時空超常奇譚2其ノ五 YOLOⅡ/流転する夢と天の声 

◆第二話「YOLOヨーローⅡ/流転ループする夢と天の声」


「田中、プレゼンの資料の状況はどうだ?」

「もう少しで完成です」

「そうか。入札のプレゼンは三日後だからな、頼むぞ。俺は今日も重要な得意先接待があるから、後は宜しくな」

 そう言って、恰幅かっぷくの良い男は、今日もまた早々に部屋を出て行った。

 しばらくすると、恒例となったてるような事務の女性の声がした。

「じゃあ、私も帰ります。課長もさっさと帰った方がいいですよ。どうせ入札なんて取れないんだから。YOLOヨーロー、人生は一度きり。もっと気楽に生きましょうね」

 今日も残業確定だと男は嘆息した。

 終電で最寄駅からの帰り、自宅近くのコンビニに寄る。いつものルーティンになっている。愛想のない中年オヤジのレジを済ませて、店を出る。その瞬間にその声は聞こえる。

『兄貴・』

 誰かが男を呼ぶ。空耳か、或いは精神的ストレスによる幻聴ではない、店内には男の他にはレジの中年オヤジしかいない。

 天から聞こるその声は誰か。親しげに自分に向かって発せられるその声の主は誰か、男はそれはそれを知っている……ような気がする。 

 男の名は田中幹たなかつよし、35歳。男は、自分が夢の中にいる事を知っている明晰夢めいせきむを見る事が出来る。それは、どこか見知らぬ街中で起こる胸躍らせる明晰夢のアドベンチャーだ。

 そしてその夢は、天の声を合図に、その夜就寝と同時に始まるのだ。

 今日夢の舞台は開拓時代アメリカ西部。拳銃を撃ち鳴らし悪党共が叫んでいる。男は街角でならず者達と対峙たいじし、マシンガンを撃ちまくる。ウエスタンにマシンガンというのは、時代考証的にはあり得ないのだろう。それでも、そんな些末さまつな事は気にするに値しない。何故なら、これは男の夢の中だからだ。

 息が上がる程の激しい銃撃アクション、殺戮さつりく場面にも何ら罪の意識などない。これは男の夢でありフィクションなのだから、誰にも迷惑など掛かりようもない。子供の戦争ゴッコと変わらない。

 以前、長い夢を見た事がある。その夢の中に女が出て来て、「ここは意識の交差点」「他人の意識とシンクロしている」「夢の時空間には限界がある」「限界を超えると存在そのものを消滅させる力が働く」と、そんな事を言っていた。

 だが、そんなものは戯言ざれごとだ、夢は夢でしかない、夢の住人の空間でしかないのだから、限界など存在する理由がない。

 その日の夢で、散々撃ち捲って全てのものが吹き飛んだ街に、一人の奇妙な少年が立っていた。光沢のある銀色の宇宙服的な姿の少年、人間には違いないと思われるのだが、地上数センチを浮いている。あきらかに、男の夢には不釣り合いだ。

「タナカ・ツヨシだな?」

「誰だよ、お前?」

「ボクは、タイムパトロール時空管理局空間管理担当係、ガニー・ロールだ」

「やっぱり、俺の夢の住人じゃないのか。何の用だ?」

「アンタの夢が『時空間領域』を侵犯する可能性があるから、警告に来た」

「『時空間領域』を侵犯ってどういう意味だ?」

 聞き慣れない言葉がまたもや登場した。自分の夢なのに、相変わらず知らない事が多岐たきに渡るのは謎だ。

「アンタの夢は膨張を続けている。このままだと、夢ごとアンタを消去しる事になる、直ちに夢を見るのを中止しろ」

 かなり無茶苦茶な話だ。いきなり夢の中に他人が出て来て、「夢を見るのを中止しなければ消去するぞ」とおどされている。はなから喧嘩腰の物言いにも腹が立つ。

「お前の言っている事は無茶苦茶だ、本気で言っているのか?」

「当然だ、警告に二度目はないぞ」

 夢に本当も嘘もないような気がする。どうも疑わしいし、物言いが気に入らないので、男は感情のままに携えているマシンガンを撃った。確実に捉えた弾は、目の前で銀色の少年の身体を貫いたように見えた。だが、弾は少年の身体の直前で時を止め、オブジェのように宙に浮かんでいる。夢だから、何が起きたとしても奇妙でも非常識でもないが。

「どうやら、信じてないようだな。手荒な真似はしたくなかったが、仕方がない」

 少年は言うよりも早く、右手に持った青い球体を男に向けた。球体から一筋の青い光が発出し、男のひざに当たった。

いたっ」

 男は、突然の激痛に前のめりにひっくり返った。これは夢なのに、それなのにこの痛みは何だ。夢だから、何が起きたとしても奇妙でも非常識でもないとは言っても、これは駄目だ、夢なのに激痛が走るなど余りにも常識がなさ過ぎる。

「わっ」と声を出して、男は自宅の寝室で目覚めた。

 膝に鈍い痛みがある。大きく深呼吸した。現実が血液となって身体中をめぐり、鼓動が胸を押し上げる。生温なまあたたかい汗が全身に絡みつき、目覚まし時計の無機質な音で、今し方の奇妙な感覚がぶり返す。闇の中で蛍光色に光る時計の針は2時を指していた。

 男は現実に安堵の声を漏らす。まだ膝の痛みが残っている。足首が鈍く脈打った。

「ツヨシくん、大丈夫?」

 隣で寝ている嫁の心配気な声がした。その隣から聞こえる子供の寝息に、再び安堵する。明晰夢めいせきむから目覚めて、「夢だったのだ」と自覚した。矛盾している。

「大丈夫、いつものヤツだから」

「うん、おやすみ」

 今の今まで見ていた無茶苦茶な夢を思い出した。いきなり、他人の夢の中で「夢を見るのを中止しなければ消すぞ」とおどされたのだ。もしかしたら、自分の夢を自ら支配する事が出来なくなるのかも知れない、などと思った途端に腹が立った。ふざけるな、これは俺の夢だ、自分だけのものだ。今は十中八九、これは夢だという意識を持って明晰夢を見れるようになっている。何故、これをやめなければならないのか、どう考えても納得がいかない。

 その日から、かつての繰り返しが起きた。眠れないのだ。不眠症という訳ではなく、眠れるには眠れるのだが、嫌な夢を見る事が多く殆ど2時間ごとに目覚める。その反動なのだろう、昼間は異常な程眠く帰宅し食事、入浴を済ませて暫くすると睡魔が嵐のように襲って来る。午後10時には既に意識がない。そして、翌朝6時に起床するまできっちりと2時間ごとに起き、4回の夢を見る。しかも、大抵、その夢の中に「あの少年」が現れ、「消去するぞ」と脅しながら追い掛けて来る。「警告に二度目はないぞ」と言いながら、何度警告すれば気が済むのか。そもそも「夢を見るな」

と言われても、どうすれば良いのか、全くわからない。そのな夢は心地良いものではなく、そうしている内に朝が来る。

「お早う」

「ツヨシくん、昨日も嫌な夢見たの?」

「ん、あぁ」

「どんな夢?」

「あれ、どんな夢だったかな」

 夢というものは不思議だ。最近まで朝起きた後も覚えていた明晰夢でさえも、慣れとともに次の朝起きる頃には忘れている事がしばしばだ。その断片が記憶に残っている事もあるが、粗方覚えていない。例え一晩に4回の夢を見るとしても次の朝には思い出せない。

「ツヨシくん、うなされるの多くない?本当に大丈夫なのかな。ずっと眠ったままになっちゃうんじゃない?」

 そんな事があったような気もするが、夢だったような気もする。夢の世界にのめり込んでいるせいなのか、細かい部分で夢と現実の区別が付かない事がある。

「大丈夫だよ、大丈夫」

 そう言って会社に向かう。途中寄ったコンビニのレジを待っていると、遠くから誰かの声がした。

『兄貴・』

 小さく聞こえる天の声の主、明晰夢を呼び込む声……知っているような、知らないような、その主にどこかで会ったような気もする。

「誰だったかな、思い出せそうで思い出せない……な」と呟いた後、急に男の記憶が呼び覚まされた。そうだ、この後、あの夢の中でポポとミミとガラリアに会って、あの老人にも会う事になるのだ。

 その夜、夢の中に入るなり、予想通りの展開になった。詳細までは思い出せないのだが、見た事のある若いイケメンが男に告げた。

「兄貴、どこ行ってたんスか?」

「お前、どこかで会った事があるよな……」

「またまた、冗談はやめましょうよ。オイラっスよ」

 断片的な記憶が幾つか繋がった。そうだ、以前に見た長い夢と同じだ。

「お前、確か、ポポ・」

「ポポっスよ。しっかりしてくださいよ」

 船内の淡い照明光が身体を優しく包む。記憶が次第に呼び覚まされていく感じだ。

「ここは宇宙船の内部だよな?」

 船内に、見た事のある少女がいる。ポポは相変わらずイケメンで、可愛い女の子は確かミミだった筈だ。男は思い出した。確か、この二人と宇宙を旅していたのだ。そう思ってポポの顔を見据えた。

