第25話 一旦〆 両手に花なんていうほどろくなものじゃない

「『言の葉の庭』もう一回観ようかな。それか『秒速5センチメートル』」


 俺の部屋に持ち込んだクッションに座り、緋雨先輩はテレビに向き合ってリモコンを操作している。動画配信サービスで何を見るか悩んでいた。

 その隣で同じくクッションに座らされた俺は異議をとなえた。


「ラブコメの参考にするんだから、夢や希望があるやつにしましょうよ。

 新海誠なら新しいやつがいいです。『君の名は。』でいいじゃないですか」


「私は尖った性癖が抜けてないころの新海誠が観たいの。

 それに映像の美しさをぼうっと見てるだけでもアイデア閃くんだから。ほんとよ」


 そんなことを俺と言い合いながら先輩は映画のタイトルをざっと見ていき、


「ラブストーリー……ラブストーリー……直球でないほうがかえって思いついたりするのよね……

 あ、これなんかどう。トム・クルーズ主演の『カクテル』」


 俺はちょっと黙る。


「……面白いことは面白いですよ」


「そう? じゃあこれにしようかな」


「ただそのー、それ、お酒いっぱい出てきますよ? バーテンダーの話なので当たり前だけど……

 飲みたくなったりしません?」


「大丈夫」


 先輩は俺に向けて柔らかく微笑んだ。


「お酒はもう飲まない。頭が鈍ったらアイデア考えられなくなるもの。

 それに……飲まなくて心を乱されることもないよ」


 先輩はとなりにいた俺の手にそっと触れた。

 いまの俺たちは、バズった例のチュイッター漫画の続きをふたりで創っている。

 アイデアを出すのは先輩で、それを漫画に仕立て直すのは俺だ。


「十郎くんが私のアイデアを絵にしてくれる限り、創作ができる限り、お酒を求めることはもうないと思う。

 家にあったお酒も、全部捨てたから」


「……何よりです」


「もっと褒めて」


「えっ」


「えらいですって言って。ぎゅってしたり、キスしたりして」


「え、えーと……」


 手を上げ、先輩の頭を撫でる。


「よーしよしよし……」


 先輩は一瞬物足りなさそうな顔をしたが、黙って目を細めて撫でられるのに浸っている。

 かと思えば、撫でるのを止めたとたん「もっとして」と催促してきた。


「スキンシップをけちっちゃだめ。恋愛系のアイデアを思いつくために必要なんだから」


 ほんとですか?

 疑問の目に対し、先輩はとろみを帯びた雰囲気で肩をすりよせてくっついてきた。


「勘違いしないでね、十郎くん。これはアイデア出しのためにしかたないことなんだから……」


「しかたないわけあるかーーーーー!!!!」


 怒りの声とともにチョップが俺と先輩のくっついた肩のあいだに叩き込まれ、強引にふたりを割った。

 そろって振り返ると、ツッコミを果たしたオイスター先生が息巻いている。

 そう、今日はこいつも来ていたのだった。


「ぼくの存在を無視して隙あらば十郎とべたべたいちゃいちゃしようとして!

 西条さんむっつりすけべすぎるでしょ! もはやオープンスケベだよ!」


 緋雨先輩の頬が赤くなる。一拍置いてさらりと髪をはらい、先輩は開き直った。


「……アイデアを出すためというのもほんとだもの。それに恥じることもないわ、私と十郎くんはパートナーなのだから」


「創! 作! 家! としてのパートナーでしょ! 大切なとこ省くなよぅメギツネ!」


「会うたびにどんどん口悪くなるわねあなた……」


「先輩、オイスター先生は相手に慣れるほど態度がでかくなる生き物なんでそこは勘弁してもらえれば……」


「十郎ー!」


 なぜか俺が怒られる。フォローしてやったのに。

 最近、毎日のように来てるんだよなこの二人。そして六畳一間でピリピリした空気を醸し出している。

 緋雨先輩が他人と喧嘩できるくらい元気になったのはいいんだけど、俺の胃が死ぬからやめてほしい。


「なに他人事みたいなツラしてんの十郎! いまの状況誰のせいだと思ってんのさ!?」


 あれっ。いきなり矛先が本格的にこっちに向いた。

 オイスター先生は俺の前に回ってくると、胸ぐらをつかんでがくがくと揺すぶってくる。


「ぼくは認めてないからなっ! あんな汚いやり方で勝ったと言い張るなんて!」


「ふふ……往生際の悪い」


 先輩が煽る(やめてくれませんか)のでますますオイスター先生がヒートアップする。


「ノーコンテスト! ノーコンテストだ! あの日、朝になったらぼくの臨時アカウントのほうがもうフォロワー数多かったんだぞ!? そんな一瞬の優勢で勝ちを宣言して恥ずかしくないの!」


