第3話 信じられると、ようやく思えたのに…… その4
できることと言えば、1日断食と、自分のお風呂でできる半身浴くらい。それでも、やれそうなことがあるだけ、気は楽だった。むしろ気がかりなのは、下着のことだった。
引き出しを開け、中のラインナップを確認した瞬間に、私は絶望した。綺麗さのかけらもない、胸を支える機能だけに特化したブラに、着心地を優先した綿のパンツばかり。
上下そろっているものは、ほとんどない。
「ど、どうしよう……」
明日近所のスーパーに行けば、それなりのものが買える。でもそれでいいのだろうかと、私は少しだけ考えた。それから、ネット通販サイトで下着を検索した。
普段お店でだったら絶対買わないような、自分の体のサイズに合いそうな下着がたくさんあった。その中で、レースがふんだんに使われていて、リボンやパールのビーズで可愛く飾られているものに心惹かれた。
だが、値段を見て、ほんの少しだけ躊躇った。これを買えば、今月の課金ができなくなる金額だったから。でも結局は、着替え分も合わせて、私は買ってしまった。
さらに、1日水だけしか口に入れない断食ダイエットや、朝一で近所のドラッグストアに駆け込み、ボディケア商品や痩せ効果のある入浴剤を買い込み、ほとんどの時間お風呂場で過ごすというお風呂ダイエットも合わせて試した。
こんなことをしたのは、下手したら就活時代以来。だけど、ありのままの自分をさらけ出して、樹さんに嫌われることが怖いと思うくらいには、樹さんの事を好きになってしまっていた。
そして迎えた当日の今、そんなことを思い出しながら、私が下着を丸々替えてから洗面所から出てくると樹さんが「おかえり」と声をかけてくれた。
家族ですらおかえりと言われたのはだいぶ前。それを、好きになりたてホヤホヤの男性……それもハイスペック……に言われると、どうしようもなく気恥ずかしい。
「ど、どうも……」
平静を装いながら樹さんに近づいて気づいた。すでに、冬は私をコタツムリにするローテーブルの上に、私が頼んだオシャレ系テイクアウトが並んでいた。
自分宛の荷物を、彼氏に受け取られるのも、気恥ずかしい。家族に代わりに受け取ってもらうのとは訳が違うのだから。
「あ、ありがとうございます」
「俺が受け取って良かったよ」
「え?」
「気にしないで」
「はぁ……」
そんなやりとりをしながら、樹さんは可愛いケーキもテーブルに並べ始めた。
「このケーキは、樹さんが?」
「手土産1つも持ってこない男だと、思われたくないから」
「そ、そうですか……」
樹さんの回答は、いつも私を混乱させる。平静を装おうとする私の心の壁が、樹さんと会話をする度に崩れそうになる。それが、とても怖い。
「と、とりあえず食べましょうか」
私が話題を逸らそうとした時、樹さんが耳元で「それだけ?」と囁いてくる。
「それだけ……とは……」
「何も言ってくれないの……?」
「……ありがとうございます……」
「それだけ?」
「好き……です」
「何が?」
「…………ケーキ…………」
「だけ?」
「…………樹さんと、このケーキ、好きです!」
私の回答に満足したのか、樹さんは耳たぶの下に、わざと音をたててキスをしてきた。
「食べようか、優花」
「……はい……」
すでに、樹さんの吐息とセリフの魔力で、私の体力は一気に半減した。まだ、樹さんが来て30分も経っていない。この先私、どうなるのか不安しかない。
「お皿、用意しますね」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
私が振り向くと、樹さんはまるで、雑誌の1ページになってもおかしくないほど、綺麗に並べられていたローテーブルの上を指差す。
「写真撮る?」
「……はい……」
私の思考は、もう樹さんにはお見通しのようだ。
最初はいつものカフェでの過ごし方と同じように、SNS用に食べ物の写真を撮ったり、ランチの感想を語り合うくらい。
食後に、お土産のケーキを食べ始めた今この時まで、あまりにもいつも通りすぎるので、口にするのも恥ずかしい、アレな展開になってしまうのではと想像したことが、樹さんに申し訳なかった。
いつもと違うのは、カフェじゃなくて私の部屋というだけのこと。何度か樹さんをチラ見したりもしたが、表情に変化はない。
安心したような、少し寂しいようなと、自分勝手な事を考えながら、お茶を飲もうとケーキ用に準備したティーカップに口をつけるが、すでに空になっていた。
樹さん用に出したティーカップの紅茶も無くなりそうだった。ティーバッグで用意してしまったので、ティーポットの準備はない。
「お茶のおかわり、準備してきますね」
私は立ちあがったのだが、急いでいたのが良くなかったのだろう。たまたま足元に転がっていたテレビのリモコンにつまづいてしまい
「きゃっ……!」
樹さんの体目掛けて、思いっきりダイブしてしまった。
88キロの体で体当たりしてしまうなんて、樹さんの肋骨を折ってしまってないか、私は不安になった。
「痛くないですか!?」
「ん……平気……」
樹さんからの返答に、一瞬ホッとした。だけど、私が謝るべきところは、それではなかったとすぐに気付かされた。
私が体当たりをしたことにより、樹さんは床に倒れる形になり、私が樹さんに跨っている状態になってしまったのだ。
「ご、ごめんなさい!すぐに離れます!」
私は、慌てて樹さんの体から離れようとした。でも、樹さんは、それを許してくれなかった。
「行かないで」
「んん!?」
私の手を思いっきり樹さんが引っ張った。かと思うと、そのまま樹さんに引き寄せられ、私の唇が樹さんの唇に重なってしまった。
樹さんとのキスは、2回目。まだ、受けるだけで精一杯。いつの間にかくるりと反転して、樹さんが上で私が下になっていた。
「ごめん……優花」
「え……?」
「変なことしないようにと、思ってた。でも……」
樹さんはそう言うと、私の頬に触れた。優しく撫でてくれた樹さんの手が、そのまま私の唇の方に動き、樹さんの親指が、私の唇をなぞっていく。それが、とても気持ちいい。
好きな人の肌であれば、どんなにデリケートな場所でも触れてもらいたいと思うものだということを、初めて知った。
樹さんは、私をじっと見たまま、続きを話そうとしない。私は、樹さんが何を望んでいるのか、分かった気がする。でも、それを言葉にすることは躊躇われた。
もし違っていたら……?勘違いだと言われたら……?ものすごくダメージは大きいだろう。なので私は、ただ目を閉じるだけにした。
何も言わず。5秒だけ、と決めた。
5秒カウントして、何もなかったら、うたた寝しちゃってましたで終わらせよう。
だけどそんなのは杞憂だった。ものの1秒後、樹さんは私の唇をぺろりと舐めてから、吸い付くようなキスをしてきたから。
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