第一章 5 『出発前夜』 ②

 こうして沈黙が流れる中、豪勢にテーブルを埋めてしまうほどの料理が並び、いかにも食欲を掻き立てられるほど圧巻であったが、こんな重たい空気の中では、食べても食べた気にすらならないのだ。


 なんたって、殺気を俺たちに向けた奴は今もこの空間にいるのだから――


 しかし、この自称グティーは違う。


 これだけの料理を食べたのだから、そりゃあもう満足したのだろう。一時の快楽を覚えてしまったかのような、そんな溶け落ちそうな笑みを垂らして、テーブルに顔を擦り付けている。


 どこかに召されてしまった美少女を担ぎ上げて、ここでの食事の会計を終わらせて、念願だった新しい荷車を求めて酒場宿を後にした。


「介抱を頼んだ覚えはないかしら」


「――えっ?」


 唐突に正気を取り戻し俺の手を払い除けて、美少女はすたすたと何もなかったかのように、今度は俺の前を歩き出した。

 その後を追うようにして、俺の歩くテンポは早くなる。


「おいおい、なあ?さっき言ってた殺気って、もしかして黒ずくめ――?」


 その言葉にぴくりと反応して、流れるように金髪を横に振っては、歩むのを止めて俺の方を向いた。

 澄み渡るかのような空色をした瞳は怒気を訴えて、これまた口を斜めに尖らせては顔を真っ赤に綺麗に仕上げられていた。


 すぐにでも怒号がうなって飛んでくるのではと思うほどだ。が、その予想はたちまち当たってしまうのだが――


「ほんと、これだから家を追放されるのも分かるかしら。あれだけ強い殺気をみ違うなんて、赤子並みの空間認知能力なのよ。なんであんたなんかを選んでしまったのかしら?グティーも心底後悔なのよ」


 彼女の言葉にはあらゆる力が込められている。そんな強力な口調で、嫌味と皮肉が一斉に飛んできた。

 それに耐えうる力は俺には無く、後退りしながら身構えて、俺の詠み違いとやらを解いていく。


「あそこにいた連中の中で、らしいのどう見たって、あの黒ずくめしかいないだろ?亜人族もいたけど、あんな愛らしい奴が――」


「ふん!赤子でも分かるように解説してあげるかしら。ルディが言ってる黒ずくめの集団……あれは王国聖騎士団の中でも闇に潜む十字団なのよ!グティーがもっと分かりやすく言ってやるかしら。国王直轄管理下の少数精鋭の特別部隊、王国きっての猛者たちなのよ」


 ――はっ?


 王国聖騎士団だって?

 十字団?国王直轄管理下の特別部隊――?


「ちょ、ちょっと待ってくれ!いや、待ってください。あの黒ずくめが王国聖騎士団――?」


 仁王立ちしている自称グティーの口が再び開く。


「さっきからそう言ってるかしら!国民を守る事はあっても、殺気を放つ事は至って無いかしら」


 俺はこの美少女から溢れた言葉をやっと理解してきたのか、どう見たって誰もが怪しいって思ってしまう容姿だったのに、


 いや、これが本当なら――


 殺気を放っていたのは、黒ずくめの他にはあの動物と人間のハーフみたいな種族だった事になる。


 これに今更気付いた俺は、ぶつけるように口を開いた瞬間――


「ルディが今なんて言おうとしてるのかお見通しかしら。でも、こんな大層な場所で話すのはやぶさかじゃないかしら。詳しい話は明日の向かう道中でしてやるのよ」


 そう言い残すも彼女の表情からは、普段は軽口を叩くように嫌味と皮肉を満遍なく振りかざすのだが、妙に口をつぐんで、見るところなにやら釈然としない様子である。


 そんな彼女を見た俺は、会話を変えた方が良いと悟り、当初の目的であった荷車を新調する提案を切り出して、この街に現存するギルド商会に向かった。


 ギルド商会に登録しているのは、至ってルディのような商人ばかりでは無いのだ。駆け出しから上級冒険者もギルド商会に登録してランク毎に振り分けされた依頼をこなして報酬を得る。ルディも商人として登録はしたがシステムは冒険者と変わらず、依頼をこなして報酬を得る仕組みである。


 ギルド商会はその都市その都市に設けられていて、登録する理由とは?ハルバルーン王国国内では『加冠の儀』として知られている神聖な儀式で神々から賜る加護、『天賦の適正職』『天賦のスキル』がたちまち下級であったり、劣等身分からのし上がろうという野望を抱く者たちの集まり。