「負けを認めたらそのままおまえのペット直行じゃねーか。絶対に認めない」


「強がっても十郎、貯金尽きかけてるくせに! ここ追い出されてどこに住む気だよ!」


 そしたらきゅっと緋雨先輩が俺の腕にしがみついてきた。


「私の部屋に来たらいい。あるいは、お金を私が用意してもいい。とにかく菅木さんの部屋には行かせないから」


 それを聞いてオイスター先生があわあわし、俺をにらむ。


「こ、このヒモやろう! 女に貢がせて恥ずかしくないの!?」


 いや……俺としてもなるべくヒモコースは避けたいところなんですが……


「てか、おまえのペットになるのも聞いてるかぎり実質ヒモじゃねーか」


「それは勝負のペナルティだからいいんだよ!

 っていうかだな――ぼくの告白はどうなったのっ!?」


 話がついにそこに来て、俺は目を泳がせた。


「えー、どうっていうか、ほら、あれだよ……」


 言葉を濁していると、なんか先輩がますます力をこめて腕に抱きついてくる。

 ちらっと見ると先輩は微笑していたが、目から光が消えていた。その瞳が「十郎くんに捨てられたら私こんどこそ駄目になるからね」と語りかけてくる。気がする。

 先輩、表面上は元気になったんだけど、なんか依存先が酒から俺に変化した気がしないでもないんだよな……


「あれってなんだよ、はっきりさせてよ!」


 オイスター先生は正面から当然の要求をしてくる。

 進退窮まり、俺はオイスター先生に告げた。


「………………えーっと。ひとまずキープで……」


「こ、こ、このクズ! クズクズクズクズクズ――!!」


「ち、違う泣くな、二番目キープじゃなくて現状保留キープ

 いまは誰ともくっつく余裕ないから! 告白の返事引き続き待っててくれってこと!」


 なんとかオイスター先生をなだめ、俺はぐったりとクッションに沈み込む。


「ほんとすまないと思うけど、少なくとも絵で生活費稼げるようになるまで創作に打ち込ませてもらえませんか……近いうちにちゃんと結論出すから……」


 泣き止んで鼻をかんだオイスター先生が、冷ややかなまなざしでつらぬいてくる。


「そういえばもともとは『絵で仕事取れるようになる』が賭けの条件だった気がするけどー? やっぱりぼくの勝ちじゃない?」


 対して、緋雨先輩が声をあげた。


「そのくらいは誤差だから。私が必ず原作者として十郎くんを晴れ舞台に連れて行くから。とにかくあなたたちがいっしょに住むのは駄目」


「一度バズったくらいで自信満々に……」オイスター先生がぎりっと歯噛みする。「こっちだって西条さんの部屋に十郎が住むのはゆるさないから。ぼくが十郎にお金貸してこの部屋延長させるから」


 部屋の中で殺気がぶつかり合っている気がする。胃がキリキリ痛む。痛みを忘れるべく俺は窓の外を遠い目で見つめる。


「菅木さん、そこまでするのはただの友達としては重いのではないかしら?」


「はー!? ぼくと十郎は親友だし! 親友の危機にお金出すくらい普通だし!

 西条さんこそ十郎のなんだっていうのさ! 恋愛保留はお互い同じじゃん!」


 秋の空は高くてきれいだ。いい感じに現実から心を離してくれる……


「私は……そうね、キスまでは済ませた仲、かしら」


「んにゃーー――!!(怒)」


 色即是空……寂滅為楽じゃくめついらく……

 無心になるべく魂をさまよわせていたら、がっしとオイスター先生に両手で顔をはさまれた。

 キスされた。

 噛み付くように。


 燃えるように上気したオイスター先生の顔が、眉をはねあげた挑戦的な表情で目の前にある。


「これでっ……対等イーブン!」


「ふ、ふぅん……」横から剣呑な感じに緋雨先輩の声が聞こえる。


 あとで必ず胃薬を買ってこようと、俺は決意した。


 このときはまだ知らなかった。

 いつでも売り出すコンテンツを探している出版社が、俺たちのバズったチュイッター漫画をチェックしていたことを。

「出版しませんか」という誘いとともにやがて接触してくることを。

 だがその話はまた、のちのち語ろうと思う。



^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


あとがき


ここまで読んでくれた方々、ありがとうございました。

今月末締切のカクヨムコンに応募しているので、ひとまずここで一旦しめさせていただきます。

そのうち完結設定を取り外して続きを書きたいですね。恋愛の決着つけてないし。


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オイスター先生と俺。 二宮酒匂 @vidrofox

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