時空超常奇譚2其ノ五 YOLOⅢ/夢幻領域と天の声

◆第三話「YOLOヨーローⅢ/夢幻むげん領域と天の声」


 男の名は田中幹たなかつよし、35歳。男は、自分が夢の中にいる事を知っている明晰夢めいせきむを見る事が出来る。

 どこか見知らぬ街中から、冒険活劇アドベンチャーが始まるのだ。今日の夢の舞台は、数日前の夢の続きだ。明晰夢も慣れて来ると、連続した夢を見れるようになる。その方がストーリー展開としては面白い。さぁ、前回のお宝探しが終わった場面から、新しいお宝探しの冒険活劇に出掛ける事にしよう。

 男は、ぱぱす号に戻った。完全に前回の続きだ。

「アニキ、大丈夫っすか?」

「大丈夫だよ」

 ポポかが心配そうに言った瞬間、男は背中に何か冷たいものを感じた。無理矢理に、後ろに引っ張られるこの嫌な感触は、今まで一連の夢の中で経験した事がない。

 男が宇宙空間に消えた。

「あっ、アニキが消えた」

「これは引時空間です。実行者、目的ともに不明」

「ミミ、アニキが引っ張られた先はわかるっスか?」

「発信マークにより可能」

 男の胸に付けられたらワッペンマークは発信機能を有し、居場所の確定が出来るようになっている。

「発信マークが起動しました。追尾します」

 男は時空間を飛んでいた。いきなり何者かに後方から羽交はがめにされたような感覚から、別宇宙に放り投げられ、床に尻餅しりもちをついた。

「痛てててて・」

 ここはどこなのか。宇宙か、いや、息は出来る。真っ暗な空間に見えるものは何もない。前方に明かりが灯る。蝋燭ろうそくのような優しい炎の光だ。その向こう側に白髪に白髭しろひげの老人の姿が見える。その顔に見覚えはない。

 老人は、微笑しながら男に話し掛けた。

「どうじゃ、この世界は気に入ってくれているかの?」

「何だよ、これは?」

「これか、これは引時空間じゃよ。狙った目標を無理矢理に引っ張る事が出来る」

「爺さん、アンタもしかして、予言者アマドーンか?」

「そうじゃよ」

 かつて、この世界の創造者であり予言者、そしてガライカにその立場を盗まれた後で姿を消したアマドーン。会うのは初めてだ。想像と寸分すんぶんちがわないその姿に違和感はないが、面白味には欠ける。

「狙ったって事は、俺が誰だか知っているのか?」

「当然じゃよ。お前がガライカに最初にシンクロしたタナカ・ツヨシだから、こうして引っ張ったのじゃ」

 引時空間と言って自由に無理矢理に時空間が引っ張れるらしいが、もう少し手柔てやわらかに出来ないものか。ケツが痛い。

「アンタ、この世界から消えたんだろ。今更、何なんだよ?」

「ワシは西宇宙のエルカ人でな、歳とともに夢を見なくなるのじゃ。昔、シンクロして来たガライカにバックアップを盗られてな、それで引退したのじゃよ」

「バックアップって何だ?」

「この夢フィールドが消滅した時に、復活させる為のデータじゃよ」

「そうなのか。で、その予言者が俺に何の用があるんだよ?」

 如何いかにも老人ぜんとした予言者が話し出したが、男には特に興味をかれる話ではない。

「ふむ。実はな、先日突然にタイムパトロールがワシの意識に強制介入しくさりおってな、「お前の立てた夢フィールドを消滅させろ」と言って来たのじゃよ」

 聞きたくもない、嫌な呼称こしょう『タイムパトロール』。男は、前回の夢の中で、タイムパトロールを撃ち殺した事など思い出したくもない。

「ワシが立てた夢フィールド夢幻領域番号mod195603100の創造者がワシである事に変わりはないが、管理者たるFMフィールドマスターは、ワシではなくて今はガライカ・バルカンに変更されている。だから、ワシには無理だと答えたのだ。すると、奴等は何と言ったと思う?」

「知らん」

 興味も何もない。予言者アマドーンは、鬱憤うっぷんかたないと言いたげに、男に不満をぶつけた。

「『管理者等が誰であろうと、そんな事はどうでも良い。創造者として、お前が責任を以て対応しろ。もし、お前がやらないのならば、お前の住む現実の星である西宇宙パルミラ銀河系恒星カニー係属第五惑星スィールを破壊するぞ。それでも良いのか』と脅して来たのじゃよ」

「そりゃまた、何ともエグい話だな」

 水を得た魚の如く、予言者の語りが続く。

時空間領域じくうかんりょういきには、夢幻領域むげんりょういきを含めて四つのエリアがある。通常、夢フィールドは夢幻領域にあって意識がシンクロする事で膨張するが、境域きょういきを超える程に膨張すると自然に収縮し消滅するから、他時空間領域にまでの侵犯しんぱんは起こらない。ところが、夢フィールドmod195603100は、絶え間なく膨張し続けて完全オーバーヒートを起こし、他時空間領域に侵犯して過去と未来のタイムフィールドにまで越境しているらしいのだ。それで、タイムパトロールがカンカンなのだよ」

 それと、男が引っ張り込まれるのとの関係は何だ。

「で、何で俺なんだ?」

「お前に、夢フィールドmod195603100を破壊してほしいのじゃよ」

 予想は何となく付いてはいたが、必然は皆無だ。何故なら、それは管理者責任かあるいは製造者責任の問題であって、高々たかだか夢フィールドへシンクロした男が責任を取るべき問題ではない。

「俺には関係ないだろ?」

「馬鹿者、他人事ひとごとではないぞ、いずれ近い内にお前の元へも同じような脅しが来るのは必然じゃ」

「「夢を見るな」って言って、しつこく来たよ。でも俺にそんな事言われたって、言う相手が違うよ」

「そのせいで、奴等がワシのところへ来たのじゃな」

「俺のせいじゃないって」

「いや、お前が悪い。タイムパトロールに聞いたが、お前はタイムパトロール隊員を撃ち殺しているらしいではないか。そんな話は前代未聞ぜんだいみもんじゃよ」

「あれはさ、あいつが余りにもしつこいからだよ。それに、ガライカが復活してるんだから、多分あいつも復活しているだろう。だったらさ、チャラでいいんじゃないかな?」

「甘いな、復活はしているが、何せ一度は撃ち殺したのだからな」

「復活してるなら、いいじゃないかよ」

「いやいや、そうはいかぬよ、奴等は執念深いからな」

 何がどうであれ、まずは管理責任を問うべきではないか。

「だったら、管理者のガライカに言えばいいじゃないか?」

「順番として、当然ガライカには言っているじゃろうな。ガライカやお前に相手にされず、しかもお前に撃ち殺されたから、ワシにお鉢が回って来たんじゃよ」

「だったら爺さん、アンタがやればいいじゃないかよ」

「この世界の現在の管理責任者はガライカじゃ。ガライカがいる限り、ワシにはどうしようもない」

 随分と安直な話だ。本来の責任者に断られて、自分の手に負えないからと部下に押し付ける、典型的なダメ上司だ。少しは前向きに、必死に対処しようと考えたりはしないのか。そんな奴は、現実世界だけにしてもらいたいものだ。

「それなら、ガライカが消えれば問題解決じゃないのか?」

「それ程簡単ではない。ガライカが消えれば、取りあえずこの世界は消える。だが、

バックアップで復元出来るのじゃよ。しかも、自動復元システムが設置されているから、何度でも自動的に復元し、流転ループが起きる」

 何となく面倒臭い話だ。夢が流転ループしていたのは、そう言う事なのか。

「アマドーン爺さん、簡単にガライカのバックアップを消す方法はないのか?」

「有るが、無いのと同義じゃ」

「どういう意味だ?」

「バックアップ自体を消す事に、何ら難しい事はない。だがな、おそらくガライカはバックアップのバックアップ、更にそのバックアップを設置している筈。その数がどれ程かは予想も出来ぬ」

「そういう事か」

「しかも、ヤツが消滅するとそれが自動的に起動して、この世界の消滅と同時に、復活するのじゃ。お手上てあげじゃよ」

 この世界が消滅、或いはヤツが消えただけでは、いずれ自動システムによって復活するから、この世界を消すすべはない。なる程、上手うまつくったものだ。さて、どうしたものか。

「この世界のガライカは不死ふしって事か。それなら、現実世界でガライカ本人を消してしまうってのはどうだ。タイムパトロールなら、何とか出来るんじゃないか?」

「確かに、タイムパトロールならガライカのタイムオフにおそう事も出来るかも知れぬな。通常なら・」

「タイムオフとは何だ?」

「通常の場合、夢フィールドは睡眠状態に入っている期間タームでしか存在出来ない」

「寝てる間って事か」

「その非存在状況をタイムオフと言うのだ。だが、ガライカにはタイムオフは存在しない」

「ガライカは、眠らないのか?」

 この広い宇宙には、眠らない生物もいるのだろうか。

「いや、生物として眠らないのではない。ガライカの母星バライカ星は既になく、今は新天地を求めて宇宙を彷徨さまよ流浪るろうの民らしい。宇宙船の中の人工冬眠で、眠り続けていると言っていたな」

