第3話 信じられると、ようやく思えたのに…… その1

 彼は、信じられないくらい、私を大事にしてくれた。ただ受け取るだけでは申し訳ないくらい、彼は私にたくさんの想いを伝える努力を、してくれた。

 それは、分かっていたのだ。だからこそ、私は戸惑った。彼の想いの受け止め方を知らなかったから。

「私は、あなたのために何をすればいいですか?」

 あなたの生活をサポートするために、家事を覚えることですか?

 ダイエットして綺麗になることですか?

 あなたの隣に立つのがふさわしいくらい、知識を身につけることですか?

 医療事務の仕事ができるようになった方がいいですか?

 思いつく限りの事を聞いてみた。そんなことしか、思いつかなかったのだ。けれどその度に、彼は言ってくれた。

「ただ、俺の側にいて欲しい」

 それから私を抱き寄せて、頭を撫でてからそっとキスしてくれて、また撫でてくれる。まるで私を慰めるかのように。

 そんなことを繰り返す内に、彼の手は、私を安心させるものになっていった。

 彼の声を聞くだけで、私はいつの間にか落ち着くようになっていた。

 彼の体温なしで眠ることに、いつしか不安を覚えるようになっていた。

 だけど、記憶の片隅に住み続けている、かつての母親がことあるごとに私に問いかける。

「甘い誘いがあったとしたらまず疑いなさい。必ず、何か裏があるから」

 そんなことはないと、思いたかった。打ち消したかった。彼に限ってそんなことはないと。

 それなのに。

 ねえ。樹さん。どうして、そんなことを黙っていたの?嘘を、ついたの?私を……騙していたの?


 一人暮らしの部屋。それは自分だけの城だ。部屋を作り上げる時は、主人である自分にとっての居心地良さを、最大限追求するものだろう。

 人によっては、ピカピカに磨かれ、整理整頓された美しい部屋をキープし続けることはできるだろう。だがきっと、ほとんどの人はいかにグータラするための城へと作るのではないだろうか。ちなみに私は、断然グータラ派。

 人をダメにするフカフカクッション。ちょっと手を伸ばせばお菓子やお酒、服に漫画、ゲームなど、欲しいものがすぐ届くように配置にした、格安のネットショップで購入した家具。そして、敷きっぱなしの布団。それが、私の日常だった。

 けれど、グータラ屋敷だったはずの私の部屋は、どこかの雑誌から抜け出たかのように、おしゃれ部屋風に作り替えられている。もちろん、私の手によって。

「だ、大丈夫だろうか……」

 今の私は、この部屋に引っ越してから1番、緊張している。綺麗に整えたローテーブルと座椅子の側で、私は正座をしながら、流れをもう1度思い出す。

 おもてなしの料理は、自炊の自信はなかったからデリバリーで頼んでおいた。自分以外の人間には見られたくないものは、急いで契約したトランクルームに押し込め、100均で買ったおしゃれな雑貨でできる限り、飾りつけた。クリスマスでもないのに。

 ちらちらと、何度も時計を見てはため息をついてしまう。気を紛らわせようとつけたTVの内容は、全く入ってこない。

「断るべきだったかな……やっぱり……」

 私が、数日前の自分の判断を、心の底から後悔をしていた時に、ピンポーンとチャイムが鳴った。

「来た……!」

 私は急いで立ち上がり、インターホンの受話器を取った。

「も……もしもし?」

 違う!電話じゃないから!もしもしはおかしい!!

「……じゃなくて……どなたですか?」

 言い直したところで、もう遅い。くすくすと、微かな笑い声が受話器から聞こえた。

「もしもし?」

「……からかってますか?」

「からかってないから、早く入れてくれ」

 急かされた私は、震える指で第1の扉を開けるスイッチを押す。迎え入れた待ち人が来るまで、私は第2の扉……私の空間の入口の前に立つ。足が、震えている。心臓の音が、ますます激しくなる。この待っている時間で、私の心臓はどうにかなってしまうんじゃないかと、怖くなるほどだった。

 そして、数分後。もう一度チャイムが鳴る。深呼吸を2回程してから、私は扉を開ける。

風が室内に入り込むと同時に、待ち人が私に覆い被さるように抱きしめてきた。

「ちょっ……樹さん……!こんなところで」

「会いたかった、優花」

 そう言ってから、私の待ち人……氷室樹さんは優しいキスを私の唇に落としてから、私の耳元に囁いてくる。

「今日は招いてくれて、ありがとう」

 体の芯まで届く、低くて聴き心地が良い声を受け止めながら、私はついさっきまで考えた、この後のプランを必死に思い出していた。

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