「何スか、兄貴?」

 ポポが不思議そうに首を傾げた。旅をしていた・のではなかったか。

「これからどこへ旅立つんだ?」

「旅?何言ってんスか、オイラ達宇宙専攻警察にそんなヒマはないっスよ」

「宇宙専攻警察?」

「兄貴、頭大丈夫っスか。この人、本当に兄貴なのか?」

 操縦席に座るミミが言った。

「意識センサーで確認済みだ。宇宙の狂人、宇宙連合所属宇宙専攻警察官、ぱぱす号船長のタナカ・ツヨシに間違いないぜ」

「あれ、ジョニー・シードじゃないのか?」

「ジョニー・シードって何スか、兄貴、頭イカれちまったんスか?」

「それは、この宇宙に劇的に流行はやりつつある『宇宙健忘症候群』だな」

「何だよ、それ?」

「かなり重症だぜ」

「嘘だろ、面倒臭ぇな。俺が兄貴に説明しなけりゃならねぇって事かぁ?」

「そうに決まってるだろ」

 完全には思い出せないが、細かい前提が違うような気がする。宇宙健忘症候群のくだりは合っているが、この夢の世界での男の名前はジョニー・シードだった、と思う。何故、細かい前提が違うのか……理由は不明だ。

「兄貴、オレはポポ、あっちはAIパイロットロボットのミミ。オレ達は宇宙連合政府所属の宇宙専攻警察官っスよ。あぁ面倒臭ぇ」

「宇宙専攻警察官か、カッコいいよな」

「カッコ良くはないっスよ」

「何故?」

「あぁ、面倒臭ぇ」

「それはクソ野郎と呼ばれているからだぜ」

 ミミが事務的な声で告げた。

「クソ野郎?」

「宇宙専攻警察官は簡単に言うなら、海賊をえさにする賞金稼ぎだ。しかも宇宙専攻警察官のほとんどは元々海賊だったから、海賊からクソ野郎とか外道げどうと呼ばれているんだぜ」

 この場面も、以前あったような気がする。クソ野郎ではなく、クズ野郎ではなかったか。宇宙連合政府所属というのも、東宇宙連邦宇宙局所属だったと思う。

「ところで、これからどこへ行くんだ?」

「頭痛がするっス」

「ワタシ達は今、宇宙海賊団スマイル・ホッパーをとっ捕まえに行くんだぜ」

「宇宙海賊ガライカ・バルカンじゃないのか?」

「それ、誰っスか?」

 男は、以前あった場面を粗方あらかた思い出している。だが、異常な違和感がある。以前の夢と同じ内容で進んでいるのだが、微妙な食い違いが多い。所詮しょせんは夢なのだから仕方がないとは言っても、それが何故なのか、どんな意味があるのかわからない。確か、以前のあの夢世界はガライカ・バルカンの意識世界で、琥湶星雲こいずみせいうんと戦争した後、消滅したのではなかったか。

 そう言えば、あの銀色の少年は今度いつどこから登場するのだろうか。

 数々の疑問を残したまま、黄色い三角型宇宙船ぱぱす号は、宇宙の深遠に向かって飛んて行った。

 小さな赤い星の外宇宙エリアに、宇宙海賊団スマイル・ホッパーの一味と思われる赤色の宇宙船の一団が見える。

「あれっスよ」

 男は赤い星を見据えながら言った。探検ゴッコの子供のようにワクワクする気持ちを抑えきれない。

「今回は、兄貴の『第一作戦』でいくっス」

「第一作戦って何だ?」

「またか、面倒臭ぇな。第一作戦は兄貴に教わった『唯只管ひたすらレーザーガンをぶっ放す作戦』っス」

「そうか、オレが教えたのか。センスがないな」

「兄貴、シューティング・スタートっス」

 ポポとミミは、操縦席からセットした二丁のビームガンを、赤色の宇宙船団に向けて撃った。男も負けじと操縦席に座り、見様見真似みようみまねでビームガンを撃つ。男の血が湧き上がり、肉が狂ったように踊る。全身に快感と狂気が走る。破裂音をともなって、次々に発した光弾が長い光の道を描いて飛び、海賊宇宙船団は光輪に包まれて消え去った。

「兄貴の作戦は、いつも気が狂ってて楽しいっスね」

「凄い……」

 男の身体に狂気の余韻よいんが残っている。

「ポポ、この調子で宇宙海賊共を潰し捲ろう」

「いつもの気狂きちがいい野郎の兄貴に戻ってくれて嬉しいっス。これで懸賞金けんしょうきん1100万ゲットっス」

「次はどこだ?」

「あの隣の銀河にある星っスよ」

 男とポポとミミの乗る三角型黄色宇宙船は、快調なエンジン音をかなでながら、赤い銀河を目指した。

「もう一度、現状を教えてくれ」

 男の言葉に、AIパイロットロボットのミミが瞬時に応える。

「ワタシ達は今、海賊スマイル・ポッパー軍団を追っていて、ポポがポッパー軍の殺し屋パパニア・ママニアの内のパパニアをぶっ潰したから、残りのママニアの馬鹿とその仲間共を追い掛けて、奴等の溜まり場に行くんだぜ」

「女の子なんだからさ、もうちょっと言葉の使い方に気をつけた方がいいよね」

「ミミのセッティングは、兄貴がナメられねぇようにしたんじゃないスか?」

「あぁ、そう言えばそうだったな。もう少しだけ、優しくね」

「……了解……です」

「相手は海賊スマイル・ポッパー軍団と言う名前なのか?」

「そうっスよ」

「で、そいつ等の溜まり場は?」

「スマイル・ポッパーの手下達は、HJ405エリアにいます」

 この際どうでも良い事なのだが、C8ではないのか。

「奴等スマイル・ポッパーの手下達は、馬鹿の一つ覚えみたいに必ずHJ405に行くっス。これは全部兄貴から教わったスよ。思い出せないスか?」

「残念だが、全く知らん。そもそも、スマイル・ポッパーって誰だ?」

「ポッパーは、この宇宙最強の海賊の一人っス。飛びっ切りのいい女だけど、中身はオッサンの悪魔だから関わりにはなるなって、兄貴が教えてくれたっスよ」

 パイロットロボットのミミが、甲高い声で告げた。

「シラン銀河系恒星ニマホン係属第三惑星テシラン第6衛星ドコヤに到着したぜ・しました」

「この星周辺エリアが別名堕天使だてんし牢獄ろうごくで、ポッパー軍のアジトHJ405エリアがあるっスよ。ママニアの馬鹿は絶対ここにいる。ここからでもヤツのノータリン臭がしやがる」

 ドノコ銀河系恒星ソナノカ係属第四惑星ワガネ第6衛星ナデン、別名C8エリアはどこへ消えたのだろうか。これもどうでも良いと言えばどうでも良い。

 黄色い三角型宇宙船は、赤茶色の星の西端に広がる砂漠に着陸した。

「兄貴、こっちっス。そうか、全部忘れているのか、あぁ面倒臭ぇなぁ。そのカッコじゃマズいっス。ベルトのベゼルを右に3回してください」

 男の服装が瞬時に変化した。マカロニウエスタンの始まりだ、これは二度目だ。

 小さな円形の金属板二枚が地上10センチ程を浮き、側面が青く点滅し続けている。スカイ・ウォーカーと言う名で、乗ると左右の足に張り付き離れない。これも前に乗った。

 砂漠に隣接する山のふもと洞穴どうくつが見え、その周辺にはアジトらしい建物が連なり、あちらこちらに、海賊のものと思われる色鮮やかな船が、乱雑に停泊している。洞穴を進んだ奥にネオンの光が飛び回る扉があった。

「兄貴、ここっス」

 扉が音もなく開いた。西部劇の酒場のような空間に、地球人とは明らかに違う見た事のない宇宙人と思しき生物達が頷き合っている。ヒト型だけでなくクマやワニがいる、二度目だが相変わらず動物園と見紛みまごうばかりだ。客が片手に持っているのは酒だ。男とポポの二人は、ズラリと並ぶテーブルの最奥に陣取るクマ顔の男達の隣に座った。これも以前と同じだ。

 テーブルの手前にボタンがあり、押すと液体の入った球体が現れた。ガラスの中で踊るプラズマ球体を額に当てると体中のアドレナリンが湧き出すような感じがするのだ。

「お前、ママニアだよな?」

「何だ、手前ぇ。やんのか、コラ」

 ポポの誘いに乗った海賊ママニアと仲間達が銃を抜いたその時、店内の空気が一瞬で凍りついた。

 店の扉が開き、ブロンドの髪を風になびかせて、赤いバトルスーツを纏う小柄なヒト型の女が、数人のボディガードを引き連れて店に入った。寸隙すんげきもなく、宇宙各空域を暴れ捲る無法者の海賊達は揃って直立し、両手を挙げたままで震え出した。女の顔を確認したポポが、男に小声で言った。

