第2話 初めて選びたいと思ったのは、君だけだった その5

 確かに彼女は、付き合った男はいないと謝った。けれど、好きな男がいないとは、言っていない。もちろん、俺に対しては好意があるのかどうかすら、見せてこない。

 嫌われていないのは、分かる。嫌いな異性の話を、いくら彼女の性格が善良だからと言って、長時間聞き続けられるものだろうか?少なくとも、俺が知っている女性たちは、その辺は容赦なかった。

 優花は、彼女自身の恋愛に関わる話は、話すきっかけすら俺に与えない。そういう話題にならないように、上手に避けているのだと、数時間、話をし続けたことで、ようやく分かった。まるで、彼女の心が、カーテンに覆われているかのようだと思った。

 何故、頑なに自分自身の恋愛の話を拒むのか。その理由を知りたくて、ランチからディナーの時間まで会話を引き伸ばして探ったが、結局何も出てこず終わってしまった。

 次に会う約束のきっかけになるであろう言葉ですら、彼女からは引き出せなかった。

「それで、どうしましょうか?」

「どうしましょうか……とは?」

 俺が決死の覚悟で次の話をした時、彼女はさも当たり前のように「次なんてあるんですか?」という顔をした。

 もし、この時無理やりにでも次に繋げる提案をしなければ、きっと彼女は自然と俺と連絡を取ることをやめてしまうかもしれない。そんな予感がした。

 だから俺は考えた。どうすれば、彼女との縁が切れないようにできるか。

 そして覚悟した。小さなきっかけの欠片が1つでもあれば、それを利用して、彼女に恋愛対象としてもらえるように仕向けようと。

 そのきっかけを手に入れることができたのは、思いのほか早かった。

 それは、優花との2回目の待ち合わせの日のこと。

 よりにもよって、前の予定が押してしまい、彼女を待たせてしまうという大失態を犯したものの、同時にチャンスも得た。

 優花が、俺を待っている間に読んでいた雑誌で特集されていたのは川越の神社。縁結びで有名であることは、俺なんかでも知っている知識。そんな特集を、優花は食い入るように見ていた。

 何を見ているのだろうかと、優花に気づかれないように、こっそり覗いてみると、浴衣を着た女性の写真だった。

 俺は、優花の浴衣姿を瞬時に想像してみた。恥ずかしそうに、微笑むだろうか。それとも、とびきりの笑顔を向けてくれるだろうか。見てみたい。そんな欲が沸々と湧き上がる。

 それに、川越には縁結びの神様がいるパワースポットでもあると、記事に大きな文字で書かれている。決めるなら、このタイミングしかないと思った。

 本当なら、もう少し距離を縮めてからの告白という流れが良いのかもしれないのだが、優花には、そんな時間すら惜しいと思った。

 優花はやはり、恋愛に関する話を徹底的に避ける傾向があることは、この頃にはもう十分なほど分かっていた。

 昔見たアニメの話、趣味の話であれば長い時間メッセージのやりとりも付き合ってくれる。けれど、そこに少しでも恋愛……俺の優花への想いを匂わせる言葉を送っても、それについては一切返ってこない。徹底的に。そういう内容だけ、完全にブロックしていると言っても過言ではないだろう。

 どうしていいか分からなかった俺は、吉川くんについこの間、相談してみた。友達の話だと前置きをした上で。すると、彼からはこんな回答が返ってきた。

「むしろ嫌われたくないからこそじゃないですかね?」

 彼曰く、本当に恋愛対象として自分のことを見られたくない場合は、そもそもメッセージすら適当に流すケースの方が圧倒的。だけど今回の場合は、メッセージはむしろ長く続く。

そこから推測した、吉川くんの仮説はこうだった。

「恋愛の話になると逃げ越しになるってことは、そこで関係が崩れるのが嫌とか、そう言う系じゃないですか?知らないっすけど」

 彼の仮説がもし正しいのであれば、恋愛相手として彼女が俺を意識している可能性が、十分にあるということだ。

 そうであるならば、何とかして、少しでも距離を縮めたい。願うなら、彼女に俺の気持ちを知って欲しい。受け入れて欲しい。日に日に、その思いが膨らみ続けていた。

 だからこそ俺は、一世一代の大勝負に出てみることにした。

「森山さん、その雑誌は……」

 あえて俺は、その雑誌の内容を知らないフリをして、話しかけた。

「川越の。縁結びで有名みたいですよ」

 優花から、縁結びという言葉が出たのを、俺は逃さなかった。

「いつがいいですか?」

「……いつが良い……とは?」

 優花は、俺がぐいぐいと川越の予定を決めようとするので、戸惑っている様子だった。

 でも、俺は俺でここで引くわけにはいかないと、必死に言葉を繋げた。最終的には彼女の趣味である、SNS映えする写真が撮れるというメリットで、どうにか頷かせることはできた。

 それからの俺の行動は、早かった。この時を特別な日にしたいと思った。彼女にとっても、俺にとっても。だからこそ、気合いを入れたかった。

 どうやって彼女に俺をもっと異性として意識してもらおうか。川越の神社の力を、どんな風に借りようか。どこで食事をして……どんな風に告白をしようか。

 きっと、他の男性であれば、子供の頃に体験するであろう、このソワソワとした気持ちを、俺は40にもなってようやく味わう事になってしまった。女性の事で右往左往する自分がいるなんて、この歳まで知らなかった。でも、そんな自分は、嫌いじゃないと思った。彼女の為なら悪くない。

 でも、まさかこの時は、当日彼女に逃げられることになるなんて、夢にも思ってなかった。

 2人で浴衣を着て、駅で待ち合わせる。2人で名物のさつまいもスイーツを食べ歩く。

たったそれだけで、俺の心が弾んだ。

 しかも、優花の紺色の浴衣は、彼女の肌の白さをより強調させるため、一緒に歩いている間中ずっと、優花に触れたいということばかり考えてしまった。

 もしかして、そんな欲が彼女に伝わってしまったのだろうか。

「そろそろ帰らないと、日が暮れますね」

 太陽がまだ高い位置にあるにも関わらず、目的地に行く前に、優花は帰宅を促してきた。 正直、とても焦った。優花は、自分と一緒にいるのが嫌なのだろうかと、不安になったので、俺は優花の手を掴み、早く神社へと向かいたかった。

 神様の存在を、完全に信じている訳ではない。けれど、神聖な土地がこの地球上に少なからずあるということは、これまでの人生の中で教えてもらったことがある。

 川越の神社がもしその内の1つだというのなら、俺はその力に賭けたいと思った。そう思いたいと、思えた事もまた、生まれて初めてだった。

 神社に着いた時、優花はニコニコと楽しそうにしてくれていた。風鈴を眺めていた時、お参りをした時、そして名物の鯛みくじをした時も、彼女は笑顔だった。俺も釣られて、口角が上がりそうになる。

 こんな時間が長く続いて欲しい。そう思っていたのに、ほんの少しだけ目を離してしまった間に、彼女は俺の前から消えてしまった。

『体調が悪くなりました。先に帰ります。申し訳ございません』

体温を感じない、たった3行だけのメッセージだけが、いつの間にか送られていた。


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