「なる程な」

「ワシも同じじゃよ」

「アンタも、宇宙船で人工冬眠してるのか?」

「違う。儂は、タイムパトロールに無理矢理夢を見せられて眠り続けているのじゃよ。夢フィールドを消滅させるまで、ワシは眠りから覚める事は出来ないのじゃ」

「へぇ、結構エゲツない事するな」

「ガライカがいる限り眠りから覚める事は出来ず、しかも夢フィールドを消滅させなければ、現実世界のワシの星が消えてしまうのじゃよ」

「でもな、俺は唯のシンクロした夢フィルダーだから、関係ないだろ?」

 騒ぎ立てる予言者は、いきなり男を叱責しっせきした。

「愚か者。何度言えばわかるのじゃ、いずれタイムパトロールの奴等が本格的にお前の元へ来て、お前の星も消えて無くなるのだぞ。お前が何とかせねばならぬのじゃろうが?」

「そう言われても、そもそも俺のせいじゃないしな」

 男は、身勝手な責任転嫁てんかしようとする予言者に腹を立てている。筋が違うと言いたい。そもそも、夢幻領域の一部としてこの世界に夢フィールドを立てたのは誰だ、予言者アマドーン、お前ではなかったか。

うるさい、うるさい。お前が何とかしろ、お前じゃ、お前じゃ、お前じゃぁぁぁ」

「俺なんかには、どうも出来ないだろうよ?」

「何とかしろ、何とかしろ、何とかしろ、何とかしろぅぅぅ」

 駄々っ子のようにやかましい、只管ひたすらうるさく聞くにえない。

「わかった、わかった。何とかするよ」

 予言者アマドーンが男にすがり付いて懇願こんがんしている。かつては予言者と言われた老人のなげきやわめきなど見ていられない。

「本当か、必ずじゃぞ、絶対だ・」

「アニキ・」

 ポポの声がした。

「絶対じゃぞ、絶・」

「わかった、わかった」

 予言者の無責任な言葉を聞き流し、男は宇宙船へと戻った。まるで理不尽りふじんな仕事を押し付けられたサラリーマンのようだ。仕事タスク達成アチーブ出来る根拠エビデンス計画アジェンダもある訳ではないし、やる気モチベーションなどゼロだ。幸い、段階フェーズでの状況報告フィードバックご機嫌伺いバターアップは必要なさそうなのだが、出来る事なら外部発注アウトソーシングしたいくらいだ。

 敢えて淡い期待を言うなら、琥湶星雲こいずみせいうんなら何とかしてくれそうな、そんな気がする。だが、琥湶星雲に会うのならアノマ銀河のチキ星まで行かなければならない。ワープでべない距離ではないが、乗り気のしない目的の為に翔ぶのは只管ひたすら面倒臭いし、必ず琥湶星雲に会えて尚且なおかつ何とかしてくれるという確証もない。しかも、これは夢なのだから、義務感にられて必死になってストーリーが進むのは御免被ごめんこおむりたい。

 いっその事、夢から目覚めて終了にしてしまうのが良いような気がする。そうだ、そうしよう。いや、まずはガライカ・バルカンの顔を見てからにしよう。

「アニキ、大丈夫っスか?」

「引時空間でどこか千切ちぎれていないッスか?」

「大丈夫だよ」

 安心したポポが叫んだ。

「じゃあアニキ、今から行くっスよ」

「ガライカ・バルカンが待っているからか?」

「ガライカ・バルカンって誰っスか?」

 間違えた。ガライカではなく、スマイル・ホッパーだった。

「スマイル・ホッパーと言えばわかるか?」

「知らねっス」

 そうか、三回目が始まっているのか?ポポとミミが首を横に振った

「じゃぁ、現状を教えてくれ」

 男の言葉に、AIパイロットロボットのミミが瞬時に応えた。

「ワタシ達は今、海賊トリードル・ガルタフト軍団を追っていて、ポポがトリードル軍の殺し屋ハンプティ・ダンプティの内の片割れハンプティをぶっ潰したから、逃げた残りのダンプティの馬鹿とその仲間共を追い掛けて、奴等の小汚い溜まり場に行くんだよ」

「女の子なんだから、もうちょっと言葉の使い方に気をつけた方がいいよね」

「ミミのセッティングは、兄貴がナメられねぇようにしたんじゃないスか?」

 あぁ、そう言えばそうだった、忘れていた。

「もうちょっとだけ、優しくね」

「了解……です」

「相手は海賊トリードル・ガルタフト軍団と言う名前なのか?」

「そうっスよ」

「で、そいつ等の溜まり場は?」

「トリードル・ガルタフトの手下達は、グロル銀河系恒星メーラ係属第五惑星ナーラのスポット7にいます」

 これも、この際どうでも良い事なのだが、場所の名前は毎回変わる。

「トリードル・ガルタフトの手下達は、馬鹿の一つ覚えみたいにスポット7に行くっス。これは全部兄貴から教わったスよ」

「残念だが、毎回変わるから全く知らないんだ。その海賊トリードル・ガルタフトってどんな奴なんだ?」

「トリードルは、この宇宙最強の海賊の一人っス。飛びっ切りのいい女だけど、中身はオッサンの悪魔だから関わりにはなるなって、兄貴が教えてくれたっスよ」

 大筋に変化はない。パイロットロボットのミミが、甲高い声で告げた。

「グロル銀河系恒星メーラ係属第五惑星ナーラに到着しました」

「この星周辺エリアが別名悪魔の屯場たむろばで、トリードル軍のアジトのスポット7があるっスよ。ダンプティの馬鹿は絶対ここにいる。ここからでもヤツのノータリン臭がしやがる」

 トリードル団の溜まり場に到着した。

「このエリアで待つとしよう」

「アニキ、スポット7に行かねぇっスか?」

「あぁ、奴が来るからな」

「ヤツって誰っスか?」

「ガライカじゃなかった、スマイル・ホッパーでもない。トリードル・ガルタフトとかって海賊だよ。それに、スポット7に行って酒場が木っ端微塵に破壊されるのは、そのトリードル・ガルタフトが夢の中で創り出した幻影に過ぎないんだよ」

 考えてみると、これは夢のだから、その中で創り出された夢というのも良くわからないと言えばわからない。

「何言ってるのかわからねぇっスよ。かく、ヤツはとんでもなく強ぇし、だまちするから、見たら逃げろって、アニキが言ってたじゃないっスか?」

「いいんだよ。その内、そいつの宇宙船が来るから」

「アニキ、頭大丈夫っすか・あれ?」

 ミミが船窓の外を指差した。

「トリードル海賊団の船です」

 ぱぱす号の頭上を、ゆっくりと誘うように紫色の巨大な宇宙船が通り過ぎ、そして停止した。ぱぱす号の船外を、トリードル・ガルタフトのものと思われる巨大な円形UFOが、飛び去る事なく黄色い宇宙船と同じ速さで悠々と進んでいる。これは全く同じ展開だ。

「あいつ、俺達を誘ってるっスね」

 お約束のように、黄色い宇宙船のモニターにトリードルの姿が映る。

「ポポ君、今からこちらにいらっしゃいな。もしかしたら、ワタシを捕まえられるかも知れないわよ。ツヨシ君も一緒にね」

 モニター画面が消えた。

「クソっ、舐めやがって。兄貴、今直ぐ行くっスよね。オイラも行くっス」

「いや、俺だけの方が話が早い」

「?」

 男は確信した。この世界の三回目は、確実に始まり流転ループで進んでいる。ガライカ・バルカンがスマイル・ポッパーになり、トリードル・ガルタフトに変わった。ストーリーも前二回と同様に微妙に違ってはいるが、大筋のストーリーは変わっていない。この後、どこかの星に何とかいう玉を取りに行って、琥湶星雲こいずみせいうんに会うのだ。

「トリードル艦より、宇宙ていと思われる物体が接近中です」

 巨大な円形UFO宇宙船の下部から小さな丸い光が現れ、ぱぱす号に近付いて来るのが見えた。近付いた丸い光は宇宙ていだった。上部が硝子状になった宇宙艇のガラス扉が開き、男は乗り込んだが、ガラス扉が閉じると、宇宙艇は自動操縦で上空に浮かぶ巨大な艦に向かって飛んだ。艦の下部まで来ると船尾ハッチが開き、奥へと誘われた。この辺のストーリーは全く同じだ。