「兄貴、あの女がスマイル・ポッパーっスよ。顔を見られないように隠れていてください」

「ママニア君はどこかしらね?」

 両手を挙げる店内の海賊達の目が、最奥のママニアの居場所を教えている。店奥まで歩いた女は、立ち止まって言った。

「あらまぁ、ママニア君。こんなところに隠れていたの?」

 前後に屈強な配下の海賊兵を従えたスマイル・ポッパーは、長いブロンドの髪に凶暴さを隠している。配下の海賊は戦闘力を誇示する巨大なビーム砲を担いでいる。

「パパニアが殺られたんだってね。宇宙専攻警察ごときに・」

 言い終わらない内に、女のビームガンがクマ顔を吹き飛ばした。血みどろの身体には、既に首がない。何事もなくきびすを返す大柄女は、唯一人だけ手を挙げる事もなく足を組み、凝視ぎょうしするポポに興味を示した。

「あらら、宇宙専攻警察東本部のポポ君じゃないの。何故ここにいるのかしら?」

「違ぇよ」

 ポポは、視線を外す事なくシラを切る。宇宙専攻警察の名はダテではない、宇宙海賊如きひるむ事はない。

「ワタシに嘘は通用しないわ。今日はアナタの先輩のタナカ・ツヨシ君はいないの?火の玉ツヨシ、気狂きちがいツヨシ、狂人ツヨシに会いたかったのにね。降伏した海賊達を星ごと核爆弾で潰した、とんでもないヤツ。ちょっと用があるから今直ぐに呼びなさい」

「知らねぇって言ってんだろ」

「そう、じゃあ殺されても・」

 先程と同様に、言い終わらない内にビームガンが光る。

「こっちだ」

 身を隠していた男は、物陰から唐突とうとつに姿を現して、女よりも一瞬早く引き金に指を掛けた。男の銃から発射された光弾が女のほほかすめ、赤い血が一筋ひとすじれる。激怒した海賊スマイル・ポッパーは、咆哮ほうこうのように部下に叫んだ。

「店ごとぶっ潰して、全員ぶち殺せ」

 ボディガード達は、担いでいた大型機銃砲を狂ったように撃ち放った。酒場に機銃掃射の火の雨が降り注ぐ。更に小型爆弾を投げ散らかし、店の外からミサイルを撃ち放ってに姿を消した。

 店内は炎に包まれて、阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化している。その中をポポは、少しも慌てる事もなく「兄貴、ヤツを追い掛けますよ」と言いながら、慣れた仕草で燃え上がる炎をけて表に出た。最後のミサイルが、酒場のあった建物を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 その頭上を、黄色三角宇宙船ぱぱす号が飛んで行く。一連の場面が一度見た映画の様に進んでいく。

「兄貴、早く」

 ポポと男はスカイ・ウォーカーで走りながら、黄色宇宙船に向かってジャンプした。柔らかい光に包まれて、二人は船内へ吸い込まれた。

「ミミ、発進。スマイル・ポッパーを追い掛けるっスよ」

「不可能だぜ・です」

 勇むポポに、パイロットロボットのミミが予想外の言葉を返した。

「何で?」

「あれを見ろよ・です」

 理解出来ないと言わんばかりに訊き返すポポに、ミミは船窓の外を指差した。船外を、スマイル・ポッパーのものと思われる巨大な円形UFOが、飛び去る事な黄色い宇宙船と同じ速さで悠々と進んでいる。これも全く同じ展開だ。

「ヤツ、俺達を誘ってるっスね」

 お約束のように、黄色宇宙船のモニターにポッパーの姿が映る。

「ポポ君、今からこちらにいらっしゃいな。もしかしたら、ワタシを捕まえられるかも知れないわよ。ツヨシ君も一緒にね」

 モニター画面が消えた。

「クソっ、舐めやがって。兄貴、今直ぐ行くっスよね」

 男は確信した。この世界の時間は、微妙な違いはあっても流転ループしている。ガライカ・バルカンがスマイル・ポッパーになってはいるが、大筋のストーリーは変わっていない。この後、地球へ何とかいう玉を取りに行って、老人に会うのだ。

「ホッパー艦より、宇宙艇と思われる物体が接近中です」

 巨大な円形UFO宇宙船の下部から小さな丸い光が現れ、ぱぱす号に近付いて来るのが見えた。近付いた丸い光はミミの言う通り宇宙ていだった。上部が硝子状になった宇宙艇のガラス扉が開き、男とポポの二人が乗り込んだが、当然の如く操縦席はなく、ガラス扉が閉じると、宇宙艇は自動操縦で上空に浮かぶ巨大なホッパー艦に向かって飛んだ。近付く程に一層ホッパー本艦の巨大さが認識出来る。艦の下部まで来ると船尾ハッチが開き、奥へと誘われた。この辺のストーリーは同じだ。

「デカいスね。海賊の中でも、ホッパーの艦は特にデカいって兄貴が言ってたっス」

「内部はもっとデカいぞ」

「あれ、兄貴。乗った事あるんスか?」

「今回はないが、ある」

「?」

 内部には圧倒的な空間が広がり、その広大さに身震いする。空間はどこまで行くのかと思う程に続き、球型宇宙ていは奧へ奧へと進んで行く。その先の遥か彼方に、宮殿を思わせる眩しいドーム状の空間とスマイル・ホッパーと思しきヒト型の女の姿がある。ホッパーに違いない。

「あれっスかね?」

「そうだ」

 球型宇宙艇が女の前で停止した。ガラス扉が開き、緊張感に満ちた二人がホッパーの前に歩み寄ると同時に、ポポが威嚇いかくした。

「おいホッパー、随分と不用心だな。下っ端のヤツらはどうしたんだよ?」

「あらポポ君、他人の家に来たら先ずは挨拶よ。それくらいの常識はわきまえてね」

 ポポが首を傾げた。

「あれ、随分違うな。お前、本当に宇宙の悪魔スマイル・ホッパーか?」

「随分な言い方ね」

「いや、猫被ねこかぶっていやがるに違いねぇな。最初に言っておくけどな、『ワタシの前にひざまずけ』なんて間抜けな事は言うなよ。俺達は正義の宇宙警察官、お前は悪者の宇宙海賊なんだからな。お前こそ立場をわきまえろよ」

 海賊達を震え上がらせ、宇宙にその名を轟かす海賊スマイル・ホッパーは、不思議そうな、そして全てを理解したような顔で言った。

「一回りした気分はどう、タナカ・ツヨシ君、いえジョニー・シードと呼んだ方が良いかしら?」

「お前はガライカ・バルカンか?」

「いえ、この夢の世界では宇宙の悪魔スマイル・ホッパーよ。素敵でしょ?」

 ホッパーの言う「この夢では」「一回転」。やはり、あの夢とこの夢は繋がっている、繋がった夢が流転ループしているのだ。シンクロとは根本的に違う。そもそも、この女は何故繋がった夢を渡り歩けるのだろうか。いつになっても尽きない謎の発現に、男は成り行きに任せるしかない。

「ガライカ、ゴチャゴチャ煩ぇっスよ。大人しくしやがれ」

 ポポが感情的に叫んだ。

うるさいのはアナタよ、ポポ君」

「何だと、この野郎。手前ぇなんぞ、オレがとっ捕まえてやる」

 ポポは、攻撃のタイミングをはかり、飛び掛からんばかりに意識が膨れ上がっている。

「アナタの安物の正義感には耐えられないわ。ポポ君は黙りなさい」

「何だと手前ぇ、俺を誰だと思ってやがん・はい」

 激しく吠えるポポが、急に大人しくガライカの言葉に従った。確か、マリオネットなのだから当然ではある。

「さてと、邪魔者はいなくなったわ。さぁ、始めましょうか」

「……全く同じだ。詳細に違う部分はあるが、流れは変わっていない」

「当然だわ、何故なら、これはワタシの夢フィールドだから」

「そんな筈はない、あのフィールドは消滅した」

「大して不思議な事じゃないわ。ワタシは、先住者アマドーンにシンクロした後で夢フィールドとバックアップを盗んで、先住者となった。データのバックアップがあれば、フィールドが潰れてしまっても何度でも復活できるのよ」

「バックアップか」

「もうこれ以上のお喋りは不要ね。今回アナタにお願いするのは、グリース銀河中心から20万光年にあるアノラック太陽系第四惑星マヤの裏側に存在する「真翠玉しんすいだま」という玉を取って来てもらいたいの。その玉はね、前回のこの世界と現実を転換出来る「久瑠璃玉くるりだま」の分身で、久瑠璃玉を呼ぶ事が出来るのよ。結果としては、久瑠璃玉と同じって事ね。その神玉はその星の天空にわ。宇宙座標はこのカードに入っている」

