第2話 初めて選びたいと思ったのは、君だけだった その6

 俺は今まで、自分から誰かが去る時は、仕方がないと諦めていた。相手の期待に、自分が応えられなかったのだから、と。だけど、今俺の心は、様々な感情に支配されていた。

 今日を特別な日にすると言った時に、頷いてくれたじゃないか。俺の側で笑ってくれたじゃないか。楽しんでくれていたじゃないか。

 本当に体調が悪いと言うのなら、どうして医者である自分に話してくれなかったという、優花への苛立ちと悲しさ。もしかしたら、体調が悪いと言うのはいいわけで、本当は俺と一緒にいるのが苦痛だったのではないか……という不安と焦り。そして、彼女の様子に医者なのに気づけなかった自分への怒り。

 自分本位な感情は、理性を殺す。だから感情は極力出さないように、努力をしたつもりだった。理性は、俺にとって必要な武器だったから。仕事をする為にも、自分を守るためにも。それなのに、俺は感情が体を支配し、川越の街中を走らせる。彼女を捕らえろと、俺の心が叫んだ。

 もしも、彼女がバスではなくタクシーを選んでいたとしたら、この日中に捕まえることができなかっただろう。

 だけど彼女は、タクシーを選ばなかった。バスを、選んでくれた。そのおかげで、俺は彼女を捕まえることができた。

 選択とは、運命の分かれ道だと俺は仕事柄よく知っている。自分の選択によって、自分の人生が作られるだけではない。誰かの選択によって、自分の人生もまた、左右される。

 俺の選択は、優花との関係性を確実なものにすること。そして彼女の選択は……結果はどうあれ、俺にそのチャンスをくれた。

 俺は、自分の人生が他人の選択に左右されたからこそ、俺の選択で彼女の人生を左右させたいと、自己本位なことを思った。だから、彼女の気持ちを丁寧に慮ることなく、事を進めてしまった。

 彼女のためだと、自分が選択した店に連れて行った。

 彼女が好きだろうと、自分が選択した食事を食べさせた。

 俺が選んだタイミングで、彼女に自分の想いをぶつけた。

 そして、おそらく彼女の初めてのキスを……自分が選択したタイミングで奪った。

 全部全部、自分の感情に任せた選択の結果。彼女の想いが自分に追いつくのを待っている余裕なんて微塵もなかった。彼女に、自分を正しい形で選択させるゆとりを与えなかった。

 一方で、俺は過去の選択の決着をつけないまま、未来へ進もうとした。都合良く、忘れられるかもしれないと、思ってしまった。

 だからだろう。俺にこの試練が降りかかったのは、自業自得だったのかもしれない。

 それでも、許されるなら俺は……彼女に俺を選んでもらいたい。その為にできることは、何だってするから。

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