 内部の圧倒的な空間の広大さに改めて身震いする。球型宇宙ていは奧へ奧へと進んで行く。その先の宮殿を思わせる空間にトリードル・ガルタフトとおぼしきヒト型の女の姿がある。頬杖ほおづえを突き脚を組み、真っ赤なバトルスーツに身を包んでいる姿は変わっていない。きっと、その姿が相当気に入っているのだろう。

 球型宇宙艇が女の前で停止した。ガラス扉が開き、男は海賊ガライカ・バルカン、いやスマイル・ポッパー、でもないトリードル・ガルタフトに歩み寄り話し掛けた。

「よぅ、ガライカ。やっぱり復活したのか?」

「今回は、ガライカ・バルカンでもスマイル・ホッパーでもなくて、宇宙究極海賊のトリードル・ガルタフトって言うの。狂気の魔法使いっていう意味よ。結構イカしてるでしょ?」

 ネーミングセンスは今一つだが、そんな事はどうでも良い。ガライカは前回、前々回と変わった様子はない。

「それよりもアナタ、私を撃ち殺しておいて、良く堂々と来れたものね?」

「それを言うなよ。前回は、タイムパトロールに腹が立っただけなんだからさ」

「まぁ、いいわ。ワタシよりもタイムパトロールの方が余程執念深しゅうねんぶかいから、気を付けた方がいいわね」

「そうらしいな」

「ところで、どうかしらこの夢の流転ループは?」

「結構色々設定に違う部分があるが、流石に三回目だから、飽きたな」

「でも、アナタがここに来たという事は、流転ループを楽しんでくれているって事かしら?」

「まぁ、そんなところだ。それで、今回はどこの何をぱらって来ればいいんだ?」

「話が早くて助かるわ。今回のお宝は、『水瑚玉すいこだま』をお願いするわ。場所は、ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リアのよ」

「反対側とはどういう意味だ?」

「今回難しいのは、そこ。座標「東宇宙E3508X3692Y1472Z258」地点には、ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リアの方面からしか行けないのよ。アナタなら、そこに行けばわかるわ」

 方面とは何だ?目的地へは座標が必須だ。何故なら、座標で目的地を確定するからだ。その座標が「方面」では、意味がない。まぁ、夢なのだから何とかなるだろう。

「そうなのか」

「そこには、広大な深海にドームがあって、青い海水に眩しい照明がバックライトで照らす中に、七色に輝く日本式の巨大な木造家屋がある。そこ住んでいる、サワナ・ケイシロという老人がお宝玉を持っているわ。これが座標カード、ドームへ入る時もこのカードかざせば問題はない」

 ガライカは、男にいつもの通りの青いカードを手渡した。

「了解だ」

「今回は「何故ワタシ自身が行かないのか」を訊かないのね?」

「いらん」

 その理由は、もう聞くまでもない。男がヒカリの郷の関係者で神玉を扱える事、そして、神具である『水瑚玉すいこだま』を取りに行った先に、ガライカの天敵の琥湶星雲が登場する事の二つが理由だ。琥湶星雲の登場する場所にガライカが行く事はない、行けば戦争になる。

 今回の『水瑚玉すいこだま』も、分身わけみとして夢と現実を転換させるという『背瑠璃せるり神玉かみたま』と繋がっているのだろう。ガライカの目的は唯一つ、この世界と現実世界をひっくり返すのだ。だからこそ、男の存在と

お宝玉と、無限に復活するバックアップシステムが必要なのだ。

「ところで、ガライカよ」

「トリードルって呼んでくれないかしら?」

「何でもいい。それよりお前、この世界のバックアップを持っているのか?」

「何よ、それ。もしかして、知っているって事?」

「あぁ、アマドーンの爺さんに会ったからな」

 ガライカは、驚く事も焦る事もなく、眉一つ動かす事なく返した。

「あの用なしじじいに会ったという事は、全部知っている事なのね」

「そう言う事になるのかな」

「どうせ、あの爺がタイムパトロールに脅されて、アナタに泣き付いたってところかしらね」

「正解だ」

「ワタシにも、タイムパトロールから「夢フィールドm195603100を即刻消滅させなければお前の現実の星を破壊するぞ」って脅しが来た。だから、「どうぞ、ご自由に」って言ってやったわ」

 ガライカが身上を語り出した。

「もう知っているかもしれないけど、南宇宙にあるワタシの星にワタシ自身は住んでいないし、別のところで永い眠りに入っている。だから、タイムパトロールの脅しなんて、どうという事はないわ」

「人工冬眠しながら別の星に移動中なんだって、アマドーン爺さんが言ってたな」

「あのおしゃべじじい、余計な事を・」

 ガライカが舌打ちした。

「アマドーン爺さんも同じように脅されて、慌てふためいてオレに連絡したらしいんだ。爺さんが「早々にお前の星も脅されるぞ」って言ったな」

「それで、バックアップを返して欲しいと言いたいの?」

「いや、そんな事頼んでもどうせ駄目だろ?」

「当然ね。アナタはアマドーンの爺に何と返事したの?」

「オレには関係ないと言ったんだけど、うるさくてさ、余り煩いから思わず「俺が何とかしてやる」って言ってやった。だから、どうやったらお前からバックアップを掻っ払えるか、現在思案中なんだよ」

「アナタって不思議ね。何故そんな手の内をワタシに話すの?」

「さぁ、何でかは良くわからないな。そんな事より、今回のお宝玉ゲットミッションこそ成功させるぜ」

「頭がくるってるわね」

「お前程じゃないさ」

 赤紫色の巨大艦が飛び去った。黄色い宇宙船ぱぱす号に戻った男は、青いカードをパイロットロボットのミミに渡した。

「アニキ、大丈夫っスか。ガライカに頭かじられてないっスか?」

「大丈夫だ」

「畜生、悔しいな。今までもガライカを逮捕出来そうになった事は何度もあったっスよ。けど、あの目でにらまれると身体が言う事を利かなくなるっスよ。ヤツは超能力者に違いないっス」

「超能力者じゃなく、創造主だ」

「何スか、それ?」

 この辺の件は前々回の流れか。

「それよりも、今からお宝探しに行く」

「お宝って何スか?」

「ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リア「方面」にある『水瑚玉すいこだま』だ」

「アニキ、そんなの、ガセっスよ」

「いいんだ。お宝が目的じゃない、そこにいる筈の人に会いに行くんだから」

「?」

「ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リアに向けて発進します」

「発進します」

 ミミが快活な声で言った。

 愈々いよいよ、三回目の冒険活劇ストーリーの本筋ほんすじへと向かおうとしている。

 思い出した。確か、このタイミングで突然ぱぱす号の後尾に爆発音が響き、船がしこたま揺れるんじゃなかったか。 

 男は、ぱぱす号の中で一人身構えた。

「銀河パトロールのクマ野郎が、撃って来るぞ」

「アニキ、トリードルに何かされたんスか。変スよ」

 何かが起こる様子は全くなかった。

 ぱぱす号が快活なエンジン音を響かせて、目的地へと飛んでいる。

「どこかで聞いたような気がするんだよな」

 男は「ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リア」の名に聞き覚えがある。どっちみち座標通りに行けば、過去に行ったかどうかはわかるのだから、気にする事はないのだが、やはり聞いた事がある。それに、サワナ・ケイシロという名もどこかできいたような、そうでないような。  

 ぱぱす号が、ワープを抜けると銀河が輝いていた。

「ミミ、あの銀河は?」

「グリース銀河です。左10時の方向に見えるのが恒星アノラックで、その横にある小さい星が第四惑星マヤです」

「前回の……」

 男は思い出した。前回のお宝探しで来た場所だ。

「あれ?」

 モニターから、船内にしゃがれれた下品な声が聞こえた。見た事もない顔の女が荒々しく叫んでいる。前回も登場したあの女だ。

「聞こえるか宇宙専攻警察のクソ野郎、今からアノラック太陽系第四惑星マヤに降りろ。私はアノラック太陽系を治めるナルヤ様のつかいだ」

 地球人に似た顔の女は、何度も同じ事を叫び続けている。

「ミミ、あれは何スか?」

「唯の狂った馬鹿女と思われます」

「行くぞ」

 相変わらず何やら意味不明だが、前回と同様のストーリーだ。ポポもミミは首を傾げている。いきなり喧嘩を売られ、宇宙空間に停止する女の宇宙船団とおぼしき金色の光の玉が、ぱぱす号を取り囲んで青い惑星への進行を強制的に促している。

「あの女の言う通りに、惑星マヤに降りよう」

「了解。ワープ準備したまま、着陸します」

 ぱぱす号は、先導する光の玉と取り囲む光とともに惑星の海を渡り、砂漠地帯にそびえる三角錐さんかくすいのような建物群の一つに向かって飛んだ。建物の中央部には入口らしき穴があり、ぱぱす号は、光の玉に付いてその中へと進行した。