「チキ、ニホ、ティーバじゃないのか?」

「違うわ。惑星マヤなら、あの老いじじい琥湶星雲こいずみせいうんは出て来ない。但し、別の意味で面倒臭い奴等がいる。だから、簡単ではないけど、ワタシではなく、「アナタなら出来る」ような気がするのよ」

「毎回思うが、何故お前が直接に行かないんだ?前回は、結局俺が何とか言う玉を扱える一族だったという理由が後でわかったが、今回はそうはいかないのだろう。厄介な相手なら尚の事、お前の軍団で行く方が確率が高いと思うんだけどな」

「物事には道理があるわ。今回もアナタが行く理由があるって事よ」

 男には、全くって理解が出来ない。結局は、「行けばわかる」という事なのだろうと理解せざるを得ない。この流転ループは、細かいところで随分と違う。男はストリート展開を知っているとは言え、何が起こるか予想も付かない。

 不満そうな男に、ホッパーは言った。

「ツヨシ君、アナタに選択肢をあげるわ。同じストーリーを流転ループするか或いは違う展開、どちらがいいかしら?但し、違う展開にはガイドが同行するわよ」

 そう言って、ホッパーは誰かを招く仕草をした。現れたその少年の姿に男は辟易へきえきした。

「お前は……」

「タナカ・ツヨシ、いい加減に観念しろ」

 その瞬間、一気に男の我慢がまんに限界が来た。これは自身の明晰夢めいせきむの中なのであって、我慢大会に出ている訳ではない。

「ホッパー、答えはこれだ」

 男は、ホッパーが少年を紹介する前に、隠し持っていたビームガンを連撃れんげきした。銃撃音と同時に、不意をかれたスマイル・ホッパーの頭半分が吹き飛び、隠れていた少年の額に穴が開いた。

「兄貴、やった。ホッパーをりましたね。流石は兄貴っス。よっ、気狂きちがい警察官」

 ポポは、妙な言葉で男を持ち上げたが、ホッパーの隣に横たわるもう一人の男に気付いて、不思議そうにいた。

「あれ、こいつは誰だ?タイムパトロールみたいなカッコしてやがる」

「自分で、タイムパトロールだと言っていたぞ」

 男の言葉に、一瞬ポポの時間が停止し、そして仰天した。

「あ、兄貴、タイムパトロールのヤツ等はヤバいっスよ」

「銀河パトロールよりもか?」

 ポポの顔から、驚きのマグマが噴出ふんしゅつしている。

「えっ、アニキ。タイムパトロールだけじゃなくて、銀河パトロールもったんスか?」

「それは、前回だったな」

「銀河パトロールは軍人くずれのやとわれがほとんどっスけど、タイムパトロールのヤツ等は新卒しんそつ上がりのエリートだから、身内に甘くてしつこいっス。それにホッパー軍が一緒っスから、ヤツ等どこまでも追い掛けて来るっスよ」

「まぁ、いいじゃないか。どこまでも逃げよう」

「ヤツ等のワープは、ハイレベル追尾ついび型だから、かなり精巧なポイントで追い駆けて来るっス。地の果てまで追い掛けて来るっスよ」

「じゃぁ、地の果ての果てまで逃げればいいんじゃないかな?」

 ポポが悲鳴を上げて天に十字を切ったが、どこか嬉しそうでもある。ぱぱす号に戻った三人は、一目散に逃げの体勢に入った。

「地の果てに向けて、発進します」

 ミミの嬉々ききとした声が船内に響き渡った。ぱぱす号の後方に、宇宙空間に輝く星々と区別出来ないおびただしい数の赤い点滅が見えた。それが宇宙海賊ポッパー軍団の宇宙船群であるのは明白だ。

「ヤバい、もう来やがった」

「凄い数だな」

 ぱぱす号の前方に黄緑色の時空間の渦が現れ、ワープした。その瞬間に、ぱぱす号から後方のホッパー軍艦群に向かって勢い良く飛ぶ数本の光の筋が見え、巨大な光輪に変わった。

「何だ、あれは?」

「ホッパー本艦を核爆弾で消去しました」

「うげげ」

 かさず、ミミの得意げな声がした。いつも強気なポポが、頭を抱え込んで壊れ掛けている。男は高鳴る鼓動を抑え切れない。流転ループするストーリーである事に違いはないのだろうが、ここからが今回の冒険活劇の始まりだ。

「銀河パトロールのクマ顔のヤツは来ないのか?」

「誰っスか?」

 ワープを抜けた宇宙空間に無数の銀河がきらめいている。

「銀河は綺麗だよな。もっとももこれは夢だがな」

「?」

「前方に時空間の歪みが発生しています。ホッパーのヤツ等のワープと思われます」

 ホッパーが言っていた「アナタに選択肢をあげるわ。同じ流転ループか或いは違う展開、どちらがいいかしら?但し、違う展開にはガイドが同行するわよ」の言葉に沿うならば、一つはあのままストーリーを繰り返す展開があった。そして、もう一つはガイド付きの違う展開があった。では、ガイドがいなくなった今、どんな展開が待っているのだろうか。

 轟音を引きずって、ぱぱす号が揺れた。前方の時空間から、ホッパー軍のビーム砲の攻撃があったようだ。当然の如く、標的は黄色い宇宙船ぱぱす号で間違いない。

「ヤツ等、流石さすがに相当頭に来てるスね」

「核爆弾で結構潰したのに、まだあんなにいるのか?」

「多分、ヤツ等総出で追って来てるからっスよ。ヤツ等は宇宙一の軍艦数を誇る海賊っス。兄貴、どうするっスか?」

「損傷なしですが、緊急回避が必要です」

 ミミの緊急現状報告と、前方に見えるホッパー軍の艦と思われる赤い点滅の群れに、男とポポは一瞬驚き身構え、次の作戦に移った。

「ビームガンと核爆弾で何とかなるかな?」

「兄貴、幾ら何でもあれだけの数は無理っスよ」

「そうか、じゃぁどうするかな」

「ヤバいっス」

 ぱぱす号の船内に緊張が走ったが、男は迷う事なく行く先を告げた。

「決めた。ミミ、あの群れの中に突っ込んで、核爆弾投げながらワープしてくれ」

「ヒュウ、兄貴らしさが戻って来たっス。震えが止まらねっス」

「了解です」

 ミミの声は上機嫌だ。

 ぱぱす号は一分の迷いもなく、ホッパー軍の赤い点滅の群れる空間へ突っ込んだ。そして、ヤツ等の砲撃が始まったのと同時に、核爆弾を投げて、別時空間へ飛んだ。

 首領あたまを失った宇宙一の軍艦数を誇るホッパー軍団は、指揮系統が混乱したまま、突っ込んで来たぱぱす号に無秩序な攻撃を仕掛けた。その結果、それぞれの艦が互いの艦からのビート弾攻撃を避けられず、かなりの数が自滅した。更に、その状況の中で爆裂した核爆弾は、艦群の半数近くを宇宙の藻屑として消し去った。

 ぱぱす号は一瞬で銀河を超え、こぼれる程に星のきらめく別宇宙に出た。彼方かなたに、漆黒の空間ブラックホールが口を開けている。異常な引力でぱぱす号船自体が引っ張られている。

「兄貴、やったっスね。ざまぁみろっス」

「ミミ、ブラックホールに引っ張られているなら、出力全開で早急にこの位置を離れてくれ」

 ミミが首を振った。

「いえ、もう一度ブラックホールの重力圏ギリギリへワープします」

 ぱぱす号は、二度目のワープでブラックホールの傍らに現れた。その引力は想像を遥かに超えている。ぱぱす号の船体からきしむ音が聞こえ、揺れながら徐々にブラックホールに引き込まれていく。

「ミミ、大丈夫か?」

「大丈夫。もう少しブラックホールにちて極限界きょくげんかいから、再度ワープします」

 ホッパー軍は、ハイレベル追尾ワープシステムでぱぱす号の完璧な位置ポイントをとらえ、ワープした。ホッパー軍が、目前に現れるそのタイミングを見計らったぱぱす号が三度目のワープで別時空間へ翔んだ。入れ替わりに極限界のブラックホールに現れたホッパー軍は、いきなりの強引力に耐え切れずそのままブラックホールへとちて行った。

「なる程。トリプルワープを使ったブラックホールのわなか」

「核爆弾で約半数撃破、更に半数がブラックホールの強引力に捕まると予想されますが、実際の残総数は不明です」

 男は、AI搭載パイロットロボットの神髄しんずいの当たりにした。夢とは思えない。

 ワープから抜けたぱぱす号は、星のひしめく銀河群にいた。

「ヤツ等はもう追って来ないか?」

 男の安直な期待に、ミミが瞬時に答えた。

「いえ、ヤツ等は追尾ワープシステムで正確にぱぱす号を追って来る筈。それに対応する再ワープ準備中です」

「来るなら来やがれ、馬鹿やろうっスよ」

 ポポは、頭を抱えてつつ、既にヤケクソになっている。

「追尾ワープシステムって何だ?」

「ワープすると後の時空間にうずが残るから、そいつを捉えて辿たどれば追尾出来るっス。犬みたいなものっスよ」

「犬か、それなら犬が匂いをげないようにする装置はないのか?」

げないように?それなら、ポポが海賊から掻っ払ったアレがある」

「あぁ、アレか」

「アレ?」

「ワープギミック時空弾、発射します」

 ぱぱす号が船尾から小さな球体を宇宙に投げると、球体は一点に留まり急激に膨張した。更に、膨張した球体に向かって発射された光弾が爆発し、球体は時空間に消えた。展開スピードが異常に速い。

