいい代わりに必ず火葬にしてほしい、か」


 ジョンさんの依頼は実の祖父であるキサン・サッバフ氏の葬儀に火葬を取り入れてほしいというものだ。彼曰く暗殺教団の教義の中に『教団内で死者が出た場合、必ず土葬にせよ』というのがあるそうで、これに反した場合一族間で死に近い重罰を受けるとも説明してくれた。キサン氏の火葬は彼以外の一族の方々も納得されており、土葬でそのまま埋めるより彼の肉体も魂も焼いて天に召し上げたいと話してくれた。

 だが組合系列の教会にその話を再三説明しても、教会の回答は教団の教義に従うべきだの一点張り。隠れて火葬にしようとしても、オノゴロは小国ゆえに火の手が上がればすぐに組合関係者が見回りに来る。それ以上に万が一教団関係者にでも見つかればそれこそ死罪にされかねないとも。困り果てた中で僕が都合よく葬儀屋を始めたものだからジョンさんがやって来たというわけだ。


「自分たちで火葬を実行するのではなく、他人に家族の葬儀を執り行わせて自分たちはそれを眺めていただけ、とでも言い張るつもりなのかの?」


 イザナはジョンさんの退店を見計らって再びソファに寝転がって疑問を口にする。彼女の疑問は最もでジョンさんも彼の親族も何故そんなに火葬にこだわるのだろうか。教義に重きを置いているサッバフの一族なら火葬にしようなどと考えもしないと僕も思う。

 つまりジョンさんとその親族は火葬にしたい理由があるのだ。それも教義に反してでも。


「火葬にしたいがために、何かしら嘘を吐いていたのな?」

「いや、虚言を弄していた雰囲気は感じんかった」

「わかるの?」

「虚言を弄する時、人は体に現れやすい。汗をかいたり挙動不審になったりとな」


 だが僕との会話で、ジョンさんがイザナの言う変な態度を見かけたことはなかった。


「とはいえ虚言を弄することだけが相手を騙すことになるとは限らん」

「そんなことあるの?」


 僕の疑問にイザナは「例えばじゃが」と着物の袖から茶色の小さな袋を取り出す。


「あ! 僕の小遣い袋」

「二階の寝室、ベッドと壁の間に挟まっておった」

「ええ、僕お小遣い袋何処に行ったか知ってるってイザナに聞いたじゃない。なんで黙ってたの?」

「お主が我にこの袋の所在を聞いたのはいつじゃった?」

「ええっと、確か3日前くらいかな」

「我がこの袋を見つけたのは一昨日じゃ。その時お主は我にこの袋のことで質問したか?」


 僕の小遣い袋を揺らしながら、イザナの言わんとするところがようやくわかった。


「そうか、騙したんじゃなくて言わなかったんだ」

「うむ。人は追及されれば虚言を弄し、他者を騙すことに必死になり焦りが表に出やすくなる。だが最初から聞かれなかったり、核心を突かれない限りは焦りも半減じゃ」


 ジョンさんは何かを隠している。そしてさっきの会話で僕は彼が隠している内容に触れなかった。よって彼は自分の意見だけを伝えるに留まったのだ。


「僕に足りなかったのは彼に関する情報だった。なら」

「情報収集、じゃな。葬儀屋のやることではないが」

「何言ってるのイザナ。亡くなった親族に寄り添うためならしっかり調べないと。火葬にそこまで思い入れがあるならそこのところも調べておいて損はないよ」


 椅子から立ち上がり僕は急いで外出の準備を進める。


「それに火葬にするなら火葬場の手配もしないと。イザナ手伝ってくれるよね?」

「やれやれ余計なことを言ってしまったな。点かんでもいい場所にまで火が点いてしまったか」

「使ったお小遣い分は働いてもらうから」

「何!? 我はそこまで使っておらんぞ」

「でも使ったことは認めてくれたね」

「……わかった、どこへでも連れて行くがよい」


 こうして僕らはジョンさんたち一族のために情報収集を始めるため『ヒノモト』を抜け出した。

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