 内部の横穴空間がどこまで続いている。最奥には宮殿があり、光の玉とぱぱす号は静かに着陸した。天井は高く、空気は澄んでいる。広間に出た男の頬をこころよい風が撫でている。

 広間には、三人のこの星の人間と思われる生物がいた。彼等は白く光る衣に身を包み、それぞれが右手を上げながら、男とポポに近付いて来る。右手の意味は不明だが、敵意は感じられない。

「お前等は宇宙専攻警察官か?」

「お前等は宇宙専攻警察官か、と訊いておるのだぞ」

「お前等は宇宙専攻警察官か、と訊いておるのだぞ。早く答えろ」

 三人の宇宙人は、それぞれに同じ事を叫んだ。

「俺達が宇宙専攻警察官だったら、何だよ?」

 三人の宇宙人はいぶかしげにポポを凝視ぎょうしし、更に強い口調で言った。

うるさい。余計な事は言うな、我等の問いに答えれば良いのだ」

「そうだ。この星にはな、誰もがうらや神宝かんだからがある。それを狙って、宇宙海賊達がやって来ては街を破壊していくのだ」

「そうだ。お前等は宇宙専攻警察なのだから、何とかしろ」

「そうだ。ヤツは0.03宇宙時間内にはこの星に侵入して来るから、直ぐにやれ」

 居丈高いたけだかな物言いが続く。

 これも前回と同様に「救けてくれ」と言っているようなのだが、至極難解しごくなんかいだ。この辺境惑星の宇宙人に命令口調で言われるのは、何度目であっても腹が立つ。救けてやる義理はないし、必然性などはなからない。前回の陳腐ちんぷな宇宙怪獣の方が面白味おもしろみはある。

「おい、オッサン達。オレ達は海賊をとっ捕まえるのが仕事だんだけどな、そんな偉そうに言うなら、銀河パトロールに頼めよ」

 ポポが腹立ちまぎれに主張した。何となく矛盾がある。海賊は宇宙専攻警察、それ以外は銀河パトロールの仕事と区分がされているのだから、海賊退治を銀河パトロールに頼めというのは間違いではないか。前々回のストーリーの中で、地球で海賊を逮捕した銀河パトロールに、ポポが「ショバを荒らすな」と叫んでいたような気がする。

 ポポが「困っているなら、それなりに頼み方ってものがあるだろうよ。頼まれてもやらねぇけど」と憤慨ふんがいしている。別の意味で正論ではある。

 宮殿が小さく揺れた。しばらくの後、更に大きく宮殿が揺れた。状況から考えて、何者かの核爆弾攻撃である事は確実だろう。

「何事じゃ?」

「何事じゃ?」

「何事じゃ?」

「ナルヤ様、大変で御座います。我等の星マヤの外宇宙を、無数の海賊の宇宙船が取り囲んでおります。何者かは不明で御座います」

 御付おつきの者らしい小柄な宇宙人が報告に飛んで来た。その言葉を聞いた三人の宇宙人は慌てふためき、震え出した。

「それは何者じゃぁ?」

「それは何者じゃぁ?」

「それは何者じゃぁ?」

「宇宙究極海賊のトリードル・ガルタフトを知っているか?」

 男の問いに三人は即答した。

「トリードル・ガルタフト軍団がこの星を取り囲んでいる・」

 その言葉が終わらない内に、三人が壊れて狂乱した。本当はどんな海賊なのか知らない。

「うぎゃゃゃゃゃ、この世の終わりじゃぁぁぁ・」

「うげげげげげげ、もう駄目じゃぁぁぁぁ・」

「うぼぼぼぼぼぼ、人類滅亡じぁぁぁぁぁぁ・」」

「ナルヤ様、大変で御座います。海賊がどんどん増えて、街を破壊し始めております。空軍爆撃機・陸軍戦車部隊で応戦しておりますが、相手にならないようで御座います。大変で御座います」

 今度は、別の御付の者らしい小柄な宇宙人が報告に飛んで来て、必死に叫んだ。三人の宇宙人は海賊来襲の恐怖におののき、同じ事を叫び続けている。毎回ながら、うるさい、かく声がデカい。

「大変じゃ、海賊じゃ。大変じゃ……」

「大変じゃ、海賊じゃ、トリードル軍団じゃ……」

「大変じゃ、どうして良いかわからぬ。大変じゃ……」

 三人の宇宙人達は、叫びながら子供のように泣き出した。男は、やかましく泣き叫ぶ巨大な三人の宇宙人に向かって、子守りでもするかのように言った。

うるさい、騒ぐな。オレが何とかしてやる」

「本当なのか、いや本当ですか?」

「本当に、何とか出来るのですか?」

「本当に、本当ですか?」

「任せておけ」

「そうですか、良かった」

「そうですか、良かった。救けてくれたら、神宝を差し上げます」

「直ぐにお願いします、神宝を差し上げます」

 宇宙人達は、てのひらを返し従順な態度を見せ、かし顔で懇願こんがんした。神宝かんだからが何なのかは知らないが、求める神玉かみたまでない事はわかっている。何故なら、ガライカから渡されたカードの座標はここではないし、最大の理由は、神玉とセットである琥湶星雲がいない事だ。

 まぁ、はなからガライカに神玉を渡す気はないので、どうでもいい。

「アニキ、そんな安請け合いして大丈夫っスか?」

「大丈夫だ、上手うまくいく。何故なら、これは俺の夢だから」

「?」

 男は、心配顔のポポを他所よそに、二度目の自信に満ちた言葉を投げた。根拠などないし、やる気もない。

「海賊のいる外宇宙への出入口を教えてくれ。来た道を戻ればいいのか?」

「いや、それでは時間が掛かります。あれを抜けてください」

 天井に巨大な漆黒の穴が見える。全く同じストーリーだ。

「あれは時空間の穴、瞬間移動の出来るワームホールです」

「外宇宙と繋がっています。右の穴を抜ければ、一瞬で海賊のいる外宇宙です」

「右の穴です」

 素晴らしい、想定しているストーリーにかなり沿っている。

 宇宙人達は、三人揃って天井に開いた左右二つの穴を指差した。ワーム・ホールを抜けると瞬間移動で外宇宙へ翔べる事になっている筈だ。

「ぱぱす号、発進します」

 天井に張り付いた巨大な黒い二つの穴に近付く。

 ぱぱす号が穴に突っ込む・その寸前でポポが呟いた。

「右の穴が海賊の外宇宙なら、左へ行って逃げるのがいいんじゃねぇっスか?」

「そうなんだよ。あの穴を左に行くけば、多分目的地に着く筈なんだ」

「左?左旋回、突入します」

 ぱぱす号が左右に振れながら、左穴に消えた。残された三人の宇宙人達は、男の言葉に歓喜した後、呆然ぼうぜんと穴を見つめてぱぱす号を見送るしかなかった。

「左に行った??」

「何故、左なのか??」

「右と言ったのに、何故??」

 男が想定している通りだとすると、目的地がある筈の左の穴。ぱぱす号は、着々とワームホールを進んで行く。

 ポポが首を傾げている。

「瞬間移動にしては長くないか?」

 前回と同様、ワームホールで瞬間移動しているとは到底思えない程の長い時間だ。但し、これを抜けたところにアレがある筈だ。

「ミミ、ぱぱす号の位置は?」

「東宇宙E3508X3692Y1472Z258、惑星マヤ上にはいません。座標は隣接銀河を示しています」

 予定通りだ。

「どういう事っスかね?」

「ワーム・ホールで隣の銀河へ飛んだんだ」

「前方に時空間の光を確認、出口と思われます」

 ミミの言葉に、男とポポは喰い入るようにモニターを凝視した。出口である空間の向こうに、小さな光が見える。出口の向こう側の空間が漆黒の宇宙空間ではない事は明白だ、それこそが目的の場所なのだ。

 ぱぱす号が光を出た。抜けた先の、その光景にポポ、AIロボットのミミまでもが、口を開けたまま言葉を失っている。男は、二度目ではあるが改めてその美しさに息を呑む。ぱぱす号は、いつの間にか水の中を飛んでいる。

「ここは海っスか?」

「ここが何かは不明です」

 ようやく、ほうけていたポポとミミが言葉を発した。

「海っスけど、海の中に街があるっスよ」

「海中都市と思われますが、これ程の規模は見た事がありません。凄いです」

 僻遠へきえんの広大な深海にドームがあり、その中に建物が鎮座している。それは日本式の城のようであり木造家屋のようでもあるが、どちらにしても相当に巨大な建物であり、青い海水に眩しい程の照明がバックライトを照らして七色に輝いている。映し出されているその幻想的な光景は、バライカが言っていたものと寸分の違いもない。

「これは、何スか?」

「海溝にはまったのかも知れません」

 わずかな揺れをともなって唐突に現れたおびただしい数の水泡が、ぱぱす号の視界をさえぎり、前方に見えていた幻想の世界を消していく。海溝に嵌ったと思われたぱぱす号は、水泡に押し出されて上昇した。