「あれが、アレなのか?」

「そうっスよ。この宇宙にワープで飛んで来たヤツ等は、今消えたアレの時空間のうず辿たどって再び別時空間へ飛ぶっス。アレが時間をかせいでいる間に、オレ達はとっとと逃げるって寸法っスよ」

「なる程・」

「タキオン光速で、グリース銀河へ発進します」

「タキオン光速って何だ?」

 次から次へ男の知らない言葉が宙を舞う。男の夢の中に男の知らない言葉が出て来るのは、どんな仕掛けなのだろうか。

「タキオン光速とは、宇宙の絶対速度である光速を超えるものを言います。ワープよりも省エネで、グリース銀河に着きます」

 男がAIロボットに講釈を受けている間に、目的空間に到着した。モニターで宇宙空間を見回すポポは、きらめく銀河に怪訝けげんな顔をしている。

「ポポ、どうした?」

「この銀河に人の気配がないっスよ」

 ポポには、星や銀河、生物やヒトの精気を感じる能力があるらしい。このパターンは前回もあった。

 宇宙座標に従ってミミの操縦する宇宙船ぱぱす号は、東宇宙へと向かい、巨大な渦巻き銀河を超えて、グリース銀河系、恒星アノラクに係属するウズラ星、ニカカ星、マギ星、それぞれの星々を跨ぎ、第四惑星マヤに着いた。近くに月のような衛星もある。

「ミミ、カケロク頼むっス」

「了解、×6カケロク発進します。ちなみに×6とは前・後・左・右・上・下6方向0.8光年に飛ばす偵察機です。それぞれ0.2光年圏までのレーダー監視が出来るので、全てが揃えばぱぱす号の周囲1.0光年の宇宙レーダー網システムが構築されます」

 男が質問する前に、ミミが説明した。×6カケロクの内容は前回聞いているので知っている。船内にモニターに6つの画面が現れ、それぞれに×1カケイチ×6カケロクの番号がついている。

「民間と思われる艦船が一隻近付いている他には、周囲1.0光年に、生命体反応はありません」

 これも二度目なのだが、男は驚き感嘆した。やはり凄いと言わざるを得ない。これが男の夢とは到底思えない。しかも、自身の知らない知識までめられたこのストーリーを何と表現したら良いのだろうと感心する、それも二度目なのに。そして、再び男の脳裏に「これは本当に自身の夢なのか」という単純な疑問が湧き上がる。

×1カケイチ右舷うげん方向に民間艦船あり。進路が重なる為、回避します」

 右方向から向かって来た民間と思われる大型艦船は、あっという間にぱぱす号とすれ違った。そこで何が起こるかは知っている。

 男は叫んだ。

「気を付けろ、撃って来るぞ」

 とても海賊の軍艦には見えない、そんな大型艦船がすれ違い様に砲口をぱぱす号に向けて撃った。突然の攻撃に仰天するポポに、男が言った。

「兄貴、大丈夫スよ。ぱぱす号には鉄壁のバリアがあるから、核爆弾一発くらい喰らってもビクともしないっス。あれ、兄貴に説明するのに違和感がなくなってきたっスね。元々この船は兄貴の船で、オイラの知識は全部アニキから教わったものっスよ」

 知識にないだけでなく記憶にない事も多いこの夢は、本当に男の夢なのか。多分、男の夢だ。きっと、そうに違いない、そうだとだと思う。

 大型艦船は撃つだけ撃って通り過ぎて行った。その行為にも疑問が残る。

「兄貴、何であれが撃って来るってわかったっスか?」

「前にも出て来たからな。それに、あれは俺達が宇宙専攻警察だからだよな?」

 男の言葉を理解出来ないポポは、元々男から聞いたであろう知識を、男に説明した。

「前にも言ったっスけど、オイラ達は元海賊で、今はその海賊をとっ捕まえているっス。だから、海賊からは恨まれ、一般人からも「人として最低だ」とうとまれていて、こういう事は良く起きるっスよ」

「そうなんだよな」

「けど、「そんな事は気にするな。誇り、気概を持てとは言わんが、暴れる海賊をぶっ飛ばす事も必要なんだ。気楽にやろうや」って兄貴が言ってた通りだと、オレもミミも本気で思ってるっスよ」

「本気で、思ってます」

 これも二度目だが、男は感動した。高々たかだか夢の中で、そんな格好良い事を言った覚えはさっぱりない。前回も思ったが、この夢は誰かの意思で何かに向かっている。

「二つの問題が未解決です。一つは、ホッパー軍が相当の確率でここまで追い掛けて来る事。従って、どこかのタイミングで最終決戦が必要です。二つは、この宇宙空間は、通常とは微妙な差異がある事。原因は不明ですが、出来る限り早くここから退避する事が賢明です」

「微妙な差異って何だ?」

「座標との微妙なズレです」

「そうか。でも、行かなければならない場所があるんだよ」

「兄貴、どこへ行くっスか?」

「グリース銀河中心から20万光年にある、アノラック太陽系第四惑星マヤに行かなけりゃならないんだ」

「目的は何スか?」

「そこに、この世界の宝があるらしいんだ」

「宝?そんなのガセっスよ」

「世界の宝はどうでもいいのですが、ホッパー軍艦が近付いています。早く逃げるのが賢明ではないかと思うので、取りあえず座標に向かって発進します」

 ポポとミミが弱気で後ろ向きの意見を言っている。それが相当にヤバいのだろう事を、男も感じている。

「ヤバいです。ホッパー軍団の反応がかなり近付いています。あれ、何か不明の電波が強制的に侵入しています」

 モニターから、船内に響いたミミの警告を掻き消すようなしゃがれれた下品な声が聞こえた。見た事もない顔の女が荒々しく叫び、女の宇宙船団が見える。前回は登場していない。

「聞こえるか宇宙専攻警察のクソ野郎、今からアノラック太陽系第四惑星マヤに降りろ。私はアノラック太陽系を治めるナルヤ様のつかいだ。ここは、崇高なるナルヤ王国、ナルヤ様の支配圏だ」

 地球人に似た顔の女は、何度も同じ事を叫び続けている。

「ポポ、ミミ、あれは何だ?」

「何っスかね?」

「唯の気の狂った馬鹿女と思われますが、空間の差異、座標との微妙なズレの原因はこの女の宇宙船団のせいだと思われます」

「どうするかな?」

 何やら意味不明だし、以前の夢にはないストーリーだ。ポポもミミも首を傾げている。いきなり喧嘩を売られる覚えはないが、宇宙空間に停止する女の宇宙船団とおぼしき金色の光の玉が、ぱぱす号を取り囲んで青い惑星への進行を強制的に促している。

「あの女の言う通りに、惑星マヤに降りて、ポッパーのヤツ等と同士討ちさせればいいっスよ」

「そうだな、取りあえず降りてみよう」

「了解。ワープ準備したまま、着陸します」

 ぱぱす号は、先導する光の玉と取り囲む光とともに惑星の海を渡り、砂漠地帯にそびえる三角錐さんかくすいのような建物群の一つに向かって飛んだ。建物の中央部には入口らしき穴があり、ぱぱす号は、光の玉に付いてその中へと進行した。

 内部の横穴空間がどこまで続いている。最奥には宮殿があり、光の玉とぱぱす号は静かに着陸した。天井は高く、空気は澄んでいる。広間に出た男の頬をこころよい風が撫でた。

 広間には、三人のこの星の人間と思われる生物がいた。彼等は白く光る衣に身を包み、それぞれが右手を上げながら、男とポポに近付いて来る。右手の意味は不明だが、敵意は感じられない。

「お前等は宇宙専攻警察官か?」

「お前等は宇宙専攻警察官か、と訊いておるのだぞ」

「お前等は宇宙専攻警察官か、と訊いておるのだぞ。早く答えろ」

 三人の宇宙人は、それぞれに同じ事を叫んだ。それにしても、随分と気が短い。

「俺達が宇宙専攻警察官だったら、何なのだ?」

 三人の宇宙人はいぶかしげに男を凝視ぎょうしし、更に強い口調で言った。

うるさい。余計な事は言うな、我等の問いに答えればそれで良いのだ」

「そうだ。この星にはな、誰もがうらや神宝かんだからがある。それを狙って、宇宙怪獣オロチがやって来ては街を破壊していくのだ」

「そうだ。お前等は宇宙専攻警察なのだから、何とかしろ」

「そうだ。ヤツは0.03宇宙時間内にはこの星に侵入して来るから、直ぐにやれ」

 案内人の女もそうだが、随分と居丈高いたけだかに何かを言っている。流れから察するに、どうやら「救けてくれ」と言っているようなのだが、至極難解しごくなんかいだ。こんな辺境惑星の宇宙人にいきなり命令口調で言われる事も、救けてやる義理さえないし、必然性など全くない。何故、海賊退治専門の宇宙専攻警察が、宇宙怪獣を何とかしなければならないのか。しかも、宇宙怪獣とはまた何とも陳腐ちんぷだ。

