第一章 3 『暴落と高騰』
――さあ、とっとと売り捌いてティアーノに帰ろうか?
まやかしであっても、微笑み顔を作って見せると、誰もが顔を赤らめて立ち尽くしてしまうほどの可憐な姿を纏っていた少女は、床に転がる一振りの木剣に姿を変えていた。
彼女が変身?そんなところを誰かに見られたら色々と厄介事になる。
と、誰にも見られていない事を辺りを見渡し確認。
良かった。
ほっと胸を撫で下ろして、荷車の背扉を開けて飛び降りる。
俺の視線の先は、まだ言い合いを続ける露店の店主とイカつい商人だ
そこに割って入るように店主の方に向かっていく。
「店主さん!交渉してるとこ悪いんだけど……荷車の荷物買い取ってくれないかな?」
にこっと薄ら笑みを作って、毅然とした態度で荷車を指差し、2人のやり取りを遮るようにして店主に放った。
店主としてはちょうど良い助け舟となっただろうか?
店主はそこから逃げるように、俺の荷車の下に向かってくる。
「おい店主!まだ話は終わってねえ‼︎逃げるのか?」
そんな店主に向かって怒号が降った。
2人のやり取りを終始見ていた俺としては、店主に同情の意を覚えたところだ。
「店主さんもなかなか大変ですね?」
駆け寄って来た店主に、苦笑いを浮かべながら呟いた。
露店前で憤慨しているイカつい商人の姿をチラリと目で追いかけては戻し、俺の耳元で囁いた。
「そうなんですよ。お客様にこんな事言いたくありませんがね?ご覧の通り今朝からこの街に来る商人連中みんな、市場相場の大荒れでああして激情しております。私たち露店商も困ってるんですがね?」
本当に困り果ててるようだった。
露店市場に並ぶ店頭で、これかしこに怒号が行き交うのだから、こんなのが今朝から続いていたと想像すると、あまりにも悲惨すぎる。
こうも面倒な表情を露骨に浮かばせる店主にも納得だ。
激情する商人の気持ちも分かる。
俺も同じ商人界隈のひとりだし、生活が掛かっているから尚更だ。
この光景を冷静的かつ客観的に、
――やっぱり情報が全てだよな?
と、呟いてる束の間。
事は動いた――
「おい!この大赤字の責任、どう取ってくれるんだ?」
両手斧を取り出して上段に構えながら、今にも振り落とされそうな激情をさらに高揚させている。
話の途中で去った店主と、さあこれから商売だと交渉し始めるその相手は俺なのだが。
流石にこれはマズイかも?
逃げ出す暇を与えてくれそうにもなく、その商人は俺たちに向かい来る。
「どうなんだ?なにも変動前の金額で、とは言ってない!仕入れた値で買い取って欲しいと言ってるだけだ‼︎……小僧?お前みたいな小僧なんかに邪魔されてたまるか!見たところ……ふん?駆け出しってところか?さてはお前も相場大荒れでどうもこうもって口だろ?」
「もう堪らないかしら?鼻が曲がりそうなのよ」
「ちょっと今は黙っててくれないかな?」
どうあっても逃げられそうにもない今の状況で、いくら木剣に姿を変えた美少女とはいえ、この皮肉たっぷり込められた小言に真面目に対応している余裕なんて無かった。
まさに今、商人の矛先は俺に向けられ、剛腕な腕で胸ぐらを掴まれ迫られているからである。
体格的に怪力ではあると簡単に想像はついたが、身動きひとつも出来ないほどの馬鹿力であった。
そんな様子を見ていたかは知らないが、店主の歓喜にも似た声が荷車の中から響いた。
「お客様はなんてお目が高いのでしょう?傷一つも無し!凹みも……ここまで高品質な【ファングの角】はそうそうお目に掛かれませんよ?こちらを売却して頂けるのですか?であれば、しっかりとこちらでご対応させて頂きます――」
衝撃と同時に俺の見る世界は天と地が逆さになった。
店主の言葉に真っ先に反応したのはごろつき商人で、たちまち胸ぐらを掴んでいた手は押し離れて、その反動で俺の体は地面に叩きつけられたからだ。
激情を放っていた表情とは一変して、例えるなら大家族の中で自分だけクリスマスプレゼントが貰えず慌てふためく、そんな表情をしながら荷車をよじ登って店主の方に向かって駆けていた。
「おい!【ファングの角】なんてそこらで転がってるようなゴミクズみたいなもんだろ?そんなもん山のように抱えたって売れようがねえよ!」
「……やはり、お客様は知らないのですね。昨日の勅令発令のお品物、その生産過程に必要な中間素材が、この【ファングの角】なのです。それが大量に必要になるもんですから、昨日の時点でこちらのお品物は高値で取引されております。お客様がおっしゃられた通り、以前ならゴミのような価値でした。さすれば、お客様のような方は直ぐにでも廃棄したでしょう?生産に必要となっても、廃棄され続けていたのですから、王国国内には在庫なんてありません。もう一足早くにこの情報を知り得ていれば、お客様のようにはなっておられなかったでしょう――?」
押し倒されて立てないままで、この二人のやり取りに耳を傾けていた。
話は終わったのか?
2人が荷車から降りて来た。
店主は嬉しさのあまりか、注文書を書く手は早い。
それもその筈。
この【ファングの角】がこの店主の手元に届くと、たちまち帝都に運ばれて王室と取引されるのだ。なんたって、この【ファングの角】は勅令生産に欠かせない中間素材なのだから、それに、王国王子直々の勅令だ。中間素材が足りなく、生産出来ませんでしたじゃあ王室の面子は丸潰れ。
王室は今や、喉から手が出るほど欲しがるのだ。
王室とは相場よりも高値での取引が確証しているから、なおさら店主の顔は歓喜で盛り上がっている。
その反面、ごろつき商人の威勢は終焉を迎えて、がっくりと肩を落として、俺の荷車を見渡しながら呆気に取られていた。
「小僧?どこでそんな情報手に入れた?いや、俺なんかよりも遥かに大手の結社、あるいは、大手商業商会にでも所属してないと……荷車のどこにも所属登録証が見当たらねえ?それに税免状もだ!小僧の所属はどこだ?」
地面に押し付けられた腰を上げながら、付いた土をぱっぱっと手で拭い払う。その最中、俺は追求を懸念して、誤魔化すかありのまま言ってしまうか迷っていたが――
「俺はどこにも所属してない!どこにも――ひとりでやってるんだ」
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