「ミミ、エンジン全開。あのドームへ突っ込んでくれ」

「ラジャー」

 ぱぱす号は、押し流そうとする海流にあらがって、フルスロットルで進んだ。前方の視野を包み隠す水泡すいほうが消えると、目前に竜宮城のように七色に輝くドームと建物が見えた。

 目的達成パーパスアチーブの第一段階である「目的地の探知」が完了し、ぱぱす号が次の段階の体勢に入ったその時、緊張気味のミミの声が船内に響いた。

「後方より宇宙船が近付いています。何者かは不明、宇宙船前部、側部に銃砲あり。海賊の可能性は50パーセントを超えます」

 高確率で宇宙海賊と思われる正体不明の宇宙船からの電波が、強制的にぱぱす号の通信に割り込んだ。前回までのストーリーにはない新たな海賊の登場か。ミミとポポの緊張感が伝わって来る。

 モニターに、黒髪の老人の顔が映った。男の豪胆ごうたんな声がした。

「田中殿、お元気でしたかな?」

「星雲さん」

 その姿は、間違いなく大柄な黒装束くろしょうぞくに黒髭の老人琥湶星雲こいずみせいうんだった。正に探しているその人物だ。男の予想では、神玉と同時に現れる筈で、ちょっとだけ早いような気がする。

星雲せいうんさん、どうしてここに?」

「ワシは、前回に引き続き、神具を探しております」

星雲せいうんさんが探しているのは、『水瑚玉すいこだま』だよね?」

「博識ですな」

「いや、トリードル・ガルタフトに頼まれるお宝は、毎回ヒカリの神玉かみたまで、今回は『水瑚玉すいこだま』なんだ」

「はて、トリードル・ガルタフトとは、誰ですかな?」

「そうか、星雲さんは単独で夢フィルダーだから、前回も今回もないのか?」

「前回、今回とは、どういう意味ですかな?」

「トリードル・ガルタフトは、ガライカ・バルカンだよ」

「何と、またもや胸糞悪むなくそわるい名を聞いてしまいましたな」

「まぁまぁ、そこは気にしないでよ。でも、前回は確か『真翠玉しんすいだま』で、今回は『水瑚玉すいこだま』。不思議だよね、何故そんなに神玉を探しているの?」

「それ程不思議な事ではありませぬよ。その昔、我がヒカリの郷で『神具の暴発』といううれうべき大事件がありまして、神具の大部分が世界中に飛び散ったのです。わしは、その際に世界に散った神具を探して収得しているのです。前回の『真翠玉しんすいだま』もその一つです」

 男の予想通り、琥湶星雲は毎回のストーリーの配役になっている。夢フィールダーでもある星雲が演者であり続けるのは何故だろう。

「その神玉は、どこにあるの?」

「我が尊き神具の一つである『瑪瑙瑚めのこ神玉かみたま』別名『水瑚玉すいこだま』は、この先にある水都すいと王国のサワナ・ケイシロと言う者が秘匿しております。それを頂戴しに来たのですが、田中殿にお会いするとは思いも寄りませんでしたな」

 琥湶星雲はこの屋敷にある、元はヒカリの郷にあったであろう神玉を、取り戻しに来たのだと言う。この屋敷に住む老人サワナ・ケイシロとは何者なのか。何故、神具がこの屋敷にあるのか。

「サワナ・ケイシロという人も、ヒカリの郷の光の一族?」

「いや、直接我が光の一族ではない」

「じゃぁ、何故?」

「神具をこの者が所有している経緯、理由については、何らとがめを受けるものではない。いにしえの『神具の暴発』にり取得し、現在まで丁重に保管してくれている。その者より連絡があり、返してもらうべく参上したのです。田中殿は、如何いかなる要件にてここにおられるのですかな。ガライカの依頼で『水瑚玉すいこだま』を探している?」

「いや、俺は神玉を探しに来たんじゃなくて、星雲さんに会う為に来たんだ。前回、前々回の流れを見ると、ガライカから依頼された神玉かみたまのある場所には必ず星雲さんがいるからね」

わしに会う為にと?」

 男は、本題に入った。

「星雲さん。実は、智慧ちえを貸してほしいんだ」

「智慧とな?」

「星雲さんも知っていると思うんだけど、俺がいる夢フィールドは夢幻むげん領域の一部として存在していて、かつて予言者アマドーンが立てた夢フィールドをガライカが盗み、今は管理者たるFMフィールドマスターになっている。その夢フィールドは、オレを含めて次から次へとシンクロが続いて膨れ上がっている。通常、一定を超えると自然に縮小、消滅するフィールドが、今回は消滅後に復活するシステムをガライカが創った為に、既に境域きょういきを超えて更に膨張しているらしいんだ。それで、アマドーンの爺さんから救けてくれって言われてるんだけど、何かいい方法はないかな?」

「博識ですな」

「全部、アマドーンの爺さんに聞いたんだ」

「ガライカが消えてしまえば良いのでは?」

「それが、それ程簡単じゃないらしい。ガライカが消えれば、取りあえずこの世界は消えるんだけど、あいつがアマドーンから盗んだバックアップで復元出来るんだそうだ。しかも、自動復元システムが設置されているから、何度でも自動的に復元し、流転ループが起きるんだってさ。今は三回目の流転ループだ」

「なる程」

「星雲さん。何かさ、ちゃっちゃと、ガライカとバックアップだけを消滅させるものってないかな?」

「話としては、相当に無茶苦茶、無理無謀ですな」

「やっぱり、そうだよな」

「そうは言うものの、無くはないと言ったところでしょうかな」

「あるの?」

 流石さすがはヒカリの郷の大師教だいしきょうだけの事はある。

「考え得る方策は、二つですな」

「一つは、我がヒカリの郷に伝わる神具、『万至ばんじノ消滅玉』という名の神玉かみたま。この威神力いじんりきに依れば、夢の世界、即ち夢幻領域そのものを破壊、消滅させる事が容易たやすく可能です」

「夢幻領域、夢の世界自体を破壊、消滅させる?」

「それで全ては解決しますな。めでたし、めでたし」

 夢の世界自体を破壊、消滅させて、めでたしになるのか?違和感がある。

「でも、人が夢を見れなくなるって事にならないかな?」

「当然なりますな。れど、夢など見ずとも支障はありませぬよ」

 人が夢を見なくなる事に問題がないのか、あるのか。それを判断出来る知識がない。それは夢の中で考えるような事ではないような気もする。 

「それはそれで、問題があるような、ないような……」

「いや、問題はありますぞ」

「やっぱり、夢なしはマズい?」

「いやいや、そんな些末さまつな事はどうでも良い。それよりも大問題があるのです」

「大問題?」

「それは、威神力いじんりきの反動です。夢世界を消す為の反動は行為者に跳ね返ります。結果として、行為者たる貴方あなたも同時に消滅しますな」

 行為者の消滅?随分サラリというものだが、それは男の選択肢として存在しない。どうしてもやるのなら、予言者アマドーン自身がやるべきで、男がそんな貧乏くじを引く理由はない。

「それは困る、それはなし。もう一つは何?」

 琥湶星雲が一瞬考えて、残る方策を告げた。

「残る手は一つ、ばくという神に喰らってもらうしかありませんな」

「それ、いいじゃん。それやろう。その神様はどこにいるのかな?」

 琥湶星雲が目前の建物を指差した。

「あの屋敷に獏神はおられます。また、『水瑚玉すいこだま』もあの建物の中に秘匿ひとくされております」

「じゃぁ、丁度いいや。星雲さん、一緒に行こう」

「それが・」

 琥湶星雲こいずみせいうんくやしそうな顔で困惑した。

「行きたいのは山々なれど、行けないのです」

「何故?」

「夢フィールドにロックが掛かっているからです」

「どういう事?」

「FMフィールドマスターの特権として、フィールドにセキュリティロックを掛けられるのです。わしもFMフィールドマスターではありますが、別エリアのロックを外す事は出来ませぬ。ドームから先に儂が行く事は不可能なのです」

「そっかぁ。じゃあ、オレが獏の神様に頼むついでに、神玉かみたまをもらって来るよ」

「そうしていただけると幸いです。宜しくお願い致します」

 男は、琥湶星雲とぱぱす号を置いて、独りで水都に向かった。

 目の前のエリア一帯がガラス状のドームで覆われている。その中に、日本風の七色に輝く武家屋敷があり、武家屋敷の周りには木製の仕切り壁が関係者以外の進入拒絶している。

 水中を進むぱぱす号は、ドームの入口でガライカから渡された青い座標カードをかざした。扉が開き、ぱぱす号はドームの中へと進んだ。ドームの内部は一転して水中ではなく地上に変わっている。どこから、どうやって変化したのかは多少曖昧さは残るが、夢なので気にする事はない。