 というのが、ギルド商会に登録している者の慣わしである。


 したがって、ルディもその中の一人なのだが、周りの連中はその慣わしとやらを十分に承知しているから、変に絡んでくる輩もいなかったのが幸いであった。


 見たところ、冒険者たちはならず者の集まり――


 と、いったところだ。


 駆け出し冒険者の準備品として武具の販売や、商人に向けては商いに不可欠な荷車や、それを引く馬の手配など様々な部分で恩恵にあやかることが出来るのもギルド商会の良さである。


 特定の付帯条件があるのだが、『免税状』発行の受付もしており、アクティブ利用者や登録者は毎日増加する。


 その付帯条件とは貴族が関わっており、その条件の突破口となると踏んで、ルディは今回の依頼を引き受けたわけだ。

 あわよくば、隣国公爵家の後ろ盾で『免税状』が手に入るかもしれない――


 という、思惑だ――


 しかし、決してハルバルーン王国准男爵アルフォンス家の者だと知られる訳にはいかない。というのが最大の課題である。


 こうして、口を閉ざして沈黙を続ける美少女と俺は【国境アーラルディア】ギルド商会に併設された『準備品販売所』に足を運んだ。


 見習い装備だけあって、木棚に並べられた冒険者向けの武具は安価で業物と呼べるような代物は見当たらない。

 ダガーナイフにショートソード、胸当てに革製の防具といったところだ。大雑把に並べられた傷薬や回復薬、薬草の類も見受けられた。


 その奥には荷車を引く馬を管理する厩舎、そして荷車の中古販売や注文販売を受け付けるカウンターだ。

 馬にも種類があって、その種類ごとに特性が異なる。

 例えば、連結荷車を引くにはパワーが肝心だから力強い馬が適していたり、速さに特化した馬や連続長距離の運送に適した馬といった感じだ。


 ティアーノギルド商会では見られなかった、大型犬やドラゴンにどことなく似ている獣の類だ。馬より力強いパワーを兼ね備えていて、


 その名は、犬竜けんりゅうというらしい。


 カウンターの受付嬢に聞くところ、それはある一定量の魔力を持ち、その魔力を特殊荷車に魔力変換させて、荷車に冷蔵性能を持たせるといった画期的な代物らしいのだ。


 食肉など鮮度が命の生物の交易を主たる商人には、需要が高い。


 複数の犬竜が見られるが、種類は無いのだがとりわけ値段にばらつきがある。

 それは、魔力量によって違うとの事だ。いわば、魔力量によって持続時間が違うという事だ。

 短距離輸送であれば、魔力量はそこまで問われないが、長距離輸送での交易をするのであれば、魔力量は多いにこしたことはない。


 消費した魔力の回復については、一定時間の休息と餌を与えると魔力の回復が出来るとの事だ。


 それとティアーノギルド商会にも同じ荷車を見たが、最大二台まで引くことが可能な連結荷車、寝台荷車、大型荷車といった種類だ。


 それに注文荷車はその名の通り、使用用途に合わせてあらゆる機能を持たせることが出来る荷車であって、出来るまでの期間も長く、フルオーダーなだけあって高価である。


 ルディの懐事情は、相場大荒れの恩恵で高収益を得た為、注文荷車には手が出ないが、それ以外は容易に買えるだけの持ち合わせはある。


 種類が豊富なだけあって、ルディの迷いをより一層大きくさせている一方で美少女の姿はというと、


 磨かれた艶めきが目立つ一刀のショートソードを手に取り、なにやら切ったら刺したりといった素振りを始めては、切れ味を確かめるように刀身を眺めている。


 そこに至っては、彼女に限っては武器はそれほど重要ではないと思うのだが……


 彼女には強大で強力な魔力と魔法があるのだから、俺からするとそもそも彼女自身が武器であるのだ――


 それにしても、時には木剣の姿に変える彼女が、ショートソードを眺める様はなんとも不思議な光景で、笑えてくるルディであった。


 くすりと彼女の目を盗んで笑みを溢すと、その仕草を見逃さまいとまんまと見破られてしまうと、手に取ったショートソードを木棚に置いて、むっとして相変わらずの尖り口でこちらに向かって来た。


「買うんなら早く決めてしまうかしら――」


「目移りしちゃってね?何が良いと思う?」


 そう尋ねると、彼女はもじもじさせて俺の横にぴたっとくっついて袖口を引っ張りながら、カウンターの受付嬢から厩舎を眺めて、何かを思いついたように妖気を纏まとった笑みで俺を見上げて言った。


 一見、側はたから見ると単なる金髪美少女なのだが、これでも 刀神 グラスアード という神話級の魔法具ってんだから、どこにそんな力が?と改めてそう思ってしまうのだが……


 これまでの戦闘を見て来て、やっぱりただものじゃないって。

 その繰り返しなわけで――


「寝れるのは魅力的かしら?それに冷蔵機能だって品質劣化を防ぐってところはとても魅力を感じるのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る