「おい、オッサン達。オレ達は海賊をとっ捕まえるのが仕事だんだよ。怪獣なら銀河パトロールに頼めよ」

 ポポは理路整然と主張した。海賊以外は銀河パトロールの仕事と区分がされているらしい。そう言えば、前回のストーリーの中で地球で海賊を逮捕した銀河パトロールに、ポポが「ショバを荒らすな」と叫んでいたような気がする。

 ポポが「困っているなら、それなりに頼み方ってものがあるっスよ。頼まれてもやらねぇけど」と憤慨ふんがいしている。もっともな正論だ。

「ミミ、ホッパーのヤツ等の、ご到着予定はいつ頃?」

「0.03宇宙時間±0.01時間後です。早々にヤツ等の核爆弾攻撃が始まると予測されます」

「いいかも知れないな」

 男は、宇宙怪獣とホッパー軍の来空時間に着目して作戦を立てた。0.03宇宙時間内にこの星に宇宙怪獣が侵入して来る、ほぼ同時にホッパー軍もやって来るのだ。

「同士討ち作戦でいいんじゃないか?」

「なる程、そういう事っスか」

 新たな作戦遂行が決定した。成功すれば一石二鳥だ。

 宮殿が小さく揺れた。しばらくの後、更に大きく宮殿が揺れた。状況から考えて、ホッパー軍の核爆弾攻撃である事は確実と思われる。

「何事じゃ?」

「何事じゃ?」

「何事じゃ?」

「ナルヤ様、大変で御座います。我等の星マヤの外宇宙を、無数の赤い宇宙船が取り囲んでおります。何者かは不明で御座います」

 御付おつきの者らしい小柄な宇宙人が報告に飛んで来た。その言葉を聞いた三人の宇宙人は慌てふためき、震え出した。

「それは何者じゃぁ?」

「それは何者じゃぁ?」

「それは何者じゃぁ?」

「お前等、スマイル・ホッパーを知っているか?」

 男の問いに三人は即答した。

胸糞悪むなくそわるい名前を聞いた」

「そうだ、あんなヤツは野垂のたれ死にしてしまえば良い」

「そうだ、そうだ。野垂れ死にしてしまえ」

 強気でスマイル・ポッパーをののしる三人の王様に、男が状況を説明した。

「この星を取り囲んでいる無数の赤い宇宙船は、そのホッパー軍団の船だ・」

 その言葉が終わらない内に、三人が壊れて狂乱した。

「何にぃぃぃぃぃ、ホッパーだと、この世の終わりじゃぁぁぁ・」

「うげげげげげげぇぇぇぇぇ、ホッパーだと、もう駄目じゃぁぁぁぁ・」

「うぼぼぼぼぼぼ、ホッパーだと、人類滅亡じぁぁぁぁぁぁ・」」

 ガライカが、あの時言っていた「ワタシではなく、アナタなら出来る」という意味は、「男が行けば出来る」ではなく、「ガライカには出来ない」という意味なのではないか。嫌われ者のガライカにはお宝玉を取得するなど無理なのだ。きっと、そうに違いない。それにしても、どれ程嫌われているのか、一体何をしたのだろうか。まぁ、それを訊いたところで何の意味もない。

「ナルヤ様、大変で御座います。我等の星マヤの首都ナタレに、宇宙怪獣オロチが現れまして御座います。街を破壊しております。空軍爆撃機・陸軍戦車部隊で応戦しておりますが、相手にならないようで御座います。大変で御座います」

 今度は、別の御付の者らしい小柄な宇宙人が報告に飛んで来て、必死に叫んだ。三人の宇宙人は赤い宇宙船と宇宙怪獣の恐怖におののき、同じ事を叫び続けている。煩く、兎に角声がデカい。

「うばばば、大変じゃ、オロチじゃ。大変じゃ……」

「げばばば、大変じゃ、オロチとポッパー軍団じゃ……」

「ぞばばば、大変じゃ、どうして良いかわからぬ。大変じゃ……」

 壊れて叫ぶ三人の宇宙人達は、今度は子供のように泣き出した。只管ひたすらうるさやかましい。男は、泣き叫ぶ巨大な三人の宇宙人に向かって、子守りでもするかのように言った。

「騒ぐな。オレが何とかしてやるから」

「本当なのか、いや本当ですか?」

「本当に、何とか出来るのですか?」

「本当に、本当ですか?」

「任せておけ」

 根拠などない男が三人を黙らせるには、そう言う以外にない。

「そうですか、良かった」

「そうですか、良かった。救けてくれたら、神宝を差し上げます」

「直ぐにお願いします、神宝を差し上げます」

 宇宙人達は、てのひらを返し従順な態度を見せ、かし顔で懇願こんがんした。神宝かんだからとは何か、ガライカの欲する神玉なみたま真翠玉しんすいだま』なのだろうか。例え、そうだとしてもはなからガライカに渡す必然はないので、どうでもいい。唯、ガライカの「宝はその星の天空に」という言葉の意味は何なのだろうか。

「兄貴、そんな事言って大丈夫っスか?」

「大丈夫だ、上手くいく。何故なら、これは俺の夢だから」

「また、それっスか?」

 男は、心配顔のポポを他所よそに、自信に満ちた言葉を投げた。どこまで根拠があるのかは疑わしいが、ともあれ元海賊らしくなってきた。元海賊ではないが。

「赤い宇宙船と怪獣オロチがいる外宇宙への出入口を教えてくれ。来た道を戻ればいいのか?」

「いや、それでは時間が掛かります。あれを抜けてください」

 天井に巨大な漆黒の穴が見える。

「あれは時空間の穴、瞬間移動の出来るワームホールです」

「外宇宙と繋がっています。右の穴を抜ければ、一瞬でオロチのいる外宇宙です」

「右の穴です」

 宇宙人達は、三人揃って天井に開いた左右二つの穴を指差した。ワーム・ホールを抜けると瞬間移動で外宇宙へ翔べるらしい。またもや、男の知らない知識だ。

 男は、宇宙人達の言うままに外宇宙を目指した。

「ぱぱす号、発進します」

 天井に張り付いた巨大な黒い二つの穴、近付くと一層巨大な穴である事がわかる。

 ぱぱす号が穴に突っ込む・その寸前でポポが呟いた。

「あれ?右の穴が怪獣オロチなら、ホッパーのヤツ等は左の穴っスかね?」

「そうかも知れないな、どっちに行けばいいんだ?」

「左?左旋回、突入します」

「左でいいのかな?」

「いいんじゃないっスか」

「いや、右だよ。あれ、どっちがどっちだったかな?」

「じゃぁ、右っスよ」

「修正不可能です」

 ぱぱす号が左右に振れながら、左穴に消えた。残された三人の宇宙人達は、男の言葉に歓喜した後、呆然ぼうぜんと穴を見つめてぱぱす号を見送るしかなかった。

「左に行った??」

「何故、左なのか??」

「右と言ったのに、何故??」

 ホッパー軍団の赤い宇宙船の群が待ち構えているだろう、そう予測される左の穴。

 ぱぱす号は、最終決戦にいどむべく、緊張気味に進んで行った。

 ワーム・ホールの瞬間移動で外宇宙へ向かうべく、外宇宙を目指している。

「バリアON。ビーム砲、プラズマビーム弾、セッティングON。ワープ準備完了」

「いつでも来やがれっスよね、兄貴」

「あぁ、そうだな」

 男は同意を求めるポポに、っ気ない返事をした。

「兄貴、どうしたっスか?」

「いや、瞬間移動にしては長くないか?」

 左の穴を出た場所にホッパー軍がいる筈なのだが、ワームホールで瞬間移動しているとは到底思えない。まぁ確かに、左の穴もワームホールになっているとは言われていない。ましてや、ホッパー軍団のいる宇宙に繋がっているなどとは、一言も言われていない。それにしても、長過ぎる。瞬間移動とは思えない。

「確かに長いっスね。ミミ、ぱぱす号の位置は?」

「東宇宙E3508X3692Y1472Z258、惑星マヤ上にはいません。座標は隣接銀河を示しています」

「どういう事っスかね?」

「わからないが、ワーム・ホールで隣の銀河へ飛んだって事かな?」

「前方に時空間の光を確認、出口と思われます」

 ミミの言葉に、男とポポは喰い入るようにモニターを凝視した。出口である筈の空間の向こうに、小さな光が見える。出口の向こう側の空間が漆黒の宇宙空間ではない事は明白だが、それが何かなのかは皆目見当が付かない。