 男は歩き出した。太秦うずまさ映画村のようなこの中に江戸の町並みとお化け屋敷あり仮面ライダーがいるのだろうか。しばらく行くと、仕切り壁に出入り口があった。太秦ならチケット売り場があり2400円が必要だ。

 門は、長屋門ながやもんくぐりがあり、門扉もんぴは両開き、屋根は本瓦の本格的な武家屋敷の造りになっている。

 門の左側に、門番と思われる侍が立っていた。羽織はおりはかまにチョンマゲ姿の武士だ。今回は、時代劇の様相を呈し、いつの間にか、男も武士の出で立ちになっている。夢なのだから、特に驚く事ではない。

「あの・」

「何用か?」

ばくの神様に会いたいんだけど・」

 侍にそう告げると、「アポは?」とれない返事が返った。

「入っちゃ駄目かな?」

「愚か者、良い訳があるまい」

 門番は、怒ったようにき捨てた。

「ここはサワナ・ケイシロ様の御屋敷じゃ。神などらぬ、即刻立ちされ」

 サワナ・ケイシロという名は、ガライカにも琥湶星雲がにも聞いた……どこかで聞いた事がある気がするが……思い当たる顔は出て来ない。

「じゃぁさ、サワナさんて人に会いたいんだけど・」

「愚か者、どこの馬の骨かわからぬやからが、会える訳がなかろう、立去れと言ったら立去れ」

 これは弱った。当然であり予想の範囲ではありながらも、思案に暮れた。門前払いでは話は進まない。さて、どうしたものか。だが、これは男の夢なので、何かが起こるだろう……と思う。

 安直な根拠のない期待に起こるべき何かを待っていると、門番がキレた。

「もう一度だけ言う、さっさと立ちされ。さもなくば、このワシが、早乙女さおとめ主水之介もんどのすけがこの場で叩き斬ってくれようぞ」

 早乙女主水之介?どこかで聞いたような名だ。そうだ、昭和の名作映画の主人公、旗本退屈男だ。見た事もない映画の知らない知識はどこから来るのだろうか。相変わらず疑問だ。門番が語勢ごせいを強めて吐き捨て、腰の刀に手を掛けた。

 これはマズい。いや、夢だからマズくはないか。いや、いや、刃物で刺されるのは経験済だ。あの身体を抜けていく寒気のする痛み、鈍く息苦しい全身を流れる嫌な痛みは二度と御免だ。しかも、いきなりはちょっと強引ごういんな気もする。

 その時、門の向こうから声がした。見知らぬ少年の声だった。

 その声が、刀の半身を見せたけり立つ門番の振る舞いを止めた。

「お父さん、何しているの?早乙女さん、その人は通して大丈夫だよ」

 お父さんとは誰の事か。これもまた思案に暮れる問題だ。少年の言葉で、くぐりが開き、門番の鋭い視線を横目に屋敷内部へと入った。

「どうしたの、お父さん。ここはお祖父じいちゃんの家だよ」

 そうなのか。サワナ・ケイシロとは、世田谷の嫁の父親、澤波京士郎の事だったのか。どうりで聞いた事があるような気がした訳だ。

 それなら、お父さんと呼ぶこの少年は誰だろう。考えてみたが、意味がないのでやめた。それよりも、今は獏神ばくしんだ。

 見知らぬ少年は、本殿へと男を案内した。先を歩く少年は、しきりに男を「お父さん」と呼んでいる。

 田中幹たなかつよし35歳、嫁と子供一人。子供は田中太一たなかたいち、3歳の男の子で幼稚園の年長組。この少年はどう見ても中学生くらいだ。こんな大きな子供はいない。残念ながら、男には嫁に黙って他所よそに子供がいるなどという、そんなミステリアスな人生を送れる程の甲斐性かいしょうはない。

「君さ、俺の事を「お父さん」って呼ぶのは何故かな?」

「そんなの、ボクがお父さんの息子だからに決まってるじゃん。ボクは太一だよ」

「でもさ、君はオレの息子と名前は同じで、顔も何となく似てはいる。でも、俺の息子は幼稚園児で、君程大きくはないよ」

「いいから、いいから、気にしなくていいよ。ボクは13歳なんだけど、そんなのどうって事ないよ。どうせ、これは明晰夢なんだからさ」

 男は狐につままれた。確かに夢なのだが、夢だと知っている明晰夢だと、なぜ知っているのか。何故気にしなくて良いのか。改めて質問をしようとすると、少年は忙しそうに「ちょっと用事があるから、またね」と言って、上屋敷の方へと走って行ってしまった。

 本殿の扉をくぐると、誰かが立っていた。その姿は、門番というよりも武神ぶしんに近い。相手の全てを見通し、威嚇いかくする双眼そうがんの迫力に男は驚き後退あとずさりした。武神が男にいた。

「貴殿は何者であるか、名は?」

田中幹たなかつよし、何者でもない」

「ふむ、田中殿と申すか。で、何用があってこの屋敷に来られたか。アポは?」

「ここに獏神ばくしんさんがいるって聞いて来たんだけど・アポはない」

「この屋敷に、獏神様はられる」

「そうなんだ。じゃあ、直ぐ会いたいんだけど、取り次いでもらえないかな?」

られる、が・」

「が?」

「難問が二つある」

「難問?」

「そうじゃ。一つは、獏神様がアポのない貴殿に会われる必然がない」

 確かに、必然的理由はこちらにはあっても、そちらにはないだろう。

「二つは、獏神様は忙しい故、貴殿に会っている暇はない」

 なる程、かなっている。だが、今からアポをとるとしても、方法がない。強行突破しても、獏神のいる場所もわからない。そもそも、武神に勝てるとも思わない。

 男は扉の外で困惑した。タイムパトロールに脅かされた予言者に懇願され、何とか頼み込んだ琥湶星雲こいずみせいうんから教えられた夢フィールドを喰らう獏神。ここにいるだろうその獏神にどうやって会うのかという、この難題を解決出来るとは到底思えない。それが駄目なら、またまた途方に暮れるしかないのだ。どうしたものか。

「お父さん、大丈夫?」

 気付かない内に、あの少年が立っていた。

「手伝うよ、どうすればいい?」

「ここにいる筈の、ばくっていう神様に頼みがあるんだ」

「獏・神様?」

「そう、獏神ばくしんに悪夢を喰ってもらいたいんだ」

 男は、いきなり正体不明の少年に「神様に会いたい」と告げている、自身に違和感がある。違和感を一旦いったん胸に仕舞しまい込んで、自分の子供?に頼み込んだ。

「あぁ、獏神ね。それなら、マユに頼めばいいよ」

「マユ?」

 そんな名の神様か、或いはマユという名の侍がいるのかも知れない。

「お父さん、自分の子供の名前を忘れたら、マユが怒っちゃうよ。今、呼んで来るからね」

 自分の子?理解の外にある螺旋らせん階段を上る不明な事項が、連続して発生している。「社に持ち帰って、検討させて戴きます」サラリーマンならば、そう言う以外にない。

 そう言えば、確か琥湶星雲こいずみせいうんが「貴方あなたの御母上様並びに御妹様は三光護みこご様に在らせられ、貴方の下の御子はヒカリの郷の御館おやかた様になられる事になっております」とか言っていた。ヒカリの郷は、代々だいだい女系だと言っていたから、自分の下の御子とは女の子と言うことになる。

 その時は不思議な事を言ってるな、としか思わなかった。母親にそんな話を聞いた事はないし、妹はTVの女子アナで、ヒカリのヒの字も聞いた事がない。子供に至っては男の子が一人いるだけで、女の子などいない。『下の女の子』と言われても、何の事やらさっぱりわからなかった。その女の子を呼んでくるとは、一体どういう事なのか。

 男の息子の太一だという少年が、小学校高学年と思しき少女を連れて来た。これが男の『下の娘』らしい。中々に可愛い、顔は嫁に似ている。子役としてTVに出ていても何ら不思議ではない。取りあえず、成り行きに任せよう。

「お父さん、どうしたの?」

「あのね、ここにいる筈の獏っていう神様に頼みたい事があるんだけど、会えないんだよ」

「獏・神?あぁ、そうなんだ。じゃぁ、一緒に来て」

 娘だと言う少女は、軽い調子で上屋敷の扉の内部を指差している。だが、その扉の向こうには武神がいて、入場お断りなのだ。扉を再びくぐると、声がした。

「貴殿は何者か?」

 男は困った、返す言葉がない。

「名は?」

 どうしたものか、と立ちすくんでいる男と武神の前を素通りした少女は、武神など気にもせず「早く、こっちだよ」と、階段を駆け上がり急かしている。男は武神の前をかがんで通り過ぎ、少女の後を追って階段を急ぎ足でのぼった。

