第4話 乗り越えられると思ったんだ、君がいてくれるなら その1
俺は優花を想いながら、話すべきことを整理していた。あの子のこと。そして俺自身の過去のこと。
あの選択をした日、俺はこんなに過去に押し潰される日が来るなんて思わなかった。何て浅はかだったんだろう。若い頃の俺は。
もし、時が戻せるならあの時の俺を殴り飛ばして、こう言ってやりたい。
「いつか絶対、後悔する日が来る」
まだ、優花と付き合い始めてから1ヶ月も経ってない頃。プライベートを曝け出すことを好まない彼女が、自宅に誘ってくれた。密室で2人きりが、何を意味しているのか。最初は気づいてなかったようだったが、最後には理解をしてくれたようだった。
その上で、俺を招く決断をしてくれた。年甲斐もなく、浮かれてしまった。もう40歳にもなっているというのに。
優花を抱きたいという気持ちは、常に持っている。だけど、彼女が嫌だと思うことはしたくない。
男と付き合ったことがないと、優花は言っていたから、性交渉もおそらくないはず。
だからなのだろう。俺が彼女の家に行くことが決まった時、彼女の手がほんの少しだけ震えていた。
俺は、日程を決める時にわざと日曜日にした。
彼女が、俺とそういう関係になっても良いと心から思わない限り
「次の日は平日だから」
という理由で俺自身がきちんと身を引けるように。
それくらい、優花との関係は丁寧に進んでいきたいと思った。大事にしたいと思った。
女を抱く、ということをかつては仕事の1つとして捉えていた俺からすると、天地がひっくり返る程の変わりようだ。
あの頃の事は、できれば優花には知られたくない。俺はこの頃、優花に話すべき内容の取捨選択をしていた。
そのうちの1つが、俺の女性関係。
正直言えば、ハワイでのあの一夜がここまで尾を引くなんて、あの頃の俺は思いもよらなかった。それくらい、ちっぽけで、些細な出来事だったはずなのだ。
俺は愚かな子供だった。そしてあの人は、俺をさいごのさいごまで振り回し続けた。
1度、優花に聞いてみたことがあった。
「君は、誰かの秘密は暴きたいと思うタイプ?」
直接聞くのは怖かったので、メッセージで。この時、まだ俺は優花に話すかどうか、迷っていた。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
はてなマークの可愛いスタンプと一緒に送られてきた、当然の疑問。
俺は苦笑しながら、優花が喜びそうなスタンプを選ぶ。まさか、こんな時に役立つなんて……。
このスタンプは、あの子と会話をするために買い溜めていたものだ。年齢相応に、可愛いものに目がないと聞いていたから。
あの子には、もう優花のことは話した。優花が撮影した、たくさんの写真と共に。
あの子は、優花の人柄がよく出ている可愛い写真がとても好きだと言っていた。早くお話ししたいと言ってくれた。まだ優花が、あの子の存在を知らないにも関わらず。
俺はある日、優花に「心理テストみたいなものだよ」という文言を書いて送った。秘密を暴きたいかどうかについて。
返事が返ってくるまでの所要時間は、3分。カップラーメンを待つより、ずっと長い3分間。そこには、優花の、おそらく本音であろう言葉が並べられていた。
「秘密は、秘密のままがいい」
読んでから俺は、最初はほっとした。それから少し、寂しい気持ちになった。だから、自分の事を話したがらないんだな、と理解できた気がした。
過去のこと、普段の様子のことなど、優花は徹底的に自分を隠す。俺との会話は、俺が気持ちよく話せるように相槌役に徹していると気付いたのは、もっと優花を知りたいと、欲深くなった時。
気付いたとしても、優花の心を開く方法が、俺には分からなかった。そうするべきか否かの判断すら、つかなくなっていた。
俺は、自分に置き換えてみた。
もし、優花が俺に秘密を抱えていたとしたら?
優花が俺以外の男と関係を持っていたら?
優花、俺以外の男との子供を産んでいたとしたら?
嫌だと、思った。どんなに取り繕おうと思っても、言葉が出てこない。それほどまで、拒絶したいと思う出来事だと思った。
相手の男から、優花の裸の記憶を消し去りたいと思ったし、男と優花の細胞が混じり合った子供の存在も、考えただけで胃がムカムカしてきた。
俺が、優花にしているのはこういうことなんだ。あの子のことは、もちろん可愛いと思っている。だけどあの子は、優花が俺から離れる理由になりうる危険な存在だ。
あの子には申し訳ないが、俺はあの子のことを優花に隠し続けなくては、と思った。自分勝手だと、分かっているけれど。
それ程までに俺はもう、優花に溺れている。
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