 ぱぱす号が光を出た。抜けた先の、その光景に男とポポ、AIロボットのミミまでもが、口を開けたまま言葉を失った。いつの間にか水の中を飛んでいる。

「ここは海か?」

「ここは何っスか?」

「ここが何かは不明です」

 ようやく、ほうけていたポポとミミが言葉を発した。遠くに都市が見える。

「海っスけど、海の中に街があるっスよ」

「海中都市と思われますが、これ程の規模は見た事がありません。凄いです」

 僻遠へきえんの広大な深海にドーム状の何かがあり、その中に建物が鎮座している。それは日本式の城のようであり、木造家屋のようでもあるが、どちらにしても相当に巨大な建物であり、青い海水に眩しい程の照明がバックライトのように照らし、幻想的な光景を映し出している。

「これは、何だ?」

「海溝にはまったのかも知れません」

 わずかな揺れをともなって唐突に現れた水泡が、ぱぱす号の視界をさえぎり、前方に見えていた幻想の世界を消していく。海溝に嵌ったと思われたぱぱす号は、水泡に押し出されて、上昇した。

 ぱぱす号から地上と思しき景色が見えた。太陽の光が燦々さんさんと降り注いでいる。

「ここは、一体どこなんだ?」

 ポポとミミが言う。

「えっと、わからねぇっス」

「惑星マヤに街があって、洞窟に案内されて、ワーム・ホールで海底都市に出て、海溝にはまったかと思ったら、また街に出ました。座標は隣接にあるナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リアです」

「ここに太陽が輝いているのは、何故だろう?」

「ここは、どこっスか?」

 男は、天空の一点を見つめて言った。

「この船に偵察機の予備はあはるか?」

「あるっスよ」

「上空へ飛ばしてくれ」

×7カケナナ、発進します」

 偵察機×7カケナナが輝く太陽に近付いていく。ミミは着々と分析している。

「この太陽は、人工物の可能性99%です」

 眩しい光源の横を抜けて、偵察機が上って行くと、ミミが奇妙な現象を発見した。

「上って行く……いえ、上っていません」

「?」

「重力計測値が減少から増加に転換しました」

「どういう意味っスか?」

×7カケナナは上昇していません、下降しています」

 男は確信をって言った。

「やっぱり、そうだ。偵察機は今、地上に降りているところだ」

「何、言ってんスか、兄貴。意味がわかんねぇっスよ」

「簡単だ。俺達がいるのはリアという惑星の内側だ。オレ達は星の内側に張り付いているんだ」

「あっ、オレ聞いた事があるっス。惑星の中が空洞化していて、その中心に太陽が輝く星があるって話。子供の頃に親父から聞いたっスよ」

 ポポは子供のように嬉々としている。

「あぁ、オレも子供の頃に、夢中で地底探検や海底2万マイルなんて本を読んだな」

「本って何スか?」

「理解不能です」

 男の言葉に、ポポとミミが小首を傾げる。そうだ、忘れていた。地球の知識はこの世界では通用しないのだ。それにしても、この夢の知識とストーリーはどこから来るのだろうか。男の疑問など置いたまま、さっさとストーリーは展開していく。

「あれアニキ、ヤバい。何か変なヤツ等が集まって来たっス」

 はち羽蟻はありか、正体不明の生物が天空を埋め尽くしている。ごつごつとした岩場だらけの地上を、巨大なありの姿をした生物がっているのが見える。

「何だ、この星は?」

 ミミが、コンピューターを駆使くしして、何かを探している。

「PDFパイレーツ・データ・ファイルが、ヒットしました。ヤツ等は宇宙を暴れ回る最強の海賊アント星人です。ここはアント星人の母星リアと予測されます」

「げっ、げげげのげぇ」

 ポポが、壊れ掛けのラジオのように歌っている。

「兄貴、アント星人はヤバいっス。とっとと逃げましょう。ヤツ等は、宇宙最強生物なんて言われているっスけど、本当は唯の宇宙のゴミ掃除人、集団で攻撃して来て何でも喰っちまう化け物っスよ。「アント星人に遭ったらとにかく逃げろ」って兄貴が言ってたっス」

「そうなのか」

 未だ、男に逃げる気はない。

 気になるのは、ガライカが言っていた「ワタシではなく、アナタなら出来る」という本当の意味。その相手が、ナノニ銀河系恒星ドテシ係属第二惑星リアに住む、宇宙最強生物であり集団で攻撃して何でも喰ってしまう化け物アント星人だったとしたら、自身で直接行かない理由もうなずける。

 そうだとすると、ガライカの「宝はその星の天空に」という言葉の意味は何なのか、男は冷静に周囲を見渡した。

「天空に太陽か……まさか、お宝が太陽って事はないだろうな」

 例え、あの天空に輝く太陽が神玉『真翠玉しんすいだま』だとしても、流石さすがに太陽を持ち帰る訳にはいかない。では、お宝は何だろうか。前回、ヒカリの郷にあると言われたお宝は確かに存在した。ならば、今回も高い確率で存在すると考えられる。逃げるにしても、せめてその正体だけでも知りたいものだ。

 PDFパイレーツ・データ・ファイルに、別の情報がヒットした。

「リア星にある太陽は人工で、核融合爆弾でもある」

 核融合爆弾であるならば、それは神玉ではないと考えるべきだろう。

「兄貴、限界っス。核爆弾ぶっ込んで逃げましょう」

「お宝は……」

 ぱぱす号は、×7カケナナからのモニター画面で状況の確認が出来る。一気に、ぱぱす号を包み込んでいく勢いのあり軍団。どこからか湧いて出て来るのか、ぱぱす号の周りに蟻達が二重三重に集まっている。蟻の中に、他より三倍程大柄きい蟻が数匹いた。その蟻の背中に乗っている大砲から何かが撃ち放たれ、ぱぱす号をかすめて近くの岩に当たった。岩に当たった弾は爆裂する事はなく、岩から粘着質のスライムがれ流れた。

「あっ、あれが当たったら船が動けなくなるって、兄貴が言ってたっス」

「そうなのか・」と言いながら、男の眼は二つの左右の穴を探している。アノラック太陽係属第四惑星マヤにあったワームホールで外宇宙と繋がっているだろう穴が、ここにもきっとある。そんな気がする。

「ワームホールはどこだ、お宝はどこだ?」

 男は上空を見渡し穴を探した。穴ではないが、人工太陽の横に寄り添うように二つの巨大な黒い球体が見えている。おそらくは、あれがワームホールなのではないか。男はこの状況で、尚もお宝を探している。

「ミミ、あの黒い球体に向かって飛んでくれ」

「ラジャー」

 近付いた球体は、ワームホールの穴のようにも見え、しかも左右二つある。どちらを選べば良いのか、またも迷う。

「左右の球体がワーム・ホールである確率はほぼ100%と考えられますが、外宇宙への穴である確率はそれぞれ50%、この世界のシステムが同構成で成り立っているとすれば、右確率は75%です」

 惑星マヤのワームホールは、結果的には右が正解だった。

「ミミ、右だ」

「了解です」

 ぱぱす号は、右側の黒い穴に吸い込まれた。結局「真翠玉しんすいだま」は発見出来ず仕舞いだ。ぱぱす号が、左の穴に引っ掛かりながらも右の穴に消える瞬間、後方に閃光が見えた。

「ミミ、今の光は何だ?」

「核爆弾、ぶっ込みました」

「ミミ、グッジョブっス。アント星人の母星を潰せば、ゲットポイント高いっス」

 何とも容赦のない対応に、男には言葉がない。前回のストーリーのこの世界で、男は火の玉ジョニー、気狂い、狂人ジョニーと呼ばれ、降伏した海賊を星ごと核爆弾で潰したとんでもないヤツだという事になっていたが、違う。絶対に、気狂きちがい、狂人は、ポポとミミの二人だ。

「外宇宙に出ました」

 一瞬で、漆黒の宇宙空間に移動した。輝く銀河を背にして、まばらな赤い光と巨大な青白く光るシルエットが見える。ホッパー軍団と宇宙怪獣オロチと思しき生物が対峙たいじしているのだろうと想像されるのだが、やけにホッパー軍団の赤い光が少ない。ミミがぶん投げた核爆弾と、ブラックホール際への瞬間移動で消えた宇宙船が相当な数に上っただろう事は予想できるが、それにしても宇宙にその名を轟かす海賊団が数える程になっている。