 少女が言った。

「あれは、威嚇いかく用のロボットだよ」

 なる程、そういう事か。階段は更に上へと続いている。階段には所々に踊り場があり、各層に部屋が並んでいる。まるで、小学校の校舎のようでもある。

 少女は最上階の手前から三つ目の部屋の開き戸を開けた。

「獏ちゃんは、この部屋にいるよ」

 獏ちゃんとは、何者だろう。余りの軽いノリに、これが男の明晰夢だという事や、ここまで来た目的さえも忘れそうになる。

 部屋の扉の中へと歩を進めると、部屋の隅にあるパソコンの前にオネエさんが座っていた。少女とは相当の歳の差がある20歳前後と思われる美麗びれいなオネエさんで、頭に被るBマークの野球帽が似合っている。

「これ私のお父さん。獏ちゃんに、お願いしたい事があるんだって」

「あの・獏ちゃん?」

「はい」

「夢を喰ってくれる・獏神ばくしん・様?」

「はい」

 何者なのかは定かではないが、想像していた獣型けものがたの存在とは相当に違うし、伝説の幻獣でもない。何にせよ、返事が快活な色っぽいオネエさんであるのは間違いないので、否定する要素はない。

「喰ってもらいたい夢領域があるんだけど・」

 男は、半信半疑で訊ねた。オネエさんは、早速パソコンで夢幻領域にアクセスした。随分と機械的だ。オネエさんに、琥湶星雲から知らされた座標らしきものを示すと、即座にパソコンのスキャナーが読み取った。これで、該当の夢領域とメモリー容量その他の状況が確認出来るらしい。

 B野球帽のオネエさんが状況を概説した。

「あぁ、なる程。これは駄目ですね。夢フィールドに流転ループが発生していて、夢幻領域から時空間領域を侵犯しています。稀に、こういうパターンになる事があるんですよ。ちょっと変な電磁波が出てますけど、これならまだギリギリ対応出来ますね」

「対応可能って、どういう意味?」

「夢フィールドは、夢幻領域の一部として膨張しなから存在し、一定の数値を超えると自動的に縮小に向かい消滅します」

 それは、アマドーンから聞いて知っている。

「ところが、流転ループが発生すると、一定の数値を超えても自ら消滅・復活を繰り返す事で、縮小には向かわずに更なる膨張を続けます。その結果、夢幻領域が圧迫され、他の夢フィールド、更には他の時空間領域までもが消滅する可能性があるのです」

 それも粗方知っている。男は、改めて自らの置かれた状況を理解した。予言者は、必死に「何とかしろ」と叫んでいた。そして「いずれ近い内にお前も脅しが来るぞ」とも言っていた。それも、きっとここに降臨された獏神様が、全てをお救いくださるに違いない。

「遅くなりました。ワタクシ、獏神ばくしん株式会社営業担当の夢野獏猩バクショウと申します」

 獏神株式会社とは何だろう、新たな疑問が男の理解のはしっこであえいでいる。いつの間にか、悪夢を喰らいに降臨された獏神様は昇天され、一介の会社組織になっている。

「我が獏神株式会社に、対応を発注されますか?」

「は、はい」

 男はそれ以外の答えを持っていない。

「では、早速仕事に掛かりますので、現場に行きましょう」

 そう言うと、B帽子のオネエさんは巨大な掃除機そうじき型の機械らしきものを担いだ。

「それは?」

「夢幻領域吸引清掃機きゅういんせいそうきです」

 綺麗きれいなオネエさんが巨大な掃除機を担いでいる図は、木に竹を接いだような不自然さがあり、随分とアナログな気もする。そのギャップに癒される変態もいるに違いない。

「ポポ、来てくれ」

 男は、ぱぱす号を呼んで、ガライカの元へと向かった。

「アニキ、その女は誰っすか?」

「獏ちゃん、神様だ」

「ワタクシ、獏神株式会社営業担当の夢野獏猩ゆめのばくしょうと申します」

「?」「?」

 ポポとミミの理解が宙を飛ぶ。

 ガライカの居場所を探す為に、再びグロル銀河系恒星メーラ係属第五惑星ナーラのスポット7にワープした。

「ミミ、ガライカじゃなかったトリードル・ガルタフトの居場所を探せないか?」

 パイロットロボットのミミは、コンピューターを操作するまでもなく、ぱぱす号の上空を指差した。

 トリードル・ガルタフト艦は、そこにいた。巨大な円形UFO宇宙船が見える。

「トリードル艦より、宇宙艇と思われる物体が接近中です」

 待っていたように、巨大な円形UFO宇宙船の下部から小さな丸い光が現れ、ぱぱす号に近付いた。ガライカの宇宙艇だ。

「トリードルの野郎、今度こそとっ捕まえてやる」

 意気込むポポに、男は「俺独りで行く。ちょっと込み入った話があるからな」と言って、獏神株式会社営業担当の夢野獏猩を連れて、宇宙艇に乗った。

 宇宙艇はガラス扉をじ、上空に浮かぶ巨大な艦に向かって飛んだ。艦の下部まで来ると船尾ハッチが開き、奥へと進んだ。

 内部の圧倒的な空間の広大さに改めて身震いする。宇宙艇は奧へ奧へと進んで行く。その先の宮殿を思わせるドーム状の空間にガライカと思しきヒト型の女の姿がある。球型宇宙艇がガライカ、いやトリードル・ガルタフトの前で停止した。ガラス扉が開くと、男が話し掛けた。

「ガライカ、覚悟しろよ」

「あら、説明はないのね。その女は誰かしら?」

「説明なんて、何も必要ないだろ?」

 これがガライカの夢フィードで、しかもこの夢を仕切るFMフィールドマスターであるのなら、この夢のストーリーに説明など不要だろう。全てを知る神のような立ち位置の筈だ。

「一応、それが礼儀・」

 その言葉の途中で、問答無用でガライカが獏神の清掃機械の中に吸われて消えた。

「獏ちゃん、これで終わりかな?」

 男は、オネエさんに確認した。

「いえ、流転ループは無限復活ループシステムを構築しているので、これでは終わりません」

「そうなのか・」

 予言者アマドーンが言っていた通りだ。

「今、FMフィールドマスターによる復活システムが起動しました」

 四度目のガライカの夢ストーリーが始まったらしい。

「三日三晩吸い続け、このフィールドとバックアップ、無限復活ループシステムそのものを吸引しますので、この領域は完全に消滅します。その後で再び復活するケースは滅多にありませんが、その場合でも当社のアフターフォローは万全ですので、ご安心ください」

 男は、プロの仕事内容に納得する。優良企業なのだろう。

「そう言えば、これって何か対価を払うのかな。でも夢だから、支払えるものは何もないけど・」

「無料という訳ではありませんが、当社はこの夢フィールドを再販しますので、お客様のご負担はありません。逆に、初めてのお客様には初回限定サービスとして、何か願いがあれば叶える事が可能となります。何か、ご要望はありますか?」

 男にとっての要望や希望の類は、夢フィールドの消滅以外にはない。その為にここに来たのだから……あれ、何か忘れているような気がする。何だったか……そうだ。

『水瑚玉』だ、ガライカと琥湶星雲に約束していたのだった。

「『水瑚玉』っていう神玉かみたまを探しているんだけど、知らないかな?」

「『水瑚玉』なら上屋敷の宝物庫にありますので、ケイシロちゃんの了解を取ってから、後程のちほどお届け致します」

「お願いします」

「それから、一つだけ注意事項があります。お客様が作業の三日三晩の最後まで立ち会う必要はありませんが、お客様自身が吸い込まれる可能性もありますので、早急にこの夢から退去してください」

 いつの間にか、神様への祈願ではなく、完璧な営業活動の中にいる。話の流れに、多少辻褄が合っていないのは夢だから仕方がない、それよりも早々にこの夢から出ないと危ないらしい。男は、夢野獏猩ゆめのばくしょうに別れを告げて、早々に夢から目覚める事にした。

 早々に夢から目覚める方法を探した。

「さて、どうするか。そうだ、あれだ」と呟いて、男はいつか試した目覚める方法を実行した。

 これでこの一件は終わるだろう。

 今回のこの連続している夢が終わり、男をお父さんと呼ぶ少年少女まで消えてしまうのかと思うと、ちょっと寂しい気もする。男は、そう思って自身を笑った。これは夢なのだ、現実ではない偽物の世界なのだ。

 精神を集中した。意識が薄れていき、目を開けるといつか見た同じ光景が現れた。山の向こうにまで道が続き、夕焼け空が赤く燃えている。男は走り出す、気が遠くなる程必死に上り坂の山道を駆け上がった先にある筈の断崖絶壁の下には海洋が広がっている。両手を広げ、鳥のように風に乗る。いつの間にか周囲の光景は山間に変わり、峡谷を右回りに滑っていく。

