第一章 4 『ティアーノギルド商会依頼 隣国公爵家に向けて』

「ひとりでやってる……?そ、そんな訳ねえだろ?ひとりじゃあ相場情報だって手に入らないどころか、利益だってたかが知れてる!」


 なぜこうも、ひとりで商人としての商いをしている事に驚いているかというと――


 分かりやすく説明すれば、数百万の兵の中にたった一騎で突っ込んで特攻しようとする無謀者――


 言わずとも、商人とは都市から都市を転々として、日々変わる相場の状況を見ながら最適かつ有効な品を安く仕入れて高く売る。

 近隣都市ならまだしもだ。それが国をまたがって行き来するとなれば、主要都市に拠点を幾つか設立して、複数人での交易をした方がよっぽど効率的であり、この世界での商人はこの手法が定石であって、当然であった。


 だから彼らからすると、


 俺のような商人は異端なのだ――


 そんな苦労も知らず、今まさに裏目を引いて大赤字となってしまったこのごろつき商人の前で、こんなどんでん返しのような利益を俺は上げてしまうのだから――


「利益はどれくらいかしら?」


 見事にこの状況をスルーして、ほくそ笑んでいるなと簡単に想像が出来てしまうかの発言が、俺の脳裏で木霊した。


「起きてたんだね?まだ具体的な数字は分からないけど――ひとこと言うなら、当分寝床に困らないし美味しい物も沢山食べられるよ?とだけ言っておくよ。どうだい?楽しみだろ?」


「もう馬小屋生活は勘弁なのよ!いい加減もう寝るかしら」


「ほんとうだよ?ずっとひとりでやってるんだ!どこにも所属してないし、所属する気もない――」


 貴族として育てられて、それなりに教育も受けた。それに、面倒なお茶会やら舞踏会にだって引っ張ってかれた。アルフォンス家の長男だと紹介されては、作り笑いを浮かべて世間話に相槌を入れては愛嬌を振り撒いた。


 その経験が今ここで役に立つとはね?


 そんな作り笑いを浮かべて完全否定する俺には、それ以上の追求は野暮だと察したのか、それか、ごろつき商人からすれば俺なんてそこらにいる子供と何ら変わらないのだ。

 子供と真剣に話したところで――

 とも思っているに違いない。


 と、俺の思惑は想像以上の効果があったみたいだ。


「まだ子供だしな?子供なんかを入れてやる商業商会なんて、そんなお人好しそうそう居ないだろうしな?まああれだ……悪かったな小僧?……って、名乗りもせずになんぼ子供だからって胸ぐら掴んじまってよ……俺はハルバルーン王国の隣国、【王都レイダース峡谷】で商人やってる ジルバー・フレイド ってんだ!俺を知る奴はみんなジル爺って呼ぶ……ジル爺って呼んでくれや」


 王都レイダース峡谷――?


 そういえば、ギルド商会からの依頼って、【王都レイダース峡谷】の公爵家グリーム家との取引だったよな?


「いえ、こっちの方こそすいませんでした。何も知らずに……あっ僕はティアーノギルド商会に商人登録してるルディって言います。ルディって呼んで下さい」


「こんな奴、グティーなら簡単にぶっ飛ばしてやるかしら?」

「ちょっとグラ嬢……謝ってくれたんだし許して上げようよ?」

「――ふんっ!」


 ジルバー・フレイド 自称ジル爺というごろつき商人は、一変して顔を赤くして似合わない照れ笑いをしながら、さも恥ずかしそうに歯痒く俺の方に向かってきたのであった。

 まるで酔っ払いの絡みみたいな感じで、俺との距離を簡単に縮めてくるのだ。


「はははは、なに硬くなってんだよ?登録ギルドは違えど、同じ商人なんだ!もっとこう気安く話してくれ!……ところでよ?荷車の残りの荷物ってどこで捌くんだ?なんなら俺がいいとこ教えて――」


「ううん。あれは【王都レイダース峡谷】の公爵家グリーム家に持って行く荷物で……」


「がっはははは!【王都レイダース峡谷】に行くのか?そりゃあ好都合……いや、奇遇だな?俺もこの取引終えたらちょうど国に帰ろうと思ってたところだ!よしっ!この俺が道案内を買って出てやるよ……と、その前にだ。こっちはよ、大赤字喰らってんだ。このままじゃあ商会に顔出し出来なくてよ?……分かるだろ?ちったあ、利益上げねえとよ?その……なんだ?今日中に仕入れておくからよ、明日の朝出発といこうや?」


 道案内、それに明日の朝出発か?


 それなら俺としても好都合だ。

 今回の利益で、今よりも大きい荷車に変えたかったし、それに少しは腰を落ち着かせたかったのもある。グラ嬢も休ませて上げたかったしちょうど良い。


 なにより、腹が減った。


 こうして、俺はひとまず自称ジル爺と別れて、満面の笑みを浮かばせている店主が用意した注文書にサインしてから、取引分の報酬を手に入れた。


 さてさて、この利益で新しい荷車を……っと――


 そう呟きながら、酒場宿に向かう。


 別れ際の店主の言葉――


「お客様?商人としての品の目利き、直感も優れております。ですが、人をそう簡単に信じるてしまうのはあまりにも危険ですよ?」


 そう言い残した店主の言葉を後にして、なにか刺さるものは感じたのだが、俺は案ずる事もせずに足早に酒場宿へと向かった。

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