「ホッパーのヤツ等が少ないな」

「どうしたっスかね?」

「現在見えている以外に、周辺宇宙にヤツ等を確認出来ません」

 ミミがレーダーと×6カケロクで確認したが、やはり目の前の赤い光以外にホッパー軍団の宇宙船はいない。

「あっ、喰った・」   

 まばらな赤い光の理由がわかった。銀河の光を反射する蛇の形をした巨大な宇宙怪獣オロチが宇宙空間を自在に泳ぎ回り、雨霰あめあられとビーム弾を放つホッパー軍団を、諸共もろともせずに船ごとみ込んでいるのだ。既に粗方あらかたの艦船が喰われたのだろう。

 大蛇は、最後の仕上げに散らばる赤い光を一気に頬張ほおばった。ポポとミミは、宇宙空間をクネって泳ぐ巨大な蛇の勇姿に、憧憬あこがれ眼差まなざしを投げている。

「宇宙怪獣、凄ぇっス」 

「宇宙怪獣、美しいです」

 蛇はかぶりを振りながら揚々ようようと宇宙空間をうねり、こちらに双眼そうがんを向けると、新たな獲物を視線に捉えた。

「ヤバい。お前等、見ている場合じゃない。逃げろ」

 巨大な蛇は、ぱぱす号に向かって直進し、口を開けて突進した。「凄ぇ」やら「美しい」などと寝言を言っている場合ではない。

 いきなりの非常事態発生に男は慌てたが、二人の変態は少しもひるむ事なく、憧憬あこがれの眼差しのままビーム砲の照準を合わせている。

「ミミ、トルネードでいくっスよ」

「了解。準備完了、発射」

 発射された二筋のビームは、勢い良く螺旋らせんを描いて飛び、一筋の束となった。一方の蛇は、ビームをけるように身体をクネらせて、確実にぱぱす号を呑み込む仕草で、大口を開けている。

 唐突に、ポポとミミが大蛇を𠮟しかり付けた。

「こら蛇、カッコいいけど、ふざけんじゃねぇっスよ」

「美しいけど、ナメたら駄目です。蛇ごときの分際で、ワタシ達にあらがうなどもっててのほかです」

 変態達の言葉は、勇者を思わせる自信に満ちあふれている。

 一束のビームの光は、蛇の目前で急激に膨張した。豪胆ごたんな光の束は、強圧的に大蛇の頭の半分を吹き飛ばした。大蛇は悲鳴を上げ、バランスを失ったまま宇宙空間に静止した。

「凄い威力だな」

「当然っスよ。何発も撃てねぇけど、こいつは宇宙最強のエネルギー弾っスから」

超新星ちょうしんせい爆発と同じ、ガンマ線バーストです。ちなみに、二発が限界です」

「そうなのか」

 息絶え絶えの巨大な蛇が、ぱぱす号の動きをうかがっている。

「さてと、どうするかな。良し、俺がトドメを差してやろう」

「何、言ってんスか?」

「まぁ、見てろって」

 男は宇宙服も着ず、宇宙船のハッチを開けて外へ出た。開けた途端に船内の気圧が上昇し、空気が船外へと急激に流れた。宇宙空間で生身の人間がどうなるのか、男は当然のごと窒息ちっそくした。

「兄貴、死ぬっスよ」

 ぱぱす号から黄緑色の物体が投げ渡され、男の身体を包み込んだ。前回は、後頭部に当たり意識朦朧いしきもうろうとなって海に落ちた、あのカッパの姿の黄緑色の緊急救命具だ。途端に呼吸が出来る。

「ふぅ、死ぬかと思った」と男が息を継いだ姿に、変態二人が呆れた。

「ミミ、兄貴ってあんなにバカだったスか?」

「多分」

「我・神・剣・翳・義・依・槌・打・悪・消・去」

 男は、気を取り直して右手で天空を突きながら何かを唱え、金色に輝く剣を手にした。そして、地上に降り立ち剣を構えた。

「兄貴、それ何スか。どうやって剣を出したっスか?」

「俺には出来るんだよ。何故なら、これは俺の夢だから」

「また、それっスか。意味がわからねぇっスよ」

 宇宙怪獣は、宇宙空間に向かって火をいた後、地上に降りて男と対峙たいじした。

「そうだよ、そうでなきゃ。怪獣は火をくって相場が決まってるんだよ」

 男は、正義の味方、この世界の救世主となって、宇宙怪獣オロチを見据えた。まさに、バトルゲームそのものだ。目の前に火を吐く大怪獣がいる。そして、これがラスボスに違いないのだ。

 金色の剣が輝き出し、男のたけり立つ勇気とふるい立つ精神の高揚はクライマックスに達している。ラスボスが吠え、大口を開いて男に襲い掛かった。それを狙い、男が金色の剣を縦に振り下ろしたが、大怪獣オロチの装甲に弾かれた。

オロチはその瞬間を見逃さず、男を焼き尽くすかのように火を吐いた。男は右半身を劫火ごうかに焼かれ、その勢いに押されて後退あとずさりした。

 剣がはじかれては、万事休すだ。大怪獣をめ過ぎていた。これは夢だが、対応策がない。しかも、前回のストーリーでガライカ・バルカンは「この世界にも死があるから、気を付けなさい」と言っていた。なる程、自分の夢であっても思い通りにならない事があり、そこに夢の中の死が発生するのだ、きっとそうなのだ。いやいや、そんな呑気のんきな事を考えている場合ではない。

 その時、男を呼ぶ豪胆ごうたんな声がした。

「田中殿、随分と苦闘くとうされておられるな」

 そこに、見た事のある大柄な黒装束くろしょうぞくに黒髭の老人琥湶星雲こいずみせいうんが立っていた。

星雲せいうんさん、どうしてここに?」

「不思議な事ではありませぬよ。あの怪獣は、その昔このナルヤ王国が秘匿ひとくしていた、我が尊きヒカリの郷の神具の一つである『光翡翠ひひすい神玉かみたま》』を呑み込み、今でもその腹に隠している。わしはあの怪獣を叩き潰して、神玉を収奪しゅうだつする為に来たのだが、田中殿にお会いするとは思いも寄りませんでしたな。今回は利害が完全に一致しておりますゆえ、この御神刀ごしんとうである光神聖龍刀ひかみせいりゅうとうで、片を付けられては如何いかがですかな?」

 琥湶星雲が白く光る御神刀を差し出した。

「すみません。じゃぁ、ちょっと借りますね」

 大怪獣オロチは、当然のように再び火をくタイミングをはかっている。だが、オロチには男の持つ剣が光の神刀に変わったのを理解する事は出来ない。男が光神聖龍刀を抜いた。

 そのタイミングで、オロチは吠え大口を開いて男に襲い掛かった。それを狙っていた男は、輝きを増した神刀を力任せに縦に振り下ろし、大怪獣オロチの頭部から腹部まで真二つに切り裂いた。血飛沫ちしぶきとともに、神玉『光翡翠ひひすい神玉かみたま》』が飛び出した。

 星雲は空を舞い、両手ですくい上げ、抱きかかえるようして神玉を懐へと収めた。星雲の全身がオロチの血で真っ赤に染まっている。

「星雲さん、この神玉の別名は、もしかして『真翠玉しんすいだま』って言ったりしないかな?」

「ほぅ、随分と博識ですな、その通りです。神玉『光翡翠ひひすい神玉かみたま』は、以前に田中殿が拝覧された『背瑠璃せるり神玉かみたま』の分身わけみであり、別名『真翠玉しんすいだま』と言いますな」

 やはり、そうなのだ。ガライカの言葉「天空に」とは、天空の大蛇の腹に神玉があるという意味なのだ。そして、それが久瑠璃玉の分身ならば、琥湶星雲が登場するのは当然であり、全ての辻褄が合う。

 ガライカが自ら神玉を取りにいかない、その理由もわかった。ガライカの欲するお宝玉は全てヒカリの郷の神玉であり、その一族たる男にしか扱えず、更にはその神玉探しには必ずガライカの天敵である琥湶星雲が登場するのだ。

「神玉『光翡翠ひひすい神玉かみたま》』の収奪が完結したので、儂はこれで失礼致しますぞ」

 血みどろの星雲が慌ただしく帰って行った。随分と展開が早いが、琥湶星雲が出て来たという事は、流れ的には前回と殆ど変わらないようにも思える。

 進行を急かされるゲームオーバーに似た感は否めず、男の強の明晰夢が終わる気配がする。最近では終わるタイミングもわかって来た。

「田中、プレゼンの資料の状況はどうだ?」

「もう完成してます。ご覧になりますか?」

「そうか。入札のプレゼンは明日だからな、頼むぞ。俺はまた重要な得意先の接待に行ってくるから、後は宜しくな」

 そう言って、恰幅かっぷくの良い男は急いで部屋を出て行った。しばらくすると、いつものように、てる事務の女性の声がした。

「じゃあ、私も帰ります。課長、そんなに一生懸命にやって馬鹿みたいですよ。賭けてもいいです、入札なんて絶対取れませんよ。YOLOヨーロー、人生は一度きりですよ」

「アニキ……」

 今日は残業はしない事にしよう。何故なら、天の声の後で再び男の冒険活劇が始まるのだから。


第二話 完(第三話につづく)



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