 夢が連続する夢、そして風景が変わる度に夢から覚めていくのだ。幾つの夢から目覚めただろう、風が頬を撫でた。

 深夜の自宅前の公園らしき場所で目覚めた。男は、何故か立っていて、公園の時計の針は3時を指している、お化けの出る時間だ。

「あれ?」と男は声を出した。現実の世界、自宅の寝室へと戻ったと思ったが、この場所に見覚えはない。今、自分はどこにいるのだろうか?夢から覚めてて、現実でもないのは……どこだろう。

 目の前の暗闇の中に、金色の光るラインが見える。それは、いつか見た夢と同じだった。それなら、これは夢だ。

 ラインを越えてみた。途端に、男は光の世界が広がる部屋にいて、資料のまとめをしている。時計は深夜1時を回っている。

 仕事は遅れ気味だが、まだ時間はある。士気を高めようと、鼓舞こぶする声が響く。

「プレゼンは明日だからな。皆、急いでくれ」

「田中、明日朝のプレゼンはお前の肩に掛かっているんだからな、頼んだぞ」

 焦る気持ちを抑えつつ、資料のチェックは決して怠らない。俺が課の未来を背負っているのだ。

 一休みと、コーヒーサーバーに向かった男の足下に、またも金色に光るラインが見えた。ラインを越える。途端に、闇の世界が広がる交差点にいて、男は信号を待っている。いつかそんな場所にいたような記憶がよみがえる。

 混乱する意識。落ち着こうとするが、次の瞬間には再び金色のラインが現れ、それを越えると、また違うシチュエーションに放り込まれる。そこは、会社のオフィスではなく、どこまでも真っ直ぐに続く一本道に立っている。両側には向日葵ひまわりが咲き誇っている。夏の終わりの強烈な西日にしびに照らされて秋の匂いがした。

 また、ラインが見え・いや、今度はラインが男の足下まで近付いた。そして、男の前で止まった。まるで、このラインを早く踏めと言っているようだ。

 男は、じっとラインを見つめた。そして、右足でゆっくりとラインを踏む・と見せ掛けてきびすを返し、反対方向へ脱兎だっとごとく走り出した。

 意表を突かれた金色のラインはスタートが遅れた。

 男は只管ひたすらに真っ直ぐ走り続けた。何故走っているのか、何から逃げているのかもわからない。後方に、金色のラインが追い掛けて来るのが見える。思考停止しこうていしの状態で、男はただ走り続けた。どれくらい走ったのか、それさえはっきりとした意識はない。金色のラインは見えなくなっていた。

 これは夢に違いない。そうだとすれば、レム催眠からそろそろ目覚める頃だ。

 目覚める・筈なのだが、目覚める事はなかった。何故夢から目覚めようとしたのか、それは・そうだ逃げる為だ。これで逃げられたのだろうか。道を歩いている。

 その時、目の前の空間から人の手が現れた。大人ではなく、比較的若い少年の手だ。声がした。

「お父さん」

 あの少年だった。その後ろからあの少女も顔を見せた。少年に別の世界へと引っ張り上げてもらうと、そこは公園のベンチだった。

 公園の中央には小川のようなものが流れているが、それは水ではなく数字の羅列に見える。

 男は、三人でベンチに座って、目覚める事も忘れて紅葉を楽しんでいる。いつの間にか夏は終わり、暑くもなく寒くもない心地よい風が吹き抜けていく。

 男は少年に話し掛けた。知っている我が子の面影があると言えばある。

「太一君さ、君は俺をお父さんって呼ぶけど、多分俺は君の父親じゃない」

「そんな事はあり得ないと思うよ。お父さんは田中幹たなかつよしで、お母さんは田中由香たなかゆか、妹は田中マユ。叔母ちゃんは女子アナの田中めぐみで、お母さんの方のお祖父ちゃんは世田谷に住んでいるサワナ・ケイシロ、お父さんの方のお祖父ちゃんは千葉に住んでいる田中慎一郎。僕の名前もマユの名前も世田谷のお祖父じいちゃんが付けたんだってお母さんが言ってた」

「そうなのか……」

 義父だけが、変だ。何故サワナ・ケイシロなどという奇妙な名前なのか。夢だから

それは良しとするところなのだろう。

「違うの?」

「いや、全部合ってる。でも、幾つか違う。まず、俺の息子の太一は、3歳で幼稚園の年小組に入ったばかりだ」

「えっ、ボクは3歳なの?」

 少年は驚いた。当然の反応だ。

「じゃぁ、マユは?」

「俺の子供は一人だけだ」

「生まれていないって事?」

「えぇぇぇ。お兄ちゃん、どういう事?」

 少女が寂しそうな顔をした。

「どいう事なのか、俺にはわからない」

「だから、何か変だったんだ。これはボクの夢だから、気にする事はないんだけど、何故違うのかわからないね」

 少年は何となく理解したようだ。少女は首を傾げたままだ。男と少年少女の話には食い違いがある。その理由は不明だ。男の夢の中に、少年の夢が存在している。

 どこからか、誰かの声がした。聞いた事のある女の声だ。

「お客様・」

 またも、空間から今度は首が出た。

「お客さん、これをお渡ししに来ました。あら、マユちゃん」

「獏ちゃん、知ってたら教えてほしいんだけど、お父さんの子供にはマユはいないんだって・」「ボクも3歳なんだって」

「そうなんだよ。俺の息子と娘らしいんだけど、何かが違うんだ」

 少女がちょっと泣きそうな顔をしている。

「難しい事ではなく不思議でもありません。それは至極簡単な話で、夢のフィールドが違うからですね。お父さんがいた空間は夢幻領域番号mod195603100であり、今いるこの空間は太一さんの夢フィールドmod335510800です。時間軸に違いがありますので、部分的にシンクロで繋がってはいても、話は噛み合わないでしょうね。ちなみに、夢幻領域番号のmodとはmol of dreamの略で、夢質量値は6.022140×10の23乗×335510800です。同時に、それが夢フィールドの番号となります」

「これは太一君の夢フィールドで、時間軸が違うのか……」

 何となく理解した。少年が、男の夢にシンクロしたのかどうかは良くわからないが、男のいたmod195603100が消滅してもmod335510800にいる二人は消える事はないのだ。夢とは言いつつ、ちょっとだけほっとした。夢野獏猩ゆめのばくしょうが桐の箱に入った何かを、男に手渡した。

「これが『水瑚玉すいこだま』です。琥湶星雲こいずみせいうんという方に渡してください、との事です」

「あっ、忘れてた」

 全てが、一段落いちだんらくした。

「太一君、マユちゃん、会えて良かったよ。時間軸が違っても、俺が君達ののオヤジである事に変わりはない」

「ボクもです」「ワタシも」

夢野獏猩ゆめのばくしょうさんも、お世話になりました」

「またの御用命をお待ちしております」

「じゃぁ、俺は自分の世界へ帰るよ」

 二人の少年少女と営業マンのBマーク野球帽のオネエさんに別れを告げ、帰りついでに琥湶星雲に『水瑚玉』を渡して、男は夢から目覚めて現実世界へと帰った。

 今回は、何やらかなりハードだった気がする。夢の中の事なのだから、他人からは下らないと言われそうだが、夢であっても達成感がある。

 朝起きて、嫁に一連の夢物語を話そうとすると、嫁が満面の笑顔で男に告げた。

「ツヨシ君、あのね。昨日遅かったから言えなかったけど、また赤ちゃんが出来たみたいなの」

「えっ、本当に?」

「昨日、病院に行って診てもらったから、間違いないの。まだ男の子か女の子かは、わからないけど……」

「そうかぁ。そりゃ、凄いや」

 男は驚いたが、驚かない自分がいるのに驚いている。

「今度は女の子がいいんだけどね」

「大丈夫さ、元気な女の子だよ。名前はマユ、世田谷のお義父さんが付けてくれるんだよ」

「えっ、どういう事?」

「俺の妄想だよ」

「?」

 その後、元気な女の子が生まれた。名前は、嫁が抵抗したにも拘らず、どうしても義父が付けると言って聞かず、結果的に義父が昔好きだった山口果林主演のNHK朝ドラヒロインの名から『繭』になった。

 あの日以来、ガライカの一連の夢は見ない。きっと万事は上手くいったに違いない。ガライカが支配していたmod195603100は消滅し、アマドーンは現実の星に戻り、琥湶星雲もヒカリの郷にいるのだろう。いつか、マユがヒカリの郷のおやかた様になる日に、琥湶星雲再会するのかも知れない。

 さぁ、今日も残業なしで帰る事にしよう。天の声で呼んでもらい、13歳の太一と10歳の繭、そしてポポとミミがぱぱす号で飛んでいる夢mod335510800にシンクロする明晰夢を、思う存分見るとしよう。


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時空超常奇譚2其ノ五 YOLO/夢の中の